Sun Set Days
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2001年09月30日(日) 『ホリー・ガーデン』2

 今日はとても寒い一日でした。
 夕方帰ってきて、今年初めての暖房を入れました。
 すぐに、ちょっと早すぎるかと思い直して「停止」にしたのですけど。
 では、まずは「ホリー・ガーデン」から。


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 この作品は92年から93年にかけて毎月一章ずつ「波」という雑誌に連載されていたのだけれど、雑誌連載だから毎月の枚数はほぼ決まっている。その同じ枚数という部分も、実はこの物語に流れる一定のトーンを反映しているような気がしてしまう。ある章だけ短すぎることもなく、また長すぎることもなく、ほぼ決まった長さでちゃんと次の章に続いていく。その規則正しさのようなもの。そう、この物語は余分なことにばかり明かりを当てているのだけれど、同じ速度で進んでいくから、些細なところにも漏れなく明かりを当てていくことができるのかもしれない。
 江國さんは比較的雑誌連載が多い作家だけれど、その作家の持つある種の傾向が、そのような形式を選んでしまうものなのだろうなと思う。
 それでは、第2章。



「2 昼の電車」


 静枝は芹沢という年上の男と遠距離不倫をしている。
 渋くてやや気障ですらあるようないかにも芸術家風の芹沢は、岡山で美術商を営んでいる。仕事の関係で比較的東京に出てくることが多いようで、そのときには静枝と一緒の時間を過ごすのだ。「大きくて形のいい、とても静かな手」を持った「やるべきことをやらない、というのはよくないよ」というようなセリフをいう男。きっと人生経験が豊富な男。

 二人の関係においては、暗黙の了解である幾つかのルールがある。たとえば、「相手の生活を侵食しないことに決めている」というのもそのひとつ。だから、静枝は芹沢と久しぶりに会ったというのに果歩との先約があるからと昼食の誘いを断わるのだし、そうすることによって、そのルールをちゃんと守れているのだとほっとしたりするのだ。
 果歩の親友であり、物語のもう一人の主人公でもある静枝は基本的にとても真面目だ。決して要領が悪いわけではないのだけれど、頑なに考えすぎるようなところがあって、物事を自らの規定した枠組みの中に当てはめようとしてしまう。きっとあるべき自分というのがちゃんとあるのだ。そういうものがあると人はどこかでは背伸びをせざるをえない部分があるし、恒常的に自分に何かを言い聞かせなくてはならなくなってしまうものだし。
 そういう静枝だからこそ、年上の(厳密に言うと年齢はそれほど関係ないから精神的に大人である)芹沢との関係には幸福を感じている。「こんなにも「わかりあっている」ことに胸を嬉しくしめつけられ」たりもする。
 芹沢はそういう静枝のことをちゃんとわかっている。それはもしかすると少しだけずるいことなのかもしれないけれど、打算めいたもののまったくない関係はなかなかないし、それでも芹沢は静枝のことをちゃんと想っているのだとは思う。ただ、芹沢のほうが人生を長く泳いでいる分たぶんもっと長い視点で二人の関係を見ているようなところがある。静枝は遠い先のことを意図的に考えないようにしているようなところがあるような気がする。たぶんわかっているのだけれど、見たくはないというような。考えたくはないというような。
 あえて触れないほうがいい場所の多い二人の関係。
 だから芹沢は穏やかに言葉少なく微笑んだりするのだ。いつも。


 果歩は何ヶ月かに一度、「何があったわけでもないのに耐えがたく孤独な夜」を迎えてしまう。部屋の中で膝を立てて座り込んで、黙ったまま煙草を吸い続けてそのまま朝を迎えてしまうのだ。「誰に電話をしても、どんな音楽を聴いても、それは無駄な抵抗どころか自分の首をしめることになる」ことがちゃんとわかっているいつもの長い夜。
 窓の外が白みはじめ、街が動き出す様々な音が聴こえ始めても、それでも果歩はまだ動かない(と言うよりも動けない)。部屋の中がようやく明るくなってから、果歩は自らの呪縛をとくように抱えていた膝から手を離し、両足を力なくのばすのだ。それが午前八時。
 そういう朝には、果歩は「少なくとも今朝の下北沢において、これ以上孤独な人間はいないだろう」と思う。
 特に深い理由もないのに孤独や絶望は果歩を取り囲み、顔を洗ったり歯を磨いたり朝ごはんを食べたり、そういう現実的な行動を積み重ねていくことでその孤独を少しずつ薄めていくほかはない。それが一時的なものでしかないにしても、完全になくなってしまうことはきっといつまでもないのだということがわかっていても、それでもそうするしかないのだ。無理矢理に現実の中に戻ってくるほかはないのだ。
 果歩は「普段よりもあかるい色の口紅をつけ、手持ちの服の中で一番短いスカートをはく。」ときに形はどんな言葉よりも重要だから、そんなふうに形にひきずられるようにして少しずつ世界と折り合いをつけるしかないときもあるのだ。

「おゝ これは砂糖のかたまりがぬるま湯の中でとけるように涙ぐましい」

 だから果歩はそう一人ごちる。果歩には好きな言い回しというものがあって、これもその内のひとつだ。鏡を睨んだまま、それを自分に言い聞かせるようにそう言ってみせる。
 そんな朝には、駅を目指して歩きながら「孤独が服を着て歩いているみたい。」だと思う。すれ違う人はきっと気付くこともない、ひどく個人的な孤独だ。


 それが二人が久しぶりに会う日のそれぞれの朝だ。不倫相手と幸福な朝を過ごしている静枝と、理由のない孤独のなかにいる果歩。小さな子供だったときから知り合いだった二人は、いつの間にかずいぶん遠い場所にきてしまっている。子供の頃に想像したようなどんな人生とも異なるものになってしまっている。それが現実で、それでも二人とも日々の中を自分のペースで歩いているのだ。
 そしてたとえば自分が休日に駅までの曇り空の下を歩いているときに、すれ違う男の人でも女の人でもが、そういう「孤独」をまとっているのかもしれないと考えてみる。
 もちろんそれに気付くことはできないだろう。わかるはずもないだろう。けれども、そういう人はきっといるのだろうなとも思う。


 静枝は果歩と会う前にプールで泳いでくる。「休みの日の午前中は泳ぐことにしている。」のだ。

「くたくたになるまで泳ぎ、なおも泳ぎ続けると、ふいに水の抵抗がぷつんと消えてしまう瞬間がある。その瞬間に、静枝はあらゆる生命は海から発生したのだということを理解する。それは圧倒的な開放感だった。」

 もともとは芹沢に勧められてはじめた水泳だったが、いまではそれは静枝自身にとって大切なものとなっている。自らの身体をぎりぎりまで持っていくことによって得られる開放感を好むというのは静枝らしい。
 プールのロッカールームで身体についた雫を抱き取りながら、家族に独身宣言をしたことを思い返しながら、最後にはやっぱり芹沢のことを思う。今朝の幸福な時間のことを思い返すのだ。「芹沢に出会ってはじめて、静枝は自由の味わい方を覚えた」わけで、とくに「静枝が幸福を感じるのは、きまってこんな風に離れているときなのだ。離れていて芹沢を思う時、心の内側にも外側にも愛がどっと溢れてくるようで、自分の中に際限なく愛を湧かすその泉の存在に、静枝はほとんど感謝さえ」してもいて。

 静枝はプールから自転車に乗って果歩との待ち合わせの店へ向かう。
 果歩は静枝に向かってにこにこと手を振り、静枝は果歩がまたオモチャみたいな眼鏡をかけていることに心の中でため息をつく。
「ああやって変てこな眼鏡ごしに世の中を見ることで、果歩はあらゆるものを茶化しているのだと静枝は思う。」
 二人の会話は気心の知れたもの同士のそれではあるのだけれど、それでも気のおけないものでは全然ないところが不思議だ。まるでたくさんの地雷の置いてある場所で、お互いに地雷を踏まないように言葉を重ねているようなものなのだ。昔の話、いまの恋人の話。どんな話題の中にも地雷はある。ある一つの話題が過去の記憶に簡単に結びついてしまう。それくらいには付き合いに歴史があるのだ。
 果歩は芹沢に会ったことはなかったが、「静枝があれだけ傾倒しているのだから好人物に違いない」とは思っている。相手のことをよくわかっているから、そんなふうにも思える。けれども、果歩は自分から芹沢の話題を出しておいて、その話題に自分で居心地悪くなってしまう。果歩は静枝から芹沢がいまごろ東京駅にいるのだということを聞かされるが、「見送りに行かなくていいの?」という問うと「果歩と会うのひさしぶりだもん」と静枝が答えるのを聞いたりしている。複雑な関係。
 また、二人は幾つかのことで意見の一致をみているのだが、「どうしても昼間に会いたい友達」というものがあるということでもそうだった。「昼間の記憶をたくさん共有している者同士だからだろうというのが二人の推論だった。(……)大人になって出会った友達とは、だからいくつもの夜を遊んで親しくなっていく。」

 それから二人は果歩の目をかがやかせての提案で東横線に乗ることにする。ガラガラに空いている昼の電車。二人は何の相談もないままにいちばん前の車両の一番前まで歩いていく。
「変わらないね」と言い合う。
 二人は十二年間(小学校から高校まで)、この電車で一緒に通学していたのだ。自由が丘につくと、目くばせをし合う。それは静枝がいつも乗ってきた駅だった。「あやとりをしたりしりとりをしたりなぞなぞをしたり。時にはこっそりお菓子を食べたりもして、ここでたくさんの時間をすごした。」懐かしい電車のなか。
 静枝は、懐かしさに思い出話をしてうかれるのだけれど、「こういう時にはしゃぐのはたいてい果歩なのだ。たまにつられてはしゃいだあとで、静枝は突然仏頂面」になって座席に腰をかける。「素直じゃないな」と果歩は思う。無邪気にはしゃぐ果歩、真面目な静枝。友人同士の間にはいつの間にか自然に役割が割り振られるものだし、二人のそれは長い時間によってより強固なものになっている。その役割は、それぞれが自然になることのできる役割でもあるのだろうけど。
 そうして、果歩が振り返ると、いつの間にか静枝は席でうとうとと眠っていた。

「帰りは二人で昼寝だな。果歩はなんだかうれしくなって、静枝の隣に腰かけると、うす緑縁の伊達眼鏡をはずした。」


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 第一章が果歩を中心にした物語の導入部であるように、第二章は物語の主軸でもある二人の友情に焦点が当てられている。この章だって久しぶりに幼なじみの二人が休日に会う約束をしている一日を追っているだけでしかない。静枝と果歩、それぞれのその日の朝を描いたあとで、一緒に会っている時間を描いて。
 静枝が芹沢と幸福な時間を過ごしていることも、果歩が理由のない孤独に包まれていることも、紛れもないそれぞれの現実だ。そして二人はそれぞれの生活をしながら一緒に会って言葉を交わす。みんなおそらくそうなのだ。自分が普段外に見せている生活の他に、恋人との親密な時間があったり、あるいはどうしようもない孤独を感じていたりする。幸福であれ孤独であれ人が生きていくだけでそういうものはまとわりついてくるし、そういうものをずるずると引きずっていくことしかできない部分はあるし。自分のそのときの状況によって、いつも引きずっているものが本当に重たく感じられたり、空気みたいに軽く感じられたりするだけなのだ。

 果歩と静枝の友情は一筋縄ではいかないけれど、その分とても太い。質のよいロープがたくさんの細かな藁の連なりで出来上がっているように、二人の友情はたくさんの時間や細かなエピソードや感情の連なりで編まれている。だから別に言葉がほとんどなくても、一つ二つの感情が途切れても、ロープ自体が完全に切れてしまうことはないのだ。



 ということで、次回に続きます。
 というか、かなり個人的な感想だなあと思いながらも継続していくのです。


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 先週、久しぶりにマクドナルドに行ってきた。
 月見バーガーを食べるために。
 僕はハンバーガーがかなり好きで、とりわけマクドナルドによく行く。
 そりゃあ、味の面で言えば率直に言ってモス・バーガーのほうが美味しいだろうし、フレッシュネス・バーガーもバーガーのサイズを選べたりしてなかなかに捨て難いのだけれど、それでもやっぱりマクドナルドは自分の中では定番という感じだ。
 そのマクドナルドでは、時期ごとにマックグルメと称して様々な期間限定バーガーを出しているのだけれど、その数ある限定物のなかで、ベスト3に入るくらい好きなのが月見バーガーなのだ。
 理由は単純に美味しいから。
 だから秋になるとまだかなと思ってしまうし、先日道路沿いにあるマクドナルドに月見バーガーの垂れ幕が見えたときには「おお」と思った。
 で、早速行ってみたのだ。
 久しぶりの月見バーガーはやっぱり美味しかった。
 他にも新しい期間限定ものが売られていて、それは次回頼もうと思う。
 紫イモパイとかもあって、最近はいろんな新製品を出しているよなと思う。
 店によっては、昨年から少し凝ったコーヒーを飲ませるようなところもあるし。

 いまでこそ僕はかなりマクドナルド好きなのだけれど、23歳になるまではほとんど食べたことがなかった。ハンバーガーと言えばモス・バーガーという人だったのだ。
 それがなぜ変わってしまったのかというと、理由は二つあって、社会人になって最初の転勤先の近くにマクドナルドがやたらとあったことと、日本マクドナルドの創業者藤田田(デンと発音してください)の本を読んだことだ。
 そのときの仕事場からは、車で10分圏内になんとマクドナルドが6つもあったのだ。フリースタンディングの店舗に、トイザラスと併設のもの、あるいは大型スーパーの中に入っているもの。いずれにしてもそれだけあったから、ふらりと気軽に入るには便利すぎた。ほとんど自社競合を起こしてしまうだろうというくらいに近くにあったのだ。
 また、そのとき読んだ藤田田の本は『勝てば官軍』というある意味ベタなタイトルの本だったのだけれど、日本を代表する経営者の一人であるだけあって、かなりむむむと思わされるものがあった。論理的で合理的。なおかつ人を煙に巻くような豪胆さがあって。こういう人がある種のポリシーと考え方でもって経営している会社なのだから、と興味を持ってしまったのだった(影響されやすいのだ)。
 それ以来よくマクドナルドに行くようになった。マクドナルドについての本もたくさん読んだ。業界でも類を見ないと言われているパート・アルバイトについて書かれた本や、どのようにして第二の成長期に入ったのかについて書かれた本、あるいはの平日半額戦略について書かれた本。それらを読んで思うのは、日本マクドナルドがあらゆる意味で徹底しているシステム産業であるということだ。もちろん、強固なシステムがなければあんなにチェーンを増やすことはできないわけだから納得させられてしまうのだけれど、流通業の専門誌なんかでよく特集が組まれたりすることにもうなづける。

 個人的には、マクドナルドのポテトができたてなのに当たると嬉しい。
 マクドナルドの商品は、冷めてしまうと、劇的に(そう驚くくらい劇的に)美味しくなくなってしまうので。

 また、最近のジャスダックへの上場の際に藤田田がインタビューに答えていた、高齢者向けのハンバーガーがどのようなものになるのだろうというのは、密かな楽しみの一つだったりする。
 あと、10月から山手線内の店舗が「マックトーキョー」という分類になり、サラダやシナモンロールなんかのメニューが増えるというニュースがあるけれど、それも早く見てみたいなと思う。


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 お知らせ

 迷惑メールの嵐に負け、携帯電話のアドレスを変えてしまいました。
 わかりやすいアドレスで気に入っていたのに……
 ま、新しいアドレスもとりあえず希望通りのものに出来たのですけど。


2001年09月28日(金) ルーツは同じ

 各地方出身者の人と子供の頃の話をするときに、同じ遊びに異なる名前を付けていることを知ることなんかがある。
 たとえばトランプの「大富豪」。
 ある地方出身の友人はまったく同じゲームを「大貧民」と呼んでいた。
 また「UNO」なんかもローカル色が強くて、独自ルールというのは意外と多い。
 それなので、そういうゲームをするときにはまずルールをちゃんと確認してからはじめるようにしている。
 じゃないと混乱してしまうし。

 また、缶蹴りに似た遊びも違う名前なのだけれど、よくよく聞いてみると同じゲームだったりという経験があるし、「古今東西」と「山手線ゲーム」も同じものだし。そういうことは多いよなと思う。

 さらには、いわゆる都市伝説的なものだって、地方ごとにアレンジが加えられてはいても、実は同じ話と言うのは少なくない。

 そういうときには、何だかんだ言っても同じ日本人なんだなと思う。
 名前は違っても、同じ遊びを少年時代にしてきたし、同じルーツの話を聞いて過ごしてきたんだなと、そんな風に思うのだ。

 それなので、たとえば北海道と九州で過ごした同じ年齢の男が二人いたとしたら、やっぱりとる行動はよく似てきてしまう。
 遊びはそんなには変わらないから。
 呼び名が違うんだよなあとか言いながら、それほど違和感なくトランプをめくったりすることができるのだ。
 だからバツゲームももちろん同じ。
 北海道出身者でも。
 九州出身者でも。






 バツゲームは、






 額に油性マジックで「肉」と書くこと。


2001年09月27日(木) スターバックス+無人レジ

 スターバックスコーヒーはいつの間にかものすごい勢いで増えてしまっている。
 わずかな金額でできる贅沢、というようなことを創業者がインタビューで答えているのを読んだことがあるけれど、確かにそんな感じだ。
 完全禁煙でコーヒーの匂いが漂う店内は、調度品やインテリアもそれなりに洗練されていて、コーヒーやサイドメニューも決して安くはないのだけれど高くもなくて、その全体的なバランスがとてもうまいのだと思う。
 スターバックスにはたまに行く。
 午前中に行くことが比較的多いのだけれど、僕がよく行くところは結構空いていて、のんびりできる。
 よくたくさんの人が言うように僕もキャラメルマキアートが好きなのだけれど、カフェモカも結構好きだ。サイドメニューではBLTサンドが一番好き。
 レジで注文して受け取る場所で待っているときの所在のなさにいつも困ってしまうのだけれど、あの少しずつ飲むことのできるフタはささやかだけれど役に立つアイデアだといつも思う。

 アメリカの書店チェーンの第1位である「BARNES & NOBLE」の店内には必ずと言っていいほどスターバックスが併設されていて、そこで買ったコーヒーを片手に店内にたくさんある椅子やテーブルに座って本を読むことができる。会社の研修でアメリカに行ったときの自由時間に「BARNES & NOBLE」に入ったことがあるのだけれど、そこでコーヒーを頼んだときに、こういう書店が日本にもたくさんあればいいのにと、周りで本を片手にコーヒーを飲んでいる人たちを見ながら思ったのだった。

 最近でこそ店内に椅子とテーブルを置いてくれている書店が多くなってきたけれど、それでもコーヒーショップまで併設しているところはまだそれほど多くはない。都心の店だけではなく、郊外型の店がそのようになったらいいのにと思う。だってほとんどの人が行くのは郊外型の店舗なわけだし。
 まあ、採算があわなさそうなので難しいのだろうけど。

 スターバックスジャパンは上場によってかなりの値をつけるだろう。日本での成功に自信を強め、スイスなんかにも進出している。また、日本ではそれまでドトールの一人勝ちだった市場にタリーズとかシアトルズベストだとか、エクセルシオールだとか(これはドトールがやっているけれど)たくさんの(よい意味で)当り障りのないオシャレなコーヒー店が増えてくるようになった。それはもちろんスターバックスの影響だと思う。

 いつもいつも行きたいとは思わないし、たまに飲みたいと思うくらいなのだけれど、それでもああいうお店が全国に増えたらいいだろうなとは思う。様々な種類の店舗を、一人の人がTPOSによって使い分けるのが今後当たり前になってくるのだろうし。
 個人的には、今年の夏に仙台に出張に行ったときに入った仙台駅横のスターバックスの店員さん(バリスタというんだっけ)がものすごく元気がよくて印象に残っているのだけれど。さわやかな接客、というやつ。さわやかな接客にやられると、いつもやられたーと思う。

 あと、以前に京都に旅行に行ったときにマックカフェというのがあって、マック好きとしては思わず入ってみたことがあった。珍しかったのだ。
 そこはマクドナルドの2階にあったのだけれど、従来のマクドナルドとは雰囲気が違って、ちょっと背伸びをしたようなコーヒーとケーキの店で、なかなかに面白かった。
 ただ、それほど店数が増えたという話を聞かないところを見ると、あんまり成功しなかったのだろうか?
 そのときには結構混んでいたのだけれど。
 いまでもまだあるのだろうか?
 マックカフェ。


