Sun Set Days
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| 2002年07月31日(水) |
『ローマ人の物語�后.罐螢Ε后Ε�エサル ―ルビコン以後―』 |
『ローマ人の物語�后.罐螢Ε后Ε�エサル ―ルビコン以後―』読了。塩野七生。新潮社。 �検↓垢�2巻900ページに渡ったカエサルの物語もついに終了。その激動と呼ぶにふさわしい生涯と、彼の果たそうとして果たせなかったグランド・デザインにふれることのできた魅力的な巻だった。 本書ではルビコン川を渡って以後のポンペイウスとの内乱から、その平定、そして終生独裁官となり、暗殺されるまでのカエサルが描かれる(暗殺後の後継者争いにもふれられている)。よく歴史で言われるように、時代を変革する人は、その時流にどれだけふさわしいタイミングで現れるのかということが重要なのだろうけれど、カエサルの場合は、ほんの少しだけ早く、けれどもほとんどは絶妙のタイミングだったのだと思う。 たとえば、その前提となる統治面積の圧倒的な増加に対して、疲弊し多くの矛盾の現れていた従来の寡頭制を脱却し、個人に権力を集中させるやりかたに変革しようとしていたこと。それも当時の情勢を考えると必然だったのだろうし、結局それは帝政にアレルギーを持つ旧体制によって暗殺という形で一時的に打破されるのだけれど、結果としてはカエサルの後を継ぐオクタヴィアヌスによって実現することになるのも興味深い。結局は、カエサルの力で時代を変革し、次の時代への橋頭堡を築いていたようなものなのだから。 人物には平時と乱世向けの人物がいて、それぞれにふさわしい時代が本来であればあるはずなのに、カエサルがすごかったのは両方に強かったことだ。戦争にうって出ればそれこそ負けなし(実際には負けもあるが、必ず雪辱を期している)だし、平時の統治体制を乱世の間からイメージし、そのための手をひとつずつ着実にうっていた(税制改革から暦の太陰暦から太陽暦への変革まで)。また、優れた人物であればローマ市民権を持つ者以外にも門徒を開き、かつての属州民を元老院に招き入れるなど、非常に開けた考えの持ち主でもあった。 また、本書は、いままで疑問に思っていたことをいくつか解消することのできた巻でもあった。 それは、有名な「ブルータス、お前もか」がいったいどのような状況下で発せられた言葉なのかということと、クレオパトラとカエサルと、あるいはアントニウスとの関係がどのようなものだったのかということ。もちろん、一冊だけだとある意味一面的な見方になってしまう部分はあるかもしれないけれど、それでも知ることができたのは興味深かった。 最後の方は、読み終えるのがもったいなくなってしまったくらい。 また青葉台に行って�困痢悒僖�ス・ロマーナ』も購入してきたので、次はそれを読もう。 いくつか、引用。
並の司令官ならば、敗北の因は自分にあるとして、部下の責任は問わなかったであろう。ドゥラウム包囲戦自体が、ナポレオンの指摘を待つまでもなく、戦略そのものの誤りではなかったかと思われるから、それを正直に兵士たちに告げていたならば、カエサルも後世から責任転嫁と非難されることもなく、人間としての潔さをまっとうできたのである。 しかし、この時点での最優先事項は、敗北を喫した軍の再建であって、カエサル個人の潔さをまっとうすることではない。人間は、気落ちしているときにお前の責任ではないといわれると、ついほっとして、そうなんだ、おれの責任ではなかったのだ、と思ってしまうものである。こう思ってしまうと、再起に必要なエネルギーを自己生産することが困難になる。ついつい、指導者の判断待ちという、消極性に溺れこんでしまうものだ。カエサルは、これを避けたかったのだと思う。責任はお前たちにある、と明言することで、兵士たちが自分自身で再起するよう誘導したのだと思う。 実際、最高司令官の訓辞が終わった後で、兵士たちの胸にわきあがってきた想いは、「恥」であった。(129ページ)
カエサルは、『内乱記』の中で、「人間は、自分が見たいと思う現実しか見ない」と書いている。(189ページ)
古代人の考えた帝国、(……)の形こそが、カエサルがローマ人に指し示そうとした、将来のローマ国家のあるべき形であったのだ。つまり、ポリス(都市国家)を超越したところに生まれる、コスモポリス(世界国家)である。 この意味では、カエサルは帝国主義者であり、アレクサンダー大王の後継者でもあるのだった。(……)パクス(平和)とは、優劣なき国々の相互の話し合いによるよりも、絶対的に優勢な国による調停とか裁定とか、やむをえないとなれば力で押さえつけるとかで成り立つ確率の方が高いのが、人間世界の現実でもある。パクス・ロマーナ、パクス・ブリタニカ、パクス・アメリカーナという呼称からして、この「現実」を示している。(201-202ページ)
望んでポンペイウス側に立ったアテネの市民には、一言だけだが皮肉を言った。 「諸君は死罪に値することをくり返すのでも有名だが、そのたびに、輝かしい業績を遺した祖先に免じて許されるのでも有名だ」(204ページ)
「歴史はときに、突如一人の人物の中に自らを凝縮し、世界はその後、この人の指し示した方向に向かうといったことを好むものである。これらの偉大な個人においては、普遍と特殊、留まるものと動くものとが、一人の人格に集約されている。彼らは、国家や宗教や文化や社会危機を、体現する存在なのである。…… 危機にあっては、既成のものと新しいものとが交ざり合って一つになり、偉大な個人の内において頂点に達する。これら偉人たちの存在は、世界史の謎である」ブルクハルト『世界史についての諸考察』より(261ページ)
遺体を焼く炎が消えかかる頃になって、今度は激しい雨が降ってきた。カエサルの遺灰は、誰かが集める前に、しのつく雨で流されてしまった。後継者のオクタヴィアヌスがようやく内乱を平定した後で皇帝廟をつくるが、そこに入るべき最初の人であるカエサルを埋葬することができなかったのは、遺灰が流れてしまっていたからである。 ゆえに、カエサルの墓はない。カエサルの遺灰は、ローマの地にしみこんでしまったのかもしれないし完備した下水道を通ってテヴェレ河に流れ、そのまま地中海にとけこんでしまったのかもしれない。しかし、月並な墓などはないほうが、カエサルには似つかわしいように思う。(374ページ)
たとえあと十数年は生きられると思っていたとしても、カエサルが自ら創設しつつあった帝国を遺したのは、十八歳でしかない若者である。まだ何も業績をあげていない自分なのに早くも認めてくれていたという一事だけでも、感動にふるえたとて当然ではないか。十八歳の若者をゆり動かしたに違いないこの感動が、その後の彼を支えつづけた、強烈で持続する意思の源泉ではなかったかと思う。オクタヴィアヌスのこの心中の想いを、ブルータスもカシウスも、アントニウスもキケロも、気づくことさえなく終わった。(383ページ)
競技会も最後の日の夜、紺青色のローマの夏の夜空いっぱいに、大きな彗星が現われて消えた。人々は、これでカエサルも天に昇ったのだ、と言い合った。 ちなみに、後の天文学研究では、このときの大彗星は「ハレー彗星」であるという。(394ページ)
カエサル暗殺の真の首謀者は、ブルータスではなくてカシウスだった。だが、暗殺グループは、ブルータスがリーダーになることではじめて機能したのである。どの方向に向けて発揮されたかへの批判は措くとしても、ブルータスには、高潔な精神は不足していなかった。 しかし、キケロの教養が先見性を欠いていたのに似て、ブルータスの高潔な精神も、ローマ人に、進むべき道を指し示す役には立たなかった。イタリアの高校の歴史の教科書ですら、「三月十五日」を次のように言い切る。 <懐古主義者たちの自己陶酔がもたらした、無益どころか有害でしかなかった悲劇> 「三月十五日」は、カエサルにとっての悲劇であるよりも、ブルータスにとっての悲劇ではなかったか。ただし、時代に受け容れられなかった高潔な人の悲劇ではなく、時代の変化を見ようとしなかった高潔な人の悲劇として。(422-423ページ)※三月十五日は、カエサルが暗殺された日。
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お知らせ
『ローマ人の物語』は引用にもあるように簡潔な文章で、非常に魅力的です。
| 2002年07月30日(火) |
Word Labo�� |
ナビゲーター冴子:How are you? 今日の「Word Laboratory(通称Word Labo)」は、「世界各国の挨拶」についてです。
世界中にはいろいろな国があります。みなさんになじみの深い国、浅い国、本当にいろいろです。 そこで、今日は代表的な国とそうじゃない国(?)の挨拶を見てみることにしましょう。
なかなか興味深い企画ですね、教授。
安藤教授:そうじゃな。とりわけ、今回は少数民族でいままでその存在が神秘と言われていた2つの国、コンテン王国とステーション共和国の挨拶まで収録されているのが非常に興味深いことじゃな、うむ。
冴子:そんなに興味深いのですか?
安藤教授:ああ、そうじゃ。我々の「わくわくウォッチング調査」を持ってしても、その2つの国の言語の全貌を解明するのには25年の歳月を有したほどじゃ。
冴子:その調査の名前は相変わらずなんですね……まあ、気を取り直して、さっそくVTRを見てみましょう。
それでは、スタートです。
(画面、切り替わる)
ナレーション:いくつかのケースで、6カ国の挨拶を聞き比べてみましょう。
Case� 屬い蹐い蹐聞颪僚于颪い琉Щ◆�
日本:はじめまして!
アメリカ:Nice to meet you!
フランス:Enchante!
ドイツ:Freut mich,Sie kennenzulernen!
コンテン王国:ペケンポ!
ステーション共和国:不器用ですから……
(※フランスは本当なら最後のeにはアクサンがついています)
Case�◆屬い蹐い蹐聞颪猟�の挨拶」
日本:おはよう!
アメリカ:Good morning!
フランス:Bonjour!
ドイツ:Guten Abend!
コンテン王国:ポッペケペー!
ステーション共和国:不器用ですから……
Case��「いろいろな国の感謝を表わす挨拶」
日本:ありがとう!
アメリカ:Thank you very much!
フランス:Merci beaucoup!
ドイツ:Danke!
コンテン王国:メッケメッケポキャポン!
ステーション共和国:不器用ですから……
(VTR終わる)
冴子:……ステーション共和国は、本当に不器用な国なんですね。
安藤教授:そうじゃな。本当に不器用な国じゃ。それでいて男気に溢れておる。まったく、渋いのお。
冴子:……あと、コンテン王国の人とは友達にはなれないような予感がするんですが……
安藤教授:ん? そうかね、私はかなり意気投合したがのう。ペケンポ! ってな。
冴子:まあ、そうでしょうね。
安藤教授:ん?
冴子:……えー、国ごとに特徴が垣間見えて、非常に参考になりましたね。それでは、最後にそれぞれの国の別れの挨拶で今日はお別れしましょう。
(エンディングテーマ流れる。そして、最後にVTR)
Last Case 「いろいろな国の別れの挨拶」
日本:さようなら。
アメリカ:Good-bye.
