イブの流した涙
▼▼▼今回の一言▼▼▼
財布の中身(レシートとかカードの類ではない)がみるみる減っていく

○そのうちに、2003年12月27日(土)「注文をとらない料理店」を完成させる予定

http://d.hatena.ne.jp/Da-Z/
↑というページができました
感想専門の日記です

▼▼▼森博嗣▼▼▼
☆「大学の話をしましょうか」が中央公論新社から発行!
☆「τになるまで待って」が講談社ノベルスより発行!
Gシリーズ第3弾
☆「朽ちる散る落ちる」が講談社文庫から発行!
Vシリーズ第9話
☆「森博嗣の浮遊研究室5 望郷編」がメディアファクトリーから発行!
完結編だそうです
☆「ダウン・ツ・ヘヴン」が中央公論新社より発行!
スカイ・クロラシリーズ第3作
文庫になったらよもうおかな(「ナ・バ・テア」も未読)
☆「君の夢 僕の思考」がPHP文庫より発行!
☆「迷宮百年の睡魔」(スズキユカ画)が幻冬舎コミックスより発行!
◎オススメは「MATEKI−魔的−」(詩集、PHPより発行)です
というより僕が好きなだけ

宝生出演の舞台観ました!(7/26)
詳しいことは月曜の日記にて
・・・と思ったけど
やっぱり水曜の日記分に書きます
と言ってて、未だに書いていない
そのうち書きます
それにしても、もうすぐ一週間経つのか
・・・もうすぐ三週間か
・・・もうすぐ四週間か
・・・一ヶ月越えたな
・・・それどころか二ヶ月経ったな
・・・もうすぐで三ヶ月だよ
・・・経ったな、三ヶ月
そして四ヶ月が過ぎ・・・
半年が過ぎ・・・
七ヶ月が過ぎ・・・
そして八ヶ月(一年の2/3)が過ぎ・・・
驚いたことに十ヶ月が過ぎ・・・
もうとっくに一年経ち・・・
一年と二ヶ月が経ち・・・
二年と二ヶ月が経ち…

2003年05月30日(金) 視認性

◆◆◆序章◆◆◆
最近この日記で<これ>とか<それ>、また擬音語を、意識的にカタカナで記すようにしている。(自然に前からやっていたかもしれない。)

しかし、例えば昨日の日記を例に取れば、<ばしばしハリウッドにリメイク権を買われている>と言いたい場合、<バシバシ>までカタカナにすると擬音語のインパクトが<ハリウッド>という言葉に霞められるし、その後に<リメイク>というカタカナ語も登場する都合もあり、そこはひらがな表示にした次第。

これは視認性を考慮したものと言える。
まぁ、コレも森博嗣の影響なんだけどね。
彼の日記(幻冬舎から数冊発売中)にそのことが触れられていたもので、なるほどと思い、視認性を意識するようになった。

あと、どうでもいいけど<幻冬舎>を<幻冬社>としやすいので注意。

◆◆◆第一章◆◆◆
今朝、二度目の試写会当選ハガキをゲット。
『マナに抱かれて』っていう映画。
主演はマナっていう人・・・ウソ。
川原亜矢子という人。
へぇ、主題歌が“TUNAMI”だって、サザンの。
そして音楽が、サザンの松田っていう人が担当らしい。
監督が井坂聡という人らしい。
どっかで見たことのある名前だなぁ。
(ヤフーにて検索中)
あぁぁ、『ミスター・ルーキ』(長島一成主演)の人か・・・観たことないけど。
前作のソレは結構評判良かったらしい、というイメージがある。
さて、期待しないで観に行こう・・・今度の月曜か。

◆◆◆第二章◆◆◆
映画一口メモにも述べたけど、『学校』という邦画を観た。
監督山田洋次。
いい映画でした。
役者がいい。
萩原聖人(漢字合ってる?)はいいね。
『GO』の時も『CURE』の時も『カオス』の時も良かった。
いい役者だね。
嫁さん和久井映見だしね、関係ないけど。
みんな良かったな、役者。
もちろん主演の・・・そう、西田敏行(実は今ヤフーで調べた)もいいし。
卒業式間近に夜間中学の先生の西田が回想する映画なんだけど、色んな日本の現状が浮かんできていてリアルだった。
<幸せとは?>について先生が生徒と考えてるシーンがあったけど、説教くさくなくて良かった。
ほんとに思わず自分も考えてしまった。
ラスト近く、生徒の1人が西田先生(実際は劇中は違う名前)に『私高校に行って大学に行って教育学部に入ってココに戻ってきます』っていった時、ジョ・・・ツゥーって涙出ちゃったよ、何の濁りもない水のようなやつ。(ウソ)
是非ご覧あれ。

◆◆◆第三章◆◆◆
よく世間ではこんなことが言われている。

スポーツは筋書きのないドラマだ

そんな点に、ファン(つまりスポーツを観る人達)は魅力を感じ、時に感動しているのだろう。
しかし、僕はスポーツ以外のニュースや自分の日常にドラマを感じているし(その割に外出はしないが)、映画等の作品だって、初めて観れば筋書き知らんし、詳しくは。
あと、番組とかでも感じるものはあるし。
つまり、スポーツ観なくっても感動するし、へっちゃらさ!
・・・というスポーツ嫌いの言い分でした。

でも、エアーホッケーやボーリング好きだし剣道やるし、バレーボールは若干面白いと感じている。(すべて自分がやる場合)
あ、でも剣道は観るのもいいかな、自分が体で知ってるのもあって。
スマスマでたまにやってるの、観るの好きだな。
キムタクがめちゃセンスあるのは一目瞭然。
スポーツは、まだやる方がマシだなと感じる次第。

―END―



2003年05月29日(木) 午前のカーニバル、午後の本格派(過去の映メモつき)

【午前の部】

録画ビデオがたまり過ぎ、どうしたものか?と思案中。
いっそすべて捨てる勇気があったら、とっくに世間的に出世してるっちゅーの。

もう一度見直したい番組があり、ソレを瓦礫の山から・・・実際は無造作にプラスチックケースに詰め込まれたビデオテープ・・・一つ一つ確認するように内容を調べていくこの作業の煩わしさったりゃありゃしない!

地道に探すか。

急に思い出したけど、昨日の「笑っていいとも!」は面白かった。
テレフォンショッキングのコーナーにウルフルズが出演。
メンバーを脱退していたらしい人が、最近・・・正式には6月から・・・復活したという。
どうやら今まで、精神的に悩んでいたらしいことが、話から推測された。
その戻ってきた人が、今度本を出すらしい。
インターネットに連載していたエッセイのようなものだと言う。
タイトルは・・・

『風に吹かれている場合じゃない』

このタイトルをタモリが読んだ時、皆に受けていて、僕も笑っていた。
このタイトル、僕は共感できる。
昔猿岩石の唄で<風に吹かれて消えていくのさ 白い雲のように>というフレーズがあったが、この歌詞が嫌だな、と前々から思っていた。
ギャグで言っているのか、それとも世間とうまく付き合っていくために長いものに巻かれよう、というニュアンスが潜んでいるのか、よくわからないが、こんな頼りない歌詞は嫌だった。
ギャグとしても伝わりづらい。
そしてそんなことを思っていた僕に、昨日<風に吹かれている場合じゃない>という言葉が舞い込み、なんだかそれが頼もしいものに思えた。

ちなみにミスチルのある曲の歌詞に、<風に吹かれ バランス取りながら>というのがあるが、これには内に秘めた芯の強さを感じるのでいいと思う。

さ、そろそろ外出しなけらばならないので、少なくとも午前中の日記はこれにて終了!

―午前の部、終了―


【午後の部】

さあて、午後の部の始まり。

もうすぐ「めぐりあう時間たち」という映画が公開。
まだ観ていないが、おそらく10点満点の8点の映画だと思う。
友達に薦めやすく、かつ自分も満足できる類の映画。
きっとそんな映画。
内容は3人の違う時代を生きた女性を描いているというものらしい。
あぁ、観てぇ!!

そう言えば急に思い出したが『ラストシーン』っていう邦画、ビデオで出たのか?
気になる映画なので観てみたい、我が家のノーマル・シアター・システムで。
監督は『リング』のおっさん。
この監督の『カオス』という映画、中谷美紀主演のサスペンスだが、内容がいまいち把握できなかったこともあり、もう一度観てみたい。
妖艶な中谷嬢は一見の価値あり。
そういやー中谷美紀って『リング』にもちょい役(真田広之演ずる高校か大学の先生の生徒役)にも出てたな。
そういやー2、この人の作品、ここ最近のアメリカでの和製ホラーブームで、ばしばしハリウッドにリメイク権を買われているらしい。(4本くらい)
日本経済が多少潤っていいね。

―午後の部も終了―

【映画一口メモ6】
2003年5月21日
「さらば箱船」を観た。
ノーコメント。
詳しくは日記本編にて。
(21日分参照)

【映画一口メモ7】
2003年5月24日
「マイノリティ・レーポート」を観た。
ノーコメント。
詳しくは日記本編にて。
(24日分参照)

【映画一口メモ8】
2003年5月26日
「自殺サークル」(邦画)を観た。
レンタルしたきっかけは、ほぼ宝生舞目当て。
宝生舞ファンならずとも、彼女の演技は一見の価値あり。
詳細は28日分の日記にて。