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 今週の日経MJ(流通新聞)に興味深い記事が載っていた。
 アメリカの大手ディスカウント・ストアでいよいよ本格的に無人レジの実験がはじまっているのだというもの。
 無人レジ。
 ついにここまできたか、という感じだ。
 もちろん、効率の追求がそこに帰結してしまうことはわからないでもないけれど、個人的にはちょっと寂しいよなとは思う。
 どういう仕組みになっているのかと言うと、お客様が無人レジにやってきて、商品を自分でスキャニングしていく。そうして袋詰までする(アメリカは基本的に袋詰はレジのところでサッカーという人がやってくれて渡してくれる。無人レジの場合それを自分でやるわけだ)。そして最後に詰め終わった袋をすぐ先にある重量を計るところに置くのだ。
 スキャニングする際にそれぞれの商品の重量がコンピューターの中に蓄積されており、出てきた重量とイコールかどうかがチェックされる。大丈夫だったらそれで終わりだ。
 他にも、レジ付近に防犯カメラが多数設置されており、懸念される万引きも抑止ないしは防止することができるのだそうだ。
(お釣りについては言及されていなかったけれど、当然お金を入れたら自動計算でお釣りが出てくるようになっているのだろう)

 もちろん、実際に運用しているものを自分で見たわけではないけれど、ある意味滑稽なような気がしてしまう。セルフサービスの意味をフォーカスして考えすぎているような。導入の目的はもちろん人件費等のトータルコストの抑制だ。初期コスト、つまり導入時にかかる経費は通常のレジよりも割高(2倍から5倍)になるのだが、それでも1店舗に5台導入すると2年でその投資を回収することができるらしい。流通業の本場ではそこまで行き着いてしまっているのだと思うと、日本の流通業がポイントカードの割引率がどうとか言っている場合ではないような気もしてしまう。
 もちろん、アメリカでもまだ実験段階なので、個人的にはそれがどのような結果と成果を生み出すのかは気になってしまうので続報に期待、なのだけれど。

 でも、やっぱりうーんと思ってしまう。
 無人レジ。
 逆に便利なのだろうか?
 割り切って、ストレスがなくなるのであればよいのかもしれないけれど。


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 お知らせ

 日本人って、ランキングが大好きだ!
 ということで、勝手にとてもパーソナルなランキングを。
(不定期更新)

 切ないものランキング(9月度)

 1位 CoccoのDVDの映像
 2位 Janet Jackson「Where are you now」
 3位 インパク


2001年09月26日(水) Before Sun Set

 橋が好きだ。
 もちろん、いつもそういう風に思うわけではないけれど、たまに橋を渡っているときには、それが大きなものであれ小さなものであれ、何となくいいなと思う。
 子供の頃、仲のよい友人の家まで遊びに行くときには、必ず大きな橋を渡った。
 その橋からはそれなりに大きな川が見えて、途中から眺めると土手で犬の散歩をしている人の姿を見ることができた。河川敷の芝生は季節をいつも少しだけ先取ってその色を変えていた。水の流れは穏やかなものではあったのだけれど、大雨の翌日には水量を増やしていて、天気と景色とが繋がっているということを自分の目で理解することができた。
 秋が近づくと、その橋の下で焚火をしている人がいたことも覚えている。

 もう少し大きくなって、高校生になると通学路の途中に大きな橋が架かっていた。僕は自転車通学をしていたので当然その橋をいつも渡っていた。
 その橋の途中からは、左右の両側に遠く別の橋が架かっているのが見えていた。それぞれ同じくらいの大きさの橋。
 普段は家の方向が同じ友人と一緒に帰っていたのだけれど、一人のときにはその普段は通らない橋の方から帰ってみたことが何度かある。遠回りになってしまうのだけれど、いつもと違う道を通って帰ることはなかなかに楽しかった。もちろんそれはごくたまにする気まぐれなのだけれど、最初の頃は、よくそれで迷ってしまっていた。夕方によく知らない町の中にいることはなかなかに心細くて、けれども健やかな気持ちになるということを思い出せたりもした。

 出張生活を続けていたときには、様々な街での散歩の途中にたくさんの川を越えた。
 今日から新しくしたトップの写真もそのときのひとつで、場所は熊本県の八代市という小さな町になる。
 そのときは休日の午後4時くらいに散歩に出て、その川べりをゆっくりと散歩していた。
 歩いていると、ちょうど下校時の高校生の自転車が僕を追い越していった。
 犬の散歩をしている人がいた。
 散歩をしているおじいさんやおばあさんがいた。
 川べりまで降りて何かを採っているおじいさんもいた。
 散歩道は長く続いていて、僕はゆっくりとのんびりと歩いていた。
 夏だったからそんなに涼しくもなかったのだけれど、それでも落ち着いた心持になることはできた。

 写真には写ってはいないのだけれど、この日の散歩の途中にはちょうど虹が出ていて、思わず小さな肩掛けカバンの中に入れていたデジカメで何枚も写真を撮った。それほど濃い虹ではなかったから、薄い写真になってしまったのだけれど、それでも嬉しかったのは事実。
 虹が消えてしまうと、また散歩を再開した。
 その川は上流のほうに行くと大きな橋があって、そのすぐ近くで二つの流れが合流するようになっていた。川が急な傾斜になっていて、その部分の水が随分と急流になっている。基本的には(写真に映し出されているように)穏やかな流れなのに、その傾斜のところでは驚いてしまうくらいの速度で水が流れていて、そこに座ってついつい見入ってしまった。海もそうなんだけれど、水のあるところはなかなかに見飽きない。
 そして夕方になると、夕日が水面を小麦色に照らし出す。空気を包み込んでしまうその夥しい光の量に、ともすれば圧倒されてしまうのも心地よくて。
 境目の時間はいつも長くは続かないのだけれど、時間が許すのであれば、時間が許す限りそれを見ているようにしていた。

 橋や川好きはやっぱり子供の頃に染み付いてしまったのだと思われる。
 たとえば、祖母の家は小さな川沿いに建っている。
 子供の頃には夏休みや冬休みのほとんどを祖母の家で過ごしていたので、その川は随分と近い存在だった。
 コンクリートの低い塀があって、そこに座ったままよくずっと川を眺めていた。
 コンクリートの上を蟻がたくさん歩き回っていたので、半ズボンに上ってくる蟻を払い落としながら眺めるのだ。
 たくさんの小石を用意して、それを川に向かって投げたりして。
 たんぽぽの花だけをちぎったものを、やっぱり同じように投げたりして。
 妹も退屈だったのか、よく隣で同じことをしていた。
 豪雨の後には、川の水は茶色の泥水のようになってしまって、増水したなかを木の枝や謎の箱なんかがよく流れていた。
 そんなときには川に近づいてはダメだと言われるのだけれど、そんなふうに言われたら近づきたくなるのが人情で、やっぱりよく眺めていた。時間はたっぷりとあったし、一日も随分と長かった。
 あんまりにも退屈なときには、傘を差したまま川を眺めていたことだってある。
 長い夏休みや、冬休み。
 やっていない宿題だけがたまり続けていたのだけれど、そんな些細なことなんかいつだって忘れてしまえたのだ。


 橋のことも川のことも、思い出そうとしてみるまでずっと忘れているので、やっぱり日記を書いてよかったかもしれないといまふと思った。こういうふうに書いて残しておけば、少なくとも読み返したときにまた思い出すことができるだろうし。



―――――――――

 27歳になりました。
 ここ数年の大きな目標は相も変わらず「早く大人になりたい」です。
 お前は妖怪人間ベムかと言われそうですが、年齢だけまるでちゃんとした大人みたいになってしまっているので、年相応の大人になりたいなとは思うのです。
 男は30代からという言葉を信じつつ。
 年相応って何だろうと思いつつ。
 とりあえずは、現実的であることを前提に、感情や感傷にもちゃんと向かい合うことができる心もちのバランスもちゃんととることのできる、そんなちゃんとした大人になりたいのです、ホントに。道のりは遠いけど。

 とにかくにも、
 26歳の一年間は楽しいものでした。
 27歳の一年間も楽しくなることを祈りつつ。
 頑張るわけなのです。


2001年09月24日(月) 『イトーヨーカ堂店長会議』

 カップラーメンを食べたことのない人はあんまりいないですよね(なぜか問いかけ口調)。
 たまにいるけれど、そういうときにはええ! とかなり驚いてしまう。
 18歳で一人暮らしをするまで食べたことがなくて、はじめて食べたときにはこんなものかと思ったけれど本当に嬉しかったと言っていた人が昔いて、そのときにはやっぱりええ! とかなり驚いたし。

 ということで、今日はカップラーメンの話。

 カップラーメンは大きく2種類に分けることができる。
 スナック麺タイプと生麺タイプのやつ。
 後者のほうが歴史は浅い。
 そして僕は基本的にスナック麺タイプのものばかり食べてしまう。
 どうしても子供の頃の嗜好が抜けないのだ。
 それに正直なところ、生麺タイプを食べるのなら、ラーメン屋に行った方がいいじゃないかと思うし。
 だから僕にとってのカップラーメン=スナック麺なのだ。

 それだから、子供の頃に定着してしまった味覚の力というものはすごいよなと思う。
 いわゆるおふくろの味というやつだって、そういったものなのだろうし。
 舌とかそういうんじゃなくて、身体全体で雰囲気ごと染み付いている味。
 
 いまは実際のところそんなに頻繁に食べているわけではないのだけれど、好きなのは幾つかある。
 どん兵衛とカップヌードル。
 あまりにも定番過ぎるけれど、やっぱりこの二つは外せない。
 どん兵衛ではうどんとそばの二つが好きで、他の新しいやつはあんまり好きじゃない。
 カップヌードルはカップヌードルとカレーヌードルの二つが好き。
 どちらもたまに無性に食べたくなるときがあるのだけれど、コンビニに行けばどれかは必ず置いてあるので、すぐに衝動が叶えられてしまうところも気軽でいい。

 あと、密かに好きなのがやきそば弁当。
「?」と思う人もいるかもしれないけれど、これはマルちゃんが出している北海道限定のインスタント焼きそばだ。
 こちらで言うと、かつてのやきそばバゴーンに近いものを想像してもらえれば大体当たっている。
 お湯を抜いた後にソースをかけて食べる焼そばに、そのお湯を利用して作る中華スープがついてくる。
 これは僕が小学生のときからあって、いまでも北海道ではちゃんと発売している定番商品だ。
 北海道から離れたばかりの頃はそれが北海道限定だということを知らなくて、本気でスーパーやコンビニをいくつもはしごしてしまった。
 やきそば弁当を探すために。
 それ以来、たまに実家から荷物を送ってもらうときには、必ずそれも一緒に送ってきてくれる。
 僕がやきそば弁当を好きだということを家族は知っていて、「やきそば弁当入れるかい?」と訊いてくれるのだ。
 そして訊かれるまでいつもやきそば弁当のことは忘れているのだけれど、そう言われると(ああ!)と思って「頼むよ」と答えてしまう。
 中華スープがまた美味しいのだ。
 って、やっぱり子供味覚だと自覚せざるをえない感じだ。


――――――――

『イトーヨーカ堂店長会議』読了。塩沢茂、講談社文庫。
 これはかなり昔に出ている本なのだけれど、その文庫本が近くの書店で平積みされていて、思わず買ってしまった。
 かつてイトーヨーカドーは業績が悪化したときに、現在の社長である鈴木敏文(当時副社長)が中心となって「業革」という改革運動を押し進め、その結果業績が劇的に回復したという流通業では伝説めいた話があって、いまだにビジネス雑誌なんかでその当時のことがたまに触れられていたりする。
 そして、そのイトーヨーカドーの高収益や強さの秘密は、全店の店長を毎週月曜日に本部に集める「店長会議」にあるのだと着目した著者が、「店長会議」を中心にヨーカドーの様々な仕組みや沿革について述べているのが本書。
 当時でももちろん経費削減が叫ばれていたと言うのに、その潮流に逆らうように年間20億円もの予算をかけて各地の店長を毎週本部に集めるということ。FAXだって電話だってあったのに、様々な計測の結果やはりリアルなコミュニケーションに勝るものはないと判断し、それを実行に移してしまうこと。そしてそこから各店へ情報が派生し、ある種のコーポレートカルチャーが出来上がっていく様(ヨーカドーであれば顧客第一主義のためのしつけと真面目さのようなもの)が述べられていて興味深かった。
 もともとが86年に発行された本なのでデータなんかは随分と古いものとなっているし、当時の状況と現在の状況では大きく異なる点があるのも事実だけれど、ヨーカドーの強さの源泉を改めて見せ付けられた部分はあるし、何よりも当時の社長の伊藤雅俊の言葉には納得されられるものがあった。
 以下引用。

「売上高や経常利益をみて、イトーヨーカ堂は強いとかいうひとがいるけれど、少しも強くはありません。そんなひとがいるから、社員が自分たちはかしこいとうぬぼれる。ハイテク分野はかしこさの違いかもしれないが、小売業はおろかしさの違いで差がつくんです。お客様を忘れるおろかさ。取引先を忘れるおろかさ。社員を忘れるおろかさ。程度の差にすぎません。おろかしさを自覚する真面目さだけが財産なのに、おだてられると、人間は弱いですからね」

 こんなふうに言うことのできるトップがいたというのはすごいと思う。ダイエーの創業者だった中内功にしても(昔読んだ『カリスマ』という本はかなり読み応えがあった)、当時の流通業黎明期の経営者には個性の強い人が多いけれど、この伊藤雅俊はその謙虚さと独特の商人哲学でやっぱり際立っているものがあると思う。何よりもセブン・イレブンを育て、現在後を継いでいる鈴木敏文をはじめとする部下を育てた手腕も、やっぱり人間的に素晴らしい人だったからなんじゃないかと思えてしまう。そうじゃなかったら、なかなかこんなセリフは出てこないだろうし。
 ただ、この伊藤氏も現実的な人物であったという記載が多くなされていて、やっぱり現実的であることが根底なのだなとは思わされた。

 ちなみに、184ページに載っている業革シナリオは全部で七つ。

 �〇爐剖攵ι覆鯏稿�、倉庫から排除
 ��売れ筋の店頭投入
 ��POSを軸に単品管理徹底
 �で杼�システムの革命
 �デ笋豢擇琉磴い砲茲訶垢慮沈�化
 �Ε好織奪嬋�門の業務改善
 �Т霑淡任瓩両紊膿卦�事業展開

 こうしてただ読んでみると簡単そうに、基本的な内容であるように思えるけれど、もちろん難しいのが事実。刻々と変わる状況の中で、「当たり前のことを当たり前にやる」ことがどれだけ難しいことなのかは流通業の人は日々実感させられているのだし。ただ、こういったことを、その時代や状況に合わせたやり方を柔軟に取り入れながら、改善と改革を目指して向上し続けてやり続けていかなければならないのだ。そうすることがお客様に喜ばれることに繋がるわけなのだし。
 また、鈴木敏文のインタビューのなかで、興味深い言葉があったのでそれも引用。169−170ページ。

「システム化っていうのは何なんだ、とよくいわれます。ハードな設備をすることがシステム化、とおそらく考えてのことなんですね。しかし、それは間違いであくまでも流通業はサービス業であり、サービス業というのはパーソナルなものが必要なんです。となると自己革新をうながし続けるような刺激を与えないと……。実は、その与え続けることがシステム化ではないか、といった考え方をしているんです。与え続ける一つがPOSであったり、業革も同じく一つであるというわけですよ」

 流通業はここで書かれているような意味でのシステム産業で、それがパーソナルな部分との相乗効果を出すようにしていかなければならないと思う。お客様に喜んでもらうというゴールは決まっていて、あとはどのようなアプローチで、どのようにそれを実現させようとするのかというのが企業によって異なってくるだけだ。だからこそ(個人的には)面白いと思うし、やりがいもあるのだと思うのだけれど。


――――――――

 今日は仕事だったのだけれど、半日打ち合わせ。
 打ち合わせのための打ち合わせはあまり好きではないのだけれど、今日の打ち合わせはなかなかに楽しかった。
 自分の部署の仕事が終わった後に、他の部署の仕事を2時間ほど手伝ってくる。
 なかなかに新鮮。


2001年09月23日(日) たまには切なく+訪れる秋

 免許の書き換え手続きを終了して警察署を出ると雨が降っていて、傘を持っていなかった僕は近くにあったセブン・イレブンまで走って傘を買った。
 店を出て早速買ったばかりの傘をひらく。
 周囲の空気は随分と暗くて、午後になってそれほど時間が経っているわけでもなかったのにもう夕方のようだ。
 すぐ前の国道は渋滞しかけていて、たくさんの色の車が続いている。
 そして突然、昔のことを思い出した。
 そういうことはよくある。
 何かがスイッチのようになって、まったく唐突に脈絡もなく、思いがけないことを思い出してしまうのだ。
 そしてしばし動揺してしまう。
 あれれ? と思う。
 どうしてこんなことをいま思い出してしまうのだろう? と。
 そして僕はぼんやりと思い出したことについて考えながら、その久しぶりに訪れた区役所のある街の商店街をJRの駅に向かって歩いていったのだった。

 そのとき思い出したのは大学生だった頃のことだ。
 僕は大学2年生の夏のはじめから4年生の1月の終わりまで同じ人と付き合っていたのだけれど、その子と北海道の函館に一泊二日の旅行に行ったことがあった。
 初日は強行スケジュールでいわゆる観光地的な部分をあらかた見て回って、二日目に雨が降りだした。
 朝から小雨が静かに地面を濡らしていたのだ。
 その日は五稜郭に行った。
 五稜郭は戊辰戦争の最後の舞台となった地として知られていて、現在は大きな公園になっている。
 僕らは傘を差して、ゆっくりと公園の周りを歩いて、それから公園の中に入ってやっぱり長い時間を歩いていた(その子も歩くことが好きで、よく一緒に歩いていたのだ)。
 五稜郭タワーというのが公園の端にあって、それにものぼって、自分たちが歩いてきた場所を上から眺めた。
 そのときは周囲の空気は白がかった灰色だったのだけれど、それでも随分と肌寒かった。
「寒いね」とか言い合っていたような気がする。
 実際はどうかもうわからないのだけれど、記憶では確かに寒かったのだ。

 どうしてか、そのときのことをふいに思い出したのだった。
 理由はもちろんわからないけれどたぶん雨とか空気の感じとかが重なり合ってしまったせいだ。
 周囲の景色のディテールが少しだけ似ていたのかもしれない。
 まったく、脈絡がない。
 久しぶりに思い出したので自分の事ながらびっくりする。
 同じ年の子だったのだけれど、付き合っている間僕はずっとその子のことを尊敬していて、それはいまでも変わらない。
 いまでは一年に一回くらい連絡を取り合うくらいだけれど、その子が頑張っているのを聞くと自分も頑張ろうという気持ちになるし、同じように思ってもらえたらいいなと思う。
 そうして、考えてみれば、二年半も付き合っていたのに、待ち合わせをするときにはいつもどうしてか少し緊張していた。
 結構頻繁に会っていたにも関わらず。
 最後までそうだった。
 喧嘩ももちろんたくさんしたけれど、仲直りできないはずはないとか根拠もなく思っていたし(もちろん仲直りは常にできた)。

 別にいまはもちろん未練はないし、僕は男なので実際以上に思い出を良いものにしてしまっている可能性はあるけれど(男ってそういうものだ)、それでもその子が幸せになっていればいいなとは心から思う。
 僕とその子の人生は異なる軌道をまわる人工衛星みたいにもう重なることはないと思うけれど、一度くらいはお互いが見えるくらいに軌道が近づくときはあるのかもしれない。そしてそのときには挨拶くらいは交わせればいいなとは思う。
「やあ」
「やあ」
 というように。
「元気そうね」
「元気そうだね」
 というように。
 そのときにお互いがそれぞれ別の場所で幸せだったらいいなと思う。


 って、なんだかすごく感傷的な文章になってしまった。
 たまにはいいかなとも思うのだけれど。
 やれやれ。

 でも本当に久しぶりに思い出したので、なんだかやたらと懐かしかったのは事実。
 しみじみしてしまった。


――――――――

 先日、ボーリングに行ってきたと書いたのだけれど、その後僕の部署では筋肉痛がNimda並みに大流行。
 そんな年齢を感じさせることになってしまって、みんななんとなく意気消沈。
 それでも、比較的久しぶりの人が多かったボーリングはみんなの心のドアを叩いたようで、「また行きたい」という声が挙がっていた。

 久しぶりにすることや久しぶりに会う人は、するまでや会うまでの敷居がちょっと高かったりしても、それをまたいでしまえば楽しいものなんだなと思うことが多い。

 そしてその敷居もたいていの場合はちょっとしたものなのだ。
 けれど、ちょっとしたものだってことはわかっているはずなのに意外と億劫になってしまうのだ。

 それをえいっと超えてしまうためには、やっぱり一人の力ではなかなかに難しい。

 そういうときには、それぞれの分野に好奇心旺盛な友人の存在が欠かせない。
 自分がそれほど興味を惹かれないことに無理矢理に引っ張ってくれる友人。
 そしていざやってみると意外と楽しかったりということはたぶん結構多い。
 それだからやっぱり感謝してしまう。

 だから自分も友人があまり興味を惹かれないものに無理矢理に誘ってみようとか思う。
 そうしたら、意外に楽しいと思ってもらえるかもしれないし。

 ということで、この夏3人で『A.I.』を観に行ってきたのだけれど、僕以外の2人にはデッドボールだった。
 僕は不覚にもストライクゾーンぎりぎりで途中で泣いてしまったのだけれど、二人の口数は少なくなって……

 観る前にとても期待していたあの二人の笑顔が懐かしいよ……

 もうあの頃には戻れないのカナ……?