フランス:Au revoir.
ドイツ:AufWiedersehen.
コンテン王国:ペッペケピー!
ステーション共和国:おい、ありゃ、黄色いハンカチだぜ……
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お知らせ
……さあ、このなつもおもしろテーマパーク「てきすとさんせっと」ではしゃごう! うたおう! おどろう!
よいこのみんな! おもしろテーマパーク「てきすとさんせっと」はこのなつもイベントがめじろおしだよ!!
☆☆☆あとらくしょんのごあんない☆☆☆
○でいず
・あのゆかいなみんなのともだち「もりのどうぶつたち」がまたやってくるぞ(8がつごろ)
・あるかっぷるのこころのなかをよむことができたら? あるこいびとたちのであいと、いちねんごと、ごねんご。こころのなかのこえつき(8がつちゅうじゅんごろ3にちれんぞくこうしん)
○てきすと
・『ふろむ〜』ついにかんけつ。あきくんとのぞみさんはどうなっちゃうの? りかちゃんは?
・いろいろとびだす「ふらぐめんつ」はまだまだリクエストぼしゅうちゅう!
・まいふぇばりっともさりげなくふえるよ。
○ふぉと
・いろいろしゃしんでりょこうきぶん!
○びぃびぃえす
・らいえんのきねんにそくせきをのこそう!
○りんく
・たくさんすてきなパークがあるんだね。
○めいる
・さんせっとさんにおてがみをかこう。
さあ、このなつもおもしろテーマパーク「てきすとさんせっと」ではしゃごう! うたおう! おどろう!
―――お知らせ―――
※ご好評をいただいていたスタンプラリーは、本年度は中止になりました。
レポーター:今日、私はもうすぐリニューアルが噂されている「Text Sun Set」の製作現場を訪れています。それでは、扉を開けてみましょう。
小人たち:あ。
(小人たち、慌てて部屋の中に隠れる)
レポーター:や、やっぱり「Text Sun Set」は小人たちが作っているという噂は本当だった模様です!! では、さっそく小人たちにインタビューしてみましょう。
(レポーター、部屋の隅で震えながら様子を伺っている小人の1人に近づいていく)
レポーター:小人さん、小人さん、「Text Sun Set」のリニューアルはどうなんですか?
小人1:…………。
(小人1は、じっと口をとじている。目がうるんでいる)
レポーター:ここで「Text Sun Set」が作られているっていう確かな情報を得ているんですよ……いたっ!
(小人2が、近くにあった雑誌をレポーターのお尻に向かって投げつける)
レポーター:痛いじゃないですか……まったく、何もとって食おうっていうわけじゃないんだから。
小人3:やーまーんばっ。
小人たち:やーまんばっ。
(小人たちの鳴り止まない山姥コールとブーイング。どさくさに紛れて「化粧濃いぞー」と叫んでいる小人もいる)
レポーター:ちょっ、ちょっとやまんばってなんなのよ! もう! 私は25歳なんだから! もうあったまきた! あんたたちの秘密を暴くまで帰らないからね!
(小人たち、山姥コールをやめ、かわいいポーズをとってみせる)
レポーター:だめよ、だめ。かわいこぶったって騙されないんだから。
レポーター:ほら、答えなさいよ。「Text Sun Set」がリニューアルしたらどう変わるのよ。
(レポーター、手近にいた小人の1人の首根っこを押さえてそう訊く。訊くというよりは脅すといった格好)
謎の声:やめなさい。
レポーター:あっ、あなたは。
(レポーター、声のする方を見て驚きの表情を見せる)
謎の声:小人をいじめてもあなたには何の得にもならないでしょう。
レポーター:あなたは「Text Sun Set」の主要キャラの1人(1匹)、くまきちさんじゃないですか。
くまきち:ええ、確かに私はくまきちです(Days2001年12月16日〜18日、2002年3月10日、5月22日参照)。
レポーター:くまきちさんがいるっていうことは、やっぱりここで「Text Sun Set」が作られているのですね。
くまきち:それについてはお答えできません。
レポーター:しかし……
くまきち:けれど、あなたの知りたいことに少しなら答えることができるでしょう。
レポーター:(そうね……ここはすべてを知ることができないのだから、このくまに訊くのが得策かもしれないわね……)
レポーター:わかりました。それでは、くまきちさんにお尋ねしたいのですが、「Text Sun Set」がリニューアルされていったい何がどう変わるんですか?
くまきち:ほとんど変わりません。
レポーター:(変わらないのかよ!)
くまきち:ええ。Sun Setの気ままなText主体の個人サイトという性質は変わりようないですからな。
レポーター:けれども、リニューアルということはなにか新しいことがはじまるのでは? っていう期待があると思うのですけど。
くまきち:内容というよりは、デザインが変わります。
レポーター:あら、デザイン! なるほど、あのいけてないデザインからおしゃれでかっこいいデザインに変わるってわけね!
くまきち:それはどうでしょう……
レポーター:(変わらないのかよ!)
くまきち:けれどもまあ、見た目はいまのものとは変わりますね。
レポーター:最近、Daysの色が変わりましたが?
くまきち:そうですね。それもリニューアルの一環です。リニューアルの基調カラーは暖色になるようですな。
レポーター:暖色、ですか。
くまきち:ええ。
レポーター:他にはどんな変化が?
くまきち:サイトが移転する模様です。
レポーター:サイト移転?
くまきち:ええ。これまでの無料のホームページエリアから、プロバイダの提供するホームページエリアに移るそうです。つまり、広告がなくなるということですな。
レポーター:なるほど……なるほど。(でも、これじゃあ、スクープにはならないわ)もっとないんですか?
くまきち:『From Pure To Shadow's End』が最後までアップされています。
レポーター:あら、ようやく。
くまきち:【Fragments】7「Yoshimitsu Class」もアップされています。
レポーター:(あら、リニューアルらしくなってきたじゃない)
くまきち:あとは、文章の読みやすいサイトを意識して作られているようです。
レポーター:なるほど。あと、あのころころ変わるTop写真はどうなるんですか?
くまきち:Top写真は残ります。
レポーター:それで、気になる進捗状況ですが……
くまきち:現在、90%です。もうじきリニューアルされるでしょう。
レポーター:わかりました。本日はどうもありがとうございました。
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お知らせ
何これ? でもまあ、リニューアルはもうほぼ終了です。
今日は渋谷で飲み。 12人で、個室で、4時間くらい。くだらなくもおもしろいネタ話から、物まね、はては中国の話まで、かなり様々なことを話したり教えてもらったりした。ビールは相変わらず1杯で、あとはウーロン茶とウーロン茶と(以下略)、ジンジャーエール。 最近、個室を持っている居酒屋などが多いけれど(たとえばぐるなびで個室で検索しても結構な数がヒットする)、個人的にはそういうのは結構好きだ。話をしたり聞いたりするのが基本的に好きなので、そういうことに普通の飲み屋よりは特化されているように思えるからだ。何よりも扉を閉めるだけで思いがけないくらいの静けさが訪れることが多いし、それに隔離され囲まれた空間というのはそれがなんであれ安心できる面があるように思えるし。 聞くこと、話すこと、知ること、伝えること、そして笑うこと、そういういくつかの「こと」を同時に双方向的に行うことができるので、会話やそのための場というのは大切だなとは思う。もちろん、いつもいつもちゃんとその場をもつことができるわけではないのだけれど。
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お知らせ
今日も椎名林檎1st。「茜さす 帰路照らされど…」もいいです。
| 2002年07月22日(月) |
『ローマ人の物語�検.罐螢Ε后Ε�エサル ―ルビコン以前―』 |
『ローマ人の物語�検.罐螢Ε后Ε�エサル ―ルビコン以前―』読了。塩野七生。新潮社。 以前のDaysでも書いていたように200ページくらいまでは読み進めていたのだけれど、今日は21時頃から駅構内のカフェでコーヒーを飲みながら続きを読んで、おもしろくて読み進めたくて、けれどもその店は22時で閉店だししかも改札口の内側だし……ということで、一旦中断する。 そして、そういうときに閉店を気にしないためには終日営業しかないだろうと思って、部屋の近くにある24時間営業のファミリーレストランに行く。そこでサラダとドリンクバーを注文して、読了するまで、つまり23日の0時45分過ぎまでずっと読み続けていた。自分の部屋で読むという選択肢ももちろんあったのだけれど、最近は外で読むのが個人的にはどうしてか気に入っている。 ドリンクバーではアイスティーばっかり飲み続けてしまった。
ユリウス・カエサル。 名前こそ知っていたけれど、具体的に何をどのようにやったのかということを、『ガリア戦記』の名前くらいは知っていてもよく知らなかった。そして、人物に焦点が当てられている『ローマ人の物語』のこれまで同様に、やはり魅力的な人物像に惹かれてしまった。それに、彼にはまだこれから読むことになるルビコン以後の数年の人生が続いていくことになるのだ。ローマからスタートし、ブリタニア(現イギリス)から、果てはアフリカまで、「英雄」という名前を冠するには十分すぎるほどの偉業を成し遂げているのだと思うし、その残りの部分をこれから読むことができるというのはすごく嬉しい。 ある種の長い物語があって、それがおもしろくて、まだ読んでいない空白が目の前に横たわっているときの嬉しい気持ちはたぶん昔からそんなに変わらないのではないかと思う。そして、読み終える間際に感じるこの本のつくる世界から離れたくないというような切実な名残惜しさのようなもの。今回の場合は『ルビコン以後』があることを知っているのでそうでもなかたけれど、�垢鯑匹濬�わるときにはどうなのだろう。
帯の背表紙側にはこう書かれている。
前人未到の偉業と破天荒な人間的魅力、類い稀な文章力によって、英雄となったユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)。古代から現代まで数多の人がカエサルに魅きつけられ、政治・思想・演劇・文学・歴史等々、数多の視点からカエサルに迫った。それら全てをふまえて塩野七生が解き明かす、ローマ人カエサルの全貌――ルビコン川を前に賽が投げられた時まで。