2003年05月28日(水) 個性を求めようとしながら他人と違うことを怖れる僕たち

○「墜ちていく僕たち/森博嗣」は、五編からなる短編集。
その中の1編の、「舞い上がる俺たち」というのを読んだ。(立ち読み)
うーん、ウォシャウスキー…♪(「マトリックス」シリーズの監督。また、<デリシャス>と同義でもある、というのはウソ)
若干昨日読んだものの方が好みだったけど。

○「虚空の逆マトリクス的ムービィ」
月曜の深夜(火曜の始まり)、『自殺サークル』という映画を観た。

(※この先若干ネタバレあり。)

またもや宝生舞目当てで。
内容も、多少気になりはしたけど。
女子高生とかが集団自殺していく話なんだけど・・・
これは大丈夫か?という映画でした。
B級を通り越しているような・・・
俳優はいい人出ているんだけどね。
石橋凌(ドラマ「お金がない!」の社長の人)や、永瀬正敏など。

で宝生は何役?と思っていたらナース役でした。
一部見事に怪演していました。
オープニング後、登場したと思ったらすぐ死んでしまうのに一番印象に残りました。(『サイコ』のジャネット・リーより早いな。)
僕がファンだから、ということでなく本当に。
さっき挙げた二人は刑事で、いい演技なんだけど、地味な役回りだから。
なかなかこの二人をこう使うなんて贅沢だなと思った。
地味だから惜しい、ということでなく、こういう使われ方もいいな、という意味で。

宝生と同僚のナースとして、さとう珠緒も出演。(初め<玉緒>と打ってしまった。ゴメンナサイ。)
しかし、きっと監督は宝生の演技力やその他もろもろを買って、宝生の方を後に残しておいたんだな・・・と観ていない人にはわからないことを想像。
詳しく述べると、映画の最初の方で、病院内での出来事が10分くらい、1つのエピソードとして描かれている。
そこで宝生演じるナースが映ってたり映っていなかったりする。
僕はこの部分をそっくりそのまま抜き出して、短編映画として出品した方がいいんじゃないの?と言いたい。
そのくらい、この10分間は濃密だった。
完成度が高かった。
宝生舞が凄かった。
マリファナでいえば、純度が高く、かなり効いてしまう代物だった。(たとえが悪いか・・・ハリウッド映画の見過ぎだな)
この10分があるおかげで、まだDVDデッキを持たぬ僕は将来持った時、このDVDソフトを買ってしまうかもしれない。
それくらい良かった。

『これ食べる?』
『じゃあ私行ってくる・・・』

彼女のこの2言には、ゾクッときました。
いやぁ、良かった・・・
他がキツい分、余計良く思えたのかも。(笑)

なんていうか・・・全体としては安い仕上がりになってしまっているんだよな。
グロテスクなシーンも多々ある。
1つ、どうしても目を直視させれなかったシーンがあるし。
ヤバイよ、あれ。
そりゃR15だちゅーの。

しかし、戦争映画でもそうだが、題材が題材なだけに、痛みを感じさせるような描写がないと駄目なのかもしれない。
そう考えるとやはりこの映画はR15指定になっても正解なのか。
それにしてももうちょっとグロいのを何とかして欲しかった。
冒頭付近のあの傑作の10分間は何だったのか?という気分になるもんな、観終わったあと。
それに肝心の飛び降りシーンは案外みんな仲良く手なんか繋いで『いっせーのーで!』とか言ってプラットホームから飛び降りてるもんなー。
あと学校の屋上からも数人。
やはりさっきとは違う意味でヤバい映画だ。(グロいのがヤバいのでなく、あっさりと飛び降りる描写が反対にヤバい)

集団自殺って怖いな。
集団だと、あんな軽い気持ちで飛び降りれてしまうものなのか?(わかるわけが無いが)
確かに1人で行うよりも、簡単なのかもしれない。
集団心理は暴走しやすいから・・・。
100歩譲ってああいう飛び降り描写がリアルなのだとしたら、この映画を観て『あ、ヤバい・・・』と感じ、集団心理が悪い方向へ走っていく現代の悪癖に危機感を持つことが、観る側に求められる映画だろう。

最後に・・・沢田敦子(宝生舞)に乾杯。(つーかね、彼女がいなかったら僕にとってこの映画は救いが無いから。ほんと、出演してて良かった、宝生舞が。)

それにしてもこの映画、誰も観ないだろうな。
一生観ることが無いままなんだろうな、ほとんどの人は。

○「トリッピング イン ザ ダークネス」
最高に気分の良かった瞬間・・・それは閉店間際に借りていたビデオを店に返しに行き、その帰り道、自転車をゆったりと走らせる中、家に着いたら100%ホットミルクで割ったインスタントコーヒー(砂糖も入れて)をすすりながら日記を書いている様子を思い浮かべていた瞬間・・・

○「デザイン」
最近、某板ガムのパッケージデザインが変わった。
対消費者戦略なのだろう。
このことがどれほど大衆心理に影響を及ぼしているのだろう?
確かに変えないより変えた方が効果はあると思う。
ずっと買い続けてる人は引き続き買うだろうし・・・いや待てよ、そうとも言いきれないかもしれない。(デザインの変化くらいで買うのを止めるのはごく少数だろうが)
反対にずっと同じものを購入している人が、あまりにデザインが変わらないことによって、気まぐれなその消費者が違うものの方に行ってしまう可能性もある。
飽き性な消費者のことを思えば、デザインの変化はそのガムの愛好者、もしくは習慣で買っている人には効果的であると言える。
あと、それを買ったことが無い人にとってはどうなのだろう?
そんな人達の目を引かせることが、デザインにできるだろうか?
そこまでは想像し難い。

○「白い車について」
白だと汚れが目立つからって白い車を買わないなんて白い車に失礼!
しかし僕はニュービートルの黄色が欲しい。
白いニュービートル以外の車、白以外のニュービートル以外の車、もしくは白いニュービートルよ、ごめんなさい。

○「蚊帳の外の笑い」
()笑

―END―

ついしん
「浮気通り三丁目」(邦画)という名の映画があったらどうしよう?(実際ないだろう)
なかなか手が出づらいだろうな。



2003年05月27日(火) 奥菜恵の目が前より大きく見えるのは顔がスリムになり相対的にそう見えるから

「THE VERY BEST OF ごっつええ感じ」なるものが夏に発売されるらしい。
定価9,800円だぁ?

「墜ちていく僕たち/森博嗣」は、五編からなる短編集。
その中の1編の、表題になっているのを読んだ。(立ち読み)
うーん、デリシャス…♪
あと同著者の「スカイクロラ」っていう作品が気になりつつ手を出してませんが、これのハードカバー版の装丁は素晴らしいと思います。
彼の作品は結構装丁もいいっす。
「墜ちていく…」はハードカバー版よりもノベルス版がグッド。
また、S&MシリーズやVシリーズのノベルス版、S&Mシリーズの文庫版の渋くてカッコイイやつも好きです。(それらのカバーデサインは辰巳四郎)
Vシリーズの文庫版のカバーデザインもいいなぁ。
ただ、例外的に「100人の森博嗣」(ハードカバー)のそれはちょっと…
あとは全部良いっす。
近日、某大祭にて彼の講演が。
観に行こうかな。

―END―



2003年05月26日(月) 思考錯誤

「映画を観るということは、まったく並ばない状態…言い換えるなら<マイナス行列>の状態である。」
映画があまり好きでない友達が、映画が嫌な理由の一つとして<二時間じっとしているのが辛いから>と言った。
そしてその後、こう続けた。
『ファーストフードでも人が並んでると、(並ぶのを)やめちゃうからね。それと同じでさ…どう同じなんだ?』
自分で言っておいて関連性に自信が持てなくなったのか、彼はそう言った。
しかし、僕は二つの事象は密接に関連していると思う。
つまり、同じ状態で体勢を維持するのが嫌なのだろう。
ただ、互いの目的には違うニュアンスがある。
二時間座り続けるのは、映画を観るためである。
行列に並ぶのは、食べ物を買うためである。
映画を観るのも食べ物を買うのも人の<目的>であるが、食べ物は食べ物を買ってお終いなのではない。
もう一つ、食べる、という作業が必要になってくる。
行列に並ぶことの方が、一段階、最終の<目的>から遠い作業であるので、こちらの方が
作業自体に無駄を感じやすいだろう。
そういう意味では、関連性は<ない>とも言える。

「『マイノリティ・レポート』が、もし「少数報告」というタイトルだったら」
きっと、人(観客)は入らない。

「<究>の字の表示」
友達に、<究>の字が氏名に使われている人がいる。
彼の名前をメールなどに打つ場合、<究明>と一旦表示させてから<明>を消去する手筈をとっている。
しかし、たまに<究明>が思い出せない場合がある。
そんな時、仕方が無いので<研究>と打つ。
何が仕方が無いのか?
それはカーソルを戻す手間がかかるからである。
よって、一旦<研究>と表示させてから彼の名前を打ち込んだ場合、私は気分がブルーになる。
手間がかかったことに対してではなく、スムーズに事を為し得なかった自分に。

「性格もっちり」
とあるCMで、自分がねばり強い性格であることをこう表現していた。
<僕は性格がもっちりだから>
なんだかねばり強いだけでなく、おっとりともしていそうだ。

「ラーメン・クイーン」
こういう称号をつけられた人が、食べ歩きガイドのような雑誌に載っているらしく、その人が紹介した店は必ず流行るようになるという。(いつまでかは知らないが)
このクイーンは、一体何者なのか?
単なる素人なのか?
それとも出版関連の会社の人間なのか?
なんだかよくわからない。

「ディカプリオ、トム・クルーズとベッカム、イアン・ソープ」
僕は後者のいい男より、前者のいい男の方が好きだ。
それぞれには共通項があり、前者は俳優、後者はスポーツ選手である。
なぜ俳優の方がいいのか?
少なくとも、後者のいい男っていうのは、ハンサムながらも、何やら飼い慣らされた感じのハンサムであるような気がするのである。
つまり、平均的な良さ、とでも言うべきか…
ハンサムすぎて、整い過ぎて、なんだか嫌なのである。
自分がいい男でないからって屈折しているのか?
でも前者だっていい男でありながら、どちらも特色がある。(様な気がする)
ベッカムがスクリーンに映ったって、映えなさそうではないか?
やはり僕は、色の濃い人が好きなのだろう。(わかりづらい表現だろうか?)