 笑いあったあの頃……

 君たちは輝いていたよ……

 この感動を分かち合いたいのに……

 ということに。

 無理矢理誘うのは諸刃の剣だよなと思う今日この頃。
 ちなみに、僕もいま競馬に誘われているのだけれど、とりあえず一度くらいは行ってみようとは思っているのだけれど、さてどうなることやら。
 僕はギャンブルは麻雀しかしなくて(と言ってもそれだって社会人になってからまずほとんどすることがないのだけれど)、他のものにはどうしてか興味をもつことができないのだ。
 ただ、今回の提案が魅力的なのは、ちゃんと競馬場に連れて行ってくれるというところ。
 競馬場には一度行ってみたかったのだ。
 目の前で馬が走るのを見てみたかったし。
 よくテレビでやっているレースの後に外れ場券が一斉に宙を舞うところも見てみたいし。
 ビギナーズラックで当たったらどうしよう(そういうことを考えている人は当たらないらしいけど)。


―――――――――

 最近随分涼しくなってきた。
 朝晩は結構肌寒くすらある。
 秋になると五感がクリアになるような気がする。
 もちろんそれはただそんな気がするだけなのけれど、もう少ししたら紅葉も始まるだろうし、空もどんどん高くなっていくだろう。
 散歩には気持ちのよい時期だ。
 それに、長袖になることができるのもよい感じ。
 半袖より長袖の方がすきなのだ。
 特に深い理由はないけれど、重ね着とかするのは幸福な感じがする。
 ボタンダウンのシャツに、セーターを羽織ってとか。
 チャックのついたカットソーとか。
 秋用の薄手のブルゾンとか。
 新しい靴が欲しいなとふと思ったりする。
 そう言えば手袋も。
 でもまああんまり焦らずに、とりあえず季節が変わってしまうのを待とう。
 これからしばらくは秋が続くわけだし。
 時間はおそらくたっぷりあるのだろうし。


――――――――

 出張生活時代のある日、空港で飛行機を待っていたら窓の向こうのポケモンジェットを眺めているおじいちゃんと孫がいた。
 なんとなく微笑ましい光景だった。
 おじいちゃんは孫に向かって、しきりに

 ピカチョウ、ピカチョウ

 と連呼していたけれど……

 違うよおじいちゃんそれはピカチュウ……

 ピカチュウだよ。


――――――――

 変換と僕��

 ポケモンと出したくて変換したら、歩毛門と出てきました。
 かわいくないよ。

 こっことひらがなで打って変換したら、国庫と出てきました。
 それは国の金庫だよ。

 チャラだとそのまま変換されます。

 奥が深いよ、変換。

 →つづく


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 お知らせ

 Text Sun Setではおかしな変換を募集しています(嘘。していません)。


2001年09月22日(土) 『ホリー・ガーデン』1

 江國香織は好きな作家の一人なのだけれど、そのたくさんの作品の中でも一番好きなのは『ホリー・ガーデン』だ。初版発行が1994年9月の二作目の長編小説で、文庫本の裏表紙に書かれている内容を引用すると以下の通り。

「果歩と静枝は高校までずっと同じ女子高だった。ふと気づくといつも一緒だった。お互いを知りすぎてもいた。30歳目前のいまでも、二人の友情に変わりはない。傷が癒えない果歩の失恋に静枝は心を痛め、静枝の不倫に果歩はどこか釈然としない。まるで自分のことのように。果歩を無邪気に慕う中野くんも輪に加わり、二人の関係にも緩やかな変化が兆しはじめる……。心洗われる長編小説。」

 今日から不定期でこの『ホリー・ガーデン』の感想を一章ずつ書いていこうと思う。
 これは本当にふいに思ったのだけれど、自分にとって大切な作品のひとつなので、こういう機会にちゃんと向き合ってみようと思ったからだ。もちろん、いままでにも何度も何度も何度も読み返してきてはいるのだけれど、その思い入れのためなのかたとえばMy Favorite に入れようと文章を書き始めても、何か違うような気がしてしまうのだ。
 それなので、総括的なものではなく、少しずつ断片的かつ継続的にこの小説について脈絡のない感想を繋げていこうと思ったのだ。
 もちろん、とても個人的で主観の入った感想になってしまうだろうし、全部で24章あるからどれくらい時間がかかるのかもわからないのだけれど、とりあえずやってみようという感じではじめてみることにする。
 それなので、もちろん興味のない人はスクロールです。スクロール。


「1 紅茶茶碗」

 江國香織はどこかで自分の小説の登場人物のかなり細かいところまで決めていると語っていて、この本のあとがきの中でも「なぜだか昔から、余分なものが好きです。」とも書いてある。実際の小説を読んでも各々の登場人物の本来表面には出てこない部分まで細かく決まっているのだろうなと思う。それがどの程度までなのかはもちろんよくわからないのだけれど、作中で触れられている部分がまるで氷山の一角のようなものだとしたらなかなかにすごいとは思ってしまう(それは作品の屋台骨の強さに繋がってくるだろうし)。
 とりわけ、初期の作品についてはその傾向が強いはずで、この『ホリー・ガーデン』にいたっては、「余分の物語」だったりするのでその傾向はさらに強くなっているということができるだろう。
 また、ストーリーに関してもある程度以上決めているのだろうなと思うのは、この一章がほとんどの登場人物の紹介のような面も兼ね備えているからだ。

 たとえば、この章に登場する人物(と猫)を名前の登場順に列挙してみると、

・果歩
・フキ(飼い猫)
・中野
・静枝
・今日子(果歩の姪)
・象足(果歩の上司)
・津久井(果歩の昔の恋人)
・オーデコロンエルメス(果歩の短大時代の友人)
・静枝の恋人

 となっていて、その主な登場人物のほとんどすべてについて少しは触れられているのだ。
 この「紅茶茶碗」は果歩のある一日を朝から夜まで追っているだけの章なのだけれど、その短さの中でもこの小説の持つ独特のトーン、淡々とした余分なものばかりでできている様が感じられるようになっている。この小説はスピード感のあるストーリー展開を楽しむようなものではなくて、むしろゆっくりとしたペースで読み進めていくべきなのだということも感じとることができる。


「果歩はあまり寝ない。通常三時に眠って七時に起きることにしているのだが、ぼーっとしているうちに朝になってしまうこともある。それでもこれといって生活に支障はない。起きているあいだもたいしてエネルギーを使わないので、そんなに寝る必要もないのだろうと果歩は思っていた。それに実際、起きていても夢の中にいるような気のすることが、果歩にはままあるのだった。」

 物語は、このようにはじまっている。このように冒頭から果歩の淡々と暮らしている様が見てとれる。また、この文章で睡眠時間が4時間ということもわかるのだけれど、後の章を読んでも果歩はあまり眠らなくてもよい体質のようだ。

 果歩はシャワーをあびてから朝食をとる。魅力的なのがその朝食。
 リビングに小さなティーテーブルが置いてあって、そこで「いつもとおなじものをぼんやりと食べる。」と書いてある。
 この”いつもと同じ”というのが果歩の生活のポイントだ。できるだけ波風が立たないような日々や生活を続けるのが果歩の基本的なスタンスになっていて、まるで日々の生活を自分のコントロール下におくことができれば、心が揺れないとでも信じてでもいるかのようなのだ。自分で生活を通じて感情に対して防衛線を張っているような感じ。

 そのいつもとおなじ朝食と言うのは以下の通り。

「バターをたっぷりとつけたトースト、果物をどっさり、それに紅茶。紅茶には牛乳をいれ、カフェオレ用のボウルで飲む。」

 この果歩のスタイルに憧れて同じメニューの朝食を食べてみた人やカフェオレボウルを購入した人は結構多いと思うのだけれど、実は僕も買ってしまった一人。ずっと欲しかったのだけれど、ある雑貨屋で白いカフェオレボウルを売っているのを見つけて衝動的に買ってしまったのだ。カフェオレボウル自体は一般家庭で主に使うもののようなのでカフェなんかで出てくることはないはずなので、実物が見たい方は雑貨屋に行くか、『ベティ・ブルー』という映画をレンタルビデオで借りてくるのが手っ取り早いかもしれない。『ベティ・ブルー』は狂気の愛が描かれているフランス映画で、結構痛いのだけれど、画面からつい目が離せなくなってしまうような作品だ。

 朝食がすむと、果歩はやっぱり「ゆっくり」と身仕度をするのだけれど、その仕度の最後が眼鏡をかけることだ。果歩は引出しの中に十数個の眼鏡を入れていて、毎朝そのなかからひとつを選んでかける。ただ、その理由が「果歩はただ、眼鏡屋の店員だから眼鏡をかけた方がいいだろうと思ってかけているだけなのだ。」なのだ。これはかなり果歩らしい。基本的に果歩はほとんどすべての他人からの評価だとか目というものをどうでもよいと思っているようで、マイペースでもあって、そういうところがこういう細部から感じられる。

――――――――――

 ちなみに、主な登場人物である中野君は人間は眼鏡をかけると二通りの変化しかしないのだと言っていてその意見もなかなかに面白い。
 その二通りとは「まるで色気がなくなるか、見とれるくらい色っぽくなるか」のことで、果歩は後者ということになっている。
 このたとえにはなるほどと頷く人が多いんじゃないかと思う。
 よくコミックなんかで眼鏡を外すとびっくりするくらい美少女だったというような話があるけれど、そういうのは現実的じゃなくて、中野君の言うことのほうがリアリティがある。

――――――――――

 果歩はバスにぎりぎりの時間にマンションを出るのだけれど、だからと言ってもちろん急いだりはしない。遅刻して叱られるということなどは、果歩にとってはたぶん全然重要じゃないのだ。部屋を出るときに飼い猫のフキに声をかけてから出かけるのだけれど、そのフキは化け物みたいなしゃがれ声でなく太った猫だ。けれども果歩は「薔薇が刺で身を守るように、フキはしゃがれ声で身を守るのだ」と思っている。そんなふうに、果歩は様々な物事にステレオタイプな反応は示さない人なのだ。自分のスタンスというものがあって、その場所から世間と向かい合っている。人によっては、傲慢だと思われてもしかたないようなところもある。

 また、「空気に焚火の匂いがまざっているような寒い朝。」という表現は個人的にかなりすき。江國さんはそういう表現が本当にうまいと思う。

 勤務中に静枝から電話がかかってくる。
「店に電話をかけてくることはめったにないが、たまにかけてきたからといって必ずしも用事があるわけではないことが、静枝の電話の特徴といえば特徴だった。」という電話。
 いつものようにぎくしゃくした最初の沈黙があって、それから他愛のない話で盛り上がり、「声が聞けてよかったわ」といういつものセリフを静枝が言うまでがその唐突な電話のお約束だ。静枝は数年前の失恋に拘泥している果歩を心配して、たまにそういうことをしてくるのだ。

 二人はもう20年来の親友だ。お互いを知りすぎている女友達がどれくらい近くて微妙なものであるのかは男の僕は想像することしかできないのだけれど、二人の関係はやっぱり奇妙な形式儀礼のようなものに溢れていて、結びつきは強固でもどこか面倒な感じだ。間違いなくお互いを信頼していて強固な友情で結ばれているのだけれど、それは簡単に表面に出てくるようなものではなくて、むしろ厄介とも言えるような感じ。

 また、電話を切った後果歩を呼ぶために中野君が事務所に入ってくるのだけれど、この果歩を慕い続ける年下の男の子は現実にはなかなかいなさそうな男の子だ。

 また、果歩は中野の眼に映っている自分の姿を想像しているのだけれど、それは以下の通り。

「肩のあたりでくるくると揺れる茶色っぽい髪、ながい睫にふちどられたあかるい色の目、やわらかいモヘアの、眼鏡とコーディネートされた淡いオレンジ色のワンピース、そしてそのワンピースからのびる、白いタイツをはいたかたちのいい脚――。」

 果歩は作中で可愛い感じの美人と表現されていて、こういう文章からもなんとなくイメージすることはできる。


 夜、果歩の部屋には短大時代の友人であるオーデコロンエルメスがいて、果歩の作った料理を一緒に食べている。果歩は一人で食事をすることが嫌いで、一ヶ月先まで一緒に夕食ととる約束で埋まっている。
 果歩は料理が上手だ。その日のメニューも、「煮た野菜と鱈の粕漬け、柚酢で和えた蕪と蕪の葉」で、オーデコロンエルメスにして「お料理屋さんみたい」と言わしめるような出来栄えみたいだ。
 食事の後、オーデコロンエルメスのいつも御馳走になっているお礼に紅茶茶碗をプレゼントしようかという申し出を、果歩は断っている。
「紅茶茶碗は持たない主義だから。」と。

 果歩は数年前の失恋をいまでも乾いたまま引きずっている。そしてその失恋のときに、持っていた紅茶茶碗やコーヒー茶碗のほとんどすべてをお風呂場で割ってしまったのだ。それ以来新しく紅茶茶碗を買っていない。青い美しい薔薇の柄の紅茶茶碗だけはそのときにもどうしても壊すことができずに隠し持っているのだけれど、それは果歩以外の誰も知らない。
 けれど、紅茶茶碗を隠し持っていることを知らなくても、静枝は果歩がいまだにその過去の失恋を引きずっていることを知っていて、気遣っていて、ふいの電話をくれるのだ。その静枝はこう思っている。

「いい加減で軟弱で、口ばかり上手くて大嘘つきの、あんな男のどこが果歩をひきつけたのか、静枝にはさっぱりわからなかった。そして、さらに判らないのは、別れたあとの果歩なのだ。もう五年ちかくたっている。(……)静枝の基準では、どう考えても、津久井のような男に果歩があれだけ拘泥する価値はないのだ。」

 そして、果歩は静枝がこんなふうに思っているであろうことを知っている。
 けれど果歩は思う。

「静枝は知らないのだ。津久井がどんなに優しい声をしていたか、どんなに子供っぽい顔で笑ったか、どんなに幸せそうに果歩を抱いたか。」

 静枝をやきもきさせている原因でもあるのだが、果歩の周りには、いまでもまだ津久井の粒子のようなものが残っている。
 そのように、果歩の過去はこの物語を通じて常に気配としてそこにある。けれども、津久井と再会するだとかそういったいかにもドラマ的で急な出来事は起こらない。ただ、そういう過去を持つ果歩や静枝の日々が、ただ淡々と余分なものをたくさん抱えながら語られていくだけなのだ。
 だから、場合によってはあまりにも何も起こらないがために読み進めるのが大変になってしまうかもしれない。けれど、そういうものだとわかってしまえば、この淡々とした様が非常に魅力的なものに見えてしまう。傷は多かれ少なかれ誰にでもあって、どんな人にでもどこかしら損なわれてしまっている部分や時期がある。それだから、読んでいるうちに、果歩や静枝のそういう部分に共鳴することができるようになってくるのだ。その淡々とした物語のペースが、自分の中のそういう部分にじっくりと染み込みはじめるのだ。そして、そこにある種のリアリティのようなものを感じることもできるようになるのかもしれない。


 思うままに書き連ねてしまったけれど、これからも不定期で、一章ずつ、また脈絡もなく個人的な感想を書いていこうと思う。


―――――――――

 最近、警察署に免許の書き換えに行ってきた。
 しかも今回の更新でゴールド免許をもらえることになっている。
 別にそれで何か得するようなことがあるわけではないのだろうけど、やっぱり嬉しいものは嬉しいのは事実。

 そして更新のときに25分間ほどの交通安全ビデオのようなものを見せられたのだけれど、ああいうものはたまにしか見ないからなかなかに興味深い。
 見ているときに、小学生の頃の交通安全指導のようなものを思い出した。
 当時、小学校に警察の人がきて同じようにビデオを見せられたのだけれど、そのときは自転車の乗り方についてのものだった。
 そのビデオの中では自転車に乗っている子供が右折や左折をするときに腕をハンドルから放して、L字に曲げていたりした。
 そうするとドライバーにどちらに曲がろうとしているのか発見されやすくなるという話だったのだけれど、子供心にもおいおいとは思っていた。第一、実際の道路であんなふうに腕を曲げて右折をしている自転車なんか見たことがない。
 逆にそうするほうが危ないようにすら見えたし。
 悪法も法なりという言葉があるけれど、形骸化した法律なりルールというものはたぶんかなり恐いよなあと、なんとなく思ったり。
 ただ、今回見たビデオは運転するときには気をつけようと思えるようなもので、車というものが実際には非常に危険な乗り物なのだといことを思い出させてくれたので見た価値はあったと思う。

 それにしてもゴールドです! 嬉しい!
 同僚の前でわざとポケットから落として、「あ、俺のゴールド免許が落ちたよ。まぶしい!」とかふざけてやろうかな(←嫌味っぽい、というかコドモ)。


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 お知らせ

 Enpituの方のカウンターも1000Hitを越えていました!
 ありがとうございます。
 これからもよろしくお願いします。


2001年09月20日(木) 夜のボウリング場

 今日(これを書いているのは2時10分なので厳密に言うと昨日)は焼肉とボウリングに行ってきた。
 スタートした時間が遅かったこともあって、部屋に帰ってきたのは午前1時過ぎになる。

 焼肉はメンバーの一人がぐるなびで調べたお店で、メニューが豊富で美味しかった。
 こめかみとか、「なまなましいな」とか言いながらどんどん食べて、「狂牛病」とか言いながらやっぱりもりもり食べて。
 僕の部署には一人同じ名字の同僚がいるのだけれど、タイプが正反対なのだけれど仲がよくて、たまに一致するところを見つけたりすると「おお」とか思うのだけれど、今日も一つ判明。


 それは白いご飯好きということ。


 昨年の国土庁の調査によると白いご飯がないと焼肉が進まない人は成人男性の75%に及ぶそうだけれど(嘘)、かくゆう僕はその一人だ。もう一人の同じ名字の同僚も同じ。焼肉と言えばまず白いご飯と条件反射のように思ってしまう。
 で、おかわりをしながらもりもり食べて。
 あんまりにもうるさいので店員さんにちょっと笑われる。
 少し自粛。

 焼肉の後は場所を移してボーリング。3ゲーム実施。
 結構久しぶりだった。
 僕はカーブをかけることができないのでその日の調子によって大きく左右されてしまうボウリング。
 調子がよいときにはヘッドピンに当たるのでスコアがよくなるし、そうじゃないときには左右にどんどんずれていく。
 今日は3回とも120点くらい。むむ。だめ。
 一人230点以上を叩き出した同僚がいて、拍手喝采の嵐でかなり盛り上がる。
 というか200オーバーは本気ですごいと思う。