読んでみて思うのは、カエサルが自信に溢れた魅力的な指導者たる人物であったということと、それに併せて組織を操る術とそのための仕組みを利用することの重要性を心得ていたのだろうなということだ。 それは、ガリアの服従させた部族の子弟を幕僚に加えたり、またそのような部族の自治を(基本的には)認めていたことなどからもみてとることができる。一人の人間がすべてに目を配ることはできないし、その権力と影響範囲が大きくなればなるほどその傾向は強くなってくる。 だからこそ、ある種の組織をつくり、また既存の組織がある場合はそれを活かすことによって、様々なことが効率的に機能するようになることを目指す。そうでなければ物事は、とりわけ複雑な物事は円滑には進まないということになる。 また、その組織化は様々な形からなり、たとえばはたとえばガリアの有力者の子弟を人質としてローマに留学させたりすることなどもそのひとつに挙げられる。それは短期的には組織と呼ぶには少々異なってくるけれど、そのような形でローマに心酔した部族の若手の有力者が、”ローマ化”され故郷に戻る。そうすることによって、表面には現れない部分で「ローマ」という大きな組織に属す領域が新しく平定した地方にも本当の意味で広がっていく。そういう編み込み方、長期的な組織化が非常に巧みであったということができるのだと思う。
長期的な組織化に優れていたことはさらに他の形――たとえば、平定したガリアの地域に、通商の領域を広げていったことからもそうだということができるだろう。通商、つまり商売は社会基盤の基本的なシステムであるわけだし。 未開の地だった、あるいはそれに近かった場所に、本格的な通商がはじまり、交易によって少しずつ豊かになってくる。暮らしが豊かになれば、なかなか以前の生活水準に戻ることをよしとする人は少ないし、そこには政治的にばかりではなく、それ以外の方法でも属州を組織化していこうという方針が見えてくる。通商を、ローマを中心とする文明国という大きな組織に組み込むための方法にしているのだ。 ひとつひとつはただの藁でしかない物事を、それらの施策がいくつも束ねられることによってロープのように強固なものになっていくということなのだろう。 そういった仕組みをおさえるべきところはおさえた上で、うまく活かしていく。そのあたりが、カエサルのただの戦略や戦術の天才以上の存在にしているのだと思う。 また、自ら『ガリア戦記』を著するなど、本当にマルチな人なのだと驚いてしまう。天は何物も与えるというところだ。
それにしても、カエサルにしても、かつてのスキピオやハンニバル、あるいはスッラにしても、偉人と呼ばれるような人たちはみな人心掌握術を心得ていたということばかりではなく、情報に対する重要さを意識していることでは本当に共通している。これはもちろん、どんな状況であっても、現代であっても、通用することだとは思うけれど。 いつものように、いくつかの部分を引用。
母の愛情を満身に浴びて育つ。生涯を通じて彼を特徴づけたことの一つは、絶望的な状態になっても機嫌の良さを失わなかった点であった。楽天的でいられたのも、ゆるぎない自信があったからだ。そして、男にとって最初に自負心をもたせてくれるのは、母親が彼にそそぐ愛情である。幼時に母の愛情に恵まれて育てば、人は自然に、自信に裏打ちされたバランス感覚も会得する。そして、過去に捕われずに未来に目を向ける積極性も、知らず知らずのうちに身につけてくる。(29ページ)
私益は他益、ひいては公益、と密接に結びつく形でやるのが彼の特色である。なぜなら、私益の追求もその実現も、他益ないしは公益を利してこそ十全なる実現も可能になる、とする考えに立つからである。 この考えは、別にカエサルが天才であったから考えつき実行できたことではなく、われわれ凡人の多くも、意識しなくても日々実行していることである。自分自身のやるべきことは十全にやることで、私益→他益→公益となることによって。なぜなら、人間の本性にとって、このほうがよほど自然な道筋であるからだ。ルネサンス時代の政治思想家マキアヴェッリも、この考え方の、”市民権”を強く主張した一人であった。つまり、公人であろうと、その人の私益の追求は認められるべきである、と。なぜなら、私益の追求を公認することこそが、公益の実現にも、より健全でより恒久的な基盤を提供することになるのだ、として。(154ページ)
「政治もやり作戦もやり一兵卒の役までやったこの戦争の達人にとって、戦争というものはある巨大な創作であった」。ユリウス・カエサルは、ヨーロッパを創作しようと考えたのである。(331ページ)
しかし、この点がいかにもカエサルらしいところだが、彼は『ガリア戦記』を、大向うの受けを狙うことだけを考えて書いたのではない。 第一に、叙述は正確を期した。自らの誤りを正直に記し、敵側の理由も公正に記述した。カエサルは、正確に書くことこそ自分の考えをより充分に理解してもらえる、最良の手段であると知っていたからである。正確に書くことこそ自分の考えをより充分に理解してもらえる、最良の手段であると知っていたからである。意識的な嘘が一つでもあれば、読者は他の全てを信用しなくなるからだ。また、自分を一人称単数では語らず、カエサルと三人称単数で記していることも、叙述に客観性をもたせたいとする彼の意図に基づいていた。(399-400ページ)
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お知らせ
今日もふたたび椎名林檎の1stです。「正しい街」はかなりすきです。
ニュースキャスター:それでは、次は特集です。今日は近日中にリニューアルされる予定のテキストサイト「Text Sun Set」についての期待と要望を、わかば台幼稚園の園児たちにインタビューしてきました。
(画面変わる。女性レポーターがマイクを持って登場)
レポーター:今日、私はわかば台幼稚園の前に来ています。見てくださいこの元気な園児たち。
園児たち:わーわー、ワーワー、キャーキャー。
(その後、園児たちの元気のよさを示すような可愛らしい映像がいくつか挿入される)
レポーター:じゃあ、そこの君ー、えーと名前は?
園児1:ツバサ!!
レポーター:ツバサ君ね。ツバサ君は「Text Sun Set」にどんなふうになって欲しい?
ツバサ君:おいしくなってほしいっ!!
レポーター:お、おいしく?
ツバサ君:うんっ。ちょっとあまさ控えめでね!!
レポーター:甘さ控えめでおいしくなって欲しいという意見が出てきました。じゃあ、次は……じゃあ、そこの可愛らしい女の子に訊いてみましょう。
園児2:え? 「Text Sun Set」? 知ってるよ。お兄ちゃんがよく見てるもん。でもお兄ちゃんはアタシが見ようとしたらいつも隠すの。お前にはまだ早いって。
レポーター:じゃあ、どんなふうになって欲しい?
園児2:あんまりやらしくないほうがいいと思いますっ。
レポーター:「Text Sun Set」はやらしいサイトなの?
園児2:うんっ。そうだよ。すごくやらしいサイトだよ! だって、お兄ちゃん見せてくれないんだもの。
レポーター:やらしくないほうがいいという意見が出てきました。
レポーター:じゃあ、今度はあちらの男子に……
園児3:もっとハデにして欲しいよっ。だってさ、なんか地味なんだよな、あれ。
レポーター:「Text Sun Set」は地味なサイトなの?
園児3:地味も地味、超地味だよ。キング・オブ・ザ・地味って感じ。だからもっともっとハデにして欲しい。
レポーター:もっともっとハデにしてほしいという意見が出てきました。
レポーター:じゃあ、次は園児を迎えに来たお母さんたちに訊いてみましょう。
レポーター:あのー、すみません。お母さんたちは「Text Sun Set」にどう変わって欲しいですか?
主婦1:え? これテレビ? うそっ、映っているの? あらららら……え、「Text Sun Set」? 変わって欲しいって言われても、ねぇ……元が元だし……
主婦2:そうそう。元がねえ……まあ、頑張ってることは認めるけど。
レポーター:な、何かありませんかねぇ……
主婦3:塩分がねぇ……
主婦2:そ、それなのよ。本当にそう。塩分が強すぎるのよ。それさえなければまあ少しは……
主婦1:あと、相変わらず嫁姑問題についてのアプローチが弱いのよねぇ。
主婦4:あっ。それは言えてるわね。弱いのよ。弱すぎるのよ。もっと重箱の隅をつつくような視点が欲しいのよ。
主婦3:あと、バーゲン情報も弱いわね。あの程度じゃ他の並み居るバーゲンサイトに勝つことなんかできないわよ。
主婦1:ま、どうせろくなもんじゃないんだろうけど、せいぜい頑張って欲しいというところね。
主婦2:でも、結構頑張っているのよあの人。
主婦3:頑張ってあの程度じゃねぇ……
レポーター:さすが主婦のみなさん、辛口ですね……じゃあ、最後に保母のみなさんに訊いてみましょう。
レポーター:あのー、保母のみなさんは「Text Sun Set」にどう変わって欲しいですか?
保母1:あー、「Text Sun Set」ですか? ワタシあれ結構好きなんです。ネット繋ぐときにはたいてい見てます。どう変わって欲しいって、好きなように変わればいいと思います。
保母2:えー、趣味悪いよーA子。あのサイトいけてないじゃない。「今日のダジャレ」のコーナーなんて、もう目も当てられないわ。
保母3:そうそう! あの「今日のダジャレ」のコーナーはもうやめて欲しいよ。最近なんてネタがなくなったのかダジャレでもないのよね、ほら、昨日のあれ、あれ……
保母4:「コタツがコッタツー!!」ってやつでしょ。
保母3:そうそれそれ! 「コタツがコッタツー!!」ってどこダジャレなの? って感じ。ねえ。
保母4:でも、たまにあの日記めいた文章もいいときがあるのよね。
保母2:あ、それは認める。たまにだけど。
保母1:でもまあ変わるっていうんだから、楽しみにまってようよ、ねえ。
保母3:ま、そうね。
レポーター:……以上、「Text Sun Set」のリニューアルを待ちわびる街の声でした。
(画面がスタジオに戻る)
ニュースキャスター:えー、やはり世間のプレッシャーは相当なものがあるようです。いまのVTRをクリップにまとめてみました。
【「Text Sun Set」にどうなって欲しいか】
・おいしくなって欲しい(あまさ控えめ) ・やらしくないほうがいい ・派手になって欲しい ・塩分が強すぎる ・嫁姑問題をもっと掘り下げて ・バーゲン情報も弱い ・「今日のダジャレ」コーナーはもうやめて欲しい ・日記はまあいい
ニュースキャスター:やはり以前から言われている嫁姑問題についてのアプローチへの指摘がまた出ていますね。あと、ダジャレコーナーは即刻やめるべきとの声があったのですが、あのコーナーはオヤジギャグ連盟にとっては好感を持って受け容れられているという声もあるようです。いずれにしても、あと半月をきったリニューアル。無事終了すればいいですね……以上、特集でした。
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お知らせ
リニューアル作業は結構順調です。 今日の音楽はThe CorrsとChara中心でした。
金曜日の夜は、同僚たちと牛角に焼肉を食べに行き(メニューになぜかうなぎがあって、焼いた後でわさび醤油をつけるのだけれど、それが意外でおいしかった)、そのまま一緒に遊びに行き、明るくなってから部屋に戻ってくる。 生活のリズムは乱れがちなのだけれど、あんまり杓子定規的に絶対にちゃんと朝起きて夜寝ないと! と思うと罪悪感などを抱いてしまうかもしれないので、その辺はまあアバウトにやり過ごす。 楽観的にいこうと思うと、どうしたってアバウトな部分が結構必要になってくるような気がするし。 でもまあたぶんきっと大切なのはメリハリのようなもので、そういうものをちゃんとつけるのがそれほどうまいとも自分では思えないのだけれど、少しはバランスをもってやれているのかもしれないとは思う。 どうなのだろう?