「スポーツはやるべきか、やらぬべきか」
僕は、<やるべきだ>派の人間である。
ただし僕がスポーツをやるわけでない。
それはスポーツが好きな人がやるべきだ、ということである。
スポーツの話で行くと、どうせ好きならスポーツを観ているばっかよりも、やってこそではないか?ということが言いたい。
『スポーツを観るのが好きで…やりはしないけど。』
そういう人がいるが、それでは何か不健康な気がしてならない。
好きならやろうよ!という話である。
ちなみに僕はスポーツが嫌いである。
そしてどちらにも興味が無い。
ただし、映画には興味がある。
だから、いずれ映画を撮りたいと思う、DVカメラで。
それか手軽な範囲の機材をどこかでレンタルしたい。
そして創りたい。
どう考えても創りたい。

「おっぱいが、トレるとする。」
我ながら、ショッキングなタイトルだと思う。
乳がんにより切除した経験のある人には申し訳ないかもしれない。(それを連想させる危険性があるからである)
しかし、まったくそんなことについての考察ではない。
女の人は、多かれ少なかれ…いや、大きさは様々であってもおっぱいがある。
きっと走る時には、特に大きければそうであるほど走りにくい様に思う。
ではおっぱいは、何故あるのか?という疑問に突き当たる。
それは基本的には生まれてくる子供のためであると思う。
それならいっそ、子供が生めなくなる年齢になったらトレる、というのが自然な流れではないか?
だってミルクだって出なくなるし。
ハリもなくなるし。
それでも尚、ついているのは何故か?
僕としてはかなりの謎である。
そんな疑問を母親に投げかけたところ、彼女はこう言った。
『年取ってなくなったら、女優とかはカッコがつかなくなる』
しかし、それはトレないのが当たり前の世の中だからそう感じるだけで、トレるのが当たり前の時代なり世の中であれば、そんなこと気にならないだろう、と答えた。
僕は間違っているのだろうか?

「業界用語」
業界人でない僕にとって、業界用語はなんだか嫌なものである。
たまに普段の生活の中でそんな言葉をつい使ってしまうが、そんな自分が嫌である。
しかし、業界人であれば、使っていることが不自然ではない。
それでもそういう世界と離れている素人の目からは、ソレは不自然に思える。
ソレを使っている業界人をテレビなどで垣間見る度、何か違う世界を覗いているような、そんな気分にさせられる。
そう…<させられる>から嫌に思えるのである。
つまり受け身ではそう感じてしまうのである。
染められてしまう感じが嫌なのだとでも言えばいいのか。
しかし、自分から染まりたいのならそれはO.K.だろう。
ただし、業界人でもない僕が業界用語を使うのは、何かを飾っているような気がして嫌である。
だから、僕は業界用語を使いたくない。

「ウェブ日記というもの」
まさにこの文章はウェブ日記に載っているものである。
まさか自分のうちのデスクトップにしか映らない、というわけではないだろう。
そもそもウェブ上に公開しているものを<日記>と言えるのだろうか?
紙のノートにペンで書き記すものと違い、公開している以上、従来のソレとは体質的にちがうものであるのは間違いない。
しかし、僕はこれが日記であろうがなかろうが、とてもいい場所であるような気がしてならない。
人に閲覧される可能性がある以上、ある程度見せても恥ずかしくないものにしないといけない、と感じながらコレを打っていくのは、自分の考えをまとめるのに丁度いい。
従来の紙とペンの日記では、そういう<人に観られる>という一種の恐怖がない分、読み返してみてもつまらなくなってしまう。
少なくとも僕はそうである。
あと、ノートを探す手間も省ける。(置く場所決めとけよ!という話である)
本来、日記は面白いものを書く場所ではないのかもしれない。
しかし、僕はなるべく画一的にならないような、エッセイのようなものを気が向いた時に書きたいと思っている。
コレが日記でないとしても、僕はココに思いを吐き出したいというのは大袈裟であるけれど、恐怖を感じながら書いていきたいと思う。
それはまるで、世間という得体の知れない中に、僕が身を寄せるかのように。

「連続ドラマ『日常』」
僕らは皆、<日常>というドラマの中で俳優なり女優をやっている。
それは現実の事なので、一応リアルなことだといえる。(リアルに感じれないことも多々あるが)
そして、本当のドラマ…つまりテレビや映画で観る作り物の方のドラマにも、リアルというものは求められている。
二年前のアメリカでの動じた初テロ…失敬、同時多発テロを観てしまった瞬間、これ以上のものをどうやって作れというんだ?絶対勝てやしない!とあるドラマの演出家は思ったという。
確かにそう思う。
一体今後、作り物のドラマには何が求められるのだろうか?
<日常>というドラマ以上のものを作るには、かなりの表現力が強いられそうである。

「テリトリー」
大抵我々の家族は夜をキッチンで過ごす。
祖母は自分の座る場所の前のテーブルの上に、自分以外のものがあると気になる人であるらしい。
僕のコップが付近に置いてあったらしく、ソレは目立たないところへと移動されていた。
人は、そして動物でさえもテリトリーというのには敏感だよな…
そんなことを母と話していると、ふと彼女はこう言った。
『あゆ…<アユ(浜崎)>じゃないよ、魚の…も自分のところに近寄ってくる敵には…』
確かそんなようなことを言っていた。
それを聞いて僕は言った。
『あっちのアユ(浜崎)もテリトリーにはうるさいだろうね…というよりも取り巻きがか…とにかく近づいてくるファンを追い払う感じが鮎と似てるよね』
そして次に動物もののドキュメンタリーで、あざらしは、自分以外の子供が近づいてくると、猛烈に攻撃にかかる様子を思い出した。
そんな事を思っていると、母はこう付け足した。
『SARS(現在流行中のウィルス)なんてテリトリーが広くてしょうがない…』
僕は相手をなぎ倒すかのようにテリトリーを広げるSARSに唖然とした。

「取り巻きの嫌らしさ」
前の話に取り巻きのことが出たが、芸能人の取り巻きというのはどうもいい気がしない。
よくある『あのちょっとそこどいて〜どいて〜』と言っている人達のことである。
特に女優の取り巻き。
もちろん悪質なファンから身を守るため、取り巻きはそれなりの対処を施さなければならない。
しかし、守られている女優が、さもそれが当然である、という表情をすると、いい気がしないどころか『お前に近づきたくなんかないよ!』と言ってしまいそうな気分になってしまうかもしれない。(どっちやねん)
無条件に悪役にならざるを得ない取り巻きが、感じ悪く映ってしまうのは仕方がないにしろ、せめて守られている女優の態度だけは何とかして欲しい。

「会話スパイラル」
『あの何だっけ、デフレ何とか…バトルロワイヤル、デフレロワイヤル?』
『デフレスパイラルでしょ?』
『あぁそうか』
『ちなみに映画の「リング」は英語だけど「らせん」が「スパイラル」でないのってどうしてなんだろう?何となく「らせん」の方がしっくりするけどね』

―END―

ついしん
今日はたっぷりめとなっております・・・ってついしんで言ってもしょうがないか。



2003年05月25日(日) み、み、

見逃したぁぁぁぁぁ〜っ@▲±ΓΘΦ≠○;<≦記号◆,、←×!!!
…乾貴美子を見逃した。

どうやらテレ東系列のスペシャル番組に出演していたらしい。
22時頃知った。(19時54分〜放映)
最近本人制作のHP見てなかったからなぁ。
ちなみにそのHPには不定期に番組出演の告知が載るのです。
しかも本人以外も書きこめるBBSのところに。
しかもしかも今日出演なのに金曜深夜にその情報は書き込まれていた。
つまり、昨日か今日の19時54分以前にそれをチェックしていないとわからないわけで…ギリギリすぎるよ〜ぅ。

その代わり、違う番組の出演情報や雑誌連載情報がいくつか載っていたのでまぁいいか!という風に気持ちはなびいていくのです。

ん、なになに?

★UCカード会員さん向け雑誌「てんとう虫」にて6月号より連載開始
 
 →みなさんUCカードに入りましょう。
(上2行、HP「乾貴美子のお熱いのがお好き」BBSより抜粋)

…入るかぁぁ〜っ!!!