 夜のボウリング場は結構面白い。
 どことなく間の抜けた感じがして、空気がよどんでいるような感じがしてしまうのだ。
 ピンの倒れる音がいたるところから聞こえてくるのだけれど、騒ぎ声も拍手の音も聞こえてくるのだけれど、どうしてかスローモーなリズムで時間が流れているような気がしてしまう。
 いままでに様々な土地でボウリング場に入ったけれど、そういう雰囲気のようなものは共通しているような気がする。
 ボウリング場でしか見かけないあんまりセンスのよくないポスターも、種類こそ違えどやっぱりあるよという感じだし。
 自動販売機を見ると必ずと言っていいほど150円だったりするのも同じ。
 レーザージュークが置いてあるのも同じ。


―――――――――

 生まれてはじめてボウリングに行ったのは小学校低学年の頃で、夏休みの旅行の途中で、とある湖沿いにあるボウリング場に家族で入ったときだった。何だかレイクボウリングとかいうそのまんまの名前だったような記憶がある。手書きのスコアのボウリング場で、父親が書き方のルールを教えてくれた。そのときには全然ボールがまっすぐ進んでくれなくて、確か50点くらいしかいかなかったはずだ。

 あれからかなりの数のゲームをやっているのだけれど、はじめてそれをしたときを覚えているものって実はそれほどないから、そういうのは忘れたくないなと思う。
 僕にとっての、生まれてはじめてのボウリング。
 それはその何だかレイクボウリングというところ。
 そういうことをちゃんと覚えておくのはたぶん大切なことなのだ。
 たぶん。

 だって、この日記を読んでいる人が○○を最初にしたときはいつだろうって思い返したとしても、なかなかそれがちゃんと出てくることってないと思う。はじめてのキスとかなら話は別だけれど。他愛のないことになればなるほどたぶんわからないものなんだろうし。だから、いま覚えているものくらいは大切にしておこうとさりげなく決意する。

 ちなみに、はじめて映画館で観た映画が『アニー』だったということは覚えている。
 同時上映が『シンドバッド虎の目大冒険』。
 隣の映画館で上映していた『E.T.』を観に行ったのだけれど、あんまり混んでいてこっちにしようよと連れていかれたのだった。
「『E.T.』みたかったのにー」とか思ったのでよく覚えている。
 結構面白かった記憶があるのでまあいいかなとは思うのだけれど。


―――――――――

 そしていまもやっぱりCoccoをテレビに映しながらこの日記を書いているのだけれど、『SATIE』という歌の映像が今日はいつも以上にツボにはまる。世界の果てのような海の映像からはじまるのだけれど、その雲間から漏れる光の感じがなんとも言えず優しい色をしているのだ。
 冗談ではなくて毎晩一回は見ているのでかなりの回数になっているのだけれど、自分でもよく飽きないなとは思う。
 でもまだまだしばらくは飽きなさそうだし、見るたびに違うクリップがより鮮明に感じられたりするので(たぶんその日の心持で違うのだ)、まだ楽しむことができるとも思う。


2001年09月19日(水) 夜を歩く

 数年前に札幌に帰省していたときに、すすきのでの飲み→カラオケ→友人の部屋という定番コースをたどった後、午前2時くらいに帰ることにした夜があった。そのまま泊まっていくことも可能だったのだけれど、同じ区に親戚の家があることがわかっていたから、そこに泊まるよとおいとますることにしたのだ(親戚には突然泊まりにいくかもしれないとは伝えていた)。

 そこは中央区で、ほとんど土地鑑のない場所だった。
 親戚の家もとりあえず同じ区内にあるということくらいしかわからない。
 とりあえず大きな通りまで出た。午前2時を過ぎているのに、意外と車通りが多い。とりわけ、トラックの姿がよく目に付く。
 青看板を探してとりあえず歩いて、なんとなく自分のいる場所を把握しようとしてみる。なんとなくはわかる。けれど、それが親戚の家と近いのかどうかまではよくわからない。
 それは8月で、気持ちのよい夜だった。ちょっとだけ飲んだお酒が抜けかかっていて微妙に気が大きくなっている。帰るよとか言い出したのもたぶんお酒のせいで浮かれていたからだ。
 そういうときにはどこまでも歩いていけそうな気がしてしまう。もちろんそんなのはただの錯覚なのだけれど、そういう幸福な錯覚のようなものには素直に従うべしとアーヴィングも言っているのでどんどん歩いていく(※注:言っていない)。
 途中、ローソンがあってそこでからあげくん(5個入り)を買う。爪楊枝を手にして食べながらさらに歩く。
 なんとなく、この辺かもしれないというところで大きい道路から路地に入ってみる(←迷う人の典型)。道路が片側二車線から一車線に変わる。けれど札幌の道路は片側一車線でもちゃんと両側に舗道がついていて、車道を結構なスピードで飛ばす車が通り過ぎて行ってもとりあえずは安心だ。
 それからも思いつきのような気楽さで十字路を適当に越えていく。




 …………




 …………




 さて、


 と思う。


 迷ってるな、こりゃ。


 もちろん、少し前から、言ってしまえば友人の家を出たときからそういう気はしていたのだ。中央区と言ってももちろん広い。僕は自分の方向感覚に根拠のない自信を持っているのだけれど、それでも今回のはちょっと暴挙だ。僕の実家はここから二つ先の区だったから歩くとなかなか大変な距離だったりもする。時間は午前2時をとっくに回っている。


 さて、どうしたものか。


 自分のことをのんきだと思うのはこういうときだ。僕が選ぶのはとりあえず歩こう、という選択肢なのだ。歩いていればそのうち知っている場所に出るだろうし、もしなんだったら終日営業のファミリーレストランで時間を潰せばいい。いざとなったらタクシーを使ってもいい。財布の中には5千円札が入っているから、ある程度の距離なら何とかなる。
 そして、僕は再びぐるぐると歩きつづけた。途中、やけにまっすぐな長い路地に出たり、団地の横を通ったり、当然寝静まっているはずの閑静な住宅街を通り抜けたりした。
 それからしばらく経ってから、ようやく国道に出た。5号線。よくわかる道路だ。円山の近く。
 そして、その道路に出たということは、いつの間にか僕は思っていた以上に親戚の家から遠ざかり続けているということでもあった。
 やれやれ。
 そう思った。それなりの距離を歩いているからもちろん結構疲れているのだけれど、それでも見覚えのある場所に出ることができて一安心する。国道沿いには自動車のショールームがあって、その中の車が薄緑の照明に照らされているのが見える。なんだか、水族館の中みたいだと思う。街の水族館。
 自動販売機で缶コーヒーを買って、安心したことも手伝ってそのショールームのガラスのへりに腰掛けて飲む。
 国道だから、目の前をたくさんの車が通り過ぎていく。その間信号が何度か変わる。
 話は変わって、日中の道路わきで人を待っているときには、僕はよくシートベルトをしている人の数をかぞえている。10台ごとにシートベルトをしているドライバーの数をかぞえることを繰り返すのだ。それは他愛のない遊びだったのだけれど、その観察の結果では大体7割くらいの人はシートベルトをちゃんとしめている。もちろん、地域によっても差はあるだろうけど。

 缶コーヒーを飲み終わって、自動販売機の横にあるゴミ箱に捨てる。
 再び歩き出す。
 今度は道がわかっているのでまだ気が楽だ。少なくとも全体の中でいま自分がどのあたりにいるのかということがわかるし。
 時間はとっくに3時を過ぎていて、なんだか最初の計画とは随分ずれていってしまった。
 でもまあいいかと思う。
 僕はいろんなことをまあいいかと思えてしまう。根が単純なのだ。

 それからまたしばらく歩いてから、結局宮の森あたりでタクシーに乗った。そこからタクシーで3000円くらいかかったから、まだそれなりには距離が残っていたということになる。

 そのときのことを思い出すと、当たり前のことなのかもしれないけれど、年を経るに従ってそういう脈絡のない夜がなくなってきたことをしみじみと実感させられてしまう。もちろん、最近だって徹夜をすることはあるし、同僚たちと明け方近くまで遊ぶことも(たまには)あるけれど、それでもかつてはもっともっとずれこんだ時間軸で生活していたのだ。もちろん、そんなに派手に暮らしていたわけではないけれど、むしろ淡々とした暮らしではあったのだけれど、時間は不思議と夜側にシフトしていた。
 これからもっと年をとって、まっとうな生活を歩むようになったら、そういう長い夜に触れることが少なくなるのだろうかと思う。夜は家族と一緒に過ごすようになるのだろうかとか。
 それはそれでたぶんとても幸せなことなんだろうし、望むべきことだとも思うのだけれど、その一方でちょっとだけ寂しかったりする気持ちももちろんある。
 ちょっとだけ。


 その後、その夜のことを件の友人に話すと、もちろん笑われたのだった。


―――――――――

 お知らせ

 僕のまわりではいまFran「クリーミーアーモンド」が大ブレイク中です。
 個人的には、ムースポッキーですけど。


2001年09月18日(火) 『ダンゴの丸かじり』

『ダンゴの丸かじり』読了。東海林さだお。文春文庫。
 My Favoriteにも入れている『〜の丸かじり』シリーズの最新作。と言っても文庫化されているものなので連載していた時期は95年くらい。
 相変わらず面白い。
 書店で見つけてしまうたびに無条件に手にとってしまうシリーズなのだけれど、今回も読んでいて思わず「あるある!」とうなずいてしまうものばかり。
 たとえば、「イチゴのショートケーキ」という話はこうはじまる。

 当然ですが、目の前に赤いイチゴがのったショートケーキがあると思ってください。では、右手にケーキ用の小さなフォークを持ってかまえてください。さあ、あなたはこのケーキのどこから食べ始めるか。
 あっ、ダメ、いきなりイチゴに行っちゃダメ。ダメって言ってるのに。

 そしてどこから食べるのが正しいのか? という考察を続けていくのである。
 あるいは、「ソースか、醤油か」という話ではこうだ。

 コロッケにかけるのはソースか醤油か。
 そりゃあんた、ソースに決まってまんがな、コロッケに醤油かけて食べる人なんかいまへん、と簡単にケリがつくようにみえて、このテーマは意外に奥が深い。

 と、やっぱり様々な考察をおもしろマジメに続けていくのだ。そして読み進めるたびに、「そうそう!」と思わず声を発してしまったり、吹き出してしまったりする。解説で米原万里という人が「このシリーズを楽しめるほどの人は、出身がどこの国の人であれ、もう立派な日本人なんじゃないか」と書いているけれど、本当にそうだと思う。大体昭和くらいからの日本のごく普通の家庭の食生活を経験している人にとっては、本書の中で語られていることについていちいち強く頷いてしまうはずだ。

 そうそう、あとこの本を読んでなるほどと思ったのが中国での有名ジュースの書き方。

 56ページに書かれているのだけれど、「コカ・コーラは可口可楽、スプライトは雪碧、セブンアップは七喜と書く。」となっている。

 その部分を読んだときに思ったのは、華子が香港にいたときにもセブンアップもあったかもしれないんだということで、もしかしたらそれを見つけて屋台のなかで飲んだりしたこともあったかもしれないということ。って、これは『落下する夕方』を読んだ人にしかわからない話になってしまったけれど。

 また、冬虫夏草の簡単な絵もついていて(44ページ)、その下に書かれている文章「冬は虫だが、その虫にキノコが寄生して夏にはキノコとなったところを採取する」というのもなるほどという感じ。それまで冬は虫で夏は植物なんだってと言われていて「??」と思っていたのだが、絵になると確かにわかりやすい。でもちょっといやだけど。

 さらには、東京にある「やけ酒」という名前の飲み屋について書いている話では、店内に畳1畳ほどの”皿たたきつけコーナー”があって、客が一枚180円の皿を買って「課長のバカヤロー」とか叫びながら皿を床に叩きつけることができるのだと書いてある。何分95年の話なのでいまもこの店があるのかどうかはわからないけれど、なかなかにすごいというか……

 いずれにしても、このシリーズは、一度通し読みをしたときに気が向いたときに手にとって一話、二話くらいをぱらぱらとめくったりするのも楽しかったりする。


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 Text Sun Set も開設から一ヶ月。あっという間のようでいて、Days のIndex を眺めていたら結構な分量だったりもして、日々の積み重ねなんだなあと納得。
 とりわけ、どういう形であれ日記をつけておくと日々の忘れられがちな出来事を思い出すきっかけとなったりするようなので、それはそれでよいかもしれないと思う。もちろん、タラちゃんの謎の話なんかの場合は、読み返してその日の出来事を思い出すことなんかできやしないのだけれど。
 ちなみに、日記の一覧のページで「2001年8月」とかなっているところをクリックすると8月の日記が全部まとめて読めるので常時接続じゃない人には便利かも。


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 常時接続と言えば、いま非常にブームになっていて書店やコンビニで見るパソコン雑誌でもADSLの導入方法なんかがよく特集で組まれている。個人的にはとても興味があるのだけれど、別にいまの速度でもそんなに不都合はないしなあとか思ったり。
 けれども、常時接続という言葉は確かに魅力的だ。繋ぎっぱなしで定額なのだ。通話料金を気にしなくてもいいのは冷静に考えてみるとすごい。
 とか考えていたら後輩がAirH'を購入した。32Kしかスピードがないのだけれど、24時間常時無線接続。
 実物を見ると、急に現実的に検討できるようになる。
 後輩のノートパソコンのPCカードスロットにはAirH’がささっていて、朝ネットに繋いだら帰るまで繋ぎっぱなしなんだと言っていた。それで月々プロバイダ料金を含めて7000円くらい。
 悪くないかもしれない。そう思った。
 もちろん、フレッツであるとかADSLであるとか選択肢は幾つかあるのだけれど、焦りはしないけれど、検討だけはしようと思ったりしたのだった。


2001年09月17日(月) イクラちゃんの謎

 サザエさんを知らない人はいないだろう。
 日曜夜のお約束。ある意味国民的テレビ番組と呼ぶことさえできるあの長寿アニメのことだ。
 最近はほとんど見ていないのだけれど、それでも子供の頃はよく見ていた。
 ちびまる子ちゃんがはじまった頃には、その連続する一時間がとても楽しみだった。
(ちなみに、小学生の頃はハウス名作劇場がやたらと好きだった)

 そして、サザエさんが突込みどころ満載であることは多くの人が指摘する通りでもある。
 友人同士でも、ごくごくたまにサザエさんの話題になったことだってもちろんある。
 たとえば、ワカメちゃんのパンツがいつもスカートから見えているとか、
 サザエさんがあまりにもおだてに弱すぎるだとか、
「波平ヘアチェックの巻」はいつになるんだとか、
 いろいろと話題が絶えなかったりする。

 そしてたくさんの登場人物の中で、僕がいつも不思議に思っていた登場人物がいる。


 イクラちゃんだ。


 磯野家と家族ぐるみの付き合いをしているノリスケさんとタイコさんの子供であるあの小さな男の子。僕はずっとあの子供を見ていて不思議に思っていたのだけれど、今夏に映画『A.I.』を見てすべての謎が解けた。


 イクラちゃんは感情を持つロボットだったのだ。


 そう考えれば、作中でのあの言動の謎がすべて解消される。


 もちろん、何を言っているのだという人は多いだろう。
 そこで、それを証明してみようと思う。


 まず、サザエさんによくある一コマを再現してみよう。


(サザエ、カツオ、タラオ、イクラちゃんの4人でデパートの食堂にいる。カツオがメニューを広げながら隣にいるイクラちゃんにたずねる)


 カツオ:イクラちゃん、何食べたい?


 イクラ:バブー。



 全然答えになっていない。
 しかしとても愛くるしい。
 これはイクラちゃんが人間に愛情を抱かせるためのロボットであるという証拠ということができないだろうか?
 精巧なプログラムであると?
 もちろん、イクラちゃんがまだ小さいからだという反論はあると思う。もちろんそれはある。けれども、イクラちゃんは立派に自分の足で歩いているし、普通であればちゃんと話したりすることもできる頃でもある。けれども「何食べたい?」と訊かれて「カレー」などの答えでなく「バブー」と答えることが、人間を喜ばせたいというプログラムによるものだと考えることができるのだ。
 他のシーンを見てみよう。

(砂場で一緒に遊んでいるタラちゃんとイクラちゃん。イクラちゃんがタラちゃんのシャベルを取り上げる)


 タラオ:イクラちゃんダメですよー。


 イクラ:バブー。


 反省の色も見えない。
 しかしやはり愛くるしい。
 シャベルを手に持ったまま頬を膨らませているイクラちゃんを見ると、誰もが思わず相好を崩してしまうことだろう。


 もちろん、イクラちゃんは「バブー」しか言えないロボットではない。
 最新の人口知能【Artificial Intelligensce】を搭載しているだけあり、時と場合というものをちゃんとわきまえている。
 また別のシーンを見てみよう。


(磯野家のちゃぶ台の周りに全員が揃っている。イクラちゃんの前にスイカが置かれている)


 サザエ:イクラちゃんはスイカが好きなんだものね。


 イクラ:ハァーイ。


 さすがと言わざるを得ない。その可愛さで言われたらあの強欲なカツオでさえ自らのスイカをイクラちゃんに差し出してしまうほどだ。
 つまり、国民的アニメサザエさんはあのキューブリックやスピルバーグの発想の原点ですらあったと言うことができるのである。




 …………



 …………



 それでは、最後の次回予告もイクラちゃんにやってもらおう。
 あまりの可愛さに失神する大人が続出するかもしれない。ついでに対訳も付記しておく。

 
 次週予告


 バブーバブーバブーバブブブー、ハァーイ! ハァーイ! バブー、バブッブブー。ハァーイ! ハァーイ!



(訳)
「イクラです。最近世間ではリストラが加速しているみたいですね。来週は『ノリスケ、職を失う』『ノリスケ、職業安定所に行く』『ノリスケ、1次面接』の3本です。ジャーンケーンポーン」



 ちょっとふざけすぎですね。でもサザエさんはかなり好きだったりするのです。
 んがんぐ。


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 Coccoのアルバムを買ってしまいました。
 同僚と晩ご飯を食べて、10時閉店のCDショップに閉店間際に飛び込み、売場にあったアルバムをぎりぎり手にとりレジに向かう。
 3rdアルバムの「ラプンツェル」。
 ベストに収められている曲が多いのだけれど、それでもやっぱり嬉しくてリピートで3回聴き続けていた。
 そしていまはこの日記を書きながらまたDVDの方を見ている。
 焦ることはないとは思うのだけれど、ついつい買ってしまった。
 今日行った店舗には1stや2ndがなかったのだけれど、それもゆっくりと買い揃えていこうと思う。


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 お知らせ

 Text Sun Set は「波平ヘアチェックの巻」を楽しみにしています。


2001年09月16日(日) 小さな町

 祖母の住んでいる小さな町に着くと、いつも海の匂いがした。
 それは駅が海のすぐ近くにあるためで、生ぬるい風が潮の香りを運んでくるのだ。
 僕は小さな頃からその町を何度も訪れている。それは家族とも友人とも、そして一人でも。
 僕の家から列車で一時間もかからないで行くことができるという利便さも手伝って、気軽に気楽に訪れることができてしまう。
 駅を降りて左側に進むとそこは石浜になり、右側に進むと砂浜が広がっている。
 そういうところも、都合がよい町だよなあと小さな頃からよく思っていた。

 以前はお盆になると、毎年灯篭流しに参加していた。
 数日前に祖母と一緒にお寺に灯篭を買いに行き、数日家の仏壇の近くに置いておく。
 簡素に作られている灯篭を眺めて、またこの季節になったのかと思う。
 そして灯篭流しの日。
 まずはお寺に行き、本堂でお坊さんの話を聞く。
 祖母は当然のことながら知り合いが多いから、いろんな人と挨拶を交わしている。
 僕はもうこんなに大きくなったのかいと何人かに驚かれる(実際には大きくないのに。そういうのがお約束なのだ)。
 おばちゃんのこと覚えてるかい? と訊かれて、覚えてますよとこたえる。
 子供の頃から会うたびに「大きくなったねえ」と言われているのだ。
 背が伸びるのがとまっても。