帰ってきたのが朝だったため、昼過ぎまで眠る。 昼に起きてからいろいろして、夕方からは部屋にこもってサイトのリニューアル作業を進める。 そう言えばDaysにははじめて書くけれど、もう少しでText Sun Setが1周年&10000Hitになりそうな感じなので、それをきっかけにしてサイトをリニューアルする予定なのだ。 たぶん8月上旬までには新しいText Sun Setがおめみえする予定(あくまでも予定)。 実は、今日からEnpituの日付や題名の色が変わったのも、そのリニューアル作業の一環だし。 もちろん、仕事をしたり、遊んだり、本を読んだり、Fragmentsを書いたりN43゜を読み直したり、ごはんを食べたりの合間をぬっての作業なのであんまりスピーディーに進んでいるとも言い難いのだけれど。 それでもまあ、8月上旬には。
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お知らせ
リニューアル作業を続けながら、ヘッドホンでかなり大音量でCDを聴いているのですが(いまも聴いている)、今日かけ続けていたのはL⇔Rと、椎名林檎の1stと2nd。 どちらも、あらためて本当にいいよ! と、思う今日この頃です。
| 2002年07月18日(木) |
スタンプをためよう。 |
ワーワー! キャーキャー!
(超満員のコロシアムには、たくさんの観客たちがひしめいている。歓声が、まるで地響きのような振動で周囲を揺らしている)
そして、司会者の登場。
司会者:みんなー、盛り上がっているかーい!!
観衆:ウオー!!
司会者:今年もいよいよこの時期がやってきたぜー!!
観衆:オーオー!!
司会者:1年に1度のビックイベント、『あだ名選手権』だぁーっ!!
観衆:イエーッ!!
司会者:今年の最終候補者は5人、審査員50人の1人1票の得票をいかに得ることができるのか? そして、誰がキング・オブ・ニックネームの称号を得ることができるのかぁーっ!! 審査員代表、伝説のあだ名人2人からのまずは熱いメッセージだあっっっ!!!!
ブタゴリラ:こんばんは。ブタゴリラです。今日はさ、オレに負けないようなすごいあだ名の人たちに期待しています。
観衆:ブ・タ・ゴ・リ・ラーッ!!
ブー太郎:ブー太郎だブー。みんな頑張ってほしいブー。
観衆:ブー・太・郎ー!!
(…………)
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Daysの常連の方には懐かしさすら覚える(?)以前のネタの変化球でした。
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今日は久しぶりに品川駅で降りたのだけれど、品川駅の構内は大きくていつも不思議な感じがする。上野駅なんかもそうだけれど、改札口の内側に様々な店などが並んでいるのって、品川駅に関してはCDショップすらあって驚いてしまう。 最近はとある駅のやっぱり改札口の内側にあるカフェに凝っていて、スタンプカード(1杯飲むとスタンプを1つ押してくれる)も結構たまってきた。全部たまると、1杯コーヒーが無料になるのだ。そういうのっていいと思う。 また、思い返してみると、最近は週に2度くらいは朝スターバックスに寄ってから会社に行っているので、コーヒー(広い意味で)が好きなんだなと思ってしまう。コーヒーと、それを飲んでいるのんびりした時間の両方が好きなのだと思うのだけれど。 それに、最近はコーヒーを飲みながら『ローマ人の物語』を読むのがお約束になってもいるし。今日も�犬�200ページまで読んだ。おもしろい。
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【Fragments】6をアップしました。
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お知らせ
SHeDAISYの「Turn Me On」という曲も最近はよく聴いています(ウィルソン・フィリップスとコアーズを足して2で割ったような感じのグループなのです)。この曲は懐かしい感じすら感じさせるアップテンポの曲だったりします(80年代っぽい)。
| 2002年07月16日(火) |
『仕事力』+『ローマ人の物語�掘‐ー圓虜�迷』 |
月曜日は日帰りの大阪出張。 午前7時過ぎに部屋を出て、午後11時前に部屋に戻ってくる。 行き帰りの新幹線で『仕事力』という本を読み終える。ダイアン・トレイシーというコンサルタントの書いた本で、『7つの習慣』のスティーブン・コヴィー氏大絶賛と帯に書かれているので、読む前からどういった内容が書かれているのかは類推できるような感じではあった。帯にはさらに「仕事にやる気をなくしてしまった人に『必読の書』だ!!」とも書かれていて、別に仕事にやる気をなくしてしまっているわけではないけれど、それでもたまにこういう本を読むのはおもしろいよなとか思っている。こういう本というのは、読めば確かにそうだっていうことがたくさん書かれていて、けれどもアタマでわかるほど実際の自分の生活で実現できているわけではないスタンスや習慣のようなものであふれている本ということ。
ただ、そういう書き方をしてしまうと見も蓋もないけれど、こういう本を何冊か読んでいると、そこに書かれている内容に数多くの共通する部分があって驚いてしまう。それぞれの著者のバックボーンや、アプローチの方法、あるいはテーマ(仕事の進め方なのか、人生の進め方なのかなど)によって表面こそ異なるけれど、書かれている内実というか内容は本当に似通ってくる。そのことからは、結局は自己実現のようなものを得るためには奇道はなく王道だけなのだろうなということを思わされる。
そして、それを思うことができることだけでも、たまにこういう本を読むことに(個人的に)意味はあると思う。 結局は自分次第だし、大切なのは目指すべき方向がどうであれ、自分の目指したい方向に向かって継続的なビジョンを持ち続けることであるとは思うけれど、それを実現するための具体的な方法もこれらの本のなかにはたくさん収録されていて、そのうちのひとつでも参考にできるのであれば十分だというように思う。全面的に依存するような付き合い方じゃないければ、こういう本はとても有用なんじゃないかと思うのだ。まったく白紙の状態から「こうするべき」という具体的なアイデアや方法のようなものを捻出するのには労力も時間もかかるわけだし。
それに、価値観も何もかもが氾濫しすぎていて、また自分を楽観的ではあると思うけれど、それほど強い人間だと思ってもいないので、やっぱりある種の参考例みたいなものがあるというのは、便利なことだと思うし。 書店にはこの類の本は溢れていて、その中で本書を手に取ったのは、このダイアン・トレイシーという人がMTVのコンサルタントをしていると書いてあったことと、『7つの習慣』の名前が帯にあったこと。MTVとこういうコンサルタントの人がなかなか直線で結ばれないイメージがあったので、どういう感じなのだろう? と興味が沸いたのだ。
内容としては、自尊心や社交術、仕事オンリーの生活からの脱却、あるいは転職や失業などのいくつかのテーマを、そのテーマに悩む登場人物のストーリーを通じて、わかりやすく解説しているので読みやすい(転職や失業に一章割かれているのはアメリカ人の著者らしいような気がする)。おそらくは著者のいままでのコンサルティング業務から作り出された架空の人物のおかれている状況は、確かにリアリティのようなものがあるし。そして、彼や彼女らは、それぞれが抱える問題を<キャリア・エンパワーメントのための4ステップ>を各自で立てることによって解決していく。その4つのステップとは以下の通り。
問題を明確にする 前向きなビジョンを持つ 自分の感情を受け入れる 自分本位の選択をする
この4つのステップを明確にすることにより、自分で変えられる部分とそうでない部分を判別し、自分のできることについてポジティブに注力していっていくのだ。 たぶん、これまで読んだ類書と比べて特別めずらしいことが書かれているというわけではないと思うのだけれど、それでも、やっぱり参考にはなるよなと、読んでいる間は思っていた。 なるほどと思った部分の一部を以下に引用。
ある賢人がいったように、被害者は存在しない、進んでそうなろうとする志願者がいるだけ、なのです(……)被害者のままでいようとする人がいるのはなぜでしょう? きっとなんらかの見返りがあるにちがいありません。理由として一番多いのは、被害者を演じていれば、自分の不満足な状態に責任を持たずにすむ、ということでしょう。そこで不平をこぼし、ひとの同情を買うことにエネルギーを費やすわけです。(57ページ)
働く人の権利章典 1.人は職責を明確に知る権利を持つ。 2.職責を果たすために必要な権限をあたえられる権利を持つ。 3.仕事の達成基準を知り、さらにその上を目指すことを奨励される権利を持つ。 4.基準に達する仕事をするために必要な研修を受ける権利を持つ。 5.必要な知識と情報を得る権利を持つ。 6.フィードバックを受ける権利を持つ。 7.認知される権利を持つ。 8.信頼される権利を持つ。 9.ミスをする権利を持つ。 10.敬意を払われる権利を持つ。 (59ページ)
停滞期は誰の人生にもキャリアにも現れる自然なプロセスです。失敗のシンボルではありません。否定的な意味を持つようになるのは、それが永続的な状態になってしまったときです。 停滞期は行き止まりではなく、移行期でなければなりません。人生の次の段階を組み立て、準備するための基盤、土台といえます。現状をよく見つめ、自分の存在価値を再確認し、新しい目標を立てるための時間なのです。(186ページ)
物事が難しいから、われわれが挑戦しないのではない。われわれが挑戦しないから、物事は難しいのである。――セネカ(205ページ)
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火、水と連休。 最近はピーク時に消化しきれていなかった休日の消化の時期にもなっていて、シフトとしての休みが結構多くなってきているのだ。 今月末には夏休みもあるし、休めるときに満喫しておこう。
と言いながら、火曜日は午前中にちょっと会社に顔を出し、上司と打ち合わせ。 午後は、また青葉台に買い物に行き、本を何冊か購入し、コーヒーショップでコーヒーをおかわりしながら『ローマ人の物語�掘‐ー圓虜�迷』を読み終える。 今回読了したのは、ハードカバーのほう。つまり、ついに『ローマ人の物語』のハードカバーのほうに手を出しはじめてしまったのだ。 勝者の混迷は文庫本ならばおそらく9月に発売される予定の6、7巻にあたる部分なのだけれど、あんまりこのシリーズがおもしろくて、そして8巻以降の文庫化が来年以降になってしまうということでもあって、そんなに待っていられないというふうに思ってしまったのだ。それで、�掘↓検↓垢�3冊をハードカバーで購入してしまった。 高かった……�靴�2300円、�犬�3100円、�垢�3200円。ただ文庫本で分冊になるだけあって、�犬鉢垢覆匹呂修譴召�450ページ以上ずつあるので、読み応えは充分にあるとはおもうのだけれど。 ただ、読みはじめてみるとおもしろくて、こういうのは嬉しい誤算というのだろうなとは思う。
このハードカバーの3冊目になる『ローマ人の物語�掘‐ー圓虜�迷』は、帯に書かれている文章を引用すると、以下の通りになる。
