のづ随想録 〜風をあつめて〜
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【のづ写日記 ADVANCE】

2004年03月16日(火) 謎の派遣社員

 眉村卓みたいなタイトルだ。それは“謎の転校生”。

 どうも不思議な人である。
 この3月の人事異動で他部門からひとりの派遣社員さんが我が部署にやってきた。その女性は年のころは俺と同じくらいだろうか、という印象。
「分からないことばかりでご迷惑をおかけすることになると思いますが――」
 着任した初日、自己紹介のために俺の机のそばにやってきて彼女はそう言った。まあ、よくある挨拶言葉だ。聞けば、昨年度までは人事部の仕事をしていたらしい。つまり、ウチの会社の仕事をやってきた人だ。そんな、迷惑がかかるなんてことはないでしょう、と俺が笑って言うと、
「年のせいか、覚えが悪くって……」
 と真顔で答えた。“年のせいか”という台詞が出てくるほど年齢は食っていないと思ったのだが。

 実はこの人がやってきて以来、ウチの部署は密にこの人の話題で持ちきりである。
 なにしろ声がでかい。派遣社員という立場だから、というわけではないが、とにかく部署にかかってきた電話はがしがしと取っていく。そして、その取次ぎの声の大きさが尋常ではない。
 でかいのは声だけではなく、彼女のくしゃみはオヤジのそれ以上である。
「ひーっくしょい!」
 とても女性から発せられるくしゃみとは思えない。彼女がくしゃみをすると、部内の他の女性社員は顔を伏せて笑いをこらえている。
 今日は、部内のSさんは早くも彼女に嫌われてしまった、という話で盛り上がった。どうも、彼女の取次ぎの電話にSさんがすぐに出なかったことが原因のようだ、と彼女の隣に座る女性社員は語った。普通、取次ぎの相手が電話中であったりすると、メモを書いて差し出したりするが、彼女はSさんが電話中でなくてもSさん宛の電話はメモにして渡しているようなのだ。
 ありえないー、と同僚達が盛り上がっている中、俺にも思い当たるフシがあった。
 数日前、俺が社外の人と電話で話している時に、慌てた様子で彼女が俺の傍らにやってきた。彼女が別の俺宛の電話を取った、というのはなんとなく分かっていたので、“その電話の用件をこのメモ用紙に書いてください”とジェスチャーしたのだが、彼女のリアクションがすごかった。電話で話している俺に向かって、
「ダメです。こっちの電話に出てください」
 と言うのである。“こちらの電話になんとか出られませんか?”という意思を表情で俺に伝える、などということではなく、『こっちの電話に出ろ』と口に出して言うのだ。
 なんなんだ、この人は……。奇妙な恐怖感さえ覚えた、というのが正直なところである。

「のづさん、この人の机の引き出し、開けてみてくださいよ」
 残業中、ふとまた彼女の話題で盛り上がっているとき、彼女の隣の席の女性がその不思議な派遣社員の机を指差して言った。
「え、なんかあるんですか?」
「コノ人ね、今日、消しゴムがなくなったって大騒ぎしてたのよ。誰かに“盗まれた!”って。怖かったあ」
「まあ、机の文房具が勝手に誰かに使われるってのは、よくあることでしょう」
「そうよねえ。まあいいから、のづさん、2番目の引き出しを開けてみて」
 俺は言われるままに、そっと2番目の引き出しを開けてみた。女性の机の引き出しらしく、なにやらお菓子が入っているのが伺えた。なんだ、たいしたことじゃないじゃないか、と思ったのも束の間、さらに引き出しを滑らせると、A4のコピー用紙に赤のサインペンで走り書きしたメモが出てきた。

『開けるな、ぬすっと』

 本気で怖かった。


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