 お坊さんの話を聞いているときに足がしびれてくると、なんだか自分が不信心な人間のように思えてくる。

 話が終わると、参加者全員がお寺の前に二列になって並び始める。
 そのときにはすでに周囲は夜の闇の中だ。お寺のすぐ前にある駅のホームの電灯の周りに虫が集まっているのが見える。線路を挟んだ改札口に立っている駅員さんが遠く小さく見える。自分が過去の写真の中に紛れ込んでしまったかのような不思議な気分になる。ちゃんとした世界からそうじゃない場所に向かうような不穏な予感めいたものが感じられる。お盆なのだ。普段は目に見えないはずのものと近い距離になってしまうのはたぶんあたりまえのことなのだ。
 列は、それからゆっくりと歩きはじめる。海の近くの路地を、舗道すらない狭い端を、車を避けるようにして、灯篭に蝋燭の明かりを灯しながら。
 灯篭を持つのは僕の係だった。
 たくさんの人に紛れて歩いていく。
 前の方を見ると、結構先の方まで灯篭の淡い明かりが続いているのが見える。後ろを振り返ってもそうだ。
 百人くらいは参加しているんじゃないかと思う。
 一列になって歩いていく灯篭流しの集団。ホタルの群れのような長い列。
 すれ違っていく車のドライバーにはどんなふうに映るのだろうと思う。

 しばらく行くと、ようやく砂浜に出る。
 そこでは大きな焚火が燃え盛っていて、砂浜に辿り着いた人たちはその火の中に灯篭を投げ入れることになっている。
 もっと子供だった頃には、灯篭は海に流していた。
 目の前には、夜の暗く広大な海が広がっている。波の音が途切れない。空は高くたくさんの星が見えている。
 その海の上にたくさんの灯篭が浮かんで波に揺れているのを見るのは圧巻だった。
 その様子は、確かにある種の記憶や魂を彼岸へ見送っているのだと思えるようなものだった。
 いつの間にか、どうしてなのか灯篭は海に流さなくなった。
 海にではなくて、砂浜の大きな焚火の中に放り投げる。
 夜の闇の真ん中で、鮮やかな炎が揺らめいている。時折その勢いをふいに強めるので、たくさんの煙に思わず顔をしかめてしまう。
 他の人と同じように灯篭を放ると、灯篭の紙の部分も木の部分も勢いのある火に溶け込まれてしまうのが見える。

 祖母は結構あっさりと「帰るよ」と言う。
 そして僕らはもと来た道を戻り始める。
 灯篭を火の中にくべてしまうと、あとは自由行動なのだ。
 砂浜を出るときに、やっぱり昔の知り合いなんかがいて、祖母は話し掛けられている。

 帰り道の途中、後ろの方からどんという音が響く。
 花火だ。
 砂浜で、花火を何発か打ち上げるのだ。
 僕らは少し足をとめて、暗い空に広がる光をしばらく眺める。
 祖母が今年の花火は何発くらい打ち上げるのだという話を教えてくれる。
 その後は数年前にできたコンビニに入って、ジュースやアイスクリームを買い込んで祖母の家まで帰るのが常だった。


 学生の頃にはそんなふうに灯篭流しに参加していた。
 社会人になってからは、その時期に祖母の家にいることがなくて参加していない。
 けれども、ときどきその何度かの夜のことを思い出す。
 自分たちが自分たちだけでできあがっているなんてことは思えないし、そういうことを確認することができるのが、お盆などの時期になるような気がする。
 脈々と受け継がれていくはずのもの。それは目には見えない分、記憶の蓄積によるところが大きい。
 おそらくはもう何年も参加することはできないだろうし、思い出すことしかできないのだけれど、それでもこうやって、灯篭流しのことを思い出すようにしてみる。
 お盆じゃなくても。
 遠く離れていても。


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 Text Sun Set が1000Hitを超えました!
 ありがとうございます。
 HPを作り始めたときに、漠然とちゃんとした見通しもなく一ヶ月で1000Hitくらいいけばいいなあと思っていたのが実現していたので素直に驚いています。
 乱暴な計算をしてみると、一日30人以上の人が訪れてくれていることになって、それにもやっぱり驚いてしまう。
 それが同じ人たちなのかそれぞれ違う人たちなのかはよくわからないのだけれど、いずれにしても感謝です。
 劇的なリニューアルも、衝撃的な内容もなくてどちらかというと淡々とした継続になってしまうかと思われますが、これからもよろしくお願いします。


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 お化けぎらい

 今日の最初にお盆についての文章を書いたのだけれど、僕は実はかなりお化けが苦手だったりする。
 苦手なものランキングをつけるとすると、「地震雷火事おばけ」と慣用句を変更してしまいたいくらいには苦手だ。
 ホラー映画とかは恐くても作り事だと思い込めるのでなんとかなるのだけれど、本当の話にはもうどうしても耐えることができない。
 でも恐いもの聞きたさで聞いてしまう。
 そして後悔する。
 その話を聞く前の自分に戻れたらと、自業自得なことを考える。たーいーむーまーしーんーとか思ったり。
 もちろんどうにもならない。

 学生の頃のゼミ合宿で恒例の怪談が始まったときにも、僕は誰よりも多くの布団をかぶりながらその話を聞いていた(いまだにそのときのことをあれはおかしかったと言われたりする)。
 耳に手を当てて「あーあー」とか言うのは基本動作で、布団にくるまったままごろごろ遠くに転がっていき、何もなかったように能天気なふりをしたりする(もちろんみんな許してくれない)。
 でもだめだ。
 聞いてしまった話は自分の中でイメージが増幅されて、必要以上に脅えてしまう。
 しかもグループの中にはそういう話をするのがやたらとうまい奴がいたりするもので、間の取り方なんかが絶妙なのだ。
 おいおい、お前は稲川淳二かよ! とか思うのだけれど、話が上手くてついつい聞いてしまうのだ。

 よく霊スポットに行こうとかいう話になることがあったのだけれど、そういうのは基本的には全部断っていた。
 よくそういうところに行ってエンジンが動かなくなるだとか、窓ガラスに手形がとかいう話を聞くのでそういう目には絶対に逢いたくなかったのだ。

 小学校低学年だった頃には、当時買っていたコロコロコミックとかコミックボンボンとかそういう雑誌の夏の号に恐い話がよく載っていて(よく考えるとすごい雑誌名だ)、それも本気で恐かった。
 中でもひどいのが、この話を聞いた人は一週間以内に○人の人に話さないと、夜中の二時にあなたの家に○○がやってくるといった類のもの。そのページの挿絵には、扉を開けている少年と○○が扉の向こうにいる少年誌にあるまじきリアルな絵が描かれていたりする。
 読んだ後に、速攻でページをとじて読んでなかったことにしようとするのだけれど、その刹那から心臓がばくばくいってとまらなくなる。
 そしてああ誰かに話さないとと思うのだけれど、でも話すとその人に災いが降りかかってしまうーとかかなり真剣に悩んでしまう。
 とりあえず隣でビーズ遊びをしている妹には話そうとか思うのだけれど、ああでもとか躊躇する。
 そして、それから一週間かなり心臓に悪い日々がはじまるのだ。
 どうしよう、どうしようと。
 いま思い出しても、そういうときの一週間は本気で恐かった。
 そしてその○○がやってきても、この呪文を唱えれば大丈夫みたいなことも書いていて、当時小学校低学年だった僕はその呪文に頼るしかなかった。だから眠る前には30分以上もその呪文を○○が来たわけでもないのに唱えつづけないと眠りにつくことができなかった。
 本当にいま思うとおいおいとは思うのだけれど。
 たぶんあれは編集部がでっちあげた話だとも思うのだけれど。
 でも当時は本気で恐かったのだ。


 
 今月27歳になるわけだからいまではある程度の耐性のようなものがついているのだけれど、それでもやっぱり恐いものは恐い。先日も飲み会の中でワンダーフォーゲル部出身の人がある冬の山小屋で体験した話を聞いたのだけれど、冗談抜きで恐かった。あんまり恐くてこれ以上書けない……


 もちろん、恐くないお化けもいる。


 オバQ。


 子供の頃は藤子不二雄ものはかなりテレビで見ていた。ドラえもんは言うに及ばずハットリ君とか怪物君とかパーマンとか。
 そして、オバQで思い出すのは、「劇画・オバQ」のことだ。
 これは書店で売っている「藤子・F・不二雄異色短編集1ミノタウロスの皿」(小学館)に掲載されている話なのだけれど、正ちゃんが大企業に就職して結婚もしているときにオバQが訪ねてくるという話を劇画調の絵で描いているものだ。短い話なんだけれど、いつまでも子供のままではいられないというような話で、子供の頃に見ていた「オバケのQ太郎」を思い出すと、なんとなくせつなくなってしまう話だ。

 話がずれてしまった。
 いずれにしても、いまだに恐い話はあんまり好きじゃない。
 ただ、二十歳を過ぎてもお化けを見たことがない人はもう見ることがないという話を聞くから、それであれば安心だと思ったりはするのだけれど。


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 お知らせ

 Text Sun Set は恐い話お断りです。
 やや、やめてください!
 あーあー!(耳を手で押さえる)
 ラーラーラー!(歌ってごまかす)
 布団をかぶったまま逃げ去りますよ。遠くまで。


2001年09月15日(土) 好きな食べ物の話

 今日は7人で飲み会。
 最近はちょっと飲む機会が多い。
 僕はいつものように中ジョッキを一杯でその後はウーロン茶ばかりを飲んでいたのだけれど、それでも充分気持ちよく酔うことができる。安上がりだ。
 友人の中には、毎晩必ずアルコールを飲まなければならないという人ももちろんいる。
 お酒が美味しいのだとしみじみと語るのだ。
 なるほど、とか思う。
 そういう話を聞いていると、確かにおいしいのだろうなと、お酒なしの人生なんて信じられないのだろうなと。

 じゃあ、自分にとってそういうものはあるだろうかと考えてみる。
 好きなもの。

 …………あるにはあるのだけれど、どうもうーんと言ってしまうようなものばかりだ。

 たとえば、

 チョコレート

 カレーライス

 ハンバーガー

 こうして羅列してみると気がつくのだけれど、そこから導き出されるのは僕が子供味覚だということだ。
 もちろん、天婦羅とかお寿司とか、あるいは手の込んだ家庭料理だとかそういうのも嫌いじゃない。
 けれども、基本的には致命的に子供味覚が染み付いてしまっているような気がする。
 カレーライスを与えておけばとりあえず嬉しそうに食べるしね。
 
 でもそれを友人にとってのお酒のように語るとどうも変な感じになってしまう。

「いや、チョコレートがね、舌の上でとろける瞬間が最高だよね」とか、

「カレーライスにね、カツがのっているともう言うことなしだよ(←そりゃカツカレーだろ! と言われそう)」とか、

「いやあ、今日はちょっと奮発してビッグマックにしたよ」とか、

 話していても「ああそう」と一言で終わってしまうような感じがしてならない。
 どうにもインパクトというか味わいのようなものに欠けるのだ。
 お酒が好きだという話になると、結構そこから話が派生してどんなお酒が好きかとか、一緒に食べるつまみでは何がいいかとか、日本酒の産地の話になったりする。
 けれども、カレーライスの話をしていて海老カレーとハンバーグカレーがどうとか、ふくしん漬けがどうとかそういう話になることはほとんどない。
 まあ、別にそういう話をしたいわけじゃないから別によいのだけれど。


 ただ、普段はそういう食生活をしているほうなのだけれど、旅に出るとその土地のものを食べたいタイプだったりする。
 これはなかなかに驚いてしまうことなのだけれど、旅先でなんでもいいという人が意外といたりするのだ。
 ええーと思う。
 だって、旅先で普段と同じものを食べてどうするのさと強く思う。
 旅行なんだから、普段食べないようなその土地のものを食べたいし、その土地のものを見たいし、しみじみと味わいたい。
 そう思うのだけれど、そういう人ばかりでもなくて、人それぞれだなあとは思う。


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 マイカルが破綻した。
 民事再生法申請。
 いわゆる総合スーパーの第4位で、負債総額1兆7428億円は昨年倒産したそごうに続いて流通業では第2位の規模になるのだという。
 僕は昨日仕事で同僚と東京駅の近くにいたのだけれど、帰りにキオスクに並んでいる新聞に「マイカル倒産」の文字を見つけたときには本当に驚いてしまった。同僚がその新聞を速攻購入して、僕は思わず上司に携帯電話で報告してしまった。しかも、昨日の最初の刷りの夕刊にはそのニュースはなくて、まさに速報という感じで2刷目としてキオスクに並べられていた(だから、同じ夕刊でもマイカルの記事が載っているものと載っていないものとがあった)。
 今日も日経新聞でそれなりのスペースを割いて言及されていたのだけれど、やっぱりいろいろと考えさせられてしまう。
 破綻の直接の原因となったのはバブル時期の過大な投資であり、資金繰りが立ち行かなくなったがゆえの再生法申請だ。主要行がこれ以上の支援を打ち切ることにしたことであるとか、これをきっかけに他業界の過剰債務企業が次なる倒産に追い込まれるだろうとか様々な記事が載っていたけれど、これからまだまだ続いていくのだろうなとは思う。
 業界に関係なく潰れてしまうところは潰れるだろうし、流通業だけを見てもまだまだ大型の破綻が起こってもおかしくはない。
 そしてそういうふうに一度嵐が訪れてしまわないとあるべき状態には近づいては行かないのだろうし。
 もちろん、それが改革の大きなベクトルに沿って進んでいくにしても、多くの傷が生まれてしまうことは避け難いような気がする。そのときにどこまで踏み込んでいくことができるのか、その線引きが難しいのだろうなと思う。理想と現実のあいだの力加減。

 あと、流通業的な話になってくると、大型スーパーの場合はいわゆるスクラップ&ビルトがしずらいという点も不利な部分だった。つまり、店舗が大型であるために、時流が変わりその立地が優良ではなくなってしまっても、容易に他に移ることができないのだ。それだから平均店舗年齢(店舗が営業をはじめてからの年数)は上がらざるを得ない。新しい店を増やすことによってそれを引き下げようとしても、それは数字の見かけ上の問題だから結局はほとんど意味がないし。
 そして、近くに魅力的な新しい店が出続けるというのも流通業の宿命的な問題だったりする。そういう流れの中で恐竜のように鈍重になってしまった古い店舗の顧客が流出し営業利益自体を上げられなくなってしまったら小売業はもうアウトだ。結局土地の評価損とかそういうことがあっても、結局は販売で利益を上げていかなければならないのが小売業であるのだから。
 そういう意味で言えば、総合スーパーを取り巻く環境はここ数年かなり厳しいものがあるのも事実。何でも売っているけれど欲しいものがないというのはよく引き合いに出される言葉で、ユニクロやトイザラスに代表されるようなカテゴリーキラーと呼ばれるディスカウンターたちにそれぞれのカテゴリーを奪われ、営業利益を生みづらい状況になってしまっていた。
 今後マイカルがどのように再生していくのかうまくいくのかどうかはもちろんわからないけれど、同じ流通業に従事しているものとしてはもちろんかなり気になる。


―――――――――

 昨日同僚にCoccoにはまってしまっていることを話していると、同僚たちは数日前までの僕と同じようにCoccoについてほとんど知らなかった。
 それで後輩や同僚が言っていたのは、「ああ、あの飛魚の人ですよね」というもの。
「?」
「そうそう、飛魚がどうとか歌っている人だろ?」


 むむ。


 もちろん、そういう歌詞はあるにはあるのだけれど、少し力が抜ける。
 やれやれ。
 でも、相変わらず部屋に帰ってきたらCoccoのDVDを眠るまでかけ続けている(いまもかかっている)。
 僕は基本的に何でもやられてしまったらもうそればっかりになってしまう。
 気に入ったCDを50回聴いても飽きないし、その波のようなものがおさまるときまで、もうずっと没頭してしまう。
 今回はそれがDVDということ。
 お気に入りは何曲もあるのだけれど、昨日から今日にかけてのヘビーローテーションは15曲目の「Rainbow」という曲。
 Cocco+Dr.StrangeLoveのうただ。
 ギターを抱えて歌うCoccoの目の強さと、モノクロの画面。
 そして、印象的に挿入されるイメージ。
 歌詞。
 メロディー。
 もうすべてにやられてしまって何度も繰り返し聴いている。
 ああ、もう、と何度も思っている。
 久しぶりに致命的にはまってしまっていて、何かにはまってしまうことの心地よさを味わせてもらっていることも事実。
 何かにはまってしまうのって、それが物であっても人であっても、やっぱり基本的に気持ちのよいことだと思うし。


2001年09月13日(木) 『アマゾン.ドット.コム』

○カラオケボックス��「裸族来襲」


<前回のあらすじ>

「ねぇ、磯野くーん」



 男の僕にとってあんまり見たくないものと言えばもちろん「男の裸」だ。
 もちろん、そこが海とか銭湯とかなら別にいいのだ。裸じゃない方がおかしいし。
 けれども、そうじゃない場所で見ることになると、ちょっと、いやかなりいやな感じになる。
 たとえばそう、カラオケボックスの中とか……

 僕は学生時代に約二年程カラオケボックスのアルバイトをしていたのだけれど、その間片手では足りないくらいの「男の裸」を見てきた。カウンターで、次に終了する部屋はどこかなとチェックしているときにふと顔を上げると、カウンターの横にトランクス一丁の男が立っていて、僕に向かって「うぉー!」とか言って両手を挙げている。


 正直な話、リアクションに困る。


 僕も同じように服を脱いで「ウォー!!」と返せばいいのかなとか一瞬思うが、もちろんそんなことはしない。こっちは素面だし。
 アルバイトには異なる学部の後輩や隣の女子大に通う女の子もいて、そういう子たちにわざわざ見せにくる裸族も少なからずいた。女の子が顔を赤らめるのを見て、より嬉しそうに盛り上がるのだ。もちろん、中には全然ノーリアクションな女の子もいたけれど(頼もしい)。
 もちろん、裸族はたいていの場合冷静な友人たちによって取り押さえられ、まだ騒ぎ足りないという必死のアピールをしながらも部屋に引き戻される。
 そして少しの間の後でまた登場するのだ。

 ただ、たくさんの裸族を見てきたけれど、本当の意味での裸族、裸族の中の王、キング・オブ・裸族(しつこい)を見たのは一度だけだ。
「○△☆■%$!!」
 キングはなんだか聞き取れない意味不明な言葉と共に、入り口近くのロビーに走ってきて、そのままくるりと踵を返すと廊下の奥へ消えていった。
 ロビーにいた空き部屋待ちの集団は目を丸くしていたし、僕ももちろん同じ。
 キングが一般の裸族(なんだこの表現)と決定的に異なっているのがトランクスとかブリーフをはいていないところ。
 つまり、その、キングとしての威厳を……






 て言うか……







 お前ある意味犯罪者だよ……





 僕はなんだかかなしくなってしまう。
 だって、キングは大学で見たことのある奴だったから……

 それ以来、僕は学食や購買なんかでたまに彼を見るたびに、心の中で「キングだ」と思ったものだった。
 もちろん、素面のときの彼はごくごく普通のお調子者っぽい学生で、キングとしての姿の片鱗すら見せてはいなかったのだけれど。
 お酒は愉しいものではあるのだけれど、あんまり飲みすぎると封印されている太古の血を呼び覚ましたりするから厄介です。
 気をつけましょう、ホントに。



 次回カラオケボックス�ぁ孱贈錚�s Be…」は、たぶん忘れた頃に公開。


―――――――――


『アマゾン.ドット.コム』読了。ロバート・スペクター著。日経BP社。372ページ。
 アマゾンにはずっと興味があって、いまもまだサイトを利用したことはないのだけれど、概略を知るにはいいかもしれないと思って本書を手にとって読み進めてみた。いわゆるビジネス書に分類される本にも幾つものタイプがあるけれど、本書のように企業や経営者自身を様々な側面から述べている本というのも結構あって、しかもなかなかに魅力的だ。
 この本も面白く読むことができた。ネット商取引のギフト・チャイルドとなった「アマゾン」がどのようにして生まれて、どのように(爆発的に)成長をしつづけてきたのか。そしてどこへ行こうとしているのか。最後のどこへという部分にはほとんど触れられてはいないのだけれど、少なくとも現在までの軌跡を知ることはできる。
 中でも魅力的なのは「ジェフ・ベゾス」と「史上最高の顧客サービス企業を目指す」というところ。
 創業者でもあるジェフはその才気煥発さと魅力的なキャラクターで、アマゾンの社風を作り出したカリスマだし、「史上最高の顧客サービス企業を目指す」という点も、どのように目指していくのかという説明が繰り返されるにつれて、結局凡百の「.」企業と明確に異なっていることを理解することができて面白い。ネットを活用しただけで成長できるなんてことはいまでは誰も考えてもいないわけだし。
 もちろん、アマゾンの成長の背景にはネットの爆発的な普及のチャンスとほぼ時を同じくしていたこと、その鋭い洞察力でより早くより大きくなる路線を選択したことなど、様々な要因があるわけだけれど、基本的には最高の人材を集めチームを作り、そのチームに「史上最高の顧客サービス」を常に考えさせることによるのだということは興味深い。
 そしてその二点「人材」と「顧客志向」とは何も「.」企業ではなくても、どんな企業にも必要なものなのだ。
 そういう意味ではアマゾンもまたベーシックな、本当の意味での原理原則に忠実な企業であるということができるのではないかと思う。
 ただ、そのための方法としてネットであるとか物流であるとか最大限効果的に利用し、いまの時代に最適なビジネスモデル(この言葉って最近いろんなところにあふれている)に構築したというわけだ。