ハンニバルを倒し、帝国カルタゴを滅亡させ、一気に地中海の覇者となったローマ人。しかし大国への道のりの速さゆえに、ローマは内部から病み始める。権力が集中しすぎた元老院に対して改革を迫る若き護民官グラッスクスは同国人に殺され、続く改革者たちも、内なる敵に向き合わねばならない――ローマ人はいかにこの”混迷の世紀”を脱却するか。
内憂外患という言葉のように危機が同時に訪れたわけではないけれど、ハンニバルの脅威という強敵に屈することなく団結して危機を乗り越えたローマが、次は内なる争いに巻き込まれていくのはハッピーエンドで終わるわけではない歴史の現実のようなものを感じさせられて興味深い。人間は勧善懲悪だけの世界に生きているわけではないし、既得権益を守り抜こうという保守派の勢力と、改革派との抗争という図式だって、いままでにたくさんの地域で繰り広げられてきているもののひとつでしかない。 ただし、確かにそれらはどこの国にだっていつの時代にだって起こっていることではあるけれど、現実に存在したローマという国をケーススタディとして、人物や政治やあるいは戦いがローマではどうであったのかと知ることができるのはおもしろいことだと思う。何よりも、活きた人間たちのドラマのようなものが、非常に魅力的に描写されており、そこにただ単純に魅力を感じているというところもあるし。 3巻ではまだ2000年以上前の時代が描写されているのだけれど、人間は進化したように見えて、根本的なところは本当にまだ同じなのだなということを何度も思わされてしまう。 それだけに、感情移入もできるのだけれど。
一部を引用。
このマリウスの場合にかぎらず、「クリエンテス関係」がローマ人の人間関係に強い影響を与えていたのは、ローマ人が心の内側にもっていた、義理人情的精神のゆえではないかと思う。 ローマ人が創り出した法の概念と、義理人情は矛盾するではないかと言われそうだが、私の考えでは、思うほどは矛盾しない。法律とは、厳正に施行しようとすればするほど人間性との間に摩擦を起こしやすいものだが、それを防ぐ潤滑油の役割を果たすのが、いわゆる義理人情ではないかと考える。法の概念を打ち立てたローマ人だからこそ、潤滑油の重要性も理解できたのではないだろうか。(118ページ)
スッラには、無期限任期の独裁官の座に、改革遂行後も坐りつづけようと思えばできたのである。それを彼は、自分から辞退した。(……)スッラの国政改革の目的は、少数指導制に立脚したローマ固有の共和政体の再建であった。元老院に象徴される少数指導制は、独裁官のような存在を認めていては機能しない。スッラが独裁官になったのは、秩序の失われたローマ社会に、秩序を再建するためであった。(……)それゆえ、彼が独裁官の地位に坐りつづけることは、突出した個人を認めないことで成り立つ、少数指導制に反する行為になる。自分の成した国政改革を完全にしたいと思えば、スッラには、辞任するしかなかったのである。もちろん、権力に執着しない潔い行為と、大衆が拍手喝采するのは勝手であり、それによる利益も少なくない。理を理解する人が常にマイノリティである人間世界では、改革を定着させるにはしばしば、手段を選んではいられないからである。(180-181ページ)
�検↓垢呂い茲い茱�エサル(=ジュリアス・シーザー)の巻。興味津々。
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火曜日は、19時過ぎに部屋に帰ってきたら、後輩から電話があり、遊びに行くことになる。翌日も休みだからいいかなと。 そして、結局部屋に帰ってきたのが17日の午前2時過ぎ。車で送ってもらって帰ってきて、疲れていたのかそのまま眠ってしまった。
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お知らせ
新潮文庫の最新刊の中に、村上春樹の新刊予告の紙が入っているものがありますよね(辻仁成のやつには入っていた。ローマ人の物語の文庫には入っていなかった)。それには「猫の話らしい」と書かれていて、9月発売予定になっていて、8月からはその新刊専用のホームページを立ち上げるとか。 あおられてしまいそうで、すごく楽しみです。
SFには様々なモチーフがあるけれど、パラレルワールドもそのひとつだと思う。 何かが(それはときにより価値観だったり、環境だったりする)ちょっとだけ、あるいは大きく異なっている私たちが生きているのとは別の世界。 よく歴史物のイフを描いた小説なんかは、ある意味パラレルワールドを描いているということもできるのかもしれない。 そこで、今日はその数あるパラレルワールドのひとつを覗いてみようと思う。 その別の世界では、いったいどんなものが人々の間で人気があるのか。 毎度おなじみのText Sun Set調査団が、今回は時空を超えて調査してきました。
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調査報告� /裕い里△覬撚�
『I am jam』
主人公のジャムはイチゴ味。7歳になる娘キャサリンがいる。しかし、食べ物であるジャムに子育てはできないと、キャサリンは施設に預けられてしまう。 キャサリンと一緒に暮らしたいと願うジャムは敏腕弁護士に弁護を依頼するが、断られる。 途方にくれるジャムは様々な手をうつが、結局はトーストに塗られ食べられてしまう。 愛と感動のヒューマン+ジャムドラマ。
調査報告�◆ /裕い里△襯疋薀�
『Sweet Dreams』
毎週月曜日午前5時から放映されている20代の男女4人を主人公にしたトレンディドラマ。 アパレルメーカーに勤める主人公(男)と、偶然再会したライバル会社に勤める学生時代の元恋人(女)を中心に、主人公の親友(男)と、その親友が恋をする気の強いフリーのカメラマン(女)の4人が織り出す人間模様。 仕事や恋に迷い、苦しみそして最後には幸せを掴む男女の心の旅を描き視聴率20%を超える大ヒット。 我々調査団は、その全10話のタイトルを入手。
第1話 第1の殺人 第2話 未来からの訪問者 第3話 最終兵器、発動 第4話 生贄は誰だ? 第5話 人類最後の日 第6話 恐怖の館再び 第7話 さよならポチ 第8話 ポチ、アンドロイドになる 第9話 ポチ、最後の戦い 第10話 ポチ、Love&Forever
調査報告�� 人気のあるスポーツ
蹴鞠
貴族たちのスポーツと認知されていた蹴鞠が、テレビアニメ『ヒカルの蹴鞠』の影響もあり大ブレイク。 渋谷や新宿では、フットサルのための体育館が蹴鞠場に代わり、人気を集めている。
調査結果
いまの世界の方がいいです。
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お知らせ
15日は、午前9時30分からの回の『スターウォーズ エピソード2 クローンの攻撃』を観てきました。 『スターウォーズ』シリーズはエピソード1しか観たことがないのですが(前3部作は未見)、今回のはそれでもかなり愉しむことができました。 おもしろかったです。
| 2002年07月13日(土) |
『ローマ人の物語4 ハンニバル戦記[中]』+『ローマ人の物語5 ハンニバル戦記[下]』 |
12日の夜から13日の朝にかけて同僚たちと遊んでいて、部屋には午前6時台の電車で帰ってきた。 平日の朝には歩くにも難儀するもくらい混みあっている駅のホームは、週末になるともうひとつの表情を見せる。駅のホームを擬人化したとしたら、ホーム氏も週末には休んでいるのだろうなと思えるくらいに。 同じ駅が最寄り駅になる後輩と「いつもと全然違う」というような話をした後で別れ、てくてくと部屋を目指す。朝に帰ってくるのってなんだか奇妙な感じがするし、状況は違うけれど『ホリー・ガーデン』の果歩のことを思い出してしまう。何度も何度も繰り返しページを手繰っていた時期があったせいか、いろんなシーンで『ホリー・ガーデン』の描写を思い浮かべてしまうのだ。 条件反射みたいに。 当然、ほとんど眠っていなかったのだけれど(2時間くらい)、それでもこれでまた生活のリズムが狂ってしまうのはいやなので、そのまま起きていることにする。 9時過ぎにクリーニング屋に行き(このお店のおじさんとおばさんとはよく話すのだけれど、いつも「また出張だったのかい?」と訊かれる)、それから朝食をとるために近くにあるハンバーガーショップに行った。カバンを肩からかけて、その中に『ローマ人の物語4 ハンニバル戦記[中]』を入れて。 ハンバーガーセットを食べながら約250ページ中60ページくらいまで読んでいた[中]を読みはじめ、おもしろく途中で止められず、結局12時前までアイスコーヒーをおかわりしながら最後まで読みきってしまう。
一度部屋に戻り、今度はウエストバックをして電車に乗る。 青葉台に買い物に行くことにしていたのだ。 青葉台には東急スクエアという商業施設があって、そこには様々なテナントが入っていて便利がいいのだ。 街の規模もそれほど大きくもなく、かと言って不便なわけでもなくちょうどいい感じ。 以前にもちょっと書いたけれど、東急スクエアに入っているテナントは、
・ブックファースト ・無印良品 ・東急ハンズのハンズセレクト ・伊東屋 ・ユニクロ ・2プライススーツストア ・石丸電器 ・スターバックス など……
と、結構バランスがよいのだ。流通業のカテゴリーキラーがいくつか混ざってもいるし。 まずは伊東屋で文房具を購入する。 伊東屋がそれほど遠くない場所にあるのは嬉しい。ちょうどセールをしていたので、買う予定のなかったクリアファイルをまとめて買ってしまう。 それからブックファーストで数冊の本を買う。
帰りに、コーヒー店でウエストバックの中に入れていた『ローマ人の物語5 ハンニバル戦記[下]』を読みはじめ、やっぱり読み終えるまで長居してしまう。読みはじめたらおもしろくて眠気はどこかに消えてしまったのだけれど、それでもほとんど眠っていないのにはかわりがないので、外の方がいいかなと思ったりしたのだ。さすがに、外だと眠ったりはしないだろうし。
ということで、いまは21時少し前で、Daysをアップしたら眠ろうと思う。 正直な話ものすごく眠たくて、けれどもこの時間に眠るのなら生活のリズムはそんなに乱れないのでは? と思うのでよかった。 本もおもしろかったし。
その本の方なのだけれど、稀代の名将ハンニバルとスキピオの戦いが軸になっており、かなりの分量で描かれているポエニ戦役の部分には熱中してしまった。やっぱりそういうのって男心をくすぐるようなところがあるような気がする。 気に入った部分等は、またの機会に。 さすがに睡眠時間2時間ほどで2日近く起きていることになるので、かなり眠いのだ。
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お知らせ
書店には数冊のベッカム本が並んでいて、こういうブームものの本って本当に素早く類似本が出版されるよなと思ってみていました。 それでは、おやすみなさい……
| 2002年07月09日(火) |
無料の新聞+『ローマ人の物語3 ハンニバル戦記[上]』 |
