Sun Set Days
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次回Days予告
【Fragments】3 ――Rainy Station――
| 2002年06月23日(日) |
機種変更+『ローマ人の物語 ローマは一日にして成らず[上]』 |
昨夜はかなり夜更かしをして眠りについたのは5時過ぎ。 そして起きたのは8時30分。 それから準備をして、9時30分から予約をしていた歯医者に行ってくる。 実は最近、休日を見計らって歯医者に行っているのだ。一度、出張生活がピークの頃に鈍く痛みがあったことがあって、けれどもだましだまし痛みが引いたのをよいことに放っておいていたのだ。けれども、最近ようやく出張のサイクルが間延びしてきたので、いまのうちに、本格的に痛みに耐え難くなる前に直してしまおうということで。
それから仕事場に1時間ほど顔を出し、同僚とマクドナルドで昼食をとった後、電車に乗って渋谷へ。 外貨両替をしに行きたかったのだ。 渋谷と池袋のUFJなら土日でも17時までなら可能だということを同期から聞いて、それで渋谷にまで行ってきた。 確かに開いていて、$に両替する。
そして、せっかくだからということでDoCoMoの渋谷支店にも足を伸ばす。もしP504があれば機種変更をしたいと思っていたのだ。 先週品切れをしていたP504のシルバーは今日は在庫があって、それで機種変更を行う。 僕はこれまでDoccimo(携帯電話とPHSの両方が使えるやつ)を使用していたので、同時にPHSの契約も解約する。 手際よくスムーズな応対で、30分もかからずに終了。ポイントが4000円分たまっていたので、少し得をする。
日曜日の午後の渋谷はかなり混み合っていて、Q-FRONT前のスクランブル交差点の手前では、テレビカメラが道行く人に何かをインタビューしていた。マイクを持っている女の人はたぶんモデルかタレントだと思うのだけれど、名前の分からない人だった(でもとてもきれいな人だった)。
正直な話、まだほとんど携帯には触れないでいるのだけれど、いいなぁと自分では満足している。 以前にも書いたように何より薄いし(折りたたみ時が16.8mm)、ワンタッチで開くボタンがついている。 液晶はきれいだし、音も32和音と書いてあるのでよいのだろうし(着信音にジャネットの「DOESN'T REALLY MATTER」、メールの方にはホール&オーツの「PRIVATE EYES」を設定しておいた)。
それにしても、いままで使っていた機種はちょうど2年前くらいに購入したものだったのだけれど、随分と進化してしまっていて驚いてしまう。 iアプリには最初からテトリスも入っているし。 お金さえ払えば、シムシティまでできてしまうみたいだ。
正直な話、これまでは携帯をそんなに活用していたとは言い難かったのだけれど、せっかく新機種を購入したので、いろいろとカスタマイズしていこうと思う。
夜に、久しぶりにある先輩から携帯に電話がかかってきて30分ほど話す。関東以外の地域にいる人なのだけれど、今度関東に出張でやってくるときには飲みましょうと約束をする。僕はその先輩のことをかなり慕っているので(尊敬しているし)、楽しみだ。
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『ローマ人の物語 ローマは一日にして成らず[上]』読了。塩野七生。新潮文庫。 ずっと以前から気になっていたシリーズで、けれどもあまりにもボリュームがあり過ぎるのでなかなか手を出すことができないでいたシリーズでもある。 それが今回ついに文庫化されたので、ようやく手にとってみた。 ローマ帝国興亡の一千年を描く労作で、高校時代は日本史選択だったこともあってこの辺りにはうといので、それが逆に新鮮だった。もちろん、次から次へと登場してくる複雑な名前(タルクィニウスとかルクレスィアとか)には辟易してしまったけれど、そういう名前をいちいち覚えるのではなく、流れとして読んでいけばいいかなと思いながらページをめくる。 人類がはるか以前から基本的にはまったく同じ事を繰り返しているというのは、どこかでは滑稽なことで、けれどもだからこそ人間なのだろうなと思う。ここに描かれているローマ人たちの行動にはネガティブな側面も少なくないのだけれど、歴史の様々な出来事に、それを取り巻く人間関係に、いまの自分たちの社会を重ね合わせることで見えてくるものはきっとあるはずなのだろう。 人のことが見えるほど自分のことは見えていないもので、こういう本を読むととりわけ哀れな末路をたどった人物にどうしてそんな行動をとってしまったのかと疑問を抱いたりもするけれど、だからといって傍観者ではなかったら自分も同じような選択をとってしまうかもしれない……そういう意味でも、歴史物語は多くの示唆に富んでいるとは思う。歴史物を読むときには、いつも人間には感情があって、それはずっと以前から同じだったのだということを当たり前ではあるけれど本当に実感してしまう。だからこそ昔の文学にも納得したりときに感動したりすることができるわけでもあるし(基本的には編年体で書かれている本書でも、その感想は変わらない)。 特に印象に残ったところはこの部分。
人間の道徳倫理や行為の正し手を引き受けてくれる型の宗教をもたない場合、野獣に陥ちたくなければ、個人にしろ国家という共同体にしろ、自浄システムをもたなければならない。ローマ人にとってのそれは、家父長権の大変に強かった家庭であり、そしてこれこそローマ人の創造であることではどんなローマ嫌いでも認めざるをえない、法律であったのだ。 宗教は、それを共有しない人との間では効力を発揮しない。だが、法は、価値観を共有しない人との間でも効力を発揮できる。いや、共有しない人との間だからこそ必要なのだ。ローマ人が、誰よりも先に、そして誰よりも強く法の必要性に目覚めたのも、彼らの宗教の性質を考えれば当然の経路ではなかったかと思う。 (……) 人間の行動原則の正し手を、 宗教に求めたユダヤ人。 哲学に求めたギリシア人。 法律に求めたローマ人。 この一事だけでも、これら三民族の特質が浮かびあがってくるぐらいである。(75-76ページ)
先入観よりはずっと読みやすい本で、次は[下]を読もうと思う。
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お知らせ
iアプリとか、いろいろと試してみたいのです。
| 2002年06月22日(土) |
『ブレイド2』+CD購入+『親子丼の丸かじり』 |
現在、23日の午前1時30分。 ついさっき帰ってきた。 22日は休日で、レイトショーで『ブレイド2』を観てきた。 いかにも、というような感じのアクション物を観たかったのだ。それに、この間『少林サッカー』を観た際の予告編で、なかなかおもしろそうに思えていたし。 1は観ていないのだけれど、それでも話には入っていくことができた。 個人的にはあんまりツボにはまらなかったけれど、1の方は『マトリックス』の原点となったとか言われていた映画らしく、アクションシーンには迫力があった。 ただ、『マジェスティック』にすればよかったかなと思ったのも事実。あれも面白そうだったのだけれど。
映画館からの帰り道、最寄の駅までは歩いて10分くらいかかるのだけれど、途中にレンタルビデオや書籍、それからCDなんかを売っている店があるのでそこに入る。そして、CDを3枚買う。その店のポイントが3000円弱分くらいたまっていたので、結構お得だったし。
購入したCDは以下の通り。
『DEEP RIVER』宇多田ヒカル 『1つだけ』Ann 『とどかない涙』berry
宇多田ヒカルはアルバムだけれど、残りの2枚はマキシシングル。 Annっていうアーティストは初めて知ったのだけれど、試聴したときによい感じの曲だったので、いいかなと思って購入。berryの方は2月のDaysにも書いてある熊本出張のときに買ったアーティストで、新しいミニアルバムが出ていたのを見つけたのだ。それで、何だか懐かしくて、不思議な感じがして思わず購入してしまった。あの頃から、もう4ヶ月くらい経っているのだなどと思いながら。
さっそく、部屋でこれらのCDを聴きながら今日のDaysを書いている。「1つだけ」という曲は思いがけずよい曲。アコースティックな感じに、ヴォーカルのayuriというヒトのささやくような歌声がよく合っていて。 宇多田ヒカルはまだちゃんと全部聴くことができていないのだけれど、でもよさそうに思える。
帰り道、0時過ぎの歩道は随分と人気がなくて、本当に細かな霧雨みたいに空気は湿り気を帯びていて、半袖のシャツを着ていたので結構肌寒く感じられた。 途中、何度か駅の方から歩いてくる人とすれ違い、土曜日の夜だけあって、若い人たちが多かった。
駅に着くと、電車が出たばかりで、ホームには誰の姿もなかった。人気のない深夜のホーム。デジカメを持っていれば写真を撮るのになあと思う。今日はウエストバックをつけてはいたのだけれど、その中にはデジタルカメラではなく財布と文庫本を入れていたのだ。 少しだけ残念に思う。 ほとんど乗客のいない電車は、眠たそうな空気を運んでいるように見えた。
電車の中で、空き時間に少しずつ読んでいた『親子丼の丸かじり』を読み終える。東海林さだお、文春文庫。 これは、「My Favorite」にも書いてある『〜丸かじり』シリーズの最新作で、いつものように食べ物に関わるどこかせこいちょっとにんまりしてしまうようなエッセイが多数収録されている。 いつも楽しく読んでいるのだけれど、たとえばこういう文章がおもしろい。 「チャーシューメンの誇り」というところから。
まず最初にチャーシューの枚数を数える。 チャーシューが6枚という店が多い。8枚だったりすると、思わず店主の顔を見上げ、 「そういうヒトだったんですね」 と尊敬の目になる。 ところがよく見ると、たくさん並べた感じを出すために、ラーメンのより薄くしている店もある。 そういう場合も、思わず店主の顔を見上げ、 「そういうヒトだったんですね」 という目になる。(158ページ)
他にも、「スイカを剥いて食べたら……」では、スイカの皮を切って赤い丸い塊にしてから食べてみるという実験をしたり、「香港食いまくり篇� 銑Α廚任蓮�香港にまで飛び出して様々な食べ物にチャレンジしている。気楽に読むことができるし、いつもあるあるって思わされてしまう。
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お知らせ
『〜丸かじり』シリーズは、おもしろいですよ。
| 2002年06月21日(金) |
【Fragments】2 |
【Fragments】2
[Theme:最終便 by PICNICAさん]
Little Line
私が生まれて初めて飛行機に乗ったのは、7歳のときだった。 当時、私は香川県の丸亀市というところに住んでいて、父と母と3人で暮らしていた。 その当時のことは、いまではぼんやりと薄い半透明の膜がかかっているようにしか覚えていないのだけれど、それでもたくさんの怒声と、諍いの声の記憶だけはいまでも耳の奥のほうに残っている。それはいまの私の性質の根底にあるものを形作っているもののひとつで、たとえばそれは巻貝に耳を当てると微かに波の音が聴こえる気がするように、記憶の奥を掘り起こそうとすると、決まって聞こえてくる声だ。 私は人間の記憶のメカニズムを精巧で、利己的で都合のよいものだと思っているけれど、それでも記憶の中にはシャツについて薄まることはあっても決して消えない汚れのように、完全には忘れることのできないものがあるのも事実だと思う。 現に、私のなかにはいまでもそのとき聞いた言葉が忘れ難く残っている。
当時住んでいた丸亀市は小さな町で、駅から15分ほど歩いたところには、丸亀城という日本でも有数の小さな城があった。 丸亀城は亀山公園という公園のなかにあり、修復された城壁が公園内に張り巡らされていた。そんなに大きな公園ではなかったけれど、一周するとじっとりと汗をかいているくらいの大きさはあって、まだ幼かった頃の私は、父によくその公園まで連れていってもらっていた。 当時、父がしてくれることで私が喜ぶことが3つあって、それは肩車と、右腕の力瘤にぶらさがることと、タバコの煙でドーナツの輪っかをつくってもらうことだった。そして、丸亀城への散歩は、その3つを同時に体験できることだった。 私はその3つが好きだったから、よく公園を歩いているときに「もう疲れたよ」と歩けないふりをしたし、「しょうがねえなぁ」と言いながらどこかでは嬉しそうにしゃがんで背中を見せてくれる父に嬉々として抱きついたし、父の背中の上で、「ねぇ、あの木、なんて名前なの?」とか「あのココココって鳴いている鳥の名前は?」などというようなことを訊いていたのだった。父は鳥の名前に詳しいような人ではなかったから、「ああ、ありゃココ鳥だよ」などと、いい加減なことを言っていた。 公園内の遊歩道を登りきった先、丸亀城のある広場には展望台とベンチなどが置かれていて、私たちの散歩のゴールはその広場だった。父はいつもベンチに座ると、一息つくようにセブンスターを吸っていた。私がせがむと、ドーナツの輪を作ってくれた。 私はよく、そのドーナツを追いかけて、ジャンプして輪っかの部分を指で貫いてみたりするのだった。父はそんな私を見ていつも機嫌がよさそうだった。 その広場からは、瀬戸内海と、丸亀の穏やかな町並みが正反対の方向に見えた。丸亀市は平坦な土地の上に伸びていたから、遠くまで見渡すことができたし、遠くには、家族からはぐれてしまった小熊のように、平地の中ほどにぽつんとひとつだけある山などを見ることができた。よく晴れた午後には、空に点在する白い雲の影が、町並みの上をゆっくりと移動していくのを見ることもできた。時間の流れ方が、その広場の上ではよりゆっくりとしたものになるような気がいつもしていた。私たちはよく「雲の形が何に見えるかゲーム」をしたし、地面にうつる私たちの影をつかってどんな形をつくることができるのかという遊びをしていた。 私たちはいつも、小一時間くらいその広場にいて、それからまた家まで帰った。途中、コンビニでくだもののジュースを買ってくれることもあったし、駄菓子屋でソフトクリームを買ってくれることもあった。 当時の私にとって、父との散歩は楽しいことのひとつだったのだ。