 本書の中には魅力的なエピソードも多い。たとえば、かつてのアップルなどの先達に学んで(?)、そのキャリアをガレージから出発していることとか、書店のない地方に住む顧客や、病気などで外出できない顧客にとって「インターネットで本を注文できるようになって、そういった人たちから、どんなに自分の世界が広がったかということを書いた電子メールをよく受け取りました」という社員の言葉を紹介していたりというのもそうだ。アマゾンのカスタマー・サービスが慈善団体からの依頼でザンビアに図書館を建設するための二千冊に及ぶリストの本をすべて揃えたということもなかなかに面白い。
 伝説的な企業や巧みな企業はそういう話を持ってくるのが非常に上手い。
 それは多分に脚色されたものであるケースも多々あるとは思うのだけれど、少なくとも嘘ではないだろうし、それだったら読み物としては単純に興味深い。

 個人的には、アマゾンの仕組みは本書を読んでみてますます興味を持った。たとえば、サイトの機能が高度化していくことによって、それまでの購入データを基に推薦される書籍が紹介されたりするのだそうだ。「あなたはジョン・アービングのファンですよね。でね、これは新人の作家なんだけど、ジョン・アービングにすごく似てると思うんですよね」ということをサイトがやってくれるのだ。
 他にも、自分と同じ傾向の本を買っている人が買っている本で自分の買っていないものが紹介されたりもできたりすると書かれてある。
 それって、購入履歴が蓄積されればされるほど面白いデータになって、しかもそれが本だけではなくCDやDVDにもリンクしていくのはなかなかに面白いかもしれないと思う。少なくとも、自分の「傾向」のようなものを把握してもらっているわけだから。

 今度利用してみようかなと思う。
 もちろん、本書の最後にも書かれていたけれど、僕も個人的には最終的にはリアル店舗とヴァーチャル店舗を兼ね備えている企業(クリック&モルタル)が生き残るんじゃないかとは思うのだけれど。


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 お知らせ

 今日もやっぱり、テレビではCoccoがうたっています。きのうも午前3時までテレビで歌っていました。


2001年09月12日(水) 4 days

 9日夜。


 貫徹。
 Coccoの『ベスト+裏ベスト+未発表曲』をシャッフル+リピートで聴いていたらいつの間にか午前4時で、6時に駅で待ち合わせしていたためにそのまま眠らずに過ごす。


 10日日中。


 出張。某県へ。もちろん一睡もしていない状態で。電車も混んでいて眠ることができなかった。
 妙なテンションの高さ(ときによっては強烈なテンションの低さ)で眠ることなく起き続け仕事も終了。


 10日が終わる頃


 夜に同僚たちと宿泊先の近くにあるスーパー銭湯に行く。
 台風の中、閉店1時間前にでかけていくのは少しだけクレイジー。
 それでも大きなお風呂は気持ちよく、上がった後は脱衣所でフルーツ牛乳を飲む。
 コーヒー牛乳とフルーツ牛乳で悩むものの、お風呂上りにはフルーツ牛乳でしょうと思う。
 さすがに、腰に手を当てて飲んだりはしない。
 バファリンの半分はやさしさでできているらしいけれど、コーヒー牛乳の半分はたくましさでできていると思う。


 11日未明

 先輩や同僚たちといろいろ話している間に現実と夢の世界をさまよい始める。二度ほどわけのわからないことを口走ったらしいが、もちろん覚えていないし、みんなも教えてくれない。
 1時間半くらい眠る。


 11日午前3時半頃


 目を覚ますと短い時間しか眠っていないのにどうしてか眠気が消えている。
 窓の外は雨。不穏なはやさで雲が流れているのが見える。
 台風はどうなったんだろうと思う。
 まだ起きていた先輩が一人いて、その人と話しこむ。
 羽田空港に向かうためにその先輩が5時に出発するまで話し続けていた。
 新入社員のときにお世話になった先輩で、随分と久しぶりにゆっくりと話した.。


 11日午前5時頃


 その先輩が出発してしまうと、もう誰も起きていなかった。
 けれども、起床予定が6時だったから、やっぱりそのまま起きていることにする。
 椅子に座って、熱いコーヒーを飲みながら、大きな窓の向こう側の風や雨を眺める。


 11日日中


 出張先での仕事(2日目)。
 体力的な限界を感じるが、それでも眠ることなく無事やりきる。


 11日夕方


 帰りの電車の中では爆睡。時間旅行に旅立つ。
 ただ、電車に乗り込む前、駅のホームから虹を見ることができた。
 しかも太い、2連の虹。
 僕らの隣にいた女子高生たちが虹に向かって祈っているのを見る。笑いながら、「虹にお祈りをすると叶うんだってば、そういうオマジナイあるじゃん」と言っている。
 はじめてきいたよとぼんやりと思う。


 9日の午前中に起きてから11日の夕方まで、結局1時間30分しか眠っていなかったことになる。


 いままでたくさんの人にタフだとかロボットだとか寿命を縮めていると言われてきたけれど、ああそうですと認めざるを得ない感じ。ええ、認めますとも、寿命が確実に縮んでいることを。


 11日夜―12日早朝


 そんなだったから数時間後に部屋に着くとすぐにそのまま倒れる。12日の午前5時まで眠る。
 だから、テロのことは、起きてマンションの前にあるコンビニに行ったときまで知らなかった。
 コンビニのカウンターの前に並んでいる新聞の見出しを見たときには、本当にまだ夢の続きなのだと思った。
 性質の悪い夢だと思った。
 けれど、それは現実で、朝電車の中で同僚たちが昨日から何が起こっていたのかということを教えてくれた。
 携帯電話にも、昨晩の夜に後輩からの伝言が入っていた。
 普段僕がテレビを見ないことを知っている後輩からで、テレビをつけるようにとメッセージを残していた。
 先輩は夜中中テレビのニュースを見ていたと話していた。
 昼食をとるために入ったお店のテレビで、はじめて映像でその瞬間を見た。
 考えるとどうしようもないくらいに恐くなる。
 何も言うこともすることもできないけれど、ご冥福をお祈りします。
 

 12日夜


 日中は仕事で久しぶりに浅草に。
 帰り道で、うまれてはじめて雷門を見た。仲見世の明かりがかなり気になるが、中には入らずに帰る。

 帰り道で、『お楽しみ秘蔵ビデオ+全シングルクリップ=全16曲集』CoccoのDVDを買う。
 部屋に帰ってきて電気を消して見た。
 1曲目の映像で不安になり、2曲目の映像で安心した。
 それからは、新しい曲のたびに、その歌と映像となによりもCocco本人に引き込まれ続ける。
 Bbsでうさうささんが書かれていた「もし自分が男だったら〜」というのがなるほどと納得できる。
 間違いなく心のある部分を奪われてしまった感じ。
 それは映像で見ることによって決定的になってしまった。
 いままでもたくさんのミュージシャンのビデオを見てきたけれど、ここまで夢中になって惹き付けられたのははじめてだ。
 そしてやっぱり、最後の映像を見たときには、マリモさんが書かれていたことにもなるほどと思えた。


 DVDを見ているとき、白い紙を用意して、暗い中で思い浮かぶことを書き連ねていた。
 後で部屋の明かりをつけてその紙を見てみると、脈絡のない断片的な文字や文章が並んでいた。


 それから、今月中は変える予定のなかったTop写真を変更し、作る予定のなかった過去のTop写真を見ることが出来るようにするコンテンツを増やした。
 それをつくることにしたのは本当にCoccoを見てしまったからで、その衝撃が覚めやらなかったから。
 ああなにかしないととわけもなく衝動にかられてしまったのだ。


 この文章もまだその衝撃にうたれたままに書いているから、なんだか随分と感情的だ。
 でもこれは確かに映像で見なければと心から思えるようなものだった。
 うさうささんとマリモさんには感謝です。
 ほんとうに。


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 お知らせ

 この文章を書いているいまも、テレビの画面ではCoccoがうたっています。


2001年09月09日(日) 『日のあたる白い壁』

 今日はCoccoのベストアルバムを買ってきた。
 厳密に言うと「買ってしまった」。
 本当はCDを買うつもりはなかったのだけれど、店内で流れていて、「ああ、だめだ」と思ってしまって、まるで磁石にくっついてしまうように手にとって、初回特典8cmシングル付にもほだされ、そのままレジにいってしまったのだった。
 ずっと気になってはいたのだ。
 昔、村上春樹のロングインタビューが掲載されているということで購入した雑誌「広告批評」にCoccoのインタビューが載っていて、それを興味深く読んだときから、いつかちゃんと聴いてみたいと思っていたのだ。
 ただ、その一方で聴きはじめたらどうしようもないくらいにはまってしまいそうな予感も確かにあって、そのためにずっと躊躇していた。だからマキシシングルを1枚だけ買って、そこで自主的にブレーキをかけていたのだ。
 そうしたら、いきなりの活動中止宣言。それを知ったときにはいままで曲をちゃんと聴いたことすらないのにショックだった。でもそれも仕方がないことなのかもしれないとよく知らないのに思ったり。
 よく知らないのに気になる人って絶対にいると思う。
 そして、雑誌かネットか何かでCoccoがこれからは絵本を描きたいと言っているというのを見て、ああそれはいいと思うすごくとやっぱりよく知らないままに思って、つまり、いままでずっと(しつこいけど)よく知らないままにきていたのだ。何年間も。
 でも、今日ついに買ってしまった。
 ああやっぱりという感じ。
 やられてしまう。
 まだ聴きはじめだしいくつかの曲はそれまでどこかで聴いたことがあるものなのだけれど、それでもやっぱりこの人はすごいと思った。こういう歌い手がメジャーでいたんだというのはやっぱり驚きだ。
 これ以上書くと最高に個人的な文章になるので以下自主規制。
 ただ、いきなり叫び声からはじまるのには心からびっくり。


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『日のあたる白い壁』読了。江國香織。白泉社。
 この本が出ていることは前から知っていたのだけれど、なんとなくまだいいかなと思っていた。
 今年は江國香織絡みがたくさん出版されていて、たくさん手にとる機会があったから、それにこれは小説でもないし、「絵画」についてのエッセイだし、そのうちでいいかなと思っていたのだ。
 それでも、今日行った書店で結局購入。
 実は最後まで迷った本があって、それはいかりや長介の自伝。
 江國香織といかりや長介で悩む時点でもうちょっとどうかしているのだけれど、あの本はきっとそのうち絶対に買ってしまう。
 子供の頃は「オレたちひょうきん族」よりも「8時だよ全員集合!」を見ていたし、大好きだったから、やっぱり気になってしまうし。
 それに、いかりや長介は俳優としても上手いと思うし。

 本自体はおもしろかった。たとえば、ゴーギャンの「感情の翻訳」ということばであったり、「高揚するというのは精神が研ぎ澄まされることであり、そのことと落ち着くこととは、不可分だ。」というところであったり、「たとえばゴッホが風を閉じ込められる画家なら、セザンヌは風を消してしまえる画家だ。」というところ。
 もちろん、絵画について文章にするということはとても難しいことだと思う。まえがきに書いてあるように、「そこで出会った絵について書くことは、でも勿論私について書くことでした。」ということにならざるをえないし。
 だからこの本に収められた文章を読んでいると、江國香織の好きなものや心惹かれるものの傾向が垣間見えてくる。それはもちろん他のエッセイやあるいは小説の一部にもとけこんでいるものなのだけれど、本当にこの人は率直だなあと思う。分別がありそうで物分りがよさそうでいながら、自分の好きなものについて実直なまでに自分の感情に従っている。でもそれがわがままでも独り善がりにもならないところは、この人の才能のひとつなんじゃないかと勝手に思う。
 でもこの本を読むと美術館に行きたくなるし、そう思わせるだけでこの本はもうよい本ということになるような気がする。
 個人的には一番好きなのはムンクで、いつかノルウェーにある「ムンク美術館」に行ってみたいとは思う。
 それから、これはどこかで触れられていたような気もするのだけれど(村上朝日堂かなあ)、ムンクの『メランコリー』という絵に描かれている男の人は、安西水丸氏描くところの村上春樹氏そっくりでいつもちょっとだけ吹き出してしまうのだけれど。


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○カラオケボックス�◆峅崑瑤気鵝焚松痢法�



<昨日のあらすじ>

 カラオケボックスにきた委員長は、シャツをチノパンの中に入れていた。




 ある部屋のお客さんが出ると、当然掃除をしに行く、そのときには当然廊下を通る。
 その日、僕がある部屋を掃除してカウンターに戻ろうとするときに、カウンターのすぐ近くの廊下で、男子3人が一人の女の子を囲んでいた。女の子は大人しい感じなんだけれど可愛くはあって、いかにも男が好きになりそうなタイプ。男のうちの一人が「○○がさー、ずっと○○ちゃんと仲良くなりたいって言ってたんだよー」とかなんとか言っている。どうやら、男の中の一人が、その女の子のことを好きみたいだ。
 じゃあ、あとは二人でとかなんとかやったのか知らないが、次に違う部屋の掃除に行ったときには、そこには二人だけになっていて、楽しそうに談笑していた。とくに、男の子のほうがなんだか必死に盛り上げようとしているのが感じられて思わず目頭が熱くなる。
 同じシフトに入っていたアルバイトの人にその二人の微笑ましい話を伝えると、「今度の掃除行ってくるよ」と言う。その二人を見たいのだ。
 戻ってくる。
「見ました?」
「かわいい子だな」
 にやにやしている。
 二人は30分以上話していたのだと思う。途中、他の部屋の掃除に行ったときにもまだ話していた。そして、掃除が終わって「あれ、いなくなったな?」と思って廊下の奥にある燃えないゴミを捨てるコーナーに行くと、なんと二人はそこに移動していた。まさかそんなところにいるとは思ってもみなかったので僕が驚く。




 いよいよだ。




 と大量の空き缶を大型のゴミ箱に捨てながら僕は思った。
 廊下から場所を変えた。




 やつは告る気だ。




 もちろん、僕は興味津々ではあったのだけれど、急いで二人きりにしようとゴミを捨ててその場を去ろうとする。人がいたら告白だって(当然)しずらい。
 そして、僕がその場を離れようとしたとき、




「あー、○○ちゃーん。ここにいたのぉー」




 とひときわ甲高い声を挙げて、一人の女の子が廊下の奥にやってきた。
 豪快な感じの、サザエさんで言うと花沢さんみたいな女の子。





「え、あ、うん……」





 告白されようとしていた女の子は、新たに登場した花沢さん(仮称)に向かってそう小さく答える。





「あー、何よー○○(男の名前)。こんなとこにつれてきちゃってー。なんか変なことでも考えてたんじゃないのー」




 花沢さん(仮称)はそんなふうに大きな声で言って、大きな声で笑う。




「な、何言ってんだよ、なあ」





「う、うん……」





「ほら、○○ちゃん。行こうよ、みんな待ってるわよう」




 そして、花沢さん(仮称)はもう一人の女の子の腕を引っ張り、そのまま人攫いのごとく連れて行ってしまった。




 その間、わずか数秒。
 後に残された男は、おそらくは談笑の間ずっとタイミングを計り続けていたはずの男は、そんなふうにしてあえなく告白のチャンスを逃したのだった。
 その出来事をアルバイトの人に話すと、そうか……と遠くを見つめていた。
 おしかったのだとは思う。
 もう少し決意を固めるのが早かったら、もしかしたらもしかしたかもしれないのに。

 おそるべしは花沢さん(仮称)。

 学園祭の打ち上げの夜。そこには様々なドラマが……


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 お知らせ

 次回カラオケボックス��「裸族来襲」は、そのうち公開予定。


2001年09月08日(土) Days Marathon

 今日は珍しく夕方更新。しかもいつもよりかなり長く。
 唐突に、衝動に駆られてしまったのです。長く! もっと長く! って。
 ということで、今日は脈絡なく気力が続く限り書き続けます。
 Days を。
 今日は疲れているとかそんな気分じゃないという人は、このままブラウザの「戻る」ボタンを押してください。
 疲れます。
 元気な人で奇特な人は、お付き合いください。
 いきなりスクロールでどのくらい長いのかは確かめないで読み進めることをオススメします。
 だって、本当に長いので。
 ある意味、マラソンのように。
 
 Days を書くときには実は個人的なルールがあって、基本的には30分〜1時間で書くようにしている。
 つまり、仮の上限が1時間。
 日記を書くために他のやりたいことができなくなってしまうのは本末転倒なので、そういうことに(一応)している。
 けれど今日は上限なし。
 だって、長く! もっと長く! と心の声が。
 基本的には、衝動には突き動かされるようにしているのです。
 それでは、スタートです。


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○カラオケボックス� 岼儖�長」


 僕は学生の頃カラオケボックスでアルバイトをしていたのだけれど、そのときには様々なお客様がいた。
 そのときの話をし出すときりがないのであまりしないのだけれど、ある夜の話をしようと思う。
 最初はまず、「委員長」の話。
 もちろん、本当の名前はわからないのだけれど、僕らの中では彼はそういうあだ名だった。
 その夜の話。

 その日、カラオケボックスは随分と混み合っていた。僕は午後6時から深夜1時(閉店)までのアルバイトだったのだけれど、10分ほど前にカウンターで確認すると、切れ目なく予約が入っている。あれ? と思って訊ねると、今日は地元の高校の学園祭だったのだと言う。つまり、その打ち上げに様々なクラスが予約をしていたのだ。
 ちなみに、僕が当時住んでいた町には大人の飲み屋街と学生向けの飲み屋街があって、僕がアルバイトをしていたカラオケボックスは学生向けの飲み屋街のほうにあった。だからお客のほとんどは夕方までは高校生、それ以降は大学生と結構区別されているようなお店だった。常連さんもそれなりにいて、友人も校内で見たことのあるような顔も結構歌いに来ていた。
 早番の人たちと交替すると、さっそくラッシュがはじまった。くるわくるわの大軍団。当然一つの部屋には入りきらないから、3つの部屋を一クラスが使うような状態。高校生活のある種のメインイベントの一つでもある学園祭が終わったばかりとあって、やたらとテンションが高い。まるで三日間餌をもらっていない猿みたいな感じ。
 いくつかのクラスがいたから、当然知り合いも多いのか、廊下でも、入り口横のテーブルと椅子の待合スペースでも、とにかくもううるさい。ふらりとやってくるお客さんも、あまりの騒ぎに思わずひいてしまうくらい。
 そして、7時過ぎに、委員長がやってきた。
 ボタンダウンのシャツにチノパンといった姿の委員長は、そのクラスの級長か何かのようだった。痩せていて、眼鏡をかけていて、シャツをチノパンの中にちゃんと入れている。予約をしていたのも彼で、カウンターに少しおどおどしながら予約をしていたことを告げる。僕はリモコンとマイクと伝票を渡し、部屋の場所を伝える。
 ぞろぞろとそのクラスが移動して行く。
 そして僕も彼のことは忘れていた。