最近、最寄の駅の入り口で無料の新聞を配っている。『HEADLINE TODAY』という名前のその新聞は、なんでも、日本ではじめての無料の日刊ニュース・ペーパー・メディアなのだそうだ。 無料というのはもちろん収入をスポンサーからの広告収入に頼っているためで、紙面の中には全面広告などもいくつか含まれている。 実際の紙面は、「Business」「World」「Feature」「Town News」「Shopping」「TV Guide」「Show biz」「Sports」などからなり、それにいくつもの「Ads(広告)」が含まれている。1面と最終面といくつかの広告がカラーで、残りはモノクロの紙面。ヘッドラインという名前の通り、1面左側には「LINE UP」として今日の紙面の紹介を行っている。それを見て、興味をもったところをすぐ読むこともできるというわけだ。 実際の創刊は15日とのことで、現在配布されているのは創刊記念の「Campaign Issue」と書かれている。 それなので、実際に創刊された後どのような配布形態をとるのかもよくわからないのだけれど、おもしろいとは思う。もちろん全国紙とは異なるけれど、ニュース内容自体も分量も、短時間にちょっと読むには適しているし、ネットニュースの紙版といった雰囲気があるのかもしれない。 昨年、「SEVEN」という似たような大きさの100円の新聞が創刊されていたけれど(これはまだあるのだろうか? 最近見かけないけれど)、こちらのほうはどうなるのだろう。
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8日の夜は、関西から出張でやってきた人を囲んでの、久しぶりの部署での飲み会。ビール1杯+ウーロン茶2杯。
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『ローマ人の物語3 ハンニバル戦記[上]』読了。塩野七生著。新潮文庫。 3巻目。3〜5がハードカバーの2巻目にあたるのだけれど、その内の[上]では第一次ポエニ戦役が描かれている。 シチリアとその海域を舞台にした北アフリカの大国カルタゴとの戦いは、紀元前264年にはじまるもので、いまから2000年以上昔ということになる。 過去の上に現在が連綿と続いているということを日々実感することはなかなかないのだけれど、それでも歴史にまつわる本を読んでいるときには、そういったことについて考える。 現在はある瞬間に唐突に生まれ出たものではなく、少しずつの改善や改革の上に導かれていっているものなのだということ。 それだけに一本一本の糸で模様入りの絨毯を織り込んでいくように、簡単にはほどくこともできないだろうということ。
そして、最初の読者へというところにはこのようなことが書かれている。
ハンニバルやスキピオをはじめとするこの巻の登場人物たちと私たちの間に、二千二百年の歳月が横たわっているとは思えないほどだ。そして、それを書く私が愉しんで書いているのだから、読むあなたも愉しんで読む権利は充分にある。高校時代の教科書ではないのだ。プロセスとしての歴史は、何よりもまず愉しむものである。 ちなみに、一年間で世界中の歴史を教えなくてはならないという制約があるのはわかるが、日本で使われている高校生用の教科書によれば、私がこの巻すべてを費して書く内容は、次の五行でしかない。 ――イタリア半島を統一した後、さらに海外進出をくわだてたローマは、地中海の制海権と商権をにぎっていたフェニキア人の植民都市カルタゴと死活の闘争を演じた。これを、ポエニ戦役という。カルタゴを滅ぼして西地中海の覇権をにぎったローマは、東方では、マケドニアやギリシア諸都市をつぎつぎに征服し、さらにシリア王国を破って小アジアを支配下に収めた。こうして、地中海はローマの内海となった―― これが、高校生ならば知らないと落第する、結果としての歴史である。これ以外の諸々は、プロセスであるがゆえに愉しみともなり考える材料も与えてくれる、オトナのための歴史である。(15-16ページ)
「結果としての歴史」と「プロセスとしての歴史」という対比は言われてみるとなるほどなのだけれど、結果としての歴史を覚えなければいけない時期はとうの昔に終えているので、プロセスを自分のペースで読書という形で追うことができるのは確かに愉しみであると実感してしまう。前述のように書かれている時代と現在とが同じ線上にあるということを普段はなかなか実感できないでいるのだけれど、そこに描かれている人間は自分たちと同じなのだということはわかり、それだけに、ときに共感したり呆れたり驚いたりすることができる。そして共感したりするためには、テンポやスピードはともかく、細部を知っていくことが必要なのだろう。 これは、中学時代に三國志がものすごく好きで、けれども歴史の教科書では三国時代と短くしか書かれていなかったのにショックを覚えたのと同じことなのだろうと思う。 僕が当時愉しんだり共感したりしていたのは、劉備や曹操たちの繰り広げる様々な細部であったわけだし。
また、この巻でも何かにつけてマニュアルをつくりシステム化してしまうローマ人の特質に触れられているのだけれど(たとえば、軍団編成や遠征中の宿営地建設など)、その理由が指揮官や兵士たちが毎年変わるというローマ独自のスタイルのためだったというのはおもしろい。そのスタイルゆえにローマは仕組み化せざるを得ず、その結果として大国となっていくのだから。 確かに、誰がやっても同じ結果をもたらすためには、細部までしっかりとシステムを作ってしまいそれを遵守してもらうことが重要だ。 僕は個人的には(あくまでも個人的には)マニュアルが人を縛るからきらいだというような考えはちょっと違うのではないかと思っているので、これには納得してしまう。 世の中にはたくさんの人がいて、その人たちに同じことをやってもらいたいと思うのであれば、やっぱりマニュアルやシステムが必要になってくるわけだし。もちろん、それを超えた応対ややり方というものもありだけれど、それはまずシステムをしっかりと運用することができている、という前提の上でのことだと思うし。 変な話、マクドナルドにはびっくりするくらいの数のマニュアルがあるとのことだけれど、そういったマニュアルがなければ日本だけで何千店舗も展開することなんてできないだろうし、あの入れ替わりのおそらくは激しいだろうアルバイトたちがスムーズに処理を行う事だってできないはずだし。
それなので、マニュアルに縛られることは嫌いだと言い放ってしまうのを聞くと、ちょっとだけ「うーん」と思ってしまう。それは個性に関する問題とは違うような気がするのだけれど、と。
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お知らせ
8月からマクドナルドで59円ハンバーガーがはじまるみたいですね。しかも、今度は平日休日の区別なく。
同僚と話していたときの話。 僕も同僚も別々のところで『アイアムサム』を見ていて、すごくよかったと言っていたのだけれど。 ルーシー(娘)が本当に本当に本当に可愛いよねという話になり、どうして子供なのにあんなに大人なんだろうとか、ああいう子供が欲しいから外人と結婚するとか(※注:外人と結婚したからといってああいう子供ができるわけないだろうとはつっこんでおいたのだけれど)、とにかくアイドルに憧れる中学生男子みたいなことを話していたのだけれど。 そのときに出てきた話。
「いやー、オレあんまり可愛いからCGかと思ったもん。マジで」
かなりツボにはまってしばらく笑う。さすがハリウッド。すでにそのレベルまで……
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夜はその同僚としゃぶしゃぶを食べに行く。一緒に食事をしようということになり、何を食べようかという話になり、栄養をつけるためにしゃぶしゃぶなんてどうだろうという話になり、木曽路というお店に行く。たまに何気なく入ると値段が高くてびっくりするところは、学習能力が足りないと言うべきところだけれど、ボーナス後の独身20代は結構強気なので肉をおかわりなんてしてしまう。 おいしかった。おなかいっぱい。 けれどもまあ、緊縮財政を心掛けよう。幸いなことに、物欲はもうかなり落ち着いているし。
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お知らせ
最近の個人的なヘヴィーローテーションは、Vanessa Carltonの「A thousand Miles」なのです。 前奏のピアノからもうやられてしまうのです。
| 2002年07月06日(土) |
ミラクル天気+『MIB2』 |
ニュースキャスター:以上、地域のニュースをお送りしました。次はお天気です。マッキーさーん。
(画面切り替わる。そこには、赤いドレスを着てつけ鼻をつけたインチキ臭い男が悩殺ポーズをとって立っている。随分と痩せていて、動きがなよなよしている)
マッキー:はぁーい、NNNテレビ一のお天気お姉さんマッキーでぇーす。お兄さんだろっていう苦情は一切受け付けませぇーん。今日もこのマッキーがお送りする「ミラクル天気」、行ってみよう!
(天気図が上から降りてくるが、なぜかオーストラリアの地図)
マッキー:はぁーい、明日のパース周辺は晴れ。今日でもう1週間も雨が降らないのでみんな困っています。内陸部では山火事も多くってマッキーは心を痛めているわ……
ニュースキャスター(画面の右半分にスタジオの映像が割り込んでくる):ま、マッキーさん?
マッキー:何よもう、せっかくいいところなのに。これからが晴子が洋司に告白するかどうかっていう最高のシーンじゃない。
ニュースキャスター:(……晴子?)あ、あのですねー、オーストラリアじゃなくって、日本の天気予報をお願いします。
マッキー:はっ! あらやだ、ワタシいつの間にオーストラリアの天気予報なんてしていたのかしら。これは宇宙の大いなる意思を感じるわね。コスモパワー……?
ニュースキャスター:じ、時間もありますから、早くお願いしますね(笑顔だが、眉間にしわが寄っている)。
マッキー:もう、思索の時間もくれないんだから。まったく融通が利かないわね。だからいまだにいい時間帯のニュース読めないのよ。
ニュースキャスター:ま、マッキーさん!
マッキー:まったく、やるわよ。やればいいんでしょ。まったく、あの万年ヒラキャスターのおかげで気分悪くなっちゃったわ。
(天気図が上から降りてくる。今度はちゃんと日本の天気図)
マッキー:はい、明日の日本列島はこんな感じです。西は暑いし、北は寒いわね。季節は初夏ね。全国的に晴れだけど、雨のところもあるって感じ。じゃあ、つまんない解説はこれくらいにして、今日も大好評の「ミラクル質問」のコーナーにいってみましょう。 えーと、まずはあかね台小学校4年生のペンネーム「わびさびわさび」ちゃん。うーん、粋なペンネームね。将来性を感じるわ。じゃあ、質問を読み上げるわね。
マッキーさん、質問があります。 私は梅雨の時期が大嫌いです。梅雨明け宣言って、どういうときに誰が出すのですか?
なるほど、いいところに目をつけたわね。「からからからし」ちゃん。え? わさび? もうどっちでもいいじゃない。どっちも辛いんだから! 辛い繋がりでしょ! もう! バゴン! ……まったく、この局はアタマの固い人間が多すぎるわ。もっと柔軟な大空に羽ばたく鳥のような心を持っていないとだめじゃないの。え? バゴンって何って? アルタミラ地方に伝わる方言で、「あなたの美しさは幾百の宝石を超える」って意味に決まっているじゃない。まったく、何も知らないのねあなたたち。早く私のレベルに追いついてよ。私のいる高みまでやってきてよ! ピカチョン!