―END―

ついしん

しかし、嬉しい情報も。

★雑誌「an」にて近日連載開始 
 『乾貴美子のはじめてのアルバイト」

 →やって欲しいバイトの書き込み、引き続き募集中!
(上3行、HP「乾貴美子のお熱いのがお好き」BBSより抜粋)

うーん、ゲツアンとモクアンのどちらに載るんだろう?
まさか両方ってことはないだろう。
んー、週に200円か…



2003年05月24日(土) 少数報告を行います。

>>>
いやー、面白いよ『マイノリティ・レポート』♪
ホームシアターで(既存のテレビに既存のビデオを繋げただけの)とくと拝見させてもらいました。
スピルバーグ作品の中でも僕的には3本の指に入るね。
やはり彼が天才であることを再認識した次第。
どの場面一つとっても変に感じる場面がない。
編集の効果もあるとは思うが、何一つ隙のない、いい意味で息の詰まる娯楽アクション大作。
三谷幸喜が『僕の「みんなのいえ」は、年に1本くらいしか映画を観ない人に観て欲しいです』というようなことを言っていたが、まさにこの映画もそんな一本に仕上がっている。
『未来殺人罪で逮捕する!』ってねぇ、映画でしか観られないスペクタクルなのがいいよ、いいですよ。

>>>
この作品は『観ればわかるさ、面白さなんて』と言い切ってしまいたいぐらい、ユニークな映像を、それでいて虚構の中のリアルさを創りあげている。
やっぱり一番いいのは、主人公がオーケストラの指揮者のごとくプリコグのイメージを読み取っているシーンだね。
観ていない人には『なんのこっちゃ』でしょうが。

>>>
この映画のオープニング、つまり配給会社のロゴの登場後、こんな文面がスクリーンに・・・いや、テレビ画面に登場する。

The following films has been modified
from its original version. It has been
formatted to fit this screen, to run in
the time allotted, and edited for content.

訳すとこんな感じか・・・

このフィルムはオリジナル(小説)のものに修正を加えています。
それはこの映画にフィットさせ、また映画の尺に充てるように話を進めさせるためにフォーマットされ、それを満足させるような編集を施しました。

英語が苦手なもんで、こんな訳になってしまいました。
が、言っていることはわかります。
オリジナルの小説、つまり原作に気を使っているのでしょう。
小説を映画化する場合、気を使うことがいっぱいありそうで大変だ。
こういう前置きのようなものが嫌いな人もいるかもしれないが、僕はわりかし気にならないタイプだし、断りを入れておくのは原作ファンに対しての礼儀でもあるのでいいことだと思う。
まぁ何にしても映画が面白ければ僕はいいんだけれど(笑)
ところで何故この文面に字幕がついていなかったのか?
甚だ疑問だ。

>>>
この映画は僕は一度、劇場にて鑑賞したのだが、その時理解できなかったこともあったのです・・・
ちょっとストーリィが入り組んでいるので。
おおまかには理解できても、細かいところで何でか?という疑問が多少出てきたのです。
でも今回、ビデオで3回繰り返し観て、自分で思いついた限りの疑問はすべて解消しました。
あぁ、よかった・・・
犯人の察しはつきやすいものの、ミステリィな映画なのでその辺も楽しめます。
ぜひ皆さん、映画を滅多に観ない人もそうでない人もご覧あれ!
『回路』よりこっちをオススメします。
これ観たら『回路』観て下さい。

―END―

ついしん

>>>
僕はこれを母親と観た。
これまでにも何度か僕の借りてきた映画を一緒に観た。
しかし、今までも今回も、何一つ良い感想を聞いたことがない。
映画が本質的に嫌いなのか?
『ヒューマニズムな要素がなさすぎて・・・』
そんなことはない。
アクションが目立ち過ぎて印象に残らなかった、ということか?
まぁいい。
母は『ダーク・エンジェル』のファンで、これはアメリカの連ドラである。
この映画もアクションあり、感動ありの物語。
主演の二人を気に入っている、ということもあって、印象がいいのか?
ちなみに『マイノリティ・レポート』の主演はトム・クルーズ。
母は彼が好きでないという。
まぁ好みはどうでもいい。
俳優が気に入らないと、のれない場合もあるのはわかる。
しかし、僕は母にトムの魅力について語った。
『いや、背が高くてかっこいいのは当たり前で逆に何の魅力もないよ。トムは背が低くてもサマになっているのがいいんだよ。そのギャップがたまらないんだよ。だってキムタクも足短いのに、そんなハンデを感じさせないカッコ良さを持ってるじゃない?トムだってそういうことなんだよ。何、顔が貧相だって?そんなこと知るか!!カッコイイじゃん、カッコイイじゃん・・・』



2003年05月22日(木) マイノリティ・レポート(過去の映メモつき)

タイトルは、まぁウェブ日記ってのはそれぞれがマイノリティなものだなという思いを込めてつけさせてもらいました。
本当は明日いよいよビデオが貸し出されるなぁということを思い出したから、なんとなくタイトルにしてしまったこのどういようもないふわふわした気分をどうかお許しください。
私は今、眠いです。
今日の日記は明日に気が乗れば書く予定。
この文の後に何か違う文が続いていたら、それは金曜日に書かれた木曜分の日記ということなんでご了承あれ。

―END―

【映画一口メモ4】
2003年5月15日
「永遠と一日」を観た。
裏側のビデオパッケージに<ラストの愛の回復を告げるシーンに感動が押し寄せる>というようなコピーが載っていた。
本当にこれ、カンヌのパルムドール獲った映画なのか?
騙された。
詩的なテンポ、主人公の小難しい内容の独白、その他画面に映る人や風景、どれをとっても魅力的でない。
はっきりいって、よくわからん。
死んだ妻の、自分(主人公)に対する深い愛を、過去の手紙によって知って、もがいてるだけの寂しい映画である。
主人公が勝手すぎて感情移入しない。
この手の映画は感情移入できないとただただ辛いぜよ。

【映画一口メモ5】
2003年5月17日
「回路」を観た。
邦画。
ホラーなのか?一応。
一言で言うと良い。
テーマが大きい。
『バトル・ロワイヤル』やドラマ『僕らの勇気 未満都市』のホラー版といった感じがする。
怖い。
かなり怖い。
下手したらあの初めて観た時に衝撃を食らった『リング』より怖い。
リアルな映画。
『リング』をビデオで観た時も思ったが、これを劇場でみたらどれほど怖かったろう?と思うとそれだけで衝撃。
ぜひ皆様にオススメしたい逸品。
『リング』を観たことのある人は、どちらが怖いか?どう怖さが違うか?を比べるのもよろしいかと。



2003年05月21日(水) やっぱりミスチルは良ーい♪

「女性雑誌」
ココは5月17日の日記を読んでから読んでください。
結論から言うと、買いました。
2冊買いました。
2冊購入しました、って書いた方がかっこよかったかなぁ?
それとも2冊購入しました、って記した方がかっこよかったかなぁ?って記した方が、かっこよかったかなぁ?

うーん、それにしてもどちらも宝生舞のインタビュー記事はたったの1ページなんだよな。
まいったな。
痛い出費だ。
どっちも500円くらいしたぞ、確か。
計1000円。
1000円出したら一冊エッセイ本買えちゃうよ。
後に、こういった雑誌に載ったインタビュー記事って、まとめられ、1冊の本に組み込まれるってことはないんだろうか?
コラムじゃあるまいし、インタビュー記事はなかなかそうはいかないだろうか?
もしこれが今回の雑誌っきりの文章だったら、貴重だ。
しかし、将来、何かしらの彼女の本に組み込まれていたらズッコケルな。

「矛盾」
矛盾は客観視の不完全さから生じる。
故事の矛(たて)と盾(ほこ)の話も、設定が<何物も貫く矛と、何物も受ける盾を…>とあるが、一体どうやってそれを証明できるのか?
そもそもの設定が妖しい。
それを言っちゃーおしまいよ!と言われそうだが、客観性を求めると、そういう部分をつっこまなければいけないだろう。
つまり、矛盾という言葉も、本当に矛盾であるとは言いきれないという矛盾が生じるのである。
あぁ、なんか頭痛くなりそう。
論理的な考えって苦手なもので…

「友人のボケナス〜ウェブ日記〜」
以前、ある友人に、ウェブ日記始めたら?と声をかけたことがある。
彼が日記にどんなことを書くのかに興味があったからだ。
その時は、『そういう気になったら書くよ』と言っていたように記憶している。
またその時以後、違う日に『たまに(ウェブ日記に日記を)書きたいなーと思うこともあるけどね』と言っていたようにも記憶している。
それからしばらく経った頃、つい先日に彼は『僕もウェブ日記始めようかな』と言った。
彼は、ココ(エンピツ)に書くにはどうすればいいの?というようなことを聞いてきた。
僕は、『無料版は今受け付けていないようだよ』と言った。
また、違うHPのウェブ日記を彼に紹介した。
彼は言った。
『まあまたそういうテンションになったらやるよ』
軽い気持ちで<始めようかな>と言ったのはいいのだが、一体彼はいつになったら<そういうテンション>になるのだろうか?
彼はいつまでたっても書き出しそうにない気がする。

「暇ができたので再び最高のセンターへ、寺山修司、『さらば箱船』にさらば」
またまた可児市文化創造センターという場所に行ってきた。(以前、このセンターに行ったこと、この日記に書いたっけ?)
それはの通う大学に近い場所にある。
大学の最寄りの駅からそこまでは、徒歩で片道1時間15分ほどかかる、と思っていたが、今日、以前とは別のルートを試してみると、ジャスト1時間で着くことに成功。
ところでそのセンターに最寄りの駅はないのか?という疑問を持つ人もいるかもしれないが、僕は名古屋から大学の最寄りの駅までの定期を持っている。
そのセンターの最寄りの駅は、その範囲外。
で、徒歩というわけ。