 それから1時間と少し、
 その部屋の男の子たちがぐでんぐでんに酔っ払った委員長を肩に抱えてカウンターまでやってきた。事務所で休ませてもらえないかと言う。
 お酒は出してはいなかったのに、持ち込みでもしたのか自動販売機で買ったりしたのか、ひどく酔っ払っている。頬も首も真っ赤だ。
「やばいんじゃないの」と言う。
「休ませてもらえれば大丈夫だと思いますから……」
 仕方なく事務所に入れて横にする。委員長は苦しそうに息をしている。一緒にアルバイトをしている人が心配そうに彼を見ていた。委員長を連れてきた男は再び部屋に戻り、それから何人かが定期的に事務所まで様子を見に来た。中には委員長を指差して手を叩いて笑っているやつもいた(ほとんどの奴は神妙そうに覗き込むのだけれど、そういう奴もいるのだ)。
 委員長はしばらくすると「ちょ、ちょっと……」とふらふらと立ち上がり店の外に出て吐いた。僕はやれやれと思いながら彼に声をかける。クラスメイトが彼の背中をさすっている。
「病院連れてくか?」
 いちおう自分で歩けるのだから大丈夫だろうと思いつつもそう訊いてみる。クラスメイトが滅相もないという表情で首を横に振る。
 そりゃあそうだ。酒を飲んだことがばれたら停学だろうし。
 ただ、委員長は吐いた後青白くすらなっている。事務所の椅子に横になっている姿は、まるでちびまる子ちゃんに出てくる丸尾君みたいだ。「うー」とか「あー」とか、まるでこの世の終わりを予言する占い師みたいな声を出している。具合が悪いのはわかるのだけれど、なんだかオーバーなリアクションなのだ。たぶん、真面目過ぎて物事をまっすぐに捉えすぎているんだろう。
 クラスメイトたちの何人かは、事態を深刻に捉えていたのだと思う。やばいんじゃないの、というように。少なくとも迎えにきてもらおうということにはなったようで、しばらくすると一人が事務所にやってきた。
「ご迷惑をおかけしてすみません。迎えが来たんで……」
「そう」と僕は店の外を見る。確かに車が停まっている。





 白い軽トラックが。





 クラスメイトたちは委員長を持ち上げて(彼は飛行機のように水平に持ち上げられていた。「そう、人類はついに空を飛べたのです」という森本レオのナレーションがつきそうな感じ)、それからそのままトラックの荷台にのせられた。そして、荷台の後ろの部分を固定すると、そのまますぐにトラックは走り出した。
 荷台に置くなよ……とは思ったのだけれど、一人付き添いがいたからまあ介抱はできただろう。
 委員長はたぶん驚いたに違いない。いきなり持ち上げられ、トラックの荷台に載せられたと思ったら、いきなり出発。
 まるで「ドナドナ」の子牛のよう。
 真面目な委員長という感じだったから、今日のことを後悔するのだろうかと想像してみる。
 クラスメイトに醜態をさらしてしまったわけだし。
 でもまあ、とりあえずは、迎えが来てよかったなと、そのときは思ったのだった。


 そして委員長騒動が終わってちょっとすると、今度は廊下で恋愛沙汰がはじまりだした。
 この話は明日のカラオケボックス�◆峅崑瑤気鵝焚松痢法廚砲弔鼎�。


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○一昨日の夜の話


 一昨日の夜(0時前後)は散歩をしていた。
 大体1時間くらい。
 仕事が一段楽したので気持ち的に気楽だったこともあって。
 僕は大体無印良品で買った小さなショルダーバックを斜めがけして散歩に出る。
 バックの中には文庫本と「フリスク」。
 文庫本は散歩の途中にモス・バーガーとかに入ってしまったときに必要だし、フリスクはそんなに好きじゃないのに1日1箱は食べている。
 そして、いつものコースをどんどん歩いていた(僕は歩くのがとても早い)。

 散歩コースの途中にはなだらかな坂道があって、その両側にはたくさんのマンションが並んでいる。
 僕の住んでいる近辺は都内への通勤者が多い地域で、やたらとマンションが多いのだ。
 そして、その坂道を歩いているとずっと上の方からがらがらという音が聞こえてきた。
 見上げると、スケボーに乗った男の人がゆっくりと降りてきている。
 帽子をかぶって、白いトレーナーに短パン。
 なだらかな坂道だからゆっくりとおりてくる。
 途中すれ違って、一度振り返ってみると坂道の行き着くところ(国道)の方に向かってやっぱりがらがらとゆっくり下りていた。

 僕は散歩の折り返し地点で引き返し、それから再び同じ道を戻る。
 すると、先程の坂道のところで、同じ男とすれ違った。
 今度は僕が坂道を下りていて、男はスケボーを手に持って坂道を上っていた。
 そして、坂道を下りきってからもう一度振り返ると、男はやっぱりまたゆっくりと坂道を下ってきているところだった。

 男がスケボーの練習をしていたのかどうかはもちろんよくわからない。
 けれども深夜の静かな住宅街で、一人で繰り返し坂道を下っている姿は、男の表情が頑ななものであったが故に、なんとなく奇妙なものがあるのだった。
 夜には本当にいろいろな人がいる。
 もちろん、夜中にふらりと散歩に出てしまう自分もそうなんだけれど、大声で喧嘩しているカップルも見たことがあるし(人目もはばからずに罵り合っていた。あれは本当にびっくりした)、電柱に寄りかかってぶつぶつ言っている酔っ払いを見たことがあるし、何十台ものバイクが国道をふさぐような低スピードで走っているのも見たことがある。
 夜になると、ちょっとだけいろんなことがずれる。
 それがよいことであれそうでないことであれ、ずれの中でしか目にすることができないこともきっとあるのだと思う。


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○Yahoo! Japan


 昔、インターネットをはじめたばかりの知人が「ヤホー、ヤホー」と言っていた。
 何だよそれと思っていたのだけれど、案の定それは「Yahoo!」のことで、たぶんそういう人はたくさんいるはず。
 ちょっと想像してみる。



 世界最大の検索ポータルサイト「ヤホー!」



 能天気すぎて、検索全部外れそうだ。



 そしてもちろん、同じ理屈なら「ゴー」=「goo」。
 ちょっと想像してみる。


 ロボット型検索のパイオニア「ゴー」



 なんでもかんでも、検索に引っかかりそうだ。


 発音って、むずかしい。


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○the % story

 数字はとても正直だ。会社の中にいると、明確な数字がない説明なんかは非常に説得力が足りない。コストのことを加味しないとどうしても抽象的になってしまうし。だから、様々な数字を把握してできるだけ具体的な例示とともに報告したりする。そうすると通りやすい。稟議をあげるときなんかなおさら。

 最近ちょっと考えていたのが、感情にパーセントを適応しようということ。
 どういうことかと言うと、日常の中でちょっと嬉しいことがあったとする。
 そういうときに考える。

 15%

 というように。
 そのくらい嬉しい出来事、ということ。
 ムカツクような出来事が起こったときに

 78%

 と思ったりしてみる。
 すると、意外と平気になる。
 なんだ、70%台かと。

 もちろん、そんなのはただの論理のすり替えだし言葉遊びだし、感情をそんなふうに数値化することができるはずもないのだけれど、それでもあえて感情を数値におきかえてみる。
 すると、思いがけず客観的に考えることができるようになる。

 そしてそれは、基本的には自問自答にしか使わない方がよいと思う。
 悩んでいる人に、

 その哀しみは32%だよ

 とはとても言えない。


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○アブフレックス


 以前、深夜のTVショッピングで「アブフレックス」という健康器具を販売していたことがあった。
 飛行機のような形をしたもので、腹筋だか上半身全体の筋肉だかを鍛えるやつ。
 そしてそれと同じものが近くのショッピングセンターでも売られていた。
 へぇー、これテレビでやってたやつだと思って箱を見ていると、ちょっと小太りの男の人がやってきて、結構真剣に箱を手にとって検討しだした。ああ、なるほど、ものすごく太っているというわけではないけれどちょっとニクが気になり始めたというような感じだ。そういうときに「アブフレックス」。ちゃんと対策をねっているというわけだ。
 と感心していると、その男性は「アブフレックス」を手にとってレジの方に向かって歩いていく。
 そしてレジで購入していた。

 その五分後。
 僕は今度は食品売場にいた。何にしようかなと迷っていると、さっきの「アブフレックス」男がやってきた。



(あ、さっきの奴だ)



 と男を見る。当然片手には「アブフレックス」がもたれている。これからの彼のダイエットにかける意気込みが伝わってくる。



(……あれ?)


 
 男の買い物篭の中に入っていたものがどうしてか「?」だったのだ。



 ピーナッツチョコ、


 ポテトチップス、


 コカ・コーラ(ペットボトル)


 アイスクリーム(ファミリーパック)


 なんかが入っている。
 もう片方の手には「アブフレックス」が。


 ……


 ……



 役にたたないこと決定。





 たぶんあれは、参考書を買っただけで勉強をしたような気持ちになるのとおんなじだったはず。
 わからないでもないけれど。
 ちょっと意志弱すぎ。


―――――――――

○雪虫


 雪虫という名前の虫がいる。
 これはもちろん正式な名前ではないのだと思う。
 ただ、北海道の人にとっては結構馴染み深いものなんじゃないだろうか。
 冬のはじまりの時期になぜか大量発生する、遠めには雪のように見える白くて小さな虫。
 雪虫が出ると、数日後に初雪が降るとよく言われていた。そして、そのある一時期を過ぎると、雪虫はぱたと姿を見せなくなってしまうのだ。それだから、不思議なもので、それは名前の通り冬を運んでくる虫であるかのように思っていた。
 高校生の頃は、いわゆる学ランの学校で自転車通学をしていたから、雪虫の時期自転車を降りると制服にかなりの数の雪虫がついていた。
 それをはらって、教室に入る。
 秋を過ぎると、夕暮れはどんどん早くなって、帰りには随分と空が高い。
 帰りもまた雪虫をたくさん制服につけながら、耳や鼻にもたくさん入りながら、もうじき初雪が降るのだとよく思った。

 一度、河川敷近くのだだっ広い空き地にまるで吹雪みたいに雪虫が群れているのを見たことがあって、そのときにはどうしてもその空き地の中にどんどん入り込んでいってしまった。
 あれは、なかなかに忘れ難い光景だった。

 もう何年も、雪虫を見ていない。


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○World Tune


 ここ数日の関東地方は随分と涼しくて、秋の訪れが感じられるような気配だった。
 曇り空のせいかもしれない。
 天気がよくなったら、ふたたび夏の暑さが盛り返してくるのかもしれない。
 季節には、よくそういうことがあるような気がする。
 新しい季節が訪れたように思わせておいて、もう一度戻ってしまうというような。
 そして何度かそれを繰り返して、あるとき気がつくとすっかりその季節になっているのだ。
 やられた! という感じ。

 日々の変化も季節の変化も、あるいは他のありとあらゆる変化も、慌しい日々の中ではつい忘れがちに見落としがちになってしまう。
 忙しくて視野が狭くなってしまったり、気がつくことのできる余裕や心持ちを失っていたり。
 理由は様々だけれど、現代の社会においては、とてもそういうことばかりにかまけてはいられないのだ。
 コンクリートに囲まれて、人工的な場所で日々を過ごしていかなければならないのだから。


 というのは、もちろんすべて言い訳。


 現代人の得意技は言い訳だから、自分に都合のよいように事実を押し曲げてしまうことだから、最もらしい言い訳なんか1ダースくらいいくらでも出てくるのだ。ただ、自分の中にあるシャッターのようなものを自分でおろしてさえしまわなければ、ふいにそういうものに触れてしまったときにまだ受け取ることができるし反応することもできる。
 小難しい理由なんか、うつくしい光景の前には消失してしまう。
 声なんかいくらでも失われてしまう。
 難しい理由はいらないのだ。
 すべては、基本的にはたんじゅんなことなのだ、いつも。
 複雑にしているのはこちら側のほうなのだ。
 でも本当はこちら側もたんじゅんなのだ。
 難しく考える必要はないのだ。


 ということで、
 僕は昔から、自分の中では「世界の周波数」という表現をよく使っている。
 そして、一人一人の人が時と場合によって周波数を使い分けているのだと思っている。
 ある周波数の時には、仕事モードだし、
 ある周波数の時には、ふざけて冗談ばかり言って、
 ある周波数の時には、真面目で深刻な話題を口にする。
 ある周波数の時には、どうしようもないくらいにやさしいかもしれない。
 そんなふうに、一人の人が幾つもの周波数を使い分け、日々を送っている。

 宇宙からの怪電波を浴びているというわけではなくて。

 そして、根底には常にノイズが流れている。それは日々がうまく行かないと思っているときには増幅し、順調に進んでいるときには遠くへ追いやられる。それでも、基本的にはいつでも、ノイズは常にそこにある。
 そういう状態。
 ただ、ごくごくまれに、いろんな条件が重なり合うときがあって、ノイズがクリアになる瞬間があるんじゃないかとも思う。
 そういうときに、人はどうしようもないくらいに深い達成感であるとか充実感を感じたりするのだろう。あるいは、(この言葉は本当はあんまり好きではないのだけれど)癒されたり。そしてそういう瞬間が何度かあるからこそ生きていける部分があるのだ。
 そして、そのノイズがかき消される瞬間は、基本的には何かをやり続けていないと訪れ難いもので、それが仕事でも勉強でもスポーツでも、それから趣味の世界でも、あるいは人間関係の中でも、個人的な悩み事であっても、訪れる瞬間というものはあるんじゃないかと思う。
 世界の周波数。
 それをゆっくりと回し続けながら日々を歩いていくのだ。
 そしてそれは本当はとてもたんじゅんなことなのだ。


――――――――――

 ……ということで、このあたりで止めておきます。
 はたと気がつくと、「長く! もっと長く!」という衝動は途中でどこかにかききえていました。
 誤字脱字を発見するために一度読み返してみたのだけれど、本当にやたらと長い。
 一瞬、これを小出しにしたらDays が楽になるかなとも思ったりもするのだけれど、基本的には日々で勝負だとは思うので却下。調子のいいときもそれほどではないときでも、その日その日の文章が Days に繋がってくるというほうがよいし。
 こういうふうに書き連ねてしまうのって本当に個人的な、自己満足的なものに過ぎないのだけれど、Webという媒体を経由してそれを読んでくれる人がいるというのは考えようによっては面白いかなと思ったり。
 でもこんな量なら本当に嫌がらせみたいだ。
 最後まで読んでいただいた方がいたらありがとうございます。
 明日からは、通常のDays に戻ります。
 ちなみに、BGMは久しぶりに取り出して繰り返しリピートしているL⇔Rのアルバム「Doubt」でした。


2001年09月07日(金) T字路、AM0:00、ガードレール

 昔、事故を目撃したことがある。
 それは社会人一年目の6月か7月のことで、休日の前日の夜に、僕は買ったばかりの車で実家の札幌まで帰る計画を立てた。車を手に入れたばかりで長距離を乗ってみたいという気持ちを抑えつけられなかったことと、突然帰ったら家族が驚くだろうなというのもあった(サプライズが好きなのだ)。
 北海道道路地図というような本はすでに用意していて、夕食をとって、夜9時過ぎにいよいよ出発することにした。夜の空いた道路状況なら、5時間くらいで函館から札幌まで行くことができるかもしれない。
 そう思った。
 途中、地方都市の国道沿いにTSUTAYAがあって、そこでCDを1枚買った。いまでも覚えている。その年に発売された川本真琴の1stアルバムだ。なんでもよかったのだけれど、ドライブにはテンポのよい曲がいいなと思ったのだった。
 そして、僕は買ったばかりのCD(新鮮)を聴きながら、車を走らせた。
 ほとんどはじめての長距離はもちろん緊張があったのだけれど、それでもすぐに慣れてしまった。僕はほとんど混んでなくてスムーズな道路を走りながら、感傷的な気分になったりしていた。夜の地方の道路はどうしたって感傷的だ。流れていく電灯の明かりも、暗く続く山々の稜線も、あるいは忘れられたような明かりを消した町並みも、すべてがまるで遠い過去の記憶のように遠ざかっていく。ふと気がつくとついついスピードが出てしまって、ゆっくりとアクセルをゆるめることの繰り返し。
 幾つものカーブを越えて、長い長い直線を過ぎて、何度か大きな橋を渡った。橋を渡るたびに、どんどん出発地から遠ざかっていくのだなと思っていた。
 そして、気がつくとすでに0時を回っていた。
 基本的には道路標識通りに進んでいて、そのとき僕はある信号で停まっていた。
 名前は聞いたことのあるちいさな町の、随分と静かな国道沿いだった。
 そこはT字路になっていて、僕はちょうどTの字の右側の方から下の方に向かうところで、左ウィンカーを出して待っていた。
 さすがに少し眠たくなっていた。
 信号は随分と長い時間変わらないように思えた。オレンジ色の電灯が遠くまで続いている。
 そして、そのときに僕の目の前を左側から猛スピードで走ってきた車が、そのまま右側のガードレールに突撃したのだ。
 一瞬の光景だった。
 何が起こったのかがよくわからなかった。
 車はちょうどTの字の下の方から付け根のところに向かって突っ込んでいったのだ。そこには白いガードレールがあって、いまではそれがいびつにひしゃげている。
 それから車の扉が開くと、若い男女が何人か車から外に出てきた。
 まるでぐるぐる目が回っている人のように落ち着かない足取りで、みんなばたばたとすぐに地面に膝をついてしまう。
 車からは煙が上がっている。
 僕は車をそのまま道路脇に止めて、車から出た。
 周囲のドライバーたちも同じように車から出ている。
「大丈夫か?」
 誰かがそう声をかけている。若者たちは答えない。酔っ払っているみたいだった。
「すげえな」
 僕の車のすぐ後ろにいたトラックの運転手も車を降りてきていた。腕を組んで、ひしゃげた車の方を見ている。
「すごいですよね」
 僕はそう答える。目の前で事故なんて初めて見たし、自分自身は車に乗り始めたばかりだったから、この便利な乗り物の鋭利な面をまざまざと見せつけられたような気がした。鼓動が早くなっていた。
「ちょうど、このすぐ先に警察があるんだ」
 トラックの運転手がそう言って、僕らは一緒に彼が指差した派出所の建物まで小走りで近づいていった。派出所は本当に、すぐ近くに見えていた。目と鼻の先。
 その明かりのついた小さな建物には警察官の姿はなくって、最寄の警察署への直通電話が置いてあった。
 僕らは電話で事故があったことを伝えた。ちょうど派出所の警官はパトロールに出ているところで、すぐに事故現場にまでやってきた。
 僕らを含めて道路脇には6台くらいの車が停まっていて、それぞれの車のドライバーが車の外で若者たちの様子を見ていた。
 事故現場に戻ると、どうやら(奇跡的に)怪我人が出ていないこと、みんなかろうじて、なんとか無事であることを同じく見物人のドライバーが話してくれた。警察官が僕らの下にもやってきて、状況検分のようなことを行った。僕は聞かれるままのことを答える。警察官は他のドライバーのところに行く。
 車の中には5人か6人の男女が乗っていた。まだ若い、おそらくは未成年も混じっているような集団。近くの町で泥酔していたらしい。言い逃れなんかできないほどの酔払い運転だ。それ以上詳しいことはわからなかった。そして、それ以上そこにいる理由も必要もなかった。一緒に派出所に行ったトラックの運転手と二言三言言葉を交わしてから、僕は道路脇に停めていた車に乗り込んで、路肩から車線に戻るためにゆっくりとハンドルを切る。
 そして、ぶつかった車が走ってきた方向に向かってウィンカーを出した。信号が変わる。窓越しにひしゃげている車を見ながらゆっくりと左折する。道路はすぐになだらかな坂道になる。まだ札幌までは2時間ほどかかるはずだ。
 ハンドルを握りながら、気をつけて運転しよう、と改めて思った。
 事故なんて全国で幾つも起こっている。
 けれども、問題なのは全体の数じゃなくて、それぞれの事故のことだ。
 それぞれの事故の細部と、そこに横たわる偶発性や暴力性や悲惨さだ。
 常にそういうふうに意識することは難しいにしても、全体の数だけで納得してしまうのは、ときに随分と乱暴なことだと思う。


2001年09月06日(木) 『クリック』

 今日は取締役を交えての会議が無事終了する。
 ここ数日今日の準備にかかりきりだったので、上司ともどもとりあえず一安心。
 もちろん様々な課題が新たに発生はしたのだけれど、少なくとも前に進んでいるという感じがするのは単純に楽しい。
 来週は出張やら個別事例についての打合せやらであちらこちらに行くことになっているのだけれど、それもとりあえず楽しみ。

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 今日は某CDストアの試聴機で良さそうなCDを多数発見。
 欲しいー、欲しいーと心の中で身もだえしていたのだけれどとりあえず我慢。
 ただ、名前だけはメモしておく。
 最近CD買ったばっかりなので、ちょっと自粛。
 僕は一応PDAを持っているのだけれど(ソニーのCLIE)、いまだに紙のメモとどっちが便利なのか判断できない。どちらにも当然のことながらメリットとデメリットがあって、どちらかと言うと紙のメモの方が役に立っている。電話番号等をPDAに入れているのだけれど、それは携帯電話にも入っているし、メールを受信することができるのは重宝するような気もするけれど、そんなに急を要するものってそんなにない。To Doリストは役にたつけど絶対に必要かというと首を傾げてしまうし。
 でもまあ、せっかく買ったのだから使ってはいるのだけれど。