……さて、質問の答えだけど、梅雨明け宣言はね、実は私のグランマ(※注:祖母)が出しているのよ。どういうときに出すのかっていうと、グランマが素敵なイングリッシュガーデンで美味しいハーブティーを飲みながら、グランパ(※注:祖父)と花札勝負をして、勝ちまくったときに気分がよくなって出すの。世界の天気に関することは、たいていのことは私の一族が司っているのよ。特にグランマのご機嫌に左右されることが多いわ。 どう? わかったかなタバスコ姫ちゃん。
ニュースキャスター:マッキーさぁーん、そろそろ時間です。
マッキー:うるさいわね! ペロンパ! まったく、新人アナとできていることを公共の電波でばらすわよ! あ……言っちゃった。てへ☆
ニュースキャスター:……(右側の画面で固まっている)。
マッキー:じゃあ、最後に今日のNNN局周辺の天気をお伝えするわね。キャスター周辺に暗雲が立ち込め、局長の雷が落ちるでしょう。左遷注意報が出ています。 じゃあ、明日もマッキーの「ミラクル天気」お楽しみに!
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土曜日は午前6時に起きて、昨日アップする前に眠ってしまったDaysをアップして、それから朝食をとったりいろいろ準備をして、それから電車で数駅のところにあるシネマコンプレックスで午前8時45分からの回の『MIB2』を観てきた。今日から公開で、1を観ていてあの軽いノリが嫌いじゃなかったので、観に行ってきたのだ。それに、その時間からの上映は、観終わってもまだ午前中なので得した気分になれるかなとも思ったし。 映画は、まあ予想通りというところ。こんな感じだろうなというノリで、こんな感じだろうなという展開。それでも、JとKが銃を持って黒服で並んでいる姿を見たときには懐かしいなと思ったのだけれど。 早朝の映画館は、土曜日だけれどさすがに空いていた。
7日の早朝に【Fragments】4をアップ。長い話を書くときにはまず大まかなストーリーのようなものを考えたりもするのだけれど、【Fragments】は基本的には書きはじめるまでどんなものになるのか自分でもわからないので、自分でも今回はこうなるのかと思えるのは新鮮だったりする。
さて、日曜日は仕事。頑張ろう。
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お知らせ
そう言えば、行き帰りの飛行機で『ニューヨークの恋人』、『マジェスティック』、『アイアムサム』(これは映画館に続いて2回目)を見ました。座席の前についている小さな画面で。
| 2002年07月05日(金) |
ハンバーガー紀行+『ローマ人の物語2 ローマは一日にして成らず[下]』 |
今日のDaysは新大阪発のぞみ96号の中から。
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Daysの間隔が空いていた間、アメリカに行っていたのだけれど、覚えているのはとにかくハンバーガーを食べ続けていたこと。 仕事で行っていたのだけれど(と言っても日本語ばっかりでいい仕事。英語は苦手だし)、食事のときにはできるだけハンバーガーのお店に入ることにしていた。個人的に、今回のアメリカ行きのテーマに、ハンバーガーチェーン食べ歩きをしようというのを掲げていたのだ(書いていてちょっと情けない感じがするのは気のせいだろうか……)。 と言っても、常にハンバーガーばっかり食べていたわけではないし、ステーキハウスや、地元の古きよきアメリカ的な雰囲気を色濃く残すコーヒーハウスにも行ったり、ホテルの部屋でちょっとした打ち上げ的にチキンやとげとげのついた謎のフルーツなどいろいろ食べたりもしたのだけれど、それでも1日1食は必ずハンバーガーのチェーン店に入ることにしていた。 一緒にいた人は「またハンバーガー食べるの?」とか、しまいには地元のおいしい店を教えてくれるようにすらなったのだけれど(うーん)、個人的には結構(というかかなり)満足している。
僕が訪れたハンバーガーチェーンは次の通り。
・Mcdonald's(ここには2回行った) ・Arby's ・Buger King ・Carl's Jr ・In-n-Out Burger(ここには2回行った)
そして、今日のDaysではちょっとした各店舗の感想を。
まず、Mcdonald'sから。 向こうでの発音はマクダーネルズというような感じらしいのだけれど、いわずとしれた世界の外食チェーン第1位で2万店舗以上ある。あんまりにも店舗が世界中にまたがっているため、一時は物価を計る指標としてビックマック指数というのがあったくらい。もちろんそのビックマックもメニューにある。 日本にないものでは、クリスピーチキンを間に挟んでいるものとか、ヨーグルトのドリンクとか。 僕が頼んだのはチキンのやつだったのだけれど、おいしかった。 ドリンクは(これは向こうではほとんどの店でそうだったのだけれど)空の容器だけを渡されて、店内にあるドリンクバーの機械から勝手に好きな飲み物を入れていくシステム。もちろんお替り自由。 次にArby'sへ。 大きなショッピングセンターのフードコート内に入っていたお店だけれど、味の方は可もなく不可もなくという感じ。それほど店舗網を増やしているわけでもないみたいだし、おいしい! という声も聞かれなかったのだけれど、それにも納得。 やたらとポテトにつけるケチャップをくれて(数えたら5袋も!)、いったいこんなにケチャップをつけることの意義や意味はなんなのだろうとちょっと考えてしまう。 また、アメリカ人はどうやらケチャップが好きみたいで、スーパーマーケットでは緑色のケチャップなんかも販売していた。子供が好んでいるみたいなのだ。緑って……。
Buger Kingは、一度日本に進出し、昨年撤退している。池袋や湘南近辺に数店舗擁していて、一番の売りである大きなハンバーガーのワッパーはおいしかったので残念だったのを覚えている。 そのBuger Kingはアメリカでは業界2位の座をキープしていて、ワッパーはやっぱりおいしかった。でかかったけれど……。 気合を入れて注文しないと食べきれないくらいの大きさで、ハンバーガーキングを自認する僕でも、ちょっとてこずるくらい。味はおいしい。この大きさでは、日本では受け入れられなかったのもある意味納得できたりもする。
Carl's Jrはカリフォルニアに本拠を置く西海岸のみに店舗を構える地元チェーン。 これまでの3チェーンと比べると、効率化よりは味の方に重きをおいているような印象。なぜそう思うのかと言うと、やたらと店員が多いから。パテがおいしいという評判だったのだけれど、確かにとてもおいしかった。僕は食べなかったのだけれど、ほとんどステーキだろうというような肉を挟んでいるものもあるそうで、それがとてもおいしいのだという。 この店では喉が渇いていたのでラージサイズのドリンクにしたのだけれど、渡された容器の大きさにかなり驚く。日本のラージサイズの1.5倍はあろうかという紫色の半透明の巨大な入れ物を渡されてしまったのだ。そして、またもやドリンクバーのようなところでコーラを、しかもちょっと不安になってしまったのでダイエットコーラにしたのだけれど、ボタンを押しても押しても容器がいっぱいにならない……蓋をしてストローをさして手にしてみたら、やたらと重みがあってコーラがたぷんたぷん揺れている。ちょっと引いた……
最後に、今回出会えて本当によかった! と思えたIn-n-Out Burgerを。 ここは、もともとドライブスルーから発達したチェーン店とのことなのだけれど、ここもやはりかなり店員が多い、日本で言うとモスバーガーのような位置づけのチェーン店。しかもこの店はパテひとつとってもアバウトな味ではなくて、どこか繊細な味であるように思えるのだ。ポテトに関しても、その日とったジャガイモから店舗で切って揚げているとのことで、どこか生っぽい味がする。 もう、かなりかなりファンになってしまった。 僕の訪れた店は、ドライブスルー型の店舗で、店内というものは存在しなくて(つまり、小さな建物にちょっとした窓のようなところがあって、そこに直接注文をして持ち帰るか外で食べる)、店外に2つばかりテーブルが置かれているくらいだったのだけれど、車の方がひっきりなしにやってきては離れていった。それだけ地元の人に愛されているということなのだろう。 あんまりにもおいしかったから、翌日にも23時過ぎにまた行ってしまったくらい。あくまで個人的な味覚だけれど、いままで食べたハンバーガーのなかでは一番好きな味。安いし。コンボ(ハンバーガーとポテトとジュース)で日本円にして500円しないくらい。 これはぜひ一度試してみることをオススメします。
でも、思ったのは、これはよく言われることだけれど、ああいう食生活をずっと続けていたらそりゃあ大きくもなるよな、というもの。飲み物なんて前述の通りものすごくたくさんだし、ポテトにつけるケチャップだって基本的には常に過剰だ。過ぎたるは及ばざるが如しみたいな言葉ってないのかなとか思ってしまう。最後の日の朝にはスターバックスに入ったのだけれど、そこでも一番小さいサイズが「トール」だったし。うーん。 また、たいていの日には朝6時くらいに起きて、何人かでDenny'sなどの朝食をとることのできるコーヒーショップに行ってきたのだけれど、そこでも700円くらい出せば、ものすごいボリュームの朝食をとることもできた。パンケーキ2枚に卵、ハムにカリカリのベーコン、ハッシュドポテト、それからコーヒーにジュース。地元のおじさん風の人たちがたくさんいて、そういう雰囲気はよかったりもした。
いずれにしても、世界の超大国であるアメリカの繁栄がハンバーガーによるものだというのは有名な話なので(?)、その秘密を体得しようといろいろと食べ比べてみたのだ。 ほとんど飽きずに食べ続けていたのなんてやっぱりハンバーガーが好きなのだろうなとあらためて思った。
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ここからは部屋に帰ってきてから。
『ローマ人の物語2 ローマは一日にして成らず[下]』読了。塩野七生。新潮文庫。 [上]の続きで、共和制ローマの成立からイタリア半島の統一までの過程が描かれている。今回も[上]と同じように細かい固有名詞にはそれほどこだわらないでよんでいたのだけれど(正直、どんどん時代が進むので、あまりにもたくさんの名前が出てきては消えきりがない)、話の流れとしては、大まかなポイントはつかみながら読むことができていると思う。 これはあまりにも長大なシリーズなのだけれど(ハードカバーでは全10巻で、文庫本は1巻1巻がそれぞれが何巻かにわかれている)、いま読んでいる途中での感想はやはり新鮮だというもの。高校時代は日本史を選択していたので、世界史に関しては中学生レベル+何冊かの読書レベルでとまっているので、そういう部分でかなりおもしろいのだ。 ローマがどのような過程でつくられていったのか、そしてどうなっていくのかというのが、大きなスケールで語られていく。かつての歴史は現在にも通じる何かがあるだろうし、興味深いなと思う。また、後世の歴史家などから見ると本当に不思議なことなのだろうけれど、栄えていく国家なり共同体なりというのは、本当にこれ以上ないというタイミングで組織体に適したリーダーを得るものなのだというのはおもしろく思えた。逆に、そういったリーダーなり人材なりを得られなかった組織は衰退していって。そういうのって、よく言われるように企業とも通じるところがあるのだろうし、なかなか考えさせられてしまう。 いつものように、印象に残ったところを。