その頃、父が何の仕事をしていたのかを私は覚えていない。記憶の中の父は、学校から帰ってきたときにはいつも家にいたし、なんとなく他の家のおじさんたちとは違うのだということを子供心にも感じていた。ただし、それを訊ねてしまうことははばかられたし、まだ幼かった私としては、父親が家にいてくれて遊び相手になってくれることの方が嬉しいことだったのだ。 母はその頃、英語教室の先生をしていた。昼も夜も教室があって、頻繁に家を留守にしていた。だから、もしかしたらそれはどこかで自分を納得させようとしていたのかもしれないけれど、他の家は母親が家にいて父親が仕事をしているけれど、私のうちは逆なんだと、そう思っていた。 ただ、父は家事もしなかったけれど。
当時、私の家族は2DKのアパートに住んでいて、居間と両親の部屋、そして私の部屋があった。私の部屋はいま思うと間取りの関係でできたスペースを無理矢理部屋にしたような3畳間だったのだけれど、それでも私の城だった。 私は父親と高松のコトデンそごうに行った時に買ってもらったうさぎのぬいぐるみとよく遊んでいた。そのうさぎに「メリー」という名前をつけて、いつも話しかけていた(だから数年前、コトデンそごうが潰れてしまったというニュースを聞いたときには、なんとなく悲しくなった)。夜、私はメリーを抱いて眠ったのだけれど、よく目を覚ますことがあった。それは両親の言い争いの声が聞こえたからで、扉を少しだけ開けて、父と母の喧嘩に耳をすませた。 最初の頃、私が起きているときや私の前ではまず言い争いをしなかったから、そんなふうに寝付いた後に喧嘩をしていることには大きなショックを受けた。それで、何度かねぼけているふりをして、「おトイレ」と言って喧嘩を中断させたのだけれど、いつしかそれがたまのことではなく、恒常的に行われていることなのだということに気がついたときには、ただ眠れずに両親の争いの声を聞いているだけになっていった。深夜に怒鳴り声が聞こえ、布団から起きて扉を少しだけ開けたときに、薄暗い私の部屋に居間の電気の明かりが一本の線のように入り込んでくる。ずっと後になっても、覚えているのはそういう細部ばかりだ。 そして、夜に行われていた喧嘩は、夕御飯の時間になり、夕方になり、昼間にも行われるようになり、アパートの部屋の中を覆う空気は、より険悪なものになっていった。私はメリーと話す機会が多くなり、まるで傍観者のように「どうしてなかよくできないんでしょうねえ」と話かけたときは、本当にどうしてなんだろうと思って泣きそうになった。当時私には友人もいたけれどそういうことを相談するには私も友人も幼すぎたし、結果として内に溜め込むことになった。どうしようもなかった。私は感情を押し殺すようになり、笑うことが少なくなっていった。 仲がよかった頃の記憶も私にはあったから、だからなおさら悲しかったのだ。
離婚が決まったのは、10月の終わりだった。どうしてそれを覚えているのかというと、私の誕生日が10月だったからで、その誕生日には、久しぶりに家族3人でごちそうを食べた。ハンバーグとエビフライとオムライス、それからケーキという私の大好物ばかりが並べられて、私は大好物ばかりなのと久しぶりに父と母が目の前で喧嘩をしていないこととで、本当に嬉しかった。飲み物だって、オレンジジュースに加えて、サイダーを飲んでもよかったのだ。私は母の方針で炭酸飲料を飲むことがゆるされていなかったから、年に二度誕生日とクリスマスがそれを飲んでもいい特別の日だったのだ。 父はぬり絵と色鉛筆のセットを、母は子供用の英語の教材をプレゼントしてくれた。もちろん、私は父のプレゼントの方を喜んだ。 父は、いつも私のへのプレゼントのピントをはずしたことがなかった。ある年には絵本だったし、またある年には溢れるくらいのおはじきとビー玉だった。そういう意味では、母はいつもどこか私が欲しいものというよりは私に与えたいものをプレゼントしてくれていたように思う。 その日の食事が終わろうとする頃、母が私を覗き込んで言った。 「……ねえ、ナホちゃん。聞いてほしいことがあるの」 「なぁに?」 私はそう聞き返したと思う。最後に出されたケーキがあんまりにもおいしくて、頬を膨らませていた。その当時の私は両親からの言葉に身構えることを学習していたのに、その夜にはそのガードを緩めていた。おいしい食べ物に無防備になっていた。 「お父さんとお母さんは、リコンすることになったの」 首をかしげながら、私は母と父を順番に見つめた。当時の私には、離婚という言葉の意味がどこまでわかっていたのだろう。ただ、私はそれがあまりよくないこと、少なくともそのときの暮らしが壊れてしまうことだということだけはわかっていて、ふいに鼓動が早まった。どくん、って大きな音が部屋に響いたのではないかと思ったくらいに。 「だからね、ナホちゃんはお母さんと一緒におじいちゃんのところに行くのよ」 「……おじいちゃん?」 「そう、東京のおじいちゃんとおばあちゃんのところ」 「おとうさんは?」 私の当然の反応に、母は言葉をつまらせた。そして、続けた。 「……お父さんはね、行かないの。ナホちゃんとお父さんは、別々に暮らすことになったの」 どうして? という言葉は口に出せなかった。ただ、7歳の私に納得し受け容れること以外にどんな選択肢があっただろう。私は黙ったまま、そのまま部屋に戻った。 母は私がケーキを食べている間にその言葉を発したから、私はそのケーキを残してしまった。いまの私が甘いものがあまり得意ではないのは、もしかしたらその夜のせいかもしれない。 その夜はメリーの存在が大きかった。私はメリーを強く強く抱きしめて、その長い夜をやり過ごした。 あの夜、父はずっと笑いたいのか泣きたいのかよくわからないような表情で黙っていた。 ずっと。
丸亀を離れる前日、私と父は最後の散歩に出かけた。 10月下旬の冷たい曇天の日で、セーターを着込んだ私は、気持ちの心細さと風の強さに、言葉が少なかった。 最初、私たちは並んで歩いていたのだけれど、どこかぎこちなかった。 「ナホ、肩車するか?」 「……うん」 私は、以前のように嬉々としてではなく、どこか遠慮がちに父の背中に体重を預け、肩車してもらった。公園の木々はその色を紅や黄色などの暖色に変えていた。冷え込みが厳しい分、木々は自らの色を変えることで寒さを乗り切ろうとしているのかもしれない。そんなことをぼんやりと思っていた。よくわからない鳥の鳴き声が聴こえたけれど、その名前を尋ねることはできなかった。肩車は途中でおんぶになり、私は右頬を父の首元に当てて、父の匂いを忘れないようにしようとした。外の空気は冷たかったけれど、父の首の体温は温かかった。 幼いなりに、事の重大さは理解していた。おそらくは、もう父と会うこともできないのだということも。 ただ、それでも私の父は父だけだったのだ。その父と、離れて暮らさなければならないということがどうしてもよくわからなかった。 広場に着いてしまうと、そこには誰の姿もなかった。平日の曇天の午後には、ただ強い風が吹き付けるばかりで、まるでその公園の高台の広場が、世界の平和を見守る見張り台であるかのように思えた。私はぐるっと広場を時間をかけて歩き回り、瀬戸内海側も反対側も目に焼き付けるように見ようとした。強い風に、私の短い前髪が揺れる。 ふと空を見上げると、その年のお正月に、この広場で父が作った凧を上げたときのことを思い出した。あのときには、もう両親の諍いははじまっていたのだろうか? もう、来年のお正月にここであの気持ちのよい凧揚げをすることもできないのだ。 「ナホ、お城の中見るか?」 父が言った。私たちは、いつもお城のある広場にいたけれど、すぐ目と鼻の先にあるその小さな城は訪れたことがなかった。 「ウン……」 私が頷くと、父は入り口のところでおじいさんにお金を払い、私たちは城の中に入った。狭く急な階段を上る。途中、小さな窓から景色を眺めることができたり、ある階には日本各地の城の写真パネルがあったり、古文書のようなものが展示されていたりした。内輪が特産品らしく、城の中に何箇所か内輪を置いてあるところがあった。 父は私が急な階段を踏み外さないか注意深く見守ってくれていた。私は注意深く足を延ばした。 大丈夫だっていうことを、心配ないっていうことをわかってもらいたかったのかもしれない。
丸亀城を出た後で、広場のベンチで父はタバコを吸った。「ナホ」と呼びかけた後で、ドーナツの輪を作って笑いかけてくる。そして私は本当は気が進まなかったのだけれど、いつものようにジャンプしてその輪に指を入れた。 もちろん、父は右腕の筋肉で力瘤を作ってくれ、私はそれにぶら下がった。 あと何年かしたら、ナホも大きくなるから支えきれないかもなぁ。 父はよくそう言っていたけれど、結局そのときはこなかったことになる。 「そろそろ帰るかぁ」 父がそう言った。空の低いところをちぢれた雲が早い速度で流れていた。それは、群れからはぐれてしまった一羽の鳥のように、どこか心細そうに見えた。 私はどうしてか後ろ髪が引かれるような気がして、何度も何度も振り返った。 そこには人気のない広場が、ただ静かに佇んでいた。
最後の日、母と私はアパートの玄関で父とぎこちない別れを済ませ(母は自分だけアパートの1階に先に下りて、父が私を抱きしめる時間をつくってくれた)、それから丸亀駅からJRで高松駅を目指し、高松駅から高松空港までのバスに乗った。秋も終わろうとしている夕方の時間だったから、日が暮れるのが随分と早くて、街路樹を照らす街灯がすでに点灯していた。母と私はバスの二人掛けの席に並んで座っていた。最後の方はヒステリー気味だった母も、その日は物静かだった。何を考えているのだろうと顔を覗き込んでみたけれど、当時の私にわかるはずもなかった。 小1時間ほどして空港に到着して、母が航空券の手続きをする。それから、まだ飛行機の時間には間があったので、空港の2階にあるレストランに入った。 私はお子様ランチを、母はコーヒーとスパゲティを頼んでいた。私はお子様ランチの旗をナプキンに挟んで自分のポシェットにしまった。当時の私は、お子様ランチを食べるたびに、その小さな国旗を集めていたのだ。 レストランを出た後、母がトイレに行くと行った。 「ちょっとおトイレに行ってくるから、ここで待ってるのよ」 私はうんと頷いた。 はじめて訪れた空港は、私にとっては随分とものめずらしい場所だった。そこには普段見かけないようなたくさんの人たちがいて、誰もがどこか急いでいるように見えた。私は壁を背に、母と自分の分の荷物を守るように待っていた。右手にはメリーを抱えていた。東京に行くということで、そうすることで少しでも不安な気持ちを薄めていたかったのだ。 父の姿を見つけたのはそのときだった。 私は父が空港にいるはずがないと思って、けれども間違いなくそれは父だったので、驚いてじっと見つめていた。 父は人ごみの中に立っていて、私の方を見つめていた。それから、私の方に駆けてくると、私の前でしゃがみこんだ。 膝をついて私に目線を合わせると、「ナホ」と名前を呼ぶ。 そして、父は私を抱きしめた。強く、痛いくらいに。父の匂いがした。煙草とコーヒーの混ざったような独特の匂い。 「ナホ……」 父は消え入りそうな声でそう言った。実際にはわずかな時間だったかもしれない長い沈黙の後、父は身体を離し、両手で私の両肩を押さえ、「……元気でな。お父さんはいつもナホのこと思ってるからな」と言った。私は黙ったまま、父の目をずっと見つめていた。目に感情というものが宿るのだということを知ったのはそのときなのだと思う。 そして、父はそのまま踵を返し、一階への階段を駆け下りていった。 一瞬の、本当にわずかな間の出来事だった。 それからすぐに母が戻ってきた。 「どうしたのナホ?」 ぼんやりとしている私に母はそう訊いたけれど、私はいま、父が空港にいたことを最後まで伝えることができなかった。
その日の飛行機は羽田空港行きの最終便だった。 私の席は窓際で、その小さな窓から見える景色は離陸前の赤や青色のネオンも離陸後の夜景もとても美しいものだった。 それでも、私はそのはじめて乗る飛行機の中で、最後に父が小声で振り絞るような声で言った言葉の方を思い出していた。 「ナホ……」 抱きしめたとき、父はこう言ったのだ。 「ナホ……お父さんと一緒にいよう、な?」 私は答えることができなかった。そして、父は沈黙の後で搾り出すように言葉を続けた。いまにも雨が降り出しそうな雲みたいに、泣き出しそうな目をして。 「……元気でな。お父さんはいつもナホのことを思っているからな」
私はそのときどう答えるべきだったのか、どうするべきだったのだろうということをときどき考える。 もちろん、答えは出ない。 私はそのとき沈黙を選んだ。もしこういう言い方がゆるされるのであれば、何も選ぶことができなくて沈黙するしかなかった。それでも選択は、ときにその人の道程に大きく長い影を落とす。だから私は随分と時間が経つまで、決断を下すことを極端に恐れるようになった。そのときに、どうすることもできなかった。選ぶことができなかったことを忘れられずに、選択を迫られるたびに、沈黙を選ぶようになったのだ。 まるでスローモーションな条件反射みたいに。 いまではある出来事から選択を畏れることはないけれど、それでも当時のことを思い出す度、いまも私の足元まで色濃い影が細長く伸びているのを感じることがある。 そしてその細い影は、あの丸亀での日々の、部屋の扉を少しだけ開いたときの、居間の明かりの一本の線とも繋がっているような気がするのだ。
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21日は23時30分過ぎに新横浜駅に到着し、部屋に着いたのは0時30分過ぎ。 新幹線の中で、【Fragments】2を書く。 新横浜からの電車が遅れ(他の路線の連絡待ちや、ある駅では「お客様同士のトラブルのため」)、普段よりも長い時間車内にいた。 週末の終電車のせいもあるのか、お酒が入っているような雰囲気の人がたくさんいた。 ある駅のホームでは、ホームの柱によりかかって爆睡している若い男もいたし。
キャリーバックをがらがらと引きながら、部屋の近くにあるセブンイレブンで「午後の紅茶」のブルーローズ味を買う。最近、また午後の紅茶シリーズのパッケージが変わったけれど、息の長い商品だと思う。 4日開けているだけで部屋の中はむあっとしていて、冷房のスイッチを入れる。 音楽をかけて、午後の紅茶を飲む。 結構おいしいと思う。
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お知らせ
