何だか分からないまま時間だけが過ぎ、出席しなければならない会議のこともすっかり記憶の彼方に四散してしまうほどに忙殺され、残業中もまだ22時をちょっと過ぎたくらいかと思ったらとうに23時を過ぎていた。隣の席の同僚と現状における我が部署の人員的欠如と付加業務集中による本来的任務の遂行妨害――といったような状況に愚痴をこぼしつつ残業を切り上げた。 こういう日は基本的にココロに余裕がないため、意味もなく機嫌が悪い。 帰宅の池袋駅への道すがらも目に入るいろんなものが不自然に腹立たしく感じ、混雑する駅改札ですれちがう人とちょっと肩が触れたくらいでも何故だか必要以上に腹が立つ。 さすがに満員電車に揺られる体力が残っていないらしく、特急券350円を購入してレッドアロー号に乗車、ゆったりシートに座って帰ることにした。よせばいいのに、明日部長に報告しなきゃいけないことは……なんてPDAにメモったりしていたものだから、余計眼が覚めて眠ることも出来ない。所沢駅に着いても雨は蕭々と降り続いていて、気分はしっかりシフトダウンだ。 『先に寝ていていいよ』と電話で伝えても、俺が帰宅すると大抵ツマは起きている。今日もやや疲れた表情で玄関に俺を出迎えてくれた。仕事帰りに美容院に行ったので、さらにツカレた……というようなことをツマは言った。 ローギアの俺は特に大したリアクションもしなかったが、ふと残業中にインターネットでチェックしていた巨人―横浜戦の結果をツマに伝えなければと思った。 「今日、二岡がすごかったね」――ツマはジャイアンツの二岡のファンだ。 「えー、美容院に行ってたからわかんないよ」 「三打席連続ホームランだって」 「ええっ、すごーい!」 そう言ってソファに座り直すと、テーブルのリモコンに手を延ばして、眺めていた深夜のバラエティ番組からスポーツニュースに画面を切り替えた。丁度、二岡の二打席目のホームランの映像を流していた。 「すごいね、二岡! コレって記録なの?」 「いや、確か“四打席連続”ってのが記録だよ。かの王貞治がやってる」 「オットは負けた試合だけ観てしまったんだね」――この横浜三連戦、我がジャイアンツは2勝1敗だったが、俺は昨日の“1敗”の見事な逆転負けをライトスタンドで観戦していた。 「――そうなんだ……。せつなすぎる」 「……そうだ! そういえば、オット、昨日新しい応援バット買って帰ったでしょう!」 「あ、気づいた?」 「なんか増えてるなと思ったのよ! もう、あんなに応援バットばっかりたまっちゃって、どうすんのよお」 「まあまあ……」――タイミングよく、テレビでは二岡のヒーローインタビュー。 「やあ、でも二岡はいいねえ」 「将来のクリーンアップですね」――テレビが初先発のルーキー久保を映し出す。 「久保ってなんであんな“モミアゲ”してるの? なんかイヤ」 「お洒落なんじゃないの」 「あんなのお洒落じゃないわよお」 「しかし久保はナイスピッチングだ。桑田の再来だぞ!」 「完投させてあげたかったね」 「原監督が河原に投げさせる気持ちは分かるんだけどねえ」――テレビ画面には“抑え”の河原。 「?」 「しっかりホームランを打たれてるんだな、これが」 「河原、また打たれた〜」 「ぴしゃり抑えろっつの」 「河原が打たれると、すっごく悲しくなるのよねえ」 「そう、そうなんだ」 「岡島が打たれると『このやろー』って思うんだけど、河原が打たれると――」 「なんかこう、やりきれない気持ちになるね」 「そうなのよ〜」 深夜24時過ぎにツマとジャイアンツトーク。
俺の気分はたちどころに晴れていった。
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