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『クリック』読了。佐藤雅彦。講談社。
 実はこの本はいままでに何度も読み返している。超のつく短編集で、小気味よいアイデアがずらりと並んでいる。
 一つ一つの話(クリック)は本当に短い、けれどもとても魅力的。
 たとえば、カメラという題のクリックは、

「カメラはいつも眠ってる 目を開けるのはほんの一瞬」

 という文章にカメラの絵が描かれているだけだし、「屈辱」というクリックでは、

「苺は、ショートケーキの上に置かれるのが一番きらい ジャムにされるのは二番目にきらい」

 という文章だけ。
 そういうワンアイデアのクリックが63並んでいるのだ。
 あっという間に読めてしまう。
 半年に一回くらい、つい通して読み返してしまう。
 著者はポリンキーやだんご3兄弟、あるいはプレイステーションのゲーム『IQ』の生みの親で、やっぱり発想がとてもユニークだ。
 僕は大体通して読むのだけれど、適当に開いたページを見るのだけでも充分楽しめる。
 これはオススメです。

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 そう言えば、まだ千葉に住んでいたときに友人の女の子が海外から帰ってきて、成田空港まで車で迎えに行ったことがあった。
 その日はそのまま僕の部屋に泊まったのだけれど、その夜にも『クリック』を薦めたのだった。
 その女の子は眠る前に『クリック』をぱらぱらと読んで「すごく面白いね、これ」と言った。
 男女の友情が成立するのかどうかとかそういうむつかしいことはよくわからないのだけれど、少なくとも信頼されてはいるのだなとは思ったりはした。信頼していないと男友達の部屋になんか泊まれないだろうし。
 ほら、男は狼って言うし。
 それなら僕は羊ということに。
 メエ。


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 この間飲んでいるときに、女の人が二割増で可愛く見えるシチェーションの話になった。
 そういう話って男同士になると意外と出てくる。
 女同士でもたぶん同じような話が出ているのだろう。
 そのときに出てきたのがまず浴衣。
 というか僕が言ったのだけれど、浴衣は絶対に二割増。
 情緒とかはかない感じがしてよい感じ。
 花火大会や盆踊りとか。
 相手はそれに深く頷いてくれる。
 そこには確固とした連帯感が生まれる。
 そこが混雑した飲み屋でなければかたく握手を交わすくらいに。

 そして、相手の二割増しはスキ―ウェアだった。
 これも定番だ。
 個人的にはそれほどでもないのだけれど(地元が北海道だったし)、たいていの人にとっては確かにストライクゾーンにモロに入ってくる。しかも剛速球。

 それで話が盛り上がる。

 そして、一番は何かという話になった。
 二割増シチェーションの中でも一番は何か。


 何か……


 それは、浴衣の上にスキ―ウェアでした……

 もちろん、そんな人はどこにもいないのだけれど、ロッジか何かでスキ―ウェアを脱ぐと浴衣。
 もしそんな人がいたら間違いなく恋に落ちます。
 一瞬のうちに。


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 お知らせ

 いないいない。


2001年09月05日(水) 14曲目

 今日はジャネット・ジャクソンのアルバム「ALL FOR YOU」を聴いている。
 僕は部屋に帰ってくると(今日帰ってきたのは23時ちょっと過ぎ)、まずコンポの電源を入れる。CDを選んで、シャッフルのボタンを押して、それからプレイのボタンを押す。
 コンポのディスプレイ上でくるくるとデジタルが動く。
 19曲目だ。
 そしてあとはスーツから着替えたりする。
 お茶とかコーヒーを飲んだりする。
 基本的にはテレビはつけない。
 一週間に2時間くらいしかテレビを見ないのだ(そのうちの30分は「ガキの使い」)。
 音楽をまずかける。
 眠るまでかける。
 途中でCDを変えることもあるし、そのまま繰り返しリピートすることもある。
 とにかく、音楽は常に部屋の中にある。
 いつも。


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 クーラーはつけたり消したり。最近は涼しいのでほとんどつけない。

 たまにコンポの前に椅子を持ってきてヘッドホン(大きいやつ)で音楽を聴く。

 忘れないように、気がついたときに目覚まし時計をセットしておく。

 気が向けば散歩に出る(今日は気が向かない)。

 メールをチェックする。

 メールの返事を書く。

 本を読む。

 電話をする。

 仕事をする。

 日記を書く。

 歯を磨く。

 文章を書く。

 コーヒーを飲む。

 また歯を磨く。

 CDをリピート(14曲目)。

 のんびりする。

 何かを思い出す。

 ……

 ……

 ……

 祈る。



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 余談

 寝つけない夜にひつじの絵を書けばいいんだと思った男の人は、もちろんいつまでも眠れません。


2001年09月04日(火) 冬が待ち遠しい

 北海道生まれのせいか、冬がとても好きだ。もちろん夏も好きだし、春も秋もそれぞれによいところがあるとは思うのだけれど、冬にはやっぱり致命的に惹かれてしまう。寒いけど、とても寒いのだけれど、それでもやっぱり好きだという気持ちは抑えられない。
 とりわけ、雪が降り出すようになって、根雪になったあとはなおさら素敵だ。
 夜に、しんしんと雪の降るときに散歩をすることができるのは、北国に生まれた人間の特権だと思う。もちろん、そのかわりに凍てつく寒さと、某神話のごとく終わりのない雪かきを受け入れなければならないわけだけれど、それでもやっぱりあれは素晴らしいと思う。
 電灯が不等間隔で続く道路、オレンジ色の淡い明かり、その明かりの範囲で照らされる雪と、そこから外れている雪、低い気温、まだ足跡もほとんどない道路。ときおり、通り過ぎていく車。雪には消音効果のようなものがあって、どうしてか随分と静かなことが多かったように思う。ブーツで一歩一歩踏みしめて歩くときの雪鳴りと独特の感触。コートにマフラー、そして手袋。時と場合によってはカイロ。
 もう北海道から離れて何年も経つから、ああいう冬には帰省のときの数日しか出会うことができない。もしかしたら、だからこそより自分の中で冬が魅力的に見えるようになっている部分はあるのかもしれない。遠く離れると、何にだって慕情めいたものがうまれてしまう傾向はあるわけだから。
 それでも、やっぱり冬は素敵だと思う。
 散歩から帰ってきた後の、ストーブの前に手をかざすときにどうしてかかゆくなってしまうことや、暖かいコーヒーなんかを飲んで内側と外側からの両方から回復しているのだと思うこと。髪についていた雪がとけてそれが首にあたって、ふいにつめたいと感じること。
 窓から外の景色を眺めること。
 冬になると、僕の部屋の窓はたいてい凍ってしまい開けることができなくなってしまった。そして一面に雪が張り付いていることが多かったから、ほとんど外は見えない。だから二階の階段を上りきったところにある小さな窓からよく外を見ていた。その窓からは家の前の通りが見えた。路地だったから人気はほとんどない。幾分スピードを落とした車はやっぱり思い出したようにしか通らない。
 中学生くらいの頃は、よくストーブの前に座ってずっと漫画を読んでいた。それは随分遠く幸福な記憶だ。あんまり近くにいると熱すぎて微妙に位置調整をしたりしながら、長い時間ずっと漫画を読んでいた。いまもそれなりには読むけれど、中学生くらいはとにかくやたらと読んでいたような気がする。「ジャンプ」が全盛の時期だったし。
 いずれにしても、冬は暦の上ではあと数ヶ月だけれど、今年も僕は北国じゃないところで冬を迎える。
 それはそれで慣れなくてはならないのだけれど。


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 今日、同僚と夜ご飯を食べているときに『タイタニック』の話になった。
 この間テレビ初放映をしていたやつ。
 やっていることは知ってはいたのだけれど僕は見ていなくて、同僚は2日目だけを見たと話していた。
 そして、そのときに話していたのが吹き替えのまずさ。
 話自体は面白かったのかもしれないが、声が気になってあんまり集中することができなかったとのこと。
 なるほど。
 見ていないのでなんともコメントしようがないのだけれど(映画館では観た)、視聴率は30%オーバーだったという話もあるようだし、それなら同じように思った人はきっと多いんじゃないだろうか、どうだろう。
 誰が吹き替えをやっていたのかはわからないままなのだけれど。

 そして、吹き替えの話になった。
 テレビの性質上どうしてもそうなってしまうのはわかるのだけれど、洋画はいわゆる字幕スーパーにしてほしいというところで意見の一致をみる。深夜の映画で一部そうなっているのはあるけれど、実際にはほとんどが日本語吹き替え版だ。声がマッチしているときももちろんたくさんあるのだけれど、そうじゃないときの失望はやっぱり大きい。場合によっては深い思い入れをもてたかもしれない映画でそうだったときのダメージには計り知れないものがある。
 それに、吹き替えのときにはいわゆるステレオタイプな台詞が増えてくるような気もするし。
 ただ、今後通信環境なんかが整備されてビデオ・オン・デマンドが日常化したとしたら、吹き替えか字幕というのは任意に選択することができるだろうし、気にならなくなってしまうとは思うのだけれど。
 そんな時代もあったねということになるとは思うのだけれど。

 そうそう、字幕といえば、戸田奈津子はいったい何人いるのだろうというのが素朴な疑問。
 たとえば、ある時期に集中して映画を見て、その内の何本かの字幕が戸田奈津子であることは意外とよくあるような気がする。
 だから僕は昔一時期、本気で戸田奈津子というのはある翻訳チームの名称なのだと思っていた。
 藤子不二雄が二人からなりたっているように、戸田F奈津子、戸田奈津子Aとかの総称なのだと。
 もちろん、そんなことはないのだけれど。
 

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 Today's music

「Open Letter」 Case


2001年09月03日(月) カーネル・サンダース

 ケンタッキー・フライドチキンに行くと、カーネル・サンダースの人形が置いてある。
 彼はケンタッキー・フライドチキンのトレード・パーゾンで、ほとんどの人がケンタッキーといえばこの白いスーツを着た人の良さそうなおじさんを思い浮かべるのだと思う。本国アメリカでもそうだろうし、ここ日本でもそうだ。知名度、という点に限っていえばハリウッド俳優に勝るとも劣らないかなりのものということができるだろう。
 そのカーネルさんは、一介の養鶏業者から興した自らの会社が買収され、さらに他の企業の手に渡った後にもそのイメージ・キャラクターとして毎年結構な額の給料をもらっていたと本に書いてある。彼はどこに行くのでも、あの白いスーツを着ていたという話もある。歩く広告塔というやつだ。
 当然のことではあるのだけれど、かつてカーネル・サンダースが実在の人物だったのだと思うと不思議な感慨めいたものがある。少なくともケンタッキーが企業として存続し続ける間は、カーネルおじさんもまた生き続けるのだろう。

 そして、日本にも同じようなキャラクターはいないだろうかと考えてみた。ある食べ物と切っても切り離せないようなイメージ・キャラクターで、店頭に人形が置いてある人は。



 …………



 …………



 いた!!






 梅宮辰夫。




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 お知らせ

 Text Sun Set は、辰ちゃん漬けを推奨しています。


2001年09月02日(日) 『ボブ・グリーン 街角の詩』

 友人と一緒に買物に繰り出していた。
 午後一杯をかけて郊外にある様々な店舗を見て回ったのだけれど、当然のごとく渋滞に巻き込まれ、わずか20キロほどの道のりにやたらと時間がかかる。
 途中、無理な右折をする車がいたり、逆に初心者マークをつけた挙動不審の車が右折のタイミングをことごとく逃したり、週末の道路はなかなかに危険が一杯だ。それに、車で商業施設に入るとよくわかるのだけれど、建物内の駐車場も非常に車を入れづらい状況になっている。特に最近は大型車がブームになっているから、狭くて暗い駐車場にはどうしてもしっくりきていないように見えてしまう。ああいう大きな車に乗っているドライバーは大変なんだろうなと、助手席でカルキングを飲みながらぼんやりと思う。

 カルキング=謎の王子さま風の男の絵が書かれた乳飲料。面白がって買ってみて後悔する。

 特に、日本の駐車場はドライバーに優しくない。切り返しに失敗して、何度も行きつ戻りつを繰り返し、しまいにはその後ろに入庫待ちの長蛇の列を作り出してしまっている状況を目にしたことのある人は結構多いと思う。もちろん、日本の場合は絶対的な土地不足にあるわけだから、致命的かつ宿命的な問題ではあるわけだけれど。
 ただ、アメリカの場合はもちろん地域によっても異なるのだろうけれど、基本的には非常に親切にできている。
 郊外では商業施設の外に広大な駐車場がある場合がほとんどなのだけれど、それだけではなく、その駐車場の線が斜めに引かれているのだ。つまり、日本の1.5台分くらいのスペースに斜めに線を引いているから非常に車の出し入れがしやすくなっている。運転技術が未熟な人であっても、困ることがほとんどない。それは当然無駄なストレスの軽減に繋がるから、よりトータルに見た場合の買物行動が楽しいものになるのだ。現に、日本の場合はさっき書いたような状況下にあるから、週末に家族を連れて買物に行くときに(渋滞と駐車場のことを考えて)気が滅入ってしまうお父さんも意外と多いんじゃないかと思う。


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『ボブ・グリーン 街角の詩』読了。新潮文庫。
 昔読んだ本の再読。
 学生時代にある友人が10冊ほどの本をくれたことがあって、その中の1冊。どうして本をもらう経緯になったのかはよく覚えてはいなかったのだけれど、なんとなく本棚の奥にあるのを見つけて、手にとって、細切れの時間で読んだ。そこに収められているのは50篇のコラムだから、それほど時間もかからずに読み終えることもできた。解説まで含めると258ページ。
 ボブ・グリーンのコラムは好きなほうだと思う。翻訳されたものしか読んではいないのだけれど、いままでに数冊読んだ。読んでいると、個人的に思っているアメリカ的なイメージがそこには広がっていて、想像をめぐらせながら読み進めることができる。ああ、実際もこんな感じなんだろうなと(もちろん、すべての本を読んでいるわけではないから、読んだ中では、ということだけれど)。
 共感させられたり考えさせられることが多いのは、ボブ・グリーンのコラムのほとんどが市井の人たちに焦点を当てているからだし、もし有名人が登場する場合であっても、その表に出てこない部分について触れられているためだからだと思う。
 この本の中でも、たとえばローリング・ストーンズ(とりわけビル・ワイマン)と彼らがかつて憧れていた(そして現在は落ちぶれている)ブルース・ミュージシャンとの一夜の交流であったり、ペットを飼いたがっていた身寄りのない老人の話、息子に遺産をのこすために、自分の左眼を売るという父親の話、そしてガードマンをしながら52歳で修士号をとった男の話などが短い、けれども簡潔で印象的な文章で語られている。それらのほとんどはすぐ隣ででも起こっていそうな話、あるいは遠い世界の話なのだけれど、想像することのできるような話ばかりだ。
 そして、書き手のスタンスは対象に深く入り込むわけでもなく、そこには常にある一定の距離がある。それがジャーナリストととしての立場でもあるわけだけれど、彼によって切り取られまとめあげられたそれぞれの人生の断片は、とてもわかりやすく興味を惹くようなかたちで目の前に差し出される。新聞のコラムの分量はそう多くないので、素材のまま提供するわけにはいかないのだ。
 そして、それは多くの人にとっては消費されていくものではあるのだけれども、毎回異なるはずのある一定の人たちにとってはおそらくは意味を持つ。読み手はそこに書かれている断片を自分の側に引き寄せて、自分の問題を投影し、個人的な問題として考えたり、あるいは自分とは遠く離れているがために、どこかで安心してたのしそうだとかかわいそうだとか思うこともできるのかもしれない。いずれにしても、書き手は文章を書く、誰かがそれを読んで何かを思う、それだけ。誰かはその内容に怒りを覚えるかもしれないし、楽しい気分になるかもしれないし、もしかしたら傷つけられたような気持ちになることさえあるかもしれない。けれども、一度書き手の手を離れてしまった文章は、あとはもう読み手のものになってしまうから、それをどうすることもできない。
 それでも、そういう文章を毎日送り続け、それが支持されていたのだから、やっぱり根底にあるのは感情的で、ハートウォームな部分のような気がする。
 シンプルで、直裁的で、わかりやすいコラム。そして古きよきアメリカの残照を背後に見やりつつも現代とまみれなければならない世代でもあることを過不足なく受け入れているようなスタンス。感情の扉をとんとんとノックするような、そういう文章。
 手元にあるのは(友人にもらった)平成4年初版の文庫本なのだけれど、まだ再版されているのだろうか?


――――――――――

 素朴な疑問

 上の方でカルキングについて書いたけれど、飲んでいたときに僕はずっと素朴な疑問を感じていた。
 缶に描かれている絵はどうしても王子さまにしか見えない。
 それでも名前はカルキング。
 カルプリンスじゃないのか。
 王子なら。


2001年09月01日(土) 夕食��

 仕事帰りに上司と同僚と3人でファミレスに行き、2時間半ほどの打合せを実施。クラブハウスサンドとシーザーサラダを食べる。
 半年以上先のことについての打合せではあるのだけれど、こういう積み重ねはきっと大切。
 ドリンクバーのコーヒーの飲み過ぎでお腹一杯。


―――――――――

 迷惑メールの話。
 携帯電話に必要のないメールが送信されてきた経験は誰にでもあると思う。
 かくゆう僕もその一人で、一日に何通かのメールが送られてくる。
 貯めてしまうと面倒なのでその都度削除しているのだけれど、はっきり言ってかなり面倒くさい。
 メールアドレスを現在のものから変更すれば減るのはわかってはいるのだけれど、いまのアドレスがわかりやすくて気に入っているのでこの状態を継続するしかないのだ。
 まったく、どこでどうアドレスを知るんだろうと思いつつ。
 そして、そういうメールの送信者はなんとか読んでもらおうとタイトルにインパクトを持たせることが多い。
 たとえば、

「是非一度!」

 とか

「お得です!」

 とか、このメールを見るといいことがありますよというのをどうにかしてアピールしたいわけだ。

「無題」

 というやつもある。これもなかなか考えている。もしかして知人からかなとメッセージだけは見てしまう。いずれにしても内容は似通っていて、「このサイトは他のところとは違いますよ、男性はポイントですよ、女性は無料ですよ、キャッシュバックですよ」という感じ。
 ポイントというのがどういうものなのかいまいちわからないのだけれど、いずれにしてもこれだけ判を押したように同じような内容なのだから、すでに「出会い系サイト」のデファクトスタンダードのようなものが確立されているということなのだろう。
 しかも、五月雨式にやたらとメールがくることも考えようによっては効果が高そうだ。
 いわゆる「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」というやつ。
 普段はそういうものに見向きもしないような人であっても、最高に退屈なときにちょうどそういうメールがきたら、興味本位でアクセスしてしまうかもしれないし、気持ちが落ち込んでいるときに、寂しくて誰でもいいからコミュニケーションがとりたくてアクセスしてしまう人もいるかもしれない。
 人間なんて常に同じ精神状態をキープすることなんてできないのだから、どんなことだってありえてしまう。だからこそ、この連発方式は意外に効果的だったりするのだろう。
 と、話がずれてしまったけれど、今日の日記でどうしてこういう内容を記しているのかと言うと、
 今日来たメールを紹介したかったから。
 今日届いた「出会い系サイト」のメール。


 タイトル



 ぼくメルえもん



 送信者



 のび太より



 …………


 のび太君……


 速攻で同僚に伝え、ネタにしたのは言うまでもありません。
 今回ばかりは、電光石火で本文を読みました。
 メッセージ自体は、全然変わり映えはなかったけれど、アイデアは秀逸。
 こういうのばっかりだったら、少なくとも「またかよ」と削除するときにも笑えたりはするのだけれど。


―――――――――

 Text Sun Set のカウンターが500を越えていました。
 HPをはじめてから2週間、これはやっぱり嬉しいです。
 あと、Days が投票されていて、それにも驚いてしまいます(Enpituにはランキング機能もあるのです)。
 誰かはもちろんわかりませんが、とりあえずありがとうございます。
 これからも Text Sun Set をよろしくお願いします。


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