好きな食べ物は? と訊かれてカレーライスと答えてしまうことを、ちょっとどうかと思ってしまうのです。
19日は、21:08博多発新大阪行きの新幹線に乗り、23時30分過ぎに新大阪に到着。 それから、ビジネスホテルに向かい、0時過ぎに合流したメンバーの部屋で1時くらいまで話す。
新幹線では上司の上司と2人で行動していたのだけれど、様々な話を聞くことができておもしろかった。 上司の上司の学生時代の話をいろいろと聞いていたのだけれど、普段はあまり接点のない人なので、新鮮だった。 博多から新大阪まで、ずっと話していた。
そのときに夏のボーナスの査定が、通常よりも2ランク高かったことを教えてもらい、ちょっとうかれる。 1ランク高いというのは実は過去にも結構あったのだけれど、2ランクは入社以来はじめてだったので、なんだか嬉しくなる。 まだまだもちろん全然未熟ではあるのだけれど。
今日は大阪での仕事終了後、4人で焼肉を食べに行く。 おいしかった。
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お知らせ
21日の夜に、横浜に戻るのです。
| 2002年06月18日(火) |
【Fragments】1+またまた出張 |
【Fragments】1
[Theme:夜のホテル by PICNICAさん]
Lake Side Hotel
そのホテルは湖に面していて、周囲にはなんにも高い建物がなかったから、随分と遠くからでも見て取ることができた。冬になると私は湖畔沿いの道路を完全武装(赤いダッフルコートに耳まで被うことのできる帽子、それからブーツに手袋)のいでたちで、そのホテルを目指して歩くのだった。よっぽどの吹雪のときにはさすがに出歩かなかったから、つまり歩いているときにはつねにホテルは視界に入っていた。 ハルのシフトは日によってまちまちで、早番のときもあれば、夜勤のときもあった。夜勤のときには午後9時から勤務がはじまり、午前6時に終わる。もしそのホテルが繁華街にあるホテルなら、飲み屋に行っていた酔っ払いの客が騒ぎを起こしたり、酔っ払いの客が備品を壊したり、酔っ払いの客がロビーで泥酔していたりするそうなのだけれど、ハルのホテルではそういうことはまず起こらない。何しろ、凍てつく北の大地の湖沿いにあるホテルなのだ。 だからハルのホテルの夜は静かに過ぎていく。もともとがそういう客層(都会の喧騒を一人離れてのんびりと過したいキャリアウーマンとか、2人で全国の穴場的な場所をめぐっているような老夫婦とか)が好んで使うようなホテルなのだ。 ハルのホテルは(と言っても、別にハルのものではない。ハルはただのしがない雇われ社員に過ぎない)、バブル華やかな頃に全国各地に乱立された普通と高級の中間のような位置づけのホテルで、それなりの設備と、それなりの料金と、それなりのゴージャスさがその中途半端な特徴をよくあらわしていた。バブルが弾け、ホテルまでもが弾けてしまうかと思われたのだけれど(実際、ホテルの存続は小さな町の主要な関心事であり続けた。娯楽の少ない町なので噂の好きな人が多いのだ)、それでも穴場的な立地が幸いしたのか、細々と安定した経営を続けている。 ある日、昼間のデートのときに、ケイヒサクゲンのために、夜勤がいつの間にか1人の仕事になっていたよとハルがおかしそうに言った。本当にいつの間にかなんだ。ある日シフトを見たら、それまで2人いた夜勤が毎晩1人になっている。そのことに何の説明もないんだ。まるで、みんながケイヒサクゲンっていう名前の呪文にかけられて夜勤2人時代を忘れてしまっているみたいでおかしいよ、と。 ということで、ケイヒサクゲンは私にとっては愛すべき呪文となった。そのおかげで、長い夜を、ハルと一緒に過ごすことができるようになったからだ。夜勤が一人ということは、フロントの奥にある世にも窮屈な休憩スペースにも他には誰もいないということで、私はその長い夜をまるで夜にしか活動できない童話に出てくる人形のように、喜び勇んで満喫するのだ。 だから私は深夜になると家を抜け出して片道20分のホテルまでの湖畔の道を歩く。 いまの季節は湖面は青白く凍っているし、風は頬を刺すように痛い。 けれども、夜の心細い道路も、暖かな場所に通じていると思うと意外とへっちゃらで自分でも驚いてしまう。
フロントに置いてある銀色の呼び鈴はお気に入りだ。上の出っ張りを指でちょこんと押してやると、震えるような柔らかな音をたてる。私は薄暗いロビーからフロントに向かい、その音を鳴らすと、そのままいつも暗闇のなかに隠れてみる(自動販売機の影に隠れたり、トイレへの奥まった通路に身を寄せたりする)。ハルがフロントの奥から出てくる。そして、きょろきょろとする。 それから、少しの沈黙の後で、ナオ、と少しだけ怒っているような、それでいて次の瞬間には赦してくれているような、独特のトーンの声で言う。私はその言葉をちゃんと味わうために暗闇のなかで目を閉じる。その言葉はまるでバニラアイスクリームの上にかけるコーヒーのように、熱く柔らかく暗闇を溶かしていく。いい声をしていると思う。ハルは素敵な声をしている。 ハルは私を甘やかすポイントをよく知っている。まるで私の甘やかし方のガイドブックでもちゃんと読んでいるみたいに。そういうのって、不思議なことだ。 私たちは長い夜を、人気のないロビーや、フロントの奥にある世にも小さな休憩部屋で過す。たまにフロントの内線電話が鳴ることもあるけれど、そんなときにも私はうっとりと仕事をしている恋人の横顔を見つめている(仕事中の恋人は素敵だ)。休憩所で抱き合ってキスをすることもある。ただ手を握っているだけのこともある。長い夜の間中ずっとしりとりをしていることもある。しりとりの最初は「ホテル」から始まる。私がいつも「ホテル」とスタートするからだ。だから、ハルは「る」ではじまる単語をたくさん知っている。 ロビーの奥、日中は喫茶店になっているところには湖に面した大きな窓があって、夜の闇の向こう側に、月の光が寂しく照らす湖面が見えている。このまま永遠に終わることがないのではと思えるような冬のなかの、すっかりと氷に覆われている湖。 雪が降っている夜も多い。そんな夜には私たちは窓際の席に並んで座って、まるで夜勤の人の眠気を覚ますことだけが目的みたいなコーヒーをすすりながらその一枚の絵のような景色を見つめる。ときどき、ハルは喫茶店の冷蔵庫から生クリームをくすねて、それを私のコーヒーカップの上に落としてくれる。世の中に幸福というものがあるのなら、それは深夜3時に恋人がコーヒーに落としてくれる生クリームのことだと私は思う。
私たちの特等席は、喫茶店の一番窓側の席だった。窓際の席からはどこでも湖がよく見えるのだけれど、私たちが選んだその席は、なかでも一番美しく湖が見えるのだそうだ。ハルがそう言った。喫茶店の人に教えてもらったのだという。笑顔が素敵なハルは、喫茶店で働いている人たちとも仲がよい。見た目はバブル期の中途半端なホテルだけれど、中身は田舎の、アットホームなホテルなのだ。 私はその椅子に膝を立てて座り、ハルはぼんやりとまるでずっとぴくりともしない釣り糸を眺めているみたいに窓の向こう側にある湖を眺めている。 ハルはあんまりよく喋る方じゃない。 どちらかと言うと寡黙な方だと思う。 それでも、ハルはとても暖かな目をしているし、手を伸ばして手の甲で私の額に触れるときの感じがとても優しかった。それが手の平であれ手の甲であれ、手は人を表わすとおばあちゃんはよく言っていた。だから私は手が優しくない人は決して好きにならない。それに関しては自信がある。いままでもそういうふうにだけ恋をしてきたし、そうと決めている。
ときどき、本当に稼働率が低い平日の深夜には、ホテルから出て目の前の道路を超えて湖畔にまで出て行くこともある。 「職務放棄よねえ?」 と、私がちょっとうかれて言うと、 「……ナオちゃん、振り返ってみなよ」 と、ハルは諭すように言う。振り返ってみると、確かに9階建てのホテルの窓はそのほとんどが消えていて、ただ風だけがびゅうびゅうと吹いている。目の前の湖はまるで世界の果てみたいに随分と荒涼としている。そんな深夜に、誰かがフロントへの内線を入れたりするはずがない。 北の大地にはたくさんの湖があるけれど、湖畔にホテルが一軒しかないのはきっと私たちの町くらいだ。 空の星ばかりが満天に輝いていて、地上の方では、ホテルのわずかな明かりだけが周囲をぼんやりと照らす。 静かな湖畔。 冷たい空気の中で、この夜が永遠に続くんじゃないかと思う。
それでも午前5時を過ぎる頃になると、私たちの長くて短い夜も終わってしまう。まるで魔法が解けてしまうような気がして、私はいつもなんとか抵抗しようと思うのだけれど、その術がわからなくてもどかしくなる。 いつも何か言いかけるのに何も言えない私に、ハルは「ほら」と車のキーをくれる。「まってて」という言葉と一緒に。 ハルのフォレスターのキー。キーホルダーはミッキーで、昔ディズニーランドに行ったときに買ったのだそうだ。鍵をもらうとき、「誰と行ったんだっけ?」という質問をするのが私のお約束になっている。ハルはいつも「オヤジ」と答える。いつか違う人の名前をうっかり言ってしまわないかなとちょっとだけ思っている。もしそんな名前が出てきたら、いたたまれない気持ちになることはわかりきっているのに。 私は一人で鼻歌を歌いながら駐車場の一番奥に停めてある車のところまで向かい、助手席の扉を開け、両手でそのキーホルダーをもてあそんだあとで、キーをちょっとだけ回してカーラジオをかける。 夜明けのカーラジオはいつもさびしい。夜の終わりを同じように名残惜しく感じている人たちがこの空の下にはいるのだなと思って、なんだか泣きたくなる。 曲がヴォーカルつきのものからインストルメンタルに変わっていく時間帯が特にだめで、夜が終わるのだということを実感させられてしまう。
6時になったら、ハルは夜勤を終えて、駐車場をゆっくりと横切って運転席にやってくるだろう。 そうしたら、私はハルの運転で家の近くまで送ってもらう。歩けば20分の道のりも、車ならあっという間だ。 私はその時間になると、どうしてかうまく言葉を探すことができなくて、ずっと黙ったまま、窓の外を流れていく電灯の明かりと凍った湖を見つめている。 そして湖の反対側に、ゆっくりと朝が訪れようとするのを見つける。 そのたびに私はいつも少し失望し、少し安堵する。 それは夜のホテルで過ごす時間が、どこかおとぎ話のように風変わりで、そのまま夜の中に閉じ込められてしまうような気がするからなのかもしれない。
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昨日は23時に部屋に帰ってきて、早速Fragmentを1本書こうと思っていたら、書いている途中で力尽きる。 今朝は5時起きで、毎度のことながら6時5分発の電車に乗って、6時30分のひかりにのって、名古屋を目指す。 名古屋で17時前まで仕事をしてから、今度は後輩と2人でタクシーで名古屋空港へ。 日本代表の試合は、その空港までのラジオで聴いていた。 残念な結果に終わってしまったけれど、事実残念だけれど、それでも本当にお疲れ様だと思う。 車内で後輩と、今回の日本代表はすごかったねという話をする。
18時40分のJAL便で福岡へ。 JEXという小さなタイプの航空機はちょっと新鮮な感じだった。まあ、羽田→福岡なら大きめの機体でも、名古屋→福岡ならこんなものなのかなと考える。 前に同じ路線に乗ったときにはどうだったのかは覚えていないのだけれど。 1時間と少しで福岡に着いてしまうのにはやっぱり驚いてしまう。
小さな窓からはちょうど夕暮れが見えていて、ものすごく奇麗な色をしていた。 日は随分と長くなったと驚いてしまう。 本当に、そんなふうに唐突に季節の変化について実感させられてしまうので、普段自分があんまり季節の微細な変化のようなものに注意をはらっていないのかもしれないと思う。 それはちょっと残念なことではあるのだけれど。
博多駅の近くのビジネスホテルに着いたのは21時前。 これから、羽田から最終便で福岡にやってくる上司を待ってラーメンを食べに行くのだけれど(定番)、それまでの間にFragmentを書き上げてしまう。せっかく立ち上げたので、まずは1本目はアップしたかったし。 最初の頃は手探りが続くだろうけれど、少しずつマイペースで、続けていこう。 (さっそくリクエストしていただいてありがとうございました。まだまだリクエストは募集しています)
(ここまで書いたところで電話がかかってきたので、ラーメンを食べに行ってきた。タクシーで天神まで行って一風堂に行ってきた。ついさっき帰ってきたところ。韓国がイタリアに勝ちました! すごい! これは隣の国では大変なことになっているのだろうなと思う)
明日は博多で仕事をし、夜には今度は大阪に移動することになっている。そして、大阪に数日滞在した後横浜に戻り、それからちょっと遠くへ出かけるスケジュール。
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お知らせ
Fragmentsはマイペース更新です。
Fragmentsは、emailかBbsでリクエストしてもらった単語(名詞。ただし、今回の[夜のホテル]のような複合系も可)に関連する断片(掌編)を書き連ねていくシリーズです。 ただし、emailの方で、自分がリクエストしたことをオープンにしないでほしい方は、匿名希望でと書いていただければそうします。
| 2002年06月16日(日) |
【Fragments】テーマ募集のお知らせ |
Daysは基本的には毎日更新のペースで続けているのだけれど(もちろん、忙しい時期には間隔が空いてしまっているけれど)、それには結構前に書いたように文章の練習っていう側面があったりする。 やっぱり、文章は思うように書けるようになりたいし、そのためには調子のよいときに集中して書くというのではなく、毎日(のように)書くということもある程度以上大切なことなんじゃないかと思うからだ。 もちろん、集中して文章を書くということもものすごく大切なことで、ただ書き流しているだけではだめだということも自分なりにはわかってはいるつもりだけれど、変な話、スポーツ選手だって基本的には毎日のように練習をするわけだし(たとえば野球選手なら素振りを、サッカー選手ならリフティングを)、同じように文章だって毎日練習(のようなもの)は必要なのだろうし。