今日徒歩ったルートは、以前のルートより真っ直ぐの道が多く、歩いていて気持ちが良かった。
そして以前のルートは明らかに遠回りであったことも感じとして掴んだ。
その2つの理由から、気持ち良く目的地に着いた僕は、無料でAVブースにて映画を楽しんだ。(ディスプレイは20インチくらいの液晶)
(1時間も歩けば健康にもいいだろうし、しかもこれから映画を見られる)
そんな思いを張り巡らせていた僕は、至福の時を迎えようとしていた。
ブース付近に設置された棚から適当にDVDのボックスを抜いた。
そしてそれを受付に持っていき、手続きを済ませた。
そこでヘッドホンを受け取り、足をAVブースへ運んだ。
そしてそれから楽しもうとしていた映画が『さらば箱船』というものだった。
結果、物凄くつまらなかった。
早く終わらないかなーと珍しく途中で思ってしまった。
まぁ『永遠と1日』を家で観てた時も思ったけど(笑)。

【『さらば」箱船』の評論】
まず演出が緩い。
この監督は寺山修司といって、どうやら有名な人らしい。
サトエリがこの人の本のファンらしい。
この人は若い頃から演劇をやっていた人だった。
そして確か30代半ばから映画も撮るようになったのだと記憶している。
だからかどうか知らないが、彼の演出は、どうも舞台のそれなのである。
なんだか緩い。
そしてこの作品を観て思ったのは、ハリウッド映画ってやはり僕好みだな、ということ。
ハリウッド映画に飽き飽きしている人が今多いのかもしれないが、『飽き飽きだぜ』とか言ってカルトな映画やヨーロッパの映画を観ていくと、結構ケガをすると思う。
映像に凝っていると、それだけソレが不自然に見え、イライラするのである。(あくまでも僕はね)
そういうのが好きな人もいると思うけど、個人的にはハリウッド映画は観客をほったらかしにはしていない。
そしてセンスがある。(もちろん作品にもよるが、全体的にはそう言える。)
で、今回の『さらば…』もそう。
おまけに内容がカルト臭くて嫌だった。
それもカッコイイカルトっぽさでなくて、もう古臭いソレなのである。
まいったね。
全然今の時代に合いませーんという感じだった。
うーん、シュールな感じもしたね。
同じシュールなら『シャイニング』(洋画)なんてセンスがバリバリに生かしているゼ!ってなもんだ。…という表現が古臭くて反省。
シャイニングは全編緊張しっぱなしで最後まで楽しめる映画だったなぁ。
まぁ、ホラー色強いしね。
『さらば…』、DVDのパッケージ見て、テーマ的には悪くなさそうだなー思って
観たのに…。
やはり演出次第な部分が多いな、映画って。

…
というわけで、せっかくの幸せの一時も水の泡となった。
帰り道の徒歩の1時間も、若干飽きているせいで疲れた。(行と同じルートだもんなぁ)

―END―



2003年05月20日(火) ネコの手も借りよう!

友達のウェブ上の日記を見て、目から魚が丸ごと出てくる思いをしました。
なんて魅力的で、素直な、思慮深い、哲学的な、ユーモアのある、読みやすい、素適でかわいい、豊満で、キュートな日記なんだろう!…ウソつきました。

彼の日記は読んでも読まなくても平気な日記です。
それだけ自然なものだということです。
これは誉め言葉です。

反対に僕の日記は必ず読まなくては駄目です。
いつ、何時面白いことが書いてあるかわかりません。
だからといって、常日頃つまらない日記を書いているわけではありません。
僕はいつだって面白い日記を提供しています。
もし僕の日記をつまらないと感じるなら、それはあなたがたの感性の問題です。
もっと感性を磨きましょう。

話を友達の日記についての事に戻します。
彼はある日、日記に記号を使った1コマ漫画を書き込んでいました。
それは、ネコが『うるせぇ、エビフライぶつけんぞ!』と言いながらエビフライを持った両手を掲げている、一見物騒に思えて、しかし貧乏学生や売れない劇団に所属する人間にとってはこの上なく『ありがたやー』という1コマではないでしょうか?
この際、ネコに奢られたからって凹んでる場合じゃないでしょう。
ネコの手だって借りたい世の中なのですから。

そして実際ネコにエビフライをそう言われながらぶつけられた場合、注意点が1つあります。
それは、一応エビフライにぶつかりましょう。
ドッヂボールに例えるなら、アウトになりましょう。
そして相手のご機嫌を取った上で食べましょう。
そうしたら、きっとそのネコは次にソースを投げてくれることでしょう。
『このやろぉ、今度はソース瓶ごとぶつけんぞ!』
ちょっと痛いですが、そこは我慢。
だってソースなしのエビフライなんて嫌でしょ?

―END―



2003年05月19日(月) マニアックなものをいかにしてメジャーにするか?

「スターウォーズ エピソード�気離汽鵐肇蕕鯆阿�ながら」
スターウォーズの新シリーズは評価が低いし酷い。
CGの使い方が下手だということも聞く。
しかしそんなに駄目か?と疑問に思う。

あれだけリアルに現実の世界を感じさせない世界観を作り出せるなんて凄いなーと劇場で見ていて思ったのだが。
ではなぜ『ロード・オブ・ザ・リング』は評価が高いのか?
一重に旧シリーズを知らない連中が興味を示さなかっただけの違いではないか?と思う。

旧シリーズは90年代後半にリニューアルされ、公開された。
新シリーズへの布石だったのだろう。
しかし、やはりそれに若者世代が食いつかなかったのだろうと思う。
リニューアルされたとはいえ、内容が変わったということはない。
昔の映画として彼らの目には映ったのだろう。
ではなぜ、旧シリーズの世代でない僕がエピソード�気砲△譴曚俵淑海靴討い燭里世蹐Δ�?
やはり僕はCGで丸ごと作り出されたあの世界観に純粋に魅力を感じたのだろう。
あの丸ごと感はただ事でない。
『ロード・・・』よりも『ハリーポッタ』よりも何よりも、まずスターウォーズシリーズが評価されるべきだ。

「巨大の国」
デスクトップ領域を640×480にした。
そして文字のサイズを最小から小へ。
すると僕は、マリオが巨大の国(3の4面)に初めて入った時のような衝撃を味わった。

「やっぱり」
やっぱり『回路』は星8.6。
ちなみに『T2』は9.3。
『タイタニック』は9.6。
『フェイス/オフ』は9.8。

「世界に一つだけの花」
=自分の存在以外に対してアンチ

―END―



2003年05月18日(日) ショーゲキ!の世界展

≪ショーゲキ!昨日観た「回路」の世界≫
映画一口メモにも書いたけど、これは色々と考えさせられる映画だった。
面白いし、怖いし、女優がいいし、映像凄いし・・・
星10点満点で8.5くらい。
やっぱ8.9くらい。
やはり9はあげられないけど。(何様?)

1日経って、すっかりあの恐怖も薄まってきた。
まず感想を記すよりも、鑑賞中に記したメモを下に書いておく。

忘れねーよ!
加藤の独り言
こんなに部屋 暗いものなの?
僕もそこにいてもおかしくない(演出ムズい?)
謎を解明するとは?
怖いとは?
幽霊なんて怖くない!
理論的なこと…違う、そう感じるだけ、体感的に
口あんぐり
知らない、ということは強い
音のない瞬間
無駄かもしれないよ(反逆)
久美子の鼻の下にタバコトーン
そう思う、ということがどれほど強く、脆いか
気がついただけ
適当な自販機
錯覚してて、ラクです。
部屋にクラスメイト
運転しやすそう
なぜ、ゲーセンにオレ1人…?
恐怖のメカニズム〜裏「回路」〜
ユウレイは増えるダケ…→「死人怖い」
気づかせてあげようか?
オレと春江の考えはコインの表と裏の様
受け入れられないから、探す
死があっけないから<怖い>
世界観が創られる映画→逆「回路」
つくづくヒット作は薄い〜何で「回路」が話題にならないか?〜(ただしの優越感)
やはり<リアル>がモンダイだ!
ラストの薄まり感を度返しする世界観の緻密さ、壮大さ
世の中、錯覚、で成り立つ。(特に感情) その逆→「マトリックス」
…

これを読んでも伝わりづらいハズ。
このメモを元に、映画「リング」と比較しながら回想にふけろうかな。
(メモのすべてについて解説をするのは辛いので、印象的なものダケをつなげてやっていきます)

はじめからグイグイと引き込まれる世界観。
いきなり「リング」と比較するなら、この映画はソレより説明が少ない。
アバウトな部分が多々あるので、その分こっちは勝手なことを想像できる。
考え方に束縛をしない分、映画の世界に浸れる点が「リング」よりいい。
(ちなみに「リング」は星7.8)

あと「リング」でいう<貞子>のように、恐怖の対象がコレといって特定できないのもソソる。
基本的に分かり図らい映画は嫌いな僕ですが、この映画に関しては、日常ふとひっかかるような、言葉では言えない恐怖に迫る感じが、ものの見事に演出されているので、感覚的に、身体的に理解できる映画となっております。
(ぜひリバイバル希望)
つまり日本国民にとってはなじみのある感情を、この映画では観るものに感じさせるように出来ているのでーす。