ということで、さらに練習しようということで、断片(掌編)のテーマを募集します。 条件は名詞。 たとえば、「遊園地」とか「コーラ」とか、そういう単語で。 eMailないしはBbsで「この名詞で!」というのをいただければ、期間は場合(やスケジュール)によってまちまちですが、いずれにしてもDaysそれからNovelで、その名詞をテーマにした断片(掌編)をアップします。 個人的には、千本ノックのようなイメージでいます。 様々な名詞を冠した断片をいくつも切り取っていくこと。様々な場所の、様々なシチュエーションの光景を切り取っていくこと。 その繰り返しを行うことが、文章やイメージを形にすることの練習になるような気がするわけです。
そしてもちろん、これはたぶんバランスをとる作業でもあるのだろうなとも思います。 いま、個人的に中くらいの長さの『N43゜』を手直ししているため、ある程度の長さのものと対極にある短いものをやりたいと思っているのです、きっと。
今回募集する名詞については、【ユーモア】ネタではない断片に使用します。 (もちろん、ネタ系のDaysがなくなるわけではないのですが、せっかく募集に応えてもらったのをちゃかすことに使うのもなんですし)
もしびっくりするくらい応募がくるようでしたら、ひとまず応募は打ち切らせていただくとかそういうことにしようとも思うのですが、たぶんそれはきっと大丈夫ですね。 この単語(名詞)で、どういう断片(掌編)が返ってくるのかということに興味のある方は、ぜひ応募してみてください。 お礼のアイテムなんかはないのですけど……。
一応、コーナーのタイトルとして、Text Sun Set 【Fragments】を採用します。 もちろん、【Fragments】ではありますが、それぞれは短くても一応一つの完結を見るような形にしたいと考えているのですが。 長さ的には掌編といった感じだとイメージしていてください。
1人一度に3つまでOKです(ちょっとまずいだろうというような名詞の場合は、見送らせていただく場合もあります)。
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お知らせ
お気軽にどうぞ。
| 2002年06月15日(土) |
『マッキンゼー式 世界最強の問題解決テクニック』 |
『マッキンゼー式 世界最強の問題解決テクニック』読了。イーサン・M・ラジエル、ポール・N・フリガ著、嶋本恵美、上浦倫人訳。英知出版。 昨年出版された『マッキンゼー式 世界最強の仕事術』のパート2で、帯では実戦編と謳っている。見返しにはこう書かれている。
前著『マッキンゼー式 世界最強の仕事術』では、実践的な技法を提示するより「ザ・ファーム」の解説が大半を占めていた。しかし、本書は、逆のアプローチで進められている。前著がマッキンゼーのエンゲージメントに主眼を置いていたのに対し、本書は、どうすればマッキンゼーの方法を、あなたのキャリアや組織に応用できるかを論じている。この目的を果たすため、前著を基盤としつつ、新たな見解も提供していく。
マッキンゼー・アンド・カンパニーは世界有数の戦略コンサルティング会社で、様々な人材を輩出していることでも有名な企業のようだ。たとえばIBM会長兼CEOのルイス・ガースナーや日本に関係する人であれば大前研一などもそう。詳しいことはわからないのだけれど、前著と今作を読めば、少なくとも能力の高い人材を集めた、卓越した会社なのだということはわかる。 また、本書の目次の各トピックは以下の通り。
1 問題の構造を把握する 2 分析を計画する 3 データを収集する 4 分析結果を解釈する
5 最終結果をプレゼンテーションする
6 チームをマネジメントする 7 クライアントをマネジメントする 8 あなた自身をマネジメントする
それぞれ1〜4、5、6〜8と分けられており、本書が問題解決のための戦略的モデルと呼んでいる主要なトライアングルのそれぞれの頂点を意味している。 具体的には、分析(1〜4)、プレゼンテーション(5)、マネジメント(6〜8)の3つに分かれている。 まず、ビジネス課題というクライアントからのニーズがあり、その問題点を「分析」し、解釈し、その結果を「プレゼンテーション」することが大切になってくる。同時に、そのすべての過程において「マネジメント(管理)」されていることが必要であり、その結果提示した解決策がクライアントに了承され、実行に移されるということになる。本書では、その問題解決モデルのそれぞれの頂点について、詳しい説明を行っている。そのやり方のようなものを、自分の属する組織、あるいは自分自身に適応させていくことができればいいというのが(それが簡単にいくわけではないにしても)本書の目的になっている。
そこで語られている方法論自体はシンプルなものだ。問題点に対するアプローチの方法からデータ収集の仕方、あるいは面接のテクニック、そしてクライアントへの効果的なプレゼンテーション方法……具体的な考え方やノウハウを説明していくので、随分とわかりやすい。けれども、そういうアプローチをとって行われるべき実際のデータ収集や分析、あるいは資料の準備ということは現実的には煩雑なものであり、書かれているほど簡単にはいかないものなのだろう。ただし、難しいにしても道筋さえわかれば少なくとも軌道をずれることは少なくなるはずで、そういった意味でも参考になる本だとは思う。 組織管理についてなど、参考になる箇所も多数あって、少なくともこの手の本の中では、読み応えがある。
たとえば、こういうところが。
マッキンゼー人は問題のなかの事実を分析するとき、一つずつ分析していって最後に答えを出すより、仮説を証明あるいは反証していくほうがはるかに効率的であることを学ぶ。仮説を立てることは、問題解決のための地図を手にしたようなもので、解答に到達できるように適切な質問や正しい分析へと導いてくれる。よい仮説はさらに、袋小路をいち早く指摘してくれるし、道を間違っても重要な問題点に立ち戻らせてくれるので、時間の節約になる。(47-48ページ)
これは本当にそうだと思う。よくAだからBで、BだからC……というように演繹的アプローチをとってしまいがちではあるのだけれど、最初に仮説を立て、そこからの逆算を行うことによって問題解決がスムーズに行われるというのは重要なことだと思う。僕の働いている会社でもよく現状肯定からは改善は出来ても改革は出来ないというようなことを言っていて、現状否定ということが言われているけれど、それだって同じことだ。最初に目標を設定し、そこから逆算していくことでいま何をするべきなのかが逆に見えていくのだから、その方が手っ取り早い。本書では、当初仮説の有効性のたとえとして、新聞などに載っている迷路は、スタート地点からはじめるよりゴールからスタートを目指した方が早いというようなことを挙げていたけれど……確かに、趣味でやるゲームならそんなふうにせずにスタート地点からやるべきだけれど、ビジネスでスピードや効率がもとめられるのなら、むしろ積極的に逆算すべきなのだと思う。
ここからは、印象に残った箇所を列挙。
マッキンゼー卒業生は、面接によってデータ収集の効率を高めようとしてきた経験を語ってくれ、読者のみなさんの仕事に面接をできるかぎり活用するにはどうすればよいか見極めるのを手伝ってくれた。
・面接を構造化する ・面接は聞くことに徹する ・面接では、こまやかな配慮をする(108ページ)
ナレッジ・マネジメントとは何か。まず、何がナレッジ(知識)ではないかを明らかにしておこう。データと情報は、知識ではない。データは事実であり、発生したことの観測結果であり、数字である。情報は、データを集めたものや、いくらか統合したものだ。知識は、付加価値プロセスにおいて情報と経験と状況が渾然一体となったものである。これはまず、個人の頭のなかで起こり(この段階のものは、「体系化されていない知識」と呼ぶ)、他の人とは討議や文書化を通して共有することができる(その時点で知識は「体系化」される)。ナレッジ・マネジメントは、社内の体系化されていない知識と体系化された知識の価値を、組織が最大限に活用できるように管理する組織的な手法である。これは一般に、体系化された知識がデータベース化または文書化されていることを示している。 (……) ナレッジ・マネジメントとは、既知のものを利用して企業の価値を最大化することだ(120-122ページ)
エレベーター・テスト。言いたいことを短時間で述べなければならないことがある。自分が考えた解決策(あるいは製品でも事業でも)を熟知し、エレベーターに乗っている30秒間に明確かつ正確にクライアントに説明できるようにしよう。こお「エレベーター・テスト」に合格できれば、その解決策を売り込めるだけ自分の仕事を理解しているということだ。(160ページ)
コミュニケーションは、不足より過剰のほうがいい。ローストチキンを作るときには、ぴったりの焼き加減というものがある。火力が強すぎればチキンの表面は黒こげになるし、弱すぎれば生焼けの生で病院行きだ。コミュニケーションにも同じことが言える。私たちはたいていコミュニケーション不足だったり、コミュニケーション過剰だったりするもので、ちょうどいい状態であることはめったにない。だが、チキンのローストと同じで、コミュニケーションも焼き足りないより焼きすぎのほうがずっといいのだ。(206ページ)
わずかな否定的コメントでも、部下の業績に大きな影響をあたえることができる。否定的コメントを一切あたえなければ、成長を促すことはできない(……)。だが、否定的コメントの曲線はすぐに下降し始める。人間が否定的コメントから吸収し実行できる教訓には限りがあり、それを超えれば、あとはやる気を失うばかりになる。一方、肯定的コメントの場合は、曲線はもっとなだらかに上昇する。つまり、部下の業績に影響をおよぼすには、少し多めに肯定的コメントをあたえなければならないのだ。また、肯定的コメントの影響は長つづきする。しかし、肯定的コメントの量が「飽和点」に達したあとは、こうしたコメントは浅薄で信じられないお世辞に聞こえるようになる。(226ページ)
私たちの「マッキンゼー式 問題解決テクニック」のモデルを支える三つの要素、つまり<分析><プレゼンテーション><マネジメント>に共通するエッセンスを何か一つあげるとすれば、それは「真実」だ。(270ページ)
上記に挙げたところをはじめ、参考になる箇所は本当に多かったと思う。たとえば、エレベーター・テストというのはシンプルに結論から問題について把握している核を説明することができる訓練になるだろうし、ナレッジ・マネジメントという流行語でありながらも意外とその解釈が曖昧なものについても、シンプルな定義づけを再確認することができるし。また、コミュニケーションは不足より過剰のほうがいいというのは、まさにその通りだと思うし、そしてそれが難しいのだということは実感することなので、身につまされた。 否定的コメントと肯定的コメントの部分では、これからのスタンスをやはり考えさせられたし。 これから読む方には『マッキンゼー式世界最強の仕事術』の方から読むことをオススメするけれど(個人的にもそちらの方がおもしろかった)、こちらもよかった。
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今日は21時から0時過ぎまで、近くのファミレスで上司と会っていろいろと話をしていた。 僕は子供の頃から比べると、自分が随分と大人しくなったと割合本気で思っているのだけれど、そう言うと結構いつも「おいおい」と驚かれる。いまで「大人しい」とか言っているのがどうやら矛盾しているみたいなのだ。後輩には、いまよりも喋っていたとしたら、いったいどんな子供だったんですかとか言われるし。 でもまあ確かに、男にしてはよく喋る方なのだろうなとは思う。人によってはマシンガントークとも言われるし。マシンガンって…… けれども、仕事柄、話を聞くこともよくするから、話すことも聞くこともバランスよくできればいいなとは思う。
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お知らせ
ここ数日は、天野月子のアルバムをかなりリピートして聴いています。
13日の夜、同僚と2人でレイトショーで『少林サッカー』を観てきた。かなり笑った。途中、本気で息が苦しくなるくらい笑えたところすらあって、その荒唐無稽さというか、ある意味突拍子もないストーリーにやられてしまった。すごく感動したとか、最高とかいうのではないけれど、それでも何も考えずに楽しむには本当に最適だと思う。 それにしても、あれは笑いのツボが合う合わないが結構明確だろうな…… 個人的には、ああいうくだらないのってすごく好きなのだけど。
そして、帰宅後0時くらいから3時くらいまで、先輩と電話で話していた。 いろいろな話をする。
14日は休日で、日本―チュジニア戦を部屋で見る。1人で騒ぎながら見ていたのだけれど、快挙だ。本当に。 そして今日もスポーツニッポン(スポニチ)というスポーツ新聞を買ったのだけれど、その中の「十字路」というタイトルのコラムが印象に残る。
すごい勢いで増殖中だ。サッカー評論家が、だ。深夜の酒場でスロベニアのシステムについて語ったりする。じゃあサガン鳥栖のシステムは知ってんのかよ、などとは突っ込まなかった。別のテーブルの会話に口を挟むのは礼儀知らずだ。「クローゼはやると思ったよ」なんて発言も聞こえた。うそつけ▲(……)選手が子供たちと手をつないでグラウンドに入るシーンが好きだ。負けないぐらい緊張している子供がいる。ほっぺたを指でつつかれて笑っている子供もいる▲世界最高の舞台に立つ直前に立ち会えるのは幸運だ。息遣いも心臓の鼓動もアドレナリンも握った手を通じて感じとれるはずだ。こんな経験をすればサッカーとは離れられない。彼らの心にまかれた種が成長しないはずがない。(田村)
14日の夜はまた別の人と1時間以上電話していた。 なんだか、最近はいろんな人といろんな話をしているような気がする。 おもしろくふざけた話と、まじめな話。 いろんな人がいるなと、あらためて思う。
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お知らせ
『少林サッカー』は、笑えますよ。
そう言えばよく「癒し系」って言葉使っているよな。
ああ使ってるよ。
あれって、子供の頃からあったか?
そう言えば……なかった気ぃする。
だよなぁ、いつくらいからはじまった言葉なんだろう?
うーん、最近なら井川遥だろう? その前なら飯島直子とかか? いつなんだろうな。
うーん……
あっ! 俺思い出した気ぃする……いたいた。癒し系の最初ってあれだよ、ほら……ゆっくりとした喋り方してる人、聞いているだけで何だか安心しちゃう人。
誰だっけ、それ。
笑顔なんかも思わず胸がきゅーんってなっちゃうんだよ。
お、それっぽいな。
お酒飲んでいるときに真っ赤になっているのも可愛くてさ……
わかんねえな、おい。
ほら、あの大人気ドラマにも出てるんだよ……名前、なっつったっけな?
そこまで言われてもまだわかんねえよ。誰だよ。
うーん……あっ! 思い出した思い出した!!
だ、誰だよ?
田中邦衛。
ん? どうしたんだよ黙っちゃって。な、癒し系だろ? 薬のコマーシャルにも出てたしさ。「食べる前に飲む!」ってさ。癒してるよなあ。
確かに出てたけどよ……
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12日の23:50頃に部屋に到着。 11日は6時台ののぞみ1号で大阪に向かい、仕事をして1泊して、今日も仕事をしてから20時台のひかりで帰ってきた。 帰りの新幹線には大阪で行われていたイングランド戦を見ていたらしいサポーター(イギリス人?)たちがたくさん乗り込んでいて、決勝トーナメント進出の余韻を味わうためかやたらとビールを飲んでいた。 なんだか、同じ夜の新大阪駅でも、ワールドカップ期間中はどこか異なる雰囲気の中にあって、興味深いものがある。 テレビ中継はきっとされない、そういうワールドカップ時のある場所の様子。 そういう光景を見たりすると、試合はスタジアムで起こっているけれど、そこにくる観客たちにはそれぞれの人生があり、それぞれの思い入れがあり、ドラマにはならないドラマがたくさんあるのかもしれないなあ……というようなことを思ったりした。 と言うか、僕の乗っていた車両の一番前の席に座っていたイングランドサポーター親父3人組はビール飲み過ぎです。叫んだりはしていなかったけれど、新大阪―新横浜間だけで10回ほどビール買いに行っていたし。
そうそう、昨日の夕食は同僚たちと、天王寺駅のすぐ近くにある「ごちそうビル」という飲食店がたくさん入っている建物のなかにある「串カツバイキング」の店に入った。食べ放題2500円+飲み放題1000円。たぶん元はとれていない……でも、自由に取ってきた串物をテーブルで自分たちで油で揚げるのは結構新鮮で楽しかったりはしたのだけれど。
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お知らせ
今年放映予定の最後の『北の国から02 遺言』を実はずっと楽しみにしているのですよ。ホントに。
| 2002年06月10日(月) |
『アイ・アム・サム』+Shopping Day!! |
今日は休日で夏のボーナス日で、携帯を換えに行く。 前回書いたように、504であればとりあえずいいかなという感じで。 けれども、ドコモショップではじめてP504を見てその考えが変わってしまう。 薄いし、ワンタッチで開くんだ……と結構気に入ってしまったのだ。 すべてが折りたたみになった504シリーズの中で、どう見ても一番薄いし、折り返しの軸のところについている銀色のボタンを押すと、パカッと本体が開くのだ。こういうワンタッチの折りたたみ型って、いままでありそうでなくて、それが新鮮だったのだ。 けれども、欲しい色のシルバーはもうすでに完売で、他にもヨドバシカメラや家電量販店を回ってみたのだけれど、どこも売っていなかった。 それで携帯は今日機種変更するのは諦める。
それから、今日のメインでもあった『アイ・アム・サム』を観に行く。 最近のDaysを見てもわかるように、はじまる前から、かなり期待をしていた一本。 平日の午後一発目ということを差し引いても、劇場の入りは40%くらい。 どちらかと言うと、年齢層は高め。主婦の友人同士といった風な人たちが多い。まあ、平日の午後はそういう傾向を示すものなのだろうし、親子物なのだ。やっぱり、「親」たちが観に行きたくなるのはわかるような気がする。 ストーリーは、パンフレットから抜粋すると、
7歳の知能しかもっていない父親、サム。コーヒーショップで働きながら、たった一人で娘のルーシーを育てている。楽しい仲間に囲まれて、幸福な日々を送っていたが、ルーシーが7歳を迎えると、サムは父親としての能力に欠けると判断され、ソーシャル・ワーカーによってルーシーを奪われてしまう。かけがえのないルーシーを失ったサムは、敏腕女性弁護士とともに、裁判に出ることを決意する。自分が、父親としての能力を十分持っていることを証明するために、そして、ルーシーとまた楽しく暮らすために――。
この映画のことをはじめて知ったのは、渋谷TSUTAYAの地下1階にあるCDストアで、サウンドトラック売り場のエンド(売り場の主な通路に面している目立つ部分)に展開されているのを見たときだった。ショーン・ペンと見知らぬ印象的な子役がブランコに乗っているあのいまでは有名な写真のポスターなんかがあって、「?」って思った。小さなチラシのようなものがあって、それでその映画が上記のようなストーリーの映画で、全編にわたってビートルズをフィーチャーしているのだということを知った。 CDはそのときには買わなかったのだけれど、映画は絶対に観ようとそのときには決めていて、そして映画がおもしろかったらサウンドトラックも買おうと決めていた。そんなふうに個人的に小さなかけというか、○○だったら○○するみたいな決まりを作ることは誰でもやることだと思う。僕の場合もそうというわけで、それからは引き出しの奥に隠してとっておいた特別なお菓子みたいに、ちょっとした楽しみになっていた。
最初に言うと、映画の途中で5回くらい泣いた。もちろん、涙がこぼれて声を上げてというのではなく、じわっときて、目頭が湿るというくらい。ただ、その内で2回ほどは本当に泣いてしまった。なんていうことのないシーンなのに、なんていうことのないサムとルーシーが一緒にいるだけのシーンなのに。 パンフレットを見ると、この作品を創り上げるために、製作陣は知的障害のある親たちの施設を調べ、脚本にリアリティを付与することになったということが書かれている。確かにその通りだと思うし、実際ロサンゼルスでのオール・ロケにこだわったことも相まって、現実的な物語になっているとは思う。 それでも、この映画はある種のファンタジーだと思う。最初のサムと赤ん坊のルーシーのシーンからすぐそう思ったし、観終わった後にもそう思う。 何物にも換え難い、愛情で結ばれた親と子についての、ある種のファンタジー。
物語は、過度にドラマチックに進むわけではないし、過度に感傷的なわけでもない。ただ、ときおり挿入されるサムとルーシーのシーンが、もうどうしようもないくらいに純度が高くて、一気に感情的にさせられてしまう。2人が画面にいるだけで、2人が抱き合ったり微笑みあったり、一緒に遊んでいたりするだけで、ああもうこの映画は本当に観るべきだったって、観てよかったって思った。 感傷的過ぎる書き方だけれど。
ルーシー役の子役、ドコタ・ファニングは本当にぴったりだと思う。やっぱり、パンフレットから抜粋すると、
「ダコタ・ファニングを見つけることが出来たのは、本当に幸運でした。彼女には天才的な演技力があり、あの年齢では普通ありえないほどの、本物の力と知恵を持っているのです。」
本当に、そんな感じだった。子役のすごい少女と言えば『レオン』のナタリー・ポートマンを思い出すけれど、そのときに似た衝撃を受けた。ルーシーとサムがベッドで一緒に眠っているとき(サムが絵本を読んであげたりする)、ルーシーの方が母親であるみたいに大人びている。7歳の少女なのに。 ショーン・ペンの演技については、もう書くまでもないという感じだ。すごいし、深いのだろうし、サムが実在する人物なんだっていうことを、疑うことができないくらい。 射抜かれてしまうということを、久しぶりに思い出すことができた。
個人的には、終盤が唐突だったというか、もうこれで終わりなの? と思ったのだけれど、それでも、いま思い返してみると不思議とそういうのが全然気にならない。サムとルーシーの一緒にいるシーンのひとつひとつを、刻み付けるように見ることができればそれでいいのだと思う。 よかった。 ある意味感動作品のある種のパターンのようなもの、枠の中に入っているのかもしれないけれど、感動作もお涙頂戴のストーリーも全然OKだ。 カテゴライズがどのようなものであろうと、ようは自分がどんなふうに感情を動かされたか、ということがより大事なことであるわけだし。 本当によかった。 とても。
PS:『アイ・アム・サム』のサウンドトラックを購入したことは、言わずもがななのです。
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その後はかなり久しぶりの買物三昧になった。 本当に、かなりたくさん買った。
・スーツ2着(ツープライスストアで)とネクタイ。 ・私服のボタンダウンシャツやサマーニットやTシャツやチノパン(いくつかの店で、いくつか) ・CD2枚(『アイ・アム・サム』と天野月子という人の1stアルバム『Sharon Stones』。知らない人だったのだけれど、試聴してよかったので) ・ウエストバック
今日の買物の中で、個人的な一番のヒットはウエストバック。 前からずっとウエストバックが欲しくて、密かに探していたのだ。でも、よくあるナイロンのストリート風のやつではなくて、シンプルな感じのやつを。でも「これだ」っていうのになかなか出会うことができなくて。 そして、ようやく見つけたのだ。 結局、アニエスで買った。 最初、濃いグレーの布地のシンプルなやつが売り場にあって、それをいいかもーと見ていたら、店員さんが「他の色もあるんですよ」とカーキ色のものを出してくれた。 それが、もろにツボだったのだ。 値段はウエストバック相場(?)からすると高めだったのだけれど、ずっと欲しかったようなやつだったし、頑張っているしと、自分を無理矢理納得させて自分へのごほうび的に購入。これで手ぶらで気楽にデジタルカメラを入れて散歩もできるし、自由度が高い感じだ。
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そして、PICNICAさんが書いて頼んで読ませてもらった小説『浮き雲』を読み終える。 内容は、ここでは記さないけれど、今日はおもしろい物語にふれる日だと思いながら、読書感想文を書く。 物語に周波数のようなものがあるのであれば、個人的に好きないくつかの周波数のうちのひとつを確実についてくるような、好きなトーンの短編だった。 おもしろくかつ、よかったのでした。
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お知らせ
明日は、また大阪です(いやいや、本当に何度目でしょう?)。
| 2002年06月09日(日) |
Radio:World Cup |