それと、日本の映画はダサい、というイメージを逆手に取り、それを生かすこともこの映画はしている。
にしてもキレのある演出なので、生活観あふれる描写でも退屈はしない、絶対。(この世に絶対などない)
例えば加藤晴彦演じるキャラは、インターネット初心者。
彼は自宅で、初めてパソコンをネットに接続しようとしている。
片手に説明書を持ち、目はそれとディスプレイとを交互ににらめっこ。
その描写がとってもリアルだった。
それは独り言。
この独り言は誰しも共感できるものである。
加藤もなかなかだなーと思った。
ナチュラル。
そういうリアルの積み重ねが、この作品をA級に仕立て上げている。
ラスト付近、なんかジェット機の墜落における爆破シーンなどはリアルではないが、そういうラストに収束させていくだけの力が、特に中盤までの生活観あふれるリアルなシーンにはある。
なんだかとってもサバイバルな映画だったな、と思う。

今気がついたが、ほとんどメモを参考にせず(リアルさについては語ったが)感想を書いてしまった。
ここでもう一度メモを見渡すか…

とにかく原因不明に人が消えていくのである。
そして主人公らはさ迷う。
どうして人が消えるか?についての具体的な原因はこの際問題ではない。
インターネットを通じて妖しくうごめく映像の数々。
そしてその正体は不明…
確かに何かが変だというのはわかっているが、なす術もなく途方にくれる主人公ら。
周りの人々は扉が赤いテープで閉ざされている<開かずの扉>なるものに吸い寄せられていく。
その扉の向こうには人々を<死>に引き込む<何か>が…
雪山に閉じ込められた遭難者が眠気に堪え忍ぶが如く、加藤演じるキャラと麻生久美子演じるキャラは<死>へ向かう誘惑を身から払い、行き場を探そうとするが…

そんなストーリーを通し、<死>、そして<人と人との繋がり>とは?と問われ、観ている僕は<恐怖>を通して<生>を考えざるを得なかった。
そして「なぜ生きるのか?」を問われているというよりも「生きてる方がいいでしょ?」とささやかれているような映画だな、と感じる次第でした。

≪ショーゲキ!花、花、花、花、花…の世界(これ花?もあったけど)≫
とあるデパートでとある生け花展が行われていた。
冗談半分に『僕は将来生け花を習いたい』と家族に吹いていたので、母はそのデパートで生け花の展覧会があるという情報を教えてくれた。
それなら行こうか、と軽く考えて足を運んだ。
実際行ってみて、観て、『来て良かった!』と思える心境に。
いくつか心に残った作品があった。
しかし、終盤に1つとんでもなく印象に残った作品があり、それまでの作品の印象がふっとんだ。
たまにデジカメでそれを撮っていた人がいた。
羨ましかった。
この生け花展は有料だったのだが、チケットを購入しようとした時、近くからお声がかかった。
その声の主は僕ら家族3人分のチケットをただでくれた。
ラッキーだった。
その生け花展を見終わった後、チケットが無料だったのを理由(どんな理由だ?)にある新刊を母に買った貰った。(結果、駐車場代の割引の問題のため、そのデパートで買った方がお得であった。それを買わなければ割り引きはされなかったからである。)
それは『毎月新聞』というものである。

≪ショーゲキ!佐藤雅彦の世界≫
毎月新聞/佐藤雅彦
これは新聞ではない。
れっきとした本である。
サイズが中途半端な本である。
どうやら著者が毎日新聞に月1で連載していたものをまとめたものの様である。
この著者は、広告プランナーであり、作家であり、慶応大学の講師である。
広告プランナーとしての作品は・・・

バザールでござーる(CM)
スパシオ 爆笑問題ナレーション編(他のスパシオのCMも手がけたかどうかは知らない)
だんご三兄弟(ミュージック)
I.Q(ゲーム)
・・・
などなど。
誰もが知っているような、印象深いものばかりだ。

はっきりいって、彼の作り出した作品には全て興味がある。
欲しい欲しいと思ってて、ようやくはじめて彼の作品(本)をゲット。
なぜこの人を知ったかというと、爆笑問題の本で彼らと対談をしていたからである。

そんな彼の作品『毎月新聞』
装丁がかなりショーゲキだ!(中身じゃないのか)
もちろん中身も面白く為になることばかりで充実している本だった。

≪ショーゲキ!ボキャブラ復活≫

≪ラストショーゲキ!秋吉久美子名言集≫



2003年05月17日(土) ランダム(過去の映メモつき)

▽▽▽
To 坪内ちたん様
やはり距離感は大切だと思い知らされました。
byダーZ
(つまり人間関係全般における鉄則かな〜と、距離感に気を配るのは。)

▽▽▽
最近結婚とは?と、彼女もいないのに、しかも今までずーっといないのにもかかわらず考えています。
だって色んな人が結婚について語ってる気がするし…(というか僕がそういう情報に目ざといダケなのかも…)
そしてようやくソレについての考えがまとまってきた。
ソレは共同生活なのだと、ニュアンスとしては。
そしてソレにおいても上で言っているような距離感がきっと大切になってくるのだろうと思う。

▽▽▽
最近気になる女優はもっぱら宝生舞で、今日は彼女が出演する『はりねずみのハンス』という舞台のチケットを手に入れた。
インターネットで彼女の事に関する情報が載ってるところをたまに調べる。
そして○○の雑誌に彼女のインタビューが載っている、と載っていたので、じゃあ本屋に行って見てみようかーとなるわけである。
でもその雑誌がね…女性誌なわけで、完璧な。
近所にわりかし大きな店と小さな店があるけれど、もちろん小さい方でこそこそ見た次第、読んだ次第。
やっぱりね、彼女の言ってることには共感できる。
今覚えている限りで言うと…

幼い頃は普通人って純粋で、絵なんかを描いても表現力が凄い。
でも私はそうじゃなくて、小さい頃は『キレイに描かなくちゃ』という意識があって、今の方が純粋に、自由に描ける。

というような内容の事を言っていて、これは僕も同じだなーと思った。
なんか親近感がわいたような気がした。
で今、その雑誌買おうか迷ってるわけで…
マジで母親に頼もうかな〜と。
それか『そういえば母がこの雑誌買っておいてって言ってたな〜。しゃーない、買うか〜』などと思いながら、足取り軽くレジに持って行こうか?
そんなことを思ってる次第で。
そんでもって迷ってるうちにその雑誌のこと忘れて…
忘れているうちにそれの次号が発売になって…
気がついた頃には『あぁぁ…』と心の中で叫んでいる、というようなシナリオだけは避けたいな〜と今思ってる次第。

▽▽▽
永遠という言葉ほど胡散臭く、なお且つ詩的な表現はない。
けれど、1人の人間の<死>だけは永遠に続くんだろうなーと変なことを想像。

―END―

【映画一口メモ2】
2003年5月12日
「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」を観た。
この監督(ラッセ・ハルストレム)の作品はこれで5作品も観たことになる。
好きな監督の一人。
眼差しがいい。

【映画一口メモ3】
2003年5月13日
「フルメタル・ジャケット」を観た。
この作品のリアルさを越える作品がどれほどあるだろう?
リアルと言ってもドキュメンタリィのタッチではない、落ち着いた物腰の視線を思わせる演出がいい。
前半の新兵訓練の様子と後半の戦場のシーンとではまるでトーンが違う。
なぜか訓練中の方がシビアに映る。



2003年05月16日(金) ドットの軌跡で奇跡な集合体!

<今日の課題>
この日記を書き終わるまでに、カラオケ屋で歌っていない人も楽しめるようなアイディアを考える。

<今日の本>
毎月新聞/佐藤雅彦
これは新聞ではない。
れっきとした本である。
サイズが中途半端な本である。
どうやら著者が毎日新聞に月1で連載していたものをまとめたものの様である。
この著者は、広告プランナーであり、作家であり、慶応大学の講師である。
広告プランナーとしての作品は・・・

バザールでござーる(CM)
スパシオ 爆笑問題ナレーション編(他のスパシオのCMも手がけたかどうかは知らない)
だんご三兄弟(ミュージック)
I.Q(ゲーム)
・・・
などなど。
誰もが知っているような、印象深いものばかりだ。

はっきりいって、彼の作り出した作品には全て興味がある。
欲しい欲しいと思ってて、ようやくはじめて彼の作品(本)をゲット。
なぜこの人を知ったかというと、爆笑問題の本で彼らと対談をしていたからである。

<今日の好きな諺>
必要は発明の母

<今日のパロディー諺>
必要は発明のハハハ

<今日の逆さの現象>
回転寿司。
逆に人の方を回転させるのはどうか?

<今日の疑問>
その本がどうしても読みたい。
そしてそんな想いと同じくらい、その本を読み終えるのが惜しい。
果たしてそんな彼はその本を読むことができるだろうか?

―END―

ついしん
<今日の課題の解答>
・聞き惚れる。
・体の色んな部分を使ってリズムをとる。
・審査員を気取る。
etc…



2003年05月15日(木) 余計なアドバイザー

最近なんだか息苦しいと感じているあなた
呼吸するのを忘れていませんか?

―END―



2003年05月14日(水) 謎!

【友人】の謎!
友人のT本君はほとんどTVを見ないという。
そんな彼が「柴咲コウは女優としていい。作品によっていろんな表情を持っている」というようなことを言っていた。
TVをほとんど見ないという彼。
一体柴咲の芝居を何で見比べているというのだろう?
柴咲の出演番組だけはもれなくチェックしているのだろうか?
それともたまたまチャンネルを回していて見かけただけのことなのだろうか?
よくわからん。

【「フルメタル・ジャケット」】は紛れもない戦争映画!
普通、どんなに戦争映画だと謳われていても、それにはアクションの要素が混ざっているものである。
しかし、「フルメタル…」にはそれがほぼ含まれていない印象を受ける。
それに比べて最近で言うなら「パール・ハーバー」しかり「ブラック・ホーク・ダウン」しかり…かなりのアクションものに仕上がっていることだろう。(どちらも未見)

【空箱】と気づいて!
レンタルショップにて(あーどれにしようかな〜)と散々迷う僕。
そんな僕が(おぃ、これがいいではないか!)と裏のパッケージのあらすじを繁々と読んでいる。
(よし、これにしよう!)
と思った次の瞬間、私はレース途中無理矢理スタート地点に戻されたような気分にさせられる。
(これ…じゃん!!)
そう、そのビデオは中身がない…つまり借りられているのである。
しかもその映画は手にしている1本のみ…
(ふ、ぬか喜びだった…)

【悲しい】風景!
うちのおばあちゃんが某TV番組を観ていた時の事。
会場の100人がそれぞれスイッチを持っており、それを押した人数が電光掲示板に表れる。
そんなシステムが使われ、ある若手女優が100人のうち、1人が押すような質問を発表するコーナーが展開されていた。
その女優はそこでこんな質問をした。
(この中で昨日子供が生まれた人)
それを聞いておばあちゃんはとっても苦々しい表情をし、こいつは何を考えているのだろう?というような1人ごとをTVに向かってはき捨て、毒づいていた。
それを見た僕はなぜか悲しくなった。
というかそんなことが毎日続く。
つまらないのなら観ない、というのならわかるが、ダイニングキッチンにTVがあり、そこで家族が顔を合わせているのが日常な我が家の場合、おばあちゃんはいつも、「笑っていいとも」とゴールデンタイムはTV画面に目を奪われているのである。
しかも僕にとってはどうでもいいような場面で笑い、そして馬鹿なことを喋る人を苦々しくバカにし、下品なものに強烈な批判をするそんな祖母のように私はなりたくない。
徹底的に悲しく、寂しい祖母のように僕には映る。
まずそういう時の祖母の表情がたまらなく嫌だ。
とっても祖母がつまらない人間に思え、そして僕がどんなに愉快な人間だろうか、と感じてしまう。
しかし、それは僕から見た感じ方、考え方なので、本人がどう思っているのかは分からない。
確かに僕は未熟だが、そんな祖母をつまらない人間だと思う自分が大切なのだと思う。
しかし僕自身がおばあちゃんをつまらない存在にしたくはない。
そういう考え方はつまらない、とはっきり毎度毎度本人に言っている。
それが僕自身が僕の為やおばあちゃんの為に出来ることだろう。

【素】のマイケル・ウェザリー!
マイケル・ウェザリーはアメリカの連ドラ「ダーク・エンジェル」シリーズに主演の俳優である。
彼は劇中ではなかなかの男前なのだが、とあるインタビューに答えている彼を見て思った。
(なんだか炭酸の抜けたコーラみたいな顔だな〜)

【異常】な太田光!(爆笑問題)
おすぎとピーコと太田と田中となっちゃんが送る水曜七時のバラエティ番組は、司会者側がひたすら面白い番組である。
今日も見たけれど、やっぱり太田が異常なテンションで自分のエピソードを語る際、何か核融合の果てに何かが生まれてしまった感が滲み出てくる。
それが番組のフィナーレで最高潮に達した時、僕は言い知れぬ疲労感と満足感に包まれるのである。

【変】な名前!
家から自転車で20分、歩きで1時間ほどの場所に<おぎす内科>という医院がある。

【かっこいい】女性!
かっこいい女性が好きだ。
宝生舞が好きだ。
真鍋かをりが好きだ。
目がきっつい人がわりかし好きだ。
そういう女性はなんだかかっこいい。
あの上にあげた二人のきっつさは、僕にとっては社会のルールのようなものだ。
それくっらい大事なものだ。

―END―



2003年05月13日(火) やーねー〜微妙に見覚えのある着信履歴が携帯に〜

「んーこれ(花−Mement‐Mori−/Mr.Children)はあのプロモーションビデオも良かったな。あの廃ビルみたいな所に4人が駆け上がっていって屋上で演奏してたなー」
そんな思いを頭に浮かべた僕は、1つ気がついた。
<廃ビルみたいな>というよりも、あれは紛れもなく廃ビルだったよな、と。
なんだか肯定文を疑問文にして喋る若者言葉に通ずるものがあるなと思った次第。

―END―



2003年05月12日(月) あ〜録画し忘れた時に限って面白いんだよな!の法則(過去の映メモつき)

優勝をしたければ
そのコースを一人で走ればいい
ただし一人で走る覚悟が必要だ

―END―

【映画一口メモ1】
2003年5月7日
「ウィンド トーカーズ」を観た。
バランスの取れた戦争映画だった。
ニコラス・ケイジが必死に日本語を喋っていた。



2003年05月10日(土) 観たい映画↓

やっぱり『マトリックス リローデッド』はね、観たいねぇ♪
あとは『恋愛写真』(<写真>は本当は難しい方の字です。)と『あずみ』。
僕はやぱり監督で観るタイプだなぁ。
マトリックスは監督が、というよりも、あのシリーズを通しての特異な設定にひかれて観よう!って気になってるんだろうけど、俳優よりも監督の色が強い映画ってのは確かだからねぇ〜。
『恋愛・・・』は堤幸彦、『あ・・・』は北村龍平(名前あってるかな?)がそれぞれ監督。
堤はもうね、『ケイゾク』で高3の頃にやられてからやられっぱなし!
もともと音楽のPVをやってた人だが、最近はドラマもやっている。
ドラマの演出家としては『金田一少年の事件簿』ら辺をやってから知名度が上がったと思う。
ごく最近は映画もチラホラ・・・
とっても忙しそうな人。(彼の所属事務所HPに載ってる彼の日記は定期的に拝見。)
北村って人の作品は観たことないけど、なんだか最近気になる人。
最近邦画にも面白そうだな〜というようなものが出てきた、というのは誰でも言っていそうだ。
堤にしろ北村にしろ、監督としては実験的なことをやっている人達の様に感じる。
いつの時代も実験はつきもので、そういうものが後々残っていくのだろう。(現時点では判断し難いが。)
やはり目立つことは大切だ。
新しいものに未来はあるし、古いものには現在さえないと思う。
古い作品を観るのはいいことだが、現在に古いものをつくってもしょーがない(といってもつくられるし、観るが・・・)

『マト・・・』も『恋・・・』も『・・・』も、新しさをきっと持っているものだと信じて今後観る機会があればいいな、と思う。(現時点では)

―END―

ついしん
<今日の名言>
よく『言葉では伝わらないこともある』と言うが、『言葉でしか伝わらないことが多分にある』ということも意識していたいとこの頃思う。



2003年05月09日(金) 僕は模造人間 、今『イノセントワールド』が熱い!、必ずバラエティ番組について語る2人、『私はゴミ箱になりたい』

今回のタイトルも借り物なのです、島田雅彦とかいう作家の小説のタイトルの。
いや、<とかいう>と言うのは失礼。
この人の小説、まったく読んだことないのに何故か惹かれる人物。
『爆笑問題のススメ』に出演していたのをきっかけに知った。
なんか目が良かった。
芸人で言うと板尾っぽいなと思った。
男の僕から見て(美男子だな)と思った。
美男子?というよりも整った顔立ちとでもいうか。
勢い余って似顔絵書いたな、そいういえば、大学ノートの1�呂法�
どうでもいいけど<�蓮笋辰撞�号の一種なんかね?
思わず使ってしまったけど。(どうでもいいけど)
そんなことよりもそう、その似顔絵、どうしよう?
このまま日の目も見ずにそのノート諸共記憶の片隅に埋もれていってしまっていいのか?
どのノートに落書きったのかさえ忘れてしまったが・・・(案外最近の話だが)
今まで事ある毎に、希に似顔絵らしきものは絶えず描き続けてきた。
<希>であるのに<絶えず>ってのも変だけど。
日本語になってないのか?
ちなみに<事ある毎に>の<事>というのは、思わず僕が(この人の似顔絵書きたいな)と思た時からその人物を書き終わった時までのことを言う。
それにしても今まで書いた詩のようなものや似顔絵のようなものをまとめる必要がある。
気が乗れば是非そうしよう。
・・・
しかし今日の日記ではそんな話をしたかったのではない。

本当は<キムタク トモダチ チ>について話したかったのでもない。
それでも先に僕は<キムタク トモダチ チ>について、忘れないうちに記そうと思う。

先程、風呂ん中で考えたことは大きく分けると3つ。
先ずは数時間前、食卓で母と話していた事。

<キムタク>
母は次のSMAPコンサートへいきたいと常々言っているが・・・
僕は以前SMAPのコンサートで警備のバイトを。
そのとき僕は客席の前の方で客と向かい合うようにしてしゃがんでいた。
なので本当はステージの方を向いていてはいけない。
しかし、思わず見とれていたら現場をうろついていた警備のリーダーに怒られた、という何度も話した話をまた掘り返して話していたという話。
そう、そのバイトで僕は見とれていた。
間近でキムタクが踊っている。
近い!
近いな。
よく見えないんだな。
何でか。
見えなかったんだよ。
目を大きくして見たりもした。
何故かボンヤリとしてしまい・・・
錯覚のような気もして。
リアルでない。
この世のものでない。
キムタク。
その像。
さらに目を見開いて、それに焼き付けようとする。
いるはずだ、いるはずなのに・・・
そこに・・・
見えない。
見えてるが。
見えにくい。
見えてない?
靄がかかり・・・
虚像のように・・・
いるのだろうか?
幻なのか?
それでもいるはずで・・・
ワカラナイ。
いるはずでも。
決められない。
ワカラナイ。
本当に実感がない。
・・・
というような話を母と語っていた。
母は僕の意見に同調していた。