日本対ロシア戦はラジオで聴いていた。 今日は日帰り博多出張(うーん)だったので、朝部屋を出るときにビデオのGコード予約をとりあえずしてきたのだけれど、帰りの福岡空港20:45発の飛行機のアナウンスで、「サッカーファンのみなさまは、チャンネルを12番にお合わせ下さい。NHKのラジオ放送をお聴きになれます」というようなことを言われる。とたんに、僕も含めて周囲の数人が薄い白濁色のビニールをやぶって、あの変な聴診器みたいな形をしたイヤホンを取り出す。まさか飛行機に乗っている間に、リアルタイムで試合経過を聴くことができるとは思っていなかった。実のところ、諦めていたのだ。それで驚いて、一瞬映像じゃないことについて考えてしまったのだけれど、それよりもリアルタイムで知ることができる方がいいなと思った。 それで、ずっとラジオで試合を聴いていた。 ラジオのサッカー中継は、サッカー特有の素早い試合展開になったときに、実況がワンテンポ遅れてしまうのが特徴と言えば特徴で、それがもどかしかった。けれどもその一方で、そういうある種の「間」に期待を持たせるようなところがあって、間の後の歓声や絶叫に、思わずハラハラさせられてしまう。特に、ロシアの攻撃の実況の後、一瞬の間があくときにはそれはかなりのものだったわけだし。 あと、音だけのせいか会場の観客の歓声が随分と響いて感じられた。日本のチャンス時の応援、ピンチ時の悲鳴、そういうのが空気を揺らしているのだろうなということが、想像しなければならない分生々しく感じられた。 途中、何度か音が小さくなったりして、イヤホンを耳に強く押し当ててみたり、袖のところについているボリュームの+ボタンをとんとんと何度か押したりもした。 稲本の得点シーンでは、「おお!」と思った後、思わず周囲の席の人たちを見回してしまった。何人かは、やっぱり喜んでいる感じで、同じ時間を共有しているのだなと思ってみたり。 飛行機が着陸し、扉が開いたとき、ちょうどあと3分ほどのところで、一瞬迷ってから、飛行機から降りることにした。ロスタイムもあるだろうし、もしかしたら空港の画面で試合の最後を見ることができるかもしれないと思ったのだ。もちろん、飛行機を全員が降り終るまで待っていたら3分くらいは経ってしまって、最後の経過まで座席で聴くことはできたとは思うけれど、もしできることなら映像で最後のホイッスルの瞬間を見たいなと思ったのだ。それで、急いで出口へ向かい、やたらと人だかりができているところに向かった。絶対にそこにテレビがあるのだろうって、テレビ自体は人ごみに隠されてしまって見ることができなかったけれど、それでも、そう思ったし。普段じゃありえないくらいの人だかりだったのだ。 そこに着いて、20秒くらいだった。 ものすごい人で、テレビの画面が見えなくて、ただみんなが堰切る前の緊張感のようなものに包まれていて、僕は後ろの方から人波の合間からなんとか画面が見えないかなと左右に動いていた。 その刹那に、叫び声。 そのとき、そのテレビの前に何人くらいいたのかはわからないけれど、歓喜の声と、叫びと、拍手、そういう雑多なものが同時にその場にはじける。 空港内を歩いている人も思わず何が起こったのかを知ってしまうような瞬間。 日本が勝ったのだ。 気がつくと、僕も声こそ出さなくても思わず一緒になって手を叩いてしまっていた。 テレビの画面で、歴史的な勝利の瞬間は見ることができなかったけれど、周囲でものすごく喜びを爆発させている人たちを見ていると、それでもいいかなと思えた。 ただ、僕はすぐにその場を離れた。 僕は、普通に帰るのならば、羽田空港から京急で京急蒲田経由で横浜まで行ってから、JRに乗り換える。最寄の駅に着く前には、新横浜と小机駅を通ることになる。いまの、この瞬間の、まさに時間がどんぴしゃの、新横浜と小机駅だ。 そんなのは、蟻の巣の上に蜂蜜を落とすようなものだし、腹をすかせたライオンの群れの中にインパラを放すようなものだ。つまりまあ、とんでもないことになってしまう。 ということで、急いでリムジンバスの切符売り場に向かう。たまプラーザ行きのバスに乗りたかったのだ。最寄の駅には、東急線でも向かうことができるので、たまプラーザから東急で帰ることにしたのだ。 もちろん、今日のこの瞬間に新横浜を通り過ぎていくことにちょっと興味がないでもなかったけれど、実際のところ今朝から寒気がしているので、そんな弱っている状態では難しいだろうなと思ったし。 ということで、今日はたまプラーザ行きのリムジンバスの中でDaysを書いている。ちょうど、いまは横浜駅の横のバイパスを通り過ぎていこうとしているところ。CiALのネオンが左手に見えている。 でも本当によかったと思う。スタジアムにいた人も、テレビで見ていた人も、空港のテレビで見ていた人たちも、みんながずっと思い出に残る時間に、瞬間になったのだろうなと思う。
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ここからは部屋から。 自分の部屋に帰ってきたのは23:45くらい(ちなみに、朝は4:30起きで5:24発の電車で出発)。 たまプラーザのホームで待っていた東急線の車両には、必ず1人は青いユニフォームの人がいておかしかった。 最寄り駅で降りてから、駅の外の柵のところからJR線のホームのを見ていた。ちょうど2分遅れで電車が入ってくるというアナウンスが聞こえたのだ。それで興味があって待っていた。 おもしろかった。 だって、青い車両だったのだ。 車両のほとんど8割くらいの人たちが青いユニフォーム姿。 はたからその電車を見たら、まるで貸切のような感じだった。 タクシー乗り場にいた人たちも、その電車を見て「すごいね」って笑っていた。 23時台後半の電車でもそうなのだから、前半だともっとすごいことになっていたのだろうなと思いつつ。
それにしても、本当にすごい。 明日はスポーツ新聞を買おう。
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お知らせ
日帰り九州ははじめてでした。ふう。
今日は仕事後に久しぶりに牛角へ行く。 前々から一度飲もうと話をしていた人(男)とはじめて2人で飲んだのだけれど、お互いかなりいろいろなことを語ってしまった。 久しぶりに直球トークをかなりしたような感じ。 なんだか学生の頃のようだと思ってみたり。 そんなふうに、いろいろと深く(もちろんそういうのは主観的なものだけれど)話すことができるのはどこかで背筋を伸ばさなくてはならないことである反面、とても嬉しいことだと思う。 そんなふうにつっこんでいろいろ話せば話すほど、自分の単純さのようなものに自分で納得できてしまうような気がするのだけれど、そういうときも必要なのだろうと思う。 少なくとも、そうやって話すことは気持ちのいいことではあるし。 ほとんど知らなかった人と話すようになるのって、基本的には楽しいのかもしれないとも思った。
ただ、スケジュールの変更により明日は日帰りで福岡出張になっていて、4時半には起きなければならないし(現在は6月9日の0:50)、7時台の飛行機に乗らなくてはならない。 帰りは20時台の飛行機に乗って帰ってくるので、日本―ロシア戦はちょうど空の上だ。 残念。 勝利を願いつつ。
ということで、とりあえずついさっき帰ってきたばかりなのだけれど、栄養ドリンクを一本飲んだ。 9日も頑張ろう。
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お知らせ
もし日本がロシアに勝ったら、どうなることでしょう?
| 2002年06月06日(木) |
Word Labo� 棔悵Δ靴離蹇璽坤泪蝓次戞棔�ONとOFF』 |
司会の女性アナウンサー:こんばんは。 言葉って不思議ですよね。時代とともに移り変わる言葉、あるいはずっと変わらない言葉。 様々なシチェーションで、まさに言葉は生きていると思います。 そんな言葉の様々な側面にスポットを当てる「Word Laboratory」通称「Word Labo」。今日からいよいよスタートです。
この番組を盛り上げてくれるのは、若者の現代風俗に詳しい安藤教授です。
(安藤教授登場。初老の痩せた白髪の男性。専門は現代風俗で、渋谷や新宿に現れては様々な事象を観察している。とりわけ、現代語の変遷についての造詣が深い)
安藤教授:はじめまして。「ワード・ラボ」担当の安藤です。今日はみなさんと一緒に言葉の奥深い世界に入っていきましょう。
女性アナウンサー:それでは、記念すべき第一回目は、「(笑)」についてです。 たとえば雑誌やテレビ、あるいはメールの世界などで、現在ではごく当たり前にこの「(笑)」が用いられています。 けれど、この言葉って結構新しいんですよね。まさにここ数年の間に急速に定着した言葉であるということができるのではないかなと思います。 そこで、今日はこの言葉について検証していきます。
さて教授、この言葉っていったいどのようにして生まれてきたのでしょうか。
安藤教授:まあ、インターネットの発達は切り離せないじゃろうな。文字だけのコミュニケーションの中で、いかに自分の感情を相手に伝えるのか。その文字だけではもどかしい部分を、うまく補完しているということができると言えるわけです。同様の意味を持つものに顔文字なんかがありますが、これも同じですな。 リアルなコミュニケーションでは、表情や身振り手振りがあるので口に出された言葉と意味合いが乖離していても大丈夫な例が多数あります。たとえば、微笑みながら「バカ」と言うので実際には全然逆のことを思っていることがわかるというように。ただし、文字で「バカ」とやってしまうと言葉本来の意味がそのままストレートに相手に届いてしまう。そこで、「バカ(笑)」とつけることによって、意味の強さを和らげておるんですな。
女性アナウンサー:なるほど。確かに、文字だけだと誤解されてしまうおそれがありますよね。
安藤教授:電話が声だけしかないため、より丁寧な応対をしなければならないのと同じことなんですな。常に言葉の受け手がいるということを忘れなければいくらでも対応の方法はあるというわけなんじゃ。
女性アナウンサー:それでは、まず、最初は「(笑)」をつけることによって、言葉がかなり柔らかく感じられることを確認してしましょう。
(2人の背後にある大型ディスプレイの画面変わる。映像が流れる)
脅迫状 お前の息子は預かった(笑)。返して欲しくば、明日の午後3時までに5000万円用意しろ(爆笑)。 さもないと、息子さんがどうなっても責任はもてないぞ(笑)。
女性アナウンサー:あら、本当! やわらかく感じられますね。
安藤教授:そうなんじゃ。不思議と、やわらかく感じられてしまう。もう一つ見てみましょう。
伊藤さんへ 突然のお手紙で失礼します。 実はずっと前から、僕は伊藤さんのことが好きだったのです(笑)。 まるで真夏の太陽のような君が(笑)、僕にはとても魅力的だったんです(爆笑)。 もしよろしければ、僕とぜひ付き合ってください(大爆笑)。
女性アナウンサー:やわらかいと言うか……こんなラブレターもらったら、絶対に断りますね私は。
安藤教授:そうじゃな。でもまあ、(笑)をつけることによって、意味合いが変化してしまうということはわかっていただけたと思う。 そして、私の研究では、やっぱりポイントとなるのは「()」だと思うのじゃ。たとえば、「()」がついていないとどうなるのかというのを見てみると……
(安藤教授画面の図を変える)
<例>
佐藤:それであの人に出会っちゃったんですよ(笑)。
↓
佐藤:それであの人に出会っちゃったんですよ笑。
安藤教授:このように、やはり「()」がないと、まるで誤植みたいに感じられてしまうんですな。この「()」が言葉ではない行動を示しているということをわかりやすく表現しており、効果を非常に高めておるわけです。
女性アナウンサー:確かにそうですね。「()」がないと不思議な印象になりますね。
安藤教授:そしていよいよ今日の本題だが……
女性アナウンサー:(えっ、いままで本題じゃなかったの……?)
安藤教授:私の渋谷新宿池袋を舞台にした「わくわくウォッチング調査」の結果、あるブームがはじまりそうだということを発見したのじゃ。
女性アナウンサー:「わくわくウォッチング調査」ですか……名前、なんとかならなかったんですか?
安藤教授:……わかったことというのはじゃな、いま若者たちの間で「()」を不条理に使うコミュニケーションが流行りつつあるということじゃ。
女性アナウンサー:「()」を不条理……?
安藤教授:そうじゃ。つまり、いままで日常的に「(笑)」を使ったり見てきたために、言葉の末尾に「()」をつけることに抵抗の少ない世代が育ちつつあるというわけなのですな。その世代は「()」の持つ意味合いの変化機能や、ポイントを際立たせる機能を逆手に取り、本来関係ない単語を「()」で挟んでやることにより、より高次元のコミュニケーションを図ろうとしているのじゃ。
女性アナウンサー:はぁ……
安藤教授:とまあ、解説はそのあたりにして、実際にそういう文章を見てみるとしましょう。これは、ある女子高生が友人に送ったメールなのだが。
(画面変わる)
美樹いま何してんのー。私はまたまた渋谷ダヨ(タヌキ)。この間仲良くなったF高のタクミ君たちと一緒なのー。いいでしょ(ペレストロイカ)。 タクミ君いま彼女いないっていうから、猛アプローチをかけるんだ(毒キノコ)。
女性アナウンサー:なんだか、不思議な感じですね。
安藤教授:わしもこの使用法を発見したときには驚いたものじゃ。しかし、若者のコミュニケーションはこのレベルにまで発達しておる。それもやはり若者のほうが変化に対する障壁のようなものが低いからなのじゃろうな。そして、この傾向は急速に世代を超え広がりつつあって、先日見た雑誌のある対談でも、すでにこの手法で対談をしている者たちもいたのじゃ。次にその対談を抜粋したものを見てみましょう。
<例>ある雑誌の対談記事
鈴木:こんにちは。
佐藤:こんにちは。
鈴木:佐藤さんと対談をさせていただくのは昨年の夏以来ですね。
佐藤:そうですねえ。あの対談はなかなか収穫がありましたよ。
鈴木:さて、今回の対談は「アンパンマンと食パンマンとカレーパンマンの誰が一番強いか?」についてですが。どう思われます?
佐藤:ものすごくどうでもいいテーマですね(豆腐)。
鈴木:ええ、ホントに(ドリアン)。
佐藤:でもまあ、テーマがあるのならそれに即して考えますけどね。まあ、私が思うのはやっぱりアンパンマンだろうっていうことですよね。やっぱ主人公だし。
鈴木:でも、主人公っていうだけで一番強いっていうのもちょっと説得力に欠けますよね。
佐藤:そりゃそうだ(狂い咲き)。
鈴木:ねえ?(乱れ咲き)
佐藤:でもまあ、いずれにしても食パンマンは劣勢ですよね。
鈴木:ほお、どうしてです?
佐藤:だって中身がないもの。
鈴木:一理ありますね。
佐藤:あとは持久戦になってくると思うよ、ボクは。そう考えたときにやっぱりカレーパンマンが弱い。夏時期にはねえ。
鈴木:いたんじゃうってことですね(防波堤)。
佐藤:そうそう(鉄火巻)。
女性アナウンサー:なんだかわけがわからないですね……でも、「()」云々の前にテーマ自体も大の大人が対談するようなものじゃないと思うのですが……
安藤教授:……いずれにしても、こういう変化には柔軟に対応する必要がありますな。インターネットが発達した現在、言葉の表現方法は大きな岐路に立たされているということができるのではと思います。変化を恐れることなく、しかしこれまでの伝統の上に成り立っているものも尊重しながら、より時代にマッチした、よりよい言葉を使っていきたいものですな。
女性アナウンサー:教授、ありがとうございました。それでは、来週の「Word Labo」。おたのしみにー。
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ここ数日の話。 5日は20時半過ぎに仕事が終わり、天神を歩いていた。 そして、たまたま映画館の前を通りかかったときに、そこで『愛しのローズマリー』を上映していることを知る。最後のレイトショーが21:10からで、そのときが21:00。 これはもう観るしかないと思って、そのままレイトショーを観てからビジネスホテルに帰ってきた。 そこに映画館があることは知らなくて、タイミングがすごくよかった。ラッキーだったと思う。 映画館は座席数がたぶん50くらいしかないような小さなところだったけれど。
パンフレットでは、ストーリはこのように紹介されている。
主人公のハルは、父親の遺言がトラウマになり、(……)外見だけで女性の価値を判断している男だ。 しかし、自己精神治療法の大家と偶然出会い、催眠術をかけられたことによって、ハルの美に対する視界と価値観が一変する。それまでハルにとっては、さえない容姿と思われていた女性も、ハルだけにはスーパーモデルばりの美女に見えてしまうようになったのだ。 そんな時、ハルは、知的でユーモアもありスリムな美女ローズマリーと出会う……そう見えるのはハルだけで、実際のローズマリーは、136キロの体重にコンプレックスを持つ女性だ。ハルはローズマリーの美貌と心の虜になり、ローズマリーも外見を気にしないハルに心を寄せていく。 ところが、ハルにかかっていた催眠術が解けた時、彼はショックを覚え、自分にとっての正しい選択を迫られることになる。
この映画は『メリーに首ったけ』のファレリー兄弟の作品で、それが好きだったので観たのだけれど、やっぱりおもしろかった。 笑わせて泣かせるとか、笑わせて考えさせるとか、感情をそうやって動かすような映画に惹かれることが多いのだけれど、今回もそう。 114分はあっという間だった。
(※ネタバレをさけるためにこれ以上はなし)
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6日は当初予定より少し早く仕事が終わることがわかったので、スケジュールを変更し、福岡空港発21:30の最終の飛行機で帰ることにする。 電車を乗り継いで、横浜で最終の赤羽行きに乗り、東神奈川で最終の橋本行きに乗る。ぎりぎり間に合うタイミング。 そしてひさしぶりに自分の部屋に着く。 羽田空港に着いたのは23時くらいだったのだけれど、そういう時間の空港には人の姿もまばらで、閑散とした館内を同じ航空機を降りた人ばかりが長い列をつくっている。 そういうときって、ついつい振り返って周囲を見てしまう。 本当ならたくさんの人がいる場所なのに、普段とは雰囲気が違っていて、素の表情を見ているような気になってしまうのだ。 同じ場所でも時間によって状況によってその姿を変える。 たぶん人間だってそうだ。 そういうことを考えたりする。 キャリーバックを引きながら。
電車の方は、新幹線の終電がとっくに終わっている時間だったことと平日だったせいか、予想していたような混み具合ではなくて、ほんの少しほっとする。そして、飛行機と電車の中で、読みかけだった『ONとOFF』という本を読み終わった。
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『ONとOFF』読了。出井伸之。新潮社。 これは現在ソニーの会長兼CEOである出井伸之が社内のホームページ向けに書いていたエッセイをまとめた本で、元々ソニーの商品は結構好きなので(パソコンもデジカメもソニーだし)どんな感じなのだろうと思い書店で見つけて手に取っていたのだ。 読み終わっての感想は、多忙であるにもかかわらず仕事に遊びにと、本当にエネルギッシュな人だなというもの。世界中を様々な会議などのために飛び回っていることと平行して、ゴルフにも精を出すなど。まさに常人離れした行動力というように思えた。 そして、印象的だったのは、常に危機意識を持っているということ。会社が官僚的になっているのではないか、新しい発想の芽を摘み取っていないか、過去の成功体験にしがみついていないか……そういった危機感を誰よりももち、組織が目指すべき場所に向かっていくことができるように様々な形で提示し続ける。そういうビジョンを示しながら組織をまとめていくということは、簡単なことではないのだなということを感じたし、こういった文章を社員向けに発信するというのは(しかもそれを継続しているというのは)魅力的だなと思う。 文章自体は、カチッとしたワイシャツではなくカジュアルシャツのような雰囲気で綴られているのだけれど、だからこそ逆に肩の力を抜いたところに問題意識が織り込まれていて、それは読んでいる人にも届いているのだろうなと思う。声高に主張を押し通すことだけがビジョンを示すことではないのだなと、常にオフィシャルでもラフな状況ででも、密度を変えて伝え続けることが大切なのだろうなということを感じさせられもした。 印象に残ったところを。
今回見学したのは、スターレットとコンプレッサーの工場ですが、一定の同期で連動したシステムで、次の工程には不良を持ち越さないということが徹底されています。一つの工程の中で、製造に必要な作業とそのチェック作業が完結しているわけです。 「不良率はどのくらいですか?」と聞くと、「当社には『不良率』という言葉はありません」との返答。 (……) ところで、次の工程に不良・欠陥を持ち越さないという「チェック機能」は、生産ラインに限ったことではありません。どんな仕事にも当てはまることだと思います。次に誰かがやってくれる、直してくれると思わずに、各人が仕事のあらゆる段階で、確実に正確に仕事をこなすプロ意識を持つべきです。(21-22ページ)
また、(……)議論していても、今の延長線上で考える人ばかり。延長線上には決して解はないのに、そこから離れられない人が多く、最近やや悲観的になっています。 「オリジナル」を生み出す力を、ぜひもっていただきたい。(45ページ)
小澤さんは今、自分を越える日本人指揮者を育てようと、大変熱心に活動しているのですが、彼と話しているうちに、指揮者と経営者とは共通点があるなと感じました。 孤独である。 常に勉強し続けなければいけない。 基礎に忠実な部分と、革新を意識する部分とが両立しなければいけない。 人材育成への情熱。 などなど。(74-75ページ)
アメリカの物流が止まったことで、多くの国々で意外なものの品不足が引き起こされたりする。世界は本当にinterdependent(相互依存)な状態になっていて、一地域で起きるこうした事件が、世界の隅々まで窺い知れない影響を及ぼす。(101ページ)
ある時、頻繁に変わる仕事内容に私がグチをこぼした際、「サラリーマンたるもの、新しい部署に異動した最初の日でも、10年前からそこにいたような顔をして仕事をしろ。弱気な発言をすれば、下の者が迷惑する」と叱られて、目のさめるような思いをしたことがありました。(168ページ)
私が仕事でもよく説明に使っている「改革のための八つのステップ」というものがあります。 これは、 �ヾ躓^媼韻粒領� ��強力なガイドチームの形成 ��ビジョンの創造 �ぅ咼献腑鵑療礎� �ゥ咼献腑鵑妨�かって行動するように全社員を奨励 �γ惨�的成果の計画と実行 �Ч垢覆覯�革の推進 �┸靴靴ぅ▲廛蹇璽舛寮�度化(183-184ページ)
ところで、NHKでピーター・ドラッカーの番組をやっていました。 常に、「予測」を期待される彼ですが、「予測はしていない。人が気づかないわずかな変化を予兆として捉えているだけ。それについて思索するのが私の仕事です」という言葉は、非常に印象的でした。(190ページ)
そして、最後にある「あとがきにかえて」のなかにある文章も考えさせられるようなものだった。日本では、趣味のない人がまだまだ多いのではという意見なのだけれど、世界でも最も多忙な人の1人であるこの人が書かれていると、普段忙しいからそういう趣味を持つことができないとかいうのはちょっと違うのだろうな……と思わせられた。「そして、未知のものに素直に感動する気持ち、「センス・オブ・ワンダー」が決定的な意味を持ってくる。」ということにはなるほどと共感させられもしたし。 読みやすい本なので、興味のある方は。
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お知らせ
前も書きましたが、「アイアムサム」は絶対に見たいのです。 父娘の2人が、チラシで見ているだけでもぴったりはまっているし、先日ビジネスホテルの部屋で後輩と打ち合わせをしているときにかかっていた深夜番組でも紹介されていたのですが、その映像を見てノックアウトされました。
日本VSベルギーの試合中はずっと仕事をしていた。もちろんすごく見たかったのだけれど、それは仕方がないことで。 ただ、20:00過ぎに仕事が終わってすぐにiモードで結果を確認して、2-2に驚く。 後輩と一緒に、「どんな試合だったんだー」と言い合いながら。
ダイジェスト番組が夜にあるということは確認していたので、まずは夜ご飯を食べに行く。 天神にある親不孝通りというところにある地鶏の店へ。 地鶏の塩焼きがすごくおいしくて、追加で同じものを頼んでしまった。
ただ、誤算だったのが最初中ジョッキを一杯飲んだのだけれど、次に頼んだライチソーダにもアルコールが入っていたということ。 メニューではウーロン茶の上に書かれていたのでソフトドリンクなのだろうと勝手に思い込んでいて、テーブルに運ばれた後も疑問を抱かないで飲んでいた。 そして、ぼんやりしてしまう。 アルコールが入っているということを認識したときには、もう5分の4ほど飲んだ後だった。すぐに気づきそうなものなのに。
それでトロンとしたままホテルに戻り、後輩の部屋でダイジェスト観戦。 TBSの番組で、かなり長い時間のダイジェストで充分楽しめる。 個人的には鈴木のゴールが泥臭くて気持ちが入っている気がして、すごく惹かれてしまった。 後輩の部屋で、飲み物を飲みながら、いちいちお互いに「おお!」とか言いながら見ていた。 隣の部屋に宿泊していた人はうるさかったかもしれないけれど。
ずっと後になっても、博多で日本VSベルギーを見たのだっていうことを覚えているのかなということをさっきちょっとだけ思った。 ダイジェストで見てもゴールシーンにはすごく感動させられたので、スタジアムにいた人は、鳥肌が立ったんじゃないかと思う。
とにもかくにもワールドカップ。 決勝トーナメントにいってほしいなと、かなりかなり思う。
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お知らせ
夜の街には、青いユニフォームを着た人が結構繰り出していたのです。
| 2002年06月02日(日) |
Night/Little Station/Dawn/Morning+『ウォルマートの真実』 |
今日のDaysは新大阪発21:28、博多着23:57ののぞみ27号のなかから。
まずは恒例の、昨夜ビジネスホテルで夜中書いてアップしようとしてそのまま眠ってしまった分から。
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6月1日 土曜日
朝5時台に最寄の駅を出発し、6時30分のひかりで大阪へ出発。 まだ早朝の新横浜のホームで、キャリーバックをがらがらと引きながら、ここ数ヶ月の間に何度このホームに上ってきただろうと思う。 今年のシーズンの最初の頃はまだ随分と寒くて、吐く息も白かった。 でも今では、ホームには半袖の人さえいる。 夏がもうすぐ来るみたいだ。 いつの間にか、一つの季節(「春」)を通り過ぎてしまっていて、なんだか不思議な気持ちになる。 でもとりあえず売店で買ったスポーツ新聞(「フランス敗退とか」)と日本経済新聞(「ムーディーズの格付けとか」)を読みながら、後輩がやってくるのを待つ。 新幹線のホームでの待ち合わせって、何だか少しだけ風変わりなことのような気がする。 まあ、それはそれで別にいいかなとも思うのだけれど。
昨夜眠りについたのが午前2時過ぎであんまり眠っていなかったので、新幹線の中で珍しく眠る。睡眠は大切だなんてことは中学2年生でもわかる。 中学2年生でもわかるくらいのことを、いまだにちゃんとできていないのかと学習能力のなさにちょっとだけおどろく。 そう言えば、はじめて徹夜というものをしたのも、ちょうどそれくらいだった。 あれから何度徹夜をしたことだろう。 何度も何度も夜通し起きていた。 朝になる部屋の薄青い空気のなかで、ぼんやりとしているのが好きだった。 そういうことを思い出したりもした。 もう10年くらい前の話。 自分がそんなことを書くことができるような年齢になってしまったことに、たまにちょっとだけ驚いてしまう。
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数年前、まだ大学生だった頃、僕はよく夜更かしをしていた。 1人暮らしをしていたことと深夜1時までカラオケボックスでアルバイトをしていたことと、それからまだ学生だったこととで、定期的に生活の周期が逆転する時期があったのだ。 そういうときには、夜の底、あるいは朝のはじまりの時間によく1人で散歩をした。 一度、闇雲にどんどん町外れまで歩いていって、結局途方もないくらい遠くまで歩いてしまって、始発のバスで最寄り駅まで帰ってきたこともある。 またあるときには、この道路をまっすぐ歩いていったらどこまで行けるのだろうとかわけの分からないことを考えて、2時間くらい歩いていたこともある(これはよくみんな思うことだろうけれど、実際にする人はたぶん多くない……)。 1人でそんなふうに朝の曇天の下を歩いているときには、どうしてか人生は自分の力でしっかりと歩いていかなければならないものだと大げさに意識してみたり、訪れたこともない空想の海辺の町なんかの雰囲気を重ね合わせてみたりすることができた(そのときは、実際には山間の方へ向かって歩いていたというのに)。夜更かしは人を感傷的にするし、まあ元々がそういう性質でもあるのだ。
そして、ある夜更かしの末の散歩の朝に、小さな私鉄の駅までたどり着いたことがある。そこは無人駅で、まだ始発すら通っていなくて、誰の姿もなかった。 ただ、ホームにのぼるための数段のコンクリートの階段があって、その手前の右側には電話ボックスと自動販売機が性格の違う兄弟みたいに並んで立っていた。線路の先には畑が続いているような、そんな町外れの光景。 自動販売機で飲み物を買って(何を買ったのかはもう覚えていない)、ホームへ上がるための階段に座り込んでそれを飲んだ。 ときおり、目の前の道路をヘッドライトをつけた自動車が通り過ぎていった。 こういう名前の駅があることは、最寄駅にかかっていた路線図で知っていた。 その場所に早朝の早い時間に自分がいることがまだよくわからなかった。 変な感じだ、そう思った。 ただずっと歩いていただけで、実際にこんなところまで来ることができてしまう。 ときおり、近くの家の人なのかおばあさんやおじいさんや、おばさんなんかが歩道を歩いていくのが見えた。 徹夜明けにはときどき、この世界には眠気なんてものは存在しないというように思えたりする時間があるけれど、そのときもそんな瞬間のひとつだった。感覚が鋭敏になっているような気がして、なんだか世界ってすごいなあと夜から朝になるすべての微細な変化が、ものすごくかけがえのない、神秘的なことのように思えてしまうような時間。昔フランス映画に『Tous les matins du monde』という作品があったけれど、直訳すると「世界中のすべての朝」になるそれが『めぐり逢う朝』という邦題になっていたこともわかるような気がするような、そんな朝。そういう時間帯が英語ならdawnっていう単語になることも、イメージに近いと思う。