次は昔の記憶と今が混ざった思考。

<トモダチ>
(トモダチ百人できるかな♪)
そんなフレーズが昔のCMで流れていた記憶が蘇る。
今思うとあれはいじめだな、と思う。
百人もできそうにない、と気を落とさせるだけだ、アレは。(誰でも百人は無理だろうが)
まぁトモダチの概念にもよるが・・・
それは今はどうでもいい。
あのCMのフレーズを聞く度、当時僕は嫌な気分になったものだ。
あのCMはなんなんだ?と思っていた。
暴力だ!
意味が不明な、馬鹿な大人のつくったキャッチコピーだ。
糸井ならあんなフレーズはつくらないだろう。
何故百人なのか?
百人いないと駄目なのか?
今では開き直り、反逆心もあるので『トモダチは人数が多ければいればいいのではない』などと半分嘯(うそぶ)きながらも半分本気で言い返せる。
言い返す技というのは必要だ。
先日『ウィンドトーカーズ』という映画を観た。
詳しい説明は止すが、前半の方でナホバ族の通信兵が同じチームのアメリカ兵に『インディアン』と言われ、からかわられていた。
そのアメリカ兵が生意気に思った一人のナホバ兵に『インディアンの酋長さん』という風に呼びかけた。(そのアメリカ兵は完全にナホバ族である彼らをバカにしていた)
するとそのナホバの人はこう言った。
『酋長である印がどこかについていたかな?』
この一言はパンチが効いていたな。
こういう風になにか馬鹿にされても言い返せる人に僕はなりたい、と思った。

最後に血液型について。

<チ>
チ→血(ブラッド)。
血液型によって性格は違うのでは?と本気で思う。
今までだって知られなかったことが知られるようになってから、劇的に価値観が変わってきたのである。
ビタミンだって新種が発見されたのである。
人間まだまだ知らないことが多い。
血液型のこともはっきりとしていない。
血液型が違う、ということは何かしら性格やら性質にも影響があるのは至極当然のような気がする。
今後血液型によって人間のタイプが違うことが実証されれば予想されることがある。
それは<O型が重宝される>という事。
だって確率的にも希少価値がある気がするから。
<AO>は結局A型だし、<BO>もB型だし。
<OO>でしかO型にはなり得ないもんね。
なんか純粋な感じがしてイメージ的にもいい。
一番馬鹿にされそうなのがA型。
ちなみに僕はA型。
なんか将来O型の人がちやほやされてA型の人が迫害受けてたらどうしよう?って思う。
まぁ人数多いからそうはならないかな。
でもなんで自分がA型なのにこんな自虐的なことを思うのか・・・

・・・
あぁ、やっと風呂ん中で思ってたことを吐き出したぁ〜・・・。
もう本題に入る気しないなぁ・・・
この先ちょっと休憩してしばらく経ってから、まだ書く気があったら書こうかな。

(上記までの文を書いてから24時間以上経過・・・)

やはり今日書こうと思っていた本題の内容は、また違う機会にしようと決心。

―END―

ついしん

<おまけ:タイトル由来>
�)佑鰐和た祐屐�島田雅彦著の文学小説。
�∈�『イノセントワールド』が熱い!:なんとなく『イノセ・・・』と、同じミスチルの『Tomorrow never knows』は、僕の中では天秤の両端にそれぞれかけられている。
大抵常に、どちらかに傾いている。
�I�ずバラエティ番組について語る2人:僕と友達のDジロウ君が会うと、必ずバラエティ番組やお笑いについて語り出す。
しかも某ファミレスで大声で。(二人とも大声<たぶん二人とも耳がよくないから)
そういえば耳の悪い人の方が地獄耳だったりする。(関係ないけど)
質の悪いレコーダみたいだな。
�ぁ愡笋魯乾瀏△砲覆蠅燭ぁ戞�宝生舞著、エッセイ&フォト集。
欲しい。
ちなみに絶版。
ヤフオクで手に入れようかな、と思う。



2003年05月08日(木) 眠れぬおまえに物語をあげる 

今日の日記タイトル、残念ながら自分で思いついたものではない。
とある芝居のサブタイトルとでも言うのか?
まぁとにかくタイトルがあって、その後に<〜>で挟まれてる部分のフレーズなのだ。
僕は受け身な人間なので、この文句にゾクっとした。
貰えるものなら頂戴な。
あげると言われちゃ黙っちゃいない。

僕はきっと、目を黄色く光らせて
闇を闊歩。
手はポケットに。
足取りは淡々と。
電柱が自らの放つ光線に影を降ろす。
その視線 青い背中で受け止めよう。

―END―

ついしん
急に降って来た、雨。
理由は問わない。
しかしよく降る。
自転車漕げないじゃん。
やっぱ雨嫌だ。
やはりマイカー欲しい。
雨の日には特に思う。
その為には早く大人になりたい。
自立しなきゃ。
喩えるならメロンにおける夕張ほどに・・・



2003年05月07日(水) 今日の名言集

○経験がものをいわない

○想像力を使わないという想像力が一番難しい

○奇麗事を言うなって?
言いたいから言うんじゃないか

○文明が発達し 失ったものなどない
ただ忘れてしまっただけ

―END―



2003年05月06日(火) 終了!〜エピソード〜(最後の今エピつき)

今までのエピソード、という企画、もう飽きてしまった為、新企画【映画一口メモ】を今後はトップに載せていきたいと思います。
「何の映画を観ようか?」と迷ったら是非参考に。

<今までのエピソード>
エピソード�帰�僕は外出先に忘れ物をしてくる事が多い。

エピソード�侠�ノラ猫が、溝にはまっていて可愛かった。

エピソード�窟�鳥なりたくない。だって疲れそうだから。肩だけ物凄くこりそうだもん・・・ん?鳥に肩ってあるっけ?

エピソード�権�ますます中居くん(SMAP)が好きだ。

エピソード�喉�色んな形があることには反対しない。

エピソード6
アンジェリーナ・ジョーリではなく、アンジェリーナ・ジョリーだ。

エピソード7
ヒーローは大変だ。

エピソード8
僕の親はフランス人ではない。

episode nine
Episode is a"sou-wa"or"itu-wa".

episo-do jyu-
tanni ro-maji yomide sirusita dake

エピソード11
上のエピソード(9&10)が英文字で記されていて不愉快だ。

エピソード12
アンジェリーナ・ジョリーは決してアンジェリーナ・ジョリッ♪ではない。

エピソード13
最近リップの減り具合が著しい

エピソード14
ふかわりょうは中途半端に頭がいい故にからかわれる

エピソード15
メフィスト(文芸書という類らしいが・・・)ってどこに売ってるの?(近所の本屋にはないみたい。結構店舗の規模は大きいのに。)
見落としているだけ?(店員には聞いていない。)
そんなにマニアックなの?

エピソード16
50過ぎくらいのおじさんが最近の映画をレンタルしている様は新鮮だった。
歳をとってもこうありたいと思う。
つまり年齢に縛られた考え方をしていたくないのである。
ただ、そういう考えもまた<歳をとっても今の文化に触れなけらば>というものに縛られているのだと思うと・・・

―END―



2003年05月05日(月) 痛点は創造と想像のエナジィ

電動歯ブラシの電池を入れ替えたばかり
この全開といえる一定時間における回転数は
少なくてもそれに見合った働きをしてくれるだろう

―END―



2003年05月01日(木) 迫り来る危機のパォ〜ン

占いとは
信じる者にもそうでない者にも
現実を映すもの・・・

夢の中で
自分が不眠症の設定であったら
起きた時どんな気分なのか?

<そう言えば>と
<総入れ歯>は
音が似ている

四六時中
未来のことを不安に想う男がいたが
その割には男は幸せそうな表情をしている
なぜなら
その男は未来人だから

不景気だからと言って売れない商品
それは本来必要のないもの

彼はシマウマになりたくて
全身を縞模様にした
彼はシマウマになりたくて
四つ足で歩くように努力した
彼はシマウマになりたくて
とりあえずシマウマのいる所へ行った
しかし何かが足りないような気がした
自分にはシマウマとして何かが足りない・・・
やがて男は気がついた
シマウマはこんなこと思わないだろう、と・・・

私はテニスになりたい!
そう思った彼女は自分の手をラケットに見立て
頭をボールに見立て
腕をネットに見立て
おっぱいをプレイヤに見立て
審判を・・・

僕ドザえもん!
わぁ、ドザえもんが喋ったぁ〜っ!!

隣に新しい家族が引っ越してきた
彼らはこう言った
『私たちはフロリダからここへ引っ越してきました。ということはお隣のお宅にとって、私たちがどこから引っ越してきたかは今までわからなかったはず。ということは今までお宅はうちらが引っ越してきたとは思ってないはず。だって引越しとは2点間において移動エネルギーが発生するもの。私たちがどこからやってきたかを知らなければ、このことは成り立ちません。』

―END―




―END―


 < シーラカンス  everyday history  光の射す方へ >


ダーZ [MAIL]

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