そしてゆっくりと、明るい朝が訪れようとしていたのだった。
一瞬、目の前にある公衆電話から当時の恋人に電話をかけようかなとか思った。いま自分がどういうところにいて、どういうふうに思っているのかを誰かに伝えたいような気がしたのだ。 当時付き合っていた人はかなり現実的な人だったけれど、そういう感覚は理解してくれる人だったし。 でも結局は電話をかけることはしなかった。 いくらなんでもまだ朝の5時くらいだったわけだし。そんなことで起こされるのってちょっと乱暴なことだし。 僕は個人的に散歩は1人で行きたがる人だけれど、たぶん散歩っていうのが実は随分と自己満足的な行為であるとどこかでは思っているからなんだと思う。 だからあくまでも個人のなかでだけ完結したものにしようと考えているのだ。 そういう個人的な行為につき合わされるのって、ちょっと困ってしまうし。 感傷的になることは悪いことじゃないとは常々思っているけれど、それに周囲の人を巻き込んでしまうことは結構な割合で自己満足だからしたくないのだ。 自分が感傷的になって、それでどこかでバランスをとって、また現実的な世界で頑張ることができるのならそれはそれでオーケーという気がするし。 まあ、Daysにいろいろ書いてアップしているというのはじゃあどうなるんだと言うとちょっと困ってしまうのだけれど。 特殊なケース。 読んでいる人がいるというのは、随分と不思議な感じがすることだ。
いまでは、さすがにそこまで突拍子もない散歩はしなくなったけれど(たぶん少しは成長しているのだ)、それでも、ときどきはそういった夜や朝のことを思い出す。 ああいう時間があってよかったと、いまになってときどき思う。 わりと本気で。
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6月2日 日曜日
いま、新幹線は夜の広島駅を過ぎたところ。降りていったサラリーマン3人組の顔の色は紅くて、たぶんビールを飲んでいたのだと思う。 上記のように土曜日から大阪にいて、今日も大阪で20時過ぎまで仕事をしていて、それから新大阪駅に向かい新幹線に乗り込んだ。 博多4泊5日。 1日休日を挟んで大阪出張の予定が入っているので、九州か大阪で休日を過そうかなとも思っているのだけれど、いまのところはまだ未定。いずれにしても、お約束のロードだ。 行ったことのない小倉とかに行ってみるのもいいかもしれないとかいろいろ思う。 キャナルシティ(個人的に結構好きなショッピング・センター)にある映画館で観たい映画(『愛しのローズマリー』と『少林サッカー』)を観てもいいかもしれない(来週なら『アイアムサム』を観るのに)。
そして、今日の最後は新幹線の中で(ようやく)読了した本について。
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『ウォルマートの真実 最強のIT最大の顧客満足』読了。西山和宏。ダイヤモンド社。 3月14日のウォルマートによる西友の株式取得の発表以来、様々な雑誌でウォルマートに代表されるグローバル・リテイラーについての特集記事が組まれている(たとえば先週発売していたNewsweekもそう。いつもは買わないのについつい購入してしまった)。本書も、基本的にはそういった流れに乗って出版されたタイムリーな本。ビジネス系の書籍って、本当にちょっと話題になるとすぐにハードカバーや新書が発売されたりするので、そのスピードにはときどき驚いてしまう。もちろん、執筆期間の短さと内容とは反比例するのかもしれないけれど、スピードに対する優先順位は高いのかもしれない。 本書は大きく2部構成になっていて、第1部では「ウォルマートの衝撃」と題し、ウォルマートの成功の舞台裏やそこにいたる沿革、それからトピックスを網羅している。続く第2部は「ウォルマートのライバルたち」と銘打ってフランスのカルフールやオランダのロイヤル・アホールド、そしてイギリスのテスコなどを紹介している。 内容的には、事実やデータの掲載や解説が多く、このスピードでこういう書籍が出たというのは概略に触れることができるという意味でタイムリーだったと思う。 逆に、これだけのことを調べられていた著者の情報のストックが豊富だったということなのかもしれない。 ウォルマートって最近よく名前を聞くけれど一体どこがすごいのだろうと思う人は、この一冊を読めばウォルマートを中心とするグローバル・リテイラーのことが大体分かるような気がするので、便利な本なのじゃないかと思う。 ただし、前述のように基本的にはこのようなことがやられているという事実や特徴の説明が大半なので、ある種の主張や論の展開などをもとめている人には向かないかもしれない。 個人的には面白かったけれど。
本書に紹介されている内容のなかで、面白いと思ったところをいくつか。
ウォルマートの従業員には、守るべきルールがある。 「今日できることを、なぜ、明日に延ばすのか?」という創立者サム・ウォルトンの口癖から生まれた「サンダウン・ルール」である。 これは、その日のことは太陽が沈む前に片づけなさいという意味である。ウォルマートの従業員は顧客が忙しい世界に生活していることを知っている。「サンダウン・ルール」は「(顧客か従業員かを問わず)個人に敬意を払う」「顧客にサービスする」「優れたことを成し遂げる」というウォルトンの三つの基本的な信念の基盤でもある。(16ページ)
従業員(ウォルマート流の呼び方で言うとアソシエイツ)たちがこのようなことを日常的に守っているのであれば、その会社のコーポレート・カルチャーのレベルは正直な話とても高いと思う。 また、個人に敬意を払うということに関連して、店舗の入り口にいる来店した顧客にショッピング・カートを渡しながら挨拶する人(グリータ)や、積極的に顧客サービスを行うことを示す「10フィート応対(10フィート以内にいる顧客に声をかけられるよりも先に声をかけること)」も紹介されている。
また、ウォルマートの強さの秘密としてよく引き合いに出されるのがペンタゴンの次に進んでいると言われているIT技術だ。本書では、その技術によって、何千店舗もの店舗で個店別品揃えが実施されているとも書かれている。
当然のことながら、これらの店舗の立地、競合状態、客層などは同じではない。すべての店舗で売上げと利益の最大化を目指すとき、これも当然のことながら、店舗ごとに適切な商品構成が必要となる。 (……) 売り場面積、商圏人口構成、家族構成、世帯所得など基本的なものに加えて、山岳地帯または海岸地帯などの地理的条件、学校や病院の有無、競合店の店名、また、生鮮食品、デリカテッセン、ファマシーなどの部門構成などに関するデータベースを持っている。 商品ごとの特性もデータウェアハウスに入っており、店舗と商品の特性を表わすファクターを数千項目設定しているといわれている。 数千項目のファクターをコンピュータに分析させて発注数量を計算する。このとき、過去二年間のヒストリック・データを参照する。販売が見込めない店舗には納品しない。過去に販売実績がない新商品では、類似商品のデータを援用する。 (……) 部門マネジャーは、RFターミナルと呼ばれるワイアレスのハンド・ヘルドコンピュータの画面にバックルームコンピュータから担当カテゴリー商品の提案された発注数量を表示させ、必要と考えられる修正を加え、発注数量を最終的に決定する。 (……) 部門マネジャーが発注を行なうと、商品補充システムは、商品ごとに販売トレンドとサプライヤーからのリードタイムを考慮して、次回、その商品の店舗在庫チェックと発注を検討すべき時点(日付)を設定する。 発注商品が配送センターから出荷されると、その商品の発注に輸送中のマークがつけられ、店舗に到着すると、納品済みのマークがつけられ、発注プロセスは完了する。このプロセスで発生した保存する価値があるデータは、データウェアハウスに保存される。(99-101ページ)
僕自身、ここに書かれていることを正確に認識しているわけではないのだろうけれど、それでも想像するようなものと同じであるのなら、これは本当にかなり便利な仕組みだと思う。と言うか、ここまでの仕組みを構築しているような企業に勝つことなんて、なかなか難しいことだ。実際のところ。 こういうのを読むと、本当に早く現場(店舗)に戻りたいなと思う。何ができるのかはわからないし、たいしたことはできないかもしれないけれど、それでも、もっとよい店舗を作るためにはどうしたらいいのかとは考えていきたいと思う。 そして、ちょっとおもしろかった部分を引用。
「顧客の期待を超えたサービスを行うこと」とは、この皿は丈夫かと質問されたら床に投げて壊れないことを証明して見せ、雪掻き用スコップの柄が折れたときには返金することである。(17ページ)
ここまでやるのか、とか思うし。すごい。
そして第2部では、様々なグローバル・リテイラーについての解説が行われているのだけれど、そのなかでも特に印象深かったのがイギリスのテスコ(「ロープライスではあるが、ハイセンスな売り場でハイサービスを提供。ITを駆使したコスト削減で高い顧客満足度を得ているスーパーマーケット企業。eコマースでは世界最大の利益をあげている企業:223ページより)についての紹介。たとえば、こういうところ。
「特売商品約束」もし、特売商品が品切れしていたら、従業員にいうと特売商品提供バウチャーをくれる。次回来店のとき、このバウチャーを提示すれば、その商品を同じ特売価格で購入できる。(242ページ) ※これは、アメリカのチェーン・ストアで行われている「レイン・チェック」と同じもの。日本ではほとんど見たことがない。
「返品ポリシー」購入した商品に満足できなかったときには、4週間以内にレシートを持参すれば、家電製品、家庭用娯楽機器、携帯電話であっても返品に応ずる。また、商品代金をまちがえて多く請求したときには、代金を返し、商品を無償で差し上げる。(242ページ)
「セーフ・チャイルド」すべての店舗に迷子探しのために特別訓練を受けたことを示す「セーフ・チャイルド」バッジを着けた従業員が配置されている。(242ページ) ※訓練受けたい……迷子探しの特別訓練だなんて、興味ある、すごく。テキストには、子供が隠れていそうなところとかいう見開きページがあったりするのだろうか?
「幼児同伴顧客用駐車場」障害者用の駐車スペースは珍しくないが、テスコには、幼児同伴で来店したとき、簡単かつ安全に店舗に入れるように、全店舗に専用の駐車スペースがある。特に雨の日には感謝される。(242ページ)
よく「顧客サービス」という言葉が引き合いに出されるけれど、こういうのを読むとやっぱり欧米の流通業にはまだまだ進んでいる点が多いのだなと思う。そして、最後の方に書かれているこの文章はまさにそうなのだろうなと思う。
今日のウォルマートは、「ロープライス」ではあるが「親切な顧客サービス」も提供する。「ビッグ・ブランド」である。顧客は、商品を選択する前に、店舗を選択する。選択される店舗になるためには、それなりの努力と実績が必要である。 顧客に信頼されるための活動を「ブランディング・ザ・ストア」という。ブランドは、商品だけでなく、店舗にとっても重要である。(301ページ)
世界第2位の消費大国日本にはこれから次々と流通外資が上陸するだろうけれど(今年東京郊外に独のキャッシュ&キャリーという日本になかった業態のメトロという企業が丸紅と組んで進出するとのことだし)、いずれにしても大変かつおもしろい時代になってきたと思う。
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ここからは、ビジネスホテルから。 天神に宿泊しているのだけれど、0時過ぎの時間でも結構な人がいた。随分と暑くて、タクシーの運転手さんは「入梅はまだだけれど、もう同じようなものだ」と話していた。 部屋は9階の端から2番目。他の建物にはばまれて、窓からはあまり景色は見えない。
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お知らせ
今日はイヤホンをつけたノート・パソコンで、ピチカート・ファイブ『Bossa Nova 2001』を聴きながらDaysを書いていました。「Sweet Thursday(Windows Media Playerの表記。「雨の木曜日」のこと)」の前奏はやっぱりかなり好きなのです。
今日は携帯電話の明細書を出す手続きのために渋谷にあるドコモの支店へ行ってくる。 ついでに、携帯電話も新しいものに新調しようとお金をおろしていく。 ホームページで、FとかNの504が発売されたのを確認していたのだ。 以前にDaysでSO504が欲しいと書いたけれど、その後の画像の露出などでそれほど際立っていいなとは思えずに、他のメーカー製のものでもいいかなと思うようになっていて、せっかくだからもう買い換えてしまおうかなと。 けれども、N504はすべて完売で、次候補のF504も欲しい色が売り切れていて、結局買わないことにする。 明日発売のドコモ初のカメラ付き携帯SH251も6月3日発売予定のSO504もモックアップが展示されていて触ってみたけれど、どれも「うわ欲しい!」とまでは思えずになんとなく残念な気持ちになる。 番号が変わってしまうのはいやなのでドコモ以外にする気はないので、逆に言うとドコモに本当に気に入るやつがあればいいのだけれど。 個人的には、いまは504ならいいかなという感じだ。 買ったら買ったでどこのものであれ気に入るとは思うけど。
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その後、道玄坂沿いにある映画館で『スパイダーマン』を観る。 肩の凝らない映画を見たかったのだ。トビー・マグワイアは好きだったし、すでに観た人がおもしろかったよとも言っていたし。 途中、3回程びくっと驚いてしまったけれど、おもしろかった。自分たちと同じ、悩んだりするスーパーヒーローという触れ込みでまさにそんな感じではあるのだけれど、意志の強さと正しいことに対するまっすぐさは、やっぱりとてもヒーローだと思う。 悪役のグリーン・ゴブリンのデザインは、そりゃあないだろうというくらい一目で悪役で、思わず苦笑してしまうような感じ。 今度は『愛しのローズ・マリー』が観たいなと思う。 帰りにSHIBUYA TSUTAYAで椎名林檎のニューアルバム(カバーアルバム2枚組)を買う。 渋谷はやっぱり人が多かった。
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最寄の駅に着いてから、コンビニで午後の紅茶とものすごく久しぶりにカルビーポテトチップスを買う。 それを食べながらワールドカップを見ようと思ったのだ。 試合は、セネガルがフランスを1−0で下し、かなり驚いてしまう。 今回のワールド・カップは番狂わせが多いのだろうか? 日本もぜひ決勝トーナメントに進んでほしいなと思いつつ。
それから、購入したCDを聴く。 カバーではない、オリジナル曲のアルバムも早く聴きたい。
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お知らせ
微妙にスケジュールが変更になっていて、明日(厳密に言うと今日。いまは1日の1:35)から再び大阪出張。そしてそのまま福岡4日間の予定。
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