兵士ほど、指揮官の能力に敏感なものはいない。無能な指揮官の下では、無意味に命を落とすことになるからである。また、指揮官不在の軍隊は戦力にならないことも、成年に達してから六十歳で予備役も免除になるまでの、長い戦役体験が教えたことだろう。有能な指導者の存在が共同体にとって不可欠であることを、ローマ人は常日頃から理解し、認めていたということである。(53ページ)
人類はしばしば、先見性に富む人物を生んできた。彼には先が見えるから、現在何をなすべきかがよくわかる。しかし、認識しただけならば、先見性をもった知識人、で終わってしまう。見え、理解したことを実行に移すには、権力が必要だ。マキアヴェッリも、「武器をもたない預言者は自滅する」と言っている。トロイの王女カッサンドラは、ギシリア勢によるトロイの滅亡を予見し、それを防ぐための対策をトロイ人に説いたが、誰からも相手にされなかった。ヨーロッパでは今でも、説得さえすれば聞き入れられると信じている人を、「カッサンドラ」と呼ぶ。(92ページ)
ローマ興隆の因を精神的なものに求めなかった、三人の態度である。私自身も以前から、興隆や衰退の要因を感性的なことに求める態度をとっていない。つまり、交流は当事者たちの精神が健全であったからであり、衰退はそれが堕落したからだとする論法に納得できないのだ。 それよりも私は、興隆の因は当事者たちがつくりあげたシステムにあると考える。なぜなら、人間の気分ほど動揺しやすいものはなく、気分を一新してくださいなどと説いても、なかなか全員で一新できるものではない。一新するには、一新せざるをえないようにする、つまりシステム化してしまうしかないと思うからである。(202-203ページ)
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お知らせ
向こうで驚いたことの一つは、コンビニは扉のところに身長を測る目盛りのようなものが刻印されていたこと。 おそらくは泥棒などが逃走するときに身長の見当にするのだろうなと思うのだけれど、そういうのって結構生々しい。
現在、5日の午前1時少し前。 現在地は新大阪で、さっきまでメンバーとファミリーレストランに行っていた。 今日は1泊2日の出張荷物を持って普通に出勤し、普通に仕事をして、夕方に職場を出て新横浜駅へ向かった。18時36分発ののぞみに乗り込む。時差ぼけのせいなのか3日の遅い時間に目が覚めてそれからずっと起きていたので、久し振りに新幹線の中で思いがけずぐっすり眠る。カラダのなかにもし時計のようなものがあるとしたなら、たぶんちょっとおかしなことになっているような感じだ。短針が緩くなっているような感じ。締め直さないといけない。
それにしても暑い。むしむしする。むしむしするって言い方はおもしろいかもと思う。出張もおそらくはあと1、2回で終了するはずで、振り返るのは実は好きなのかもしれないとはDaysを書きはじめてからあらためて思っているのだけれど、いろいろとまた振り返ってしまうのかもしれないと思った。
振りかえることは大切、とちょっとだけ思う。 座標のようなものを確かめるためには必要なことだし、どちらを目指すのかを確認する意味も込めて。
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お知らせ
もう7月なのだと知るにつけ、今年も早いなと思うのです。 それにしても、今年は何度目の大阪なのでしょう。
| 2002年07月03日(水) |
【Fragments】3 |
【Fragments】3
[Theme:気配 by PICNICAさん]
Rainy Station
1
Rainy Station 夏なのに君は冬服のまま Rainy Station いつまでも動かない時の中 本当に大切なものは何って 教えてくれたのに
ウォークマンのイヤホンからは、レイジの歌声が聞こえている。フジエダレイジ。ワタシが追いかけている、インディーズのロックバンドSecret Gardenのヴォーカルだ。詩も曲も全部手がけている彼をのことを私は本当に大好きで、彼の歌声はワタシの守り神だなんて傍目にはバカみたいなことだって信じている。 ワタシは高校1年生で、将来の夢みたいなものはない。毎日はトモダチとのくだらない話とつまらない勉強に費やされていることが多くて、今いる場所から逃げて行きたいだなんてことをどこかでは本気で考えている。トモダチたちとの仲間はずれがどうのというバランスゲームは、心の中ではくだらないと思っていてもそれと決別できるほどワタシは強くはないし、だからときどき、頭を振ってもからからという乾いた音しかしないんじゃないかなと思う。 レイジのうたは、そんな私のからっぽな内側を満たしてくれる。うつくしいメロディーと、強くてやさしい歌声。お兄ちゃんはどこがいいんだよと言うし、トモダチのなかにはこんなの売れないよと断言する子だっている。けれども、レイジの歌はいつだって私の中に響く。たとえば雑踏の中で、どこかの店先でレイジの歌をかけていたら、ワタシはすぐにそれに気がついて、自分のなかのスイッチが入ってしまうような気すらしている。 そして、レイジの歌を聴いている間だけ、ワタシは本当のワタシでいることができるような気がしている。あるいは、ワタシがなりたいと思うようなワタシに。
塾のない日は、いつものように学校帰りに近くの公園に寄って、そこのベンチに腰掛けてレイジの歌を聴いている。その公園は比較的大きくて、随分と静かなところが気に入っている。レベルは高くはないけれど、それでも一応公立の高校へ進学したお祝いに買ってもらった最新型のCDウォークマンには、いつもレイジのCDを入れていて、そこで気が済むまで音楽を聴いているのだ。ワタシはそうやって少しだけ涼しい風の吹いている公園なんかでぼおっとすることが好きなのだけれど、そういうことを言うとトモダチは「変わってんねー」と言う。じゃあ何が変わっていないのだろうと思うのだけれど、そういうことは訊ねたりはしない。それは人間関係に波風をたてることになるからだし、そういう波風は小さなボートであるワタシたちをいとも簡単に揺さぶってしまうからだ。 もちろん、アタマの中では、もっと大人になったら、いろんなことがうまくいくんじゃないかなと思っている。わずらわしいことから開放されて、あるいは思っていることをうまく口に出さないでいてもそれが自分の存在を否定するような大きくて切実な意味は持っていなくて、たくさんのことを割り切ることができるんじゃないかって。けれど、いまのワタシはまだ全然子供なので、意に沿わないことをひとつ受け容れるたびに、自分っていう存在が削られたり損なわれてしまうような気がしてしまっているのだ。たとえばそれは周囲に話をあわせて思ってもみないことを言っているときがそうだし、本当はその子のことをなんとも思っていないのに、トモダチが無視しているから無視するようなときだ。 レイジの歌は、そんなふうにして日々損なわれていくワタシを、埋めていってくれる。レイジの歌を聴くたびに、消耗していったヒットポイントのようなものが、回復していくのを感じる。ワタシはレイジには会ったことがないけれど、それでもどこかにワタシのことをちゃんとわかってくれる人がいてくれるのは幸せなことだと、そんなことを思う。 もちろん、そんなことは一方的な思い込みにしか過ぎないのだけれど、それでも、レイジの歌を聴いているとそんなことを信じることができるのだ。
レイジの曲の中で一番好きなのは、「Rainy Station」っていう曲だ。Secret Gardenはインディーズでアルバムを2枚出しているけれど、その1枚目の3曲目に入っている。 ミディアムテンポのやさしい感じのする曲で、歌詞が少し変わっている。 レイジとおぼしき男の子が、駅のホームで幽霊の女の子と出会って恋に落ちる歌詞なのだ。 そして最後には、その女の子が消えてしまって終わる。 とてもやさしくて、せつない感じのする曲だ。
「ミツコ、塾の方はどうなの?」 食卓テーブルの向こう側から、母親がそう訊いてくる。先月から高校生向けの新しい塾に入ったばかりなので、気になっているのだ。今年の春から2流大学に入ったお兄ちゃんは最近サークルやアルバイトで忙しいため夕食の時間には家にいないことが多い。お父さんはもうずっと昔から夕食の時間には家にいることがない。大体22時くらいに帰ってくる。それで、夕食はたいていワタシとお母さんの2人で食べる。ワタシだって、塾のある日は帰りが21時くらいになってしまうから、以前のように20時に夕食をとるのは、週の半分くらいだ。 「普通だよ」 「あなたはやればできるんだから、頑張ってちょうだいよ。ほら、最初が肝心っていうでしょ」 「うん」 ワタシは本当にやればできるのだろうかと思う。数学の計算は確かに考えれば解けるけれど、見てすぐに答え方がわかるわけじゃないし、国語の問題だってそのときの主人公の気持ちを当てることに意味があるとはどうしても思えない。それに暗記物だって、ただの単語を暗記し続けることにどんな意味があるのだろうと思う。
自分の部屋に入ると、ミニコンポにCDを入れてヘッドホン越しにレイジの歌を聴く。目を閉じて、メロディーと歌声に耳を傾ける。様々な風景や光景が浮かんでくる。ワタシも、将来レイジに見えているような美しい光景や、やさしくて激しい感情に出会うことができるのだろうかというようなことを思う。ワタシはまだ誰とも付き合ったことがないけれど、いつか歌に歌われているような恋に身を焦がすことができるのだろうか。 そして、アルバムを一度聴いてから、机に座って塾で出された宿題をやりはじめる。面倒くさいし意味がないと思っていてもとりあえずやってしまうのだから、まったく気が小さいなと思う。 学校だって、本当に楽しくないわけではないのだ。ただ、すべてが中途半端であるように思えて、その原因が夢や目標のようなもののない自分のせいだと思うと情けなくなるだけなのだ。 本当に、ワタシはただのちっぽけな高校一年生でしかないのだなと思うと、やりきれなくなる。
インターネットで「レイジ」と検索するだけで、たくさんのレイジのファンがいることがわかる。ワタシと同じくらいの年代の女の子や男の子たちのなかで、レイジは本当にカリスマみたいだ。 たくさんの掲示板があって、そこではたくさんの人たちがレイジの歌と出会って、自分がどんなに救われたかというようなことやどんなにSecret Gardenが好きかということを書き連ねている。 ワタシもいつもそこに書き込みをしようと思うのに、どうしてか手は止まってしまう。 そういうことに躊躇してしまうのだ。ジイシキカジョウなのだ、たぶん。 でも、画面の文字の羅列の海をぼんやりと見つめながら、こんなにもたくさんの人たちの気持ちを揺り動かしてしまえるレイジはすごいと本当に思ってしまう。
インターネットのホームページでは、レイジたちについてたくさんの嘘とも本当ともつかない情報が氾濫している。ライブの情報から、バンドの結成秘話のようなもの。あるいは、それぞれの曲の元エピソードと推測される出来事。あるいはたくさんの、世界中にある街の数みたいに本当にたくさんの感想。 Secret Gardenは5人組のバンドで、ボーカルのレイジに、ギターのセイ、ベースのタクマにドラムのヨージ、そして唯一の女性でキーボードとコーラスを担当しているカンナからなっている。元々、2つの別々のバンドだったのだけれど、よくあるメンバー交代のいざこざの末に、いまの5人でバンドを組むことになった。カンナはもう一つのバンドでボーカルをしていたから、たまにカンナがボーカルをとっている曲もある。カンナもとても歌がうまい。 けれども、レイジの歌は別格だ。胸の中の一番柔らかい部分に降ってくる優しい雨を浴びているみたいに、本当に天使か何かなんじゃないかと思う。
ライブには2度行った。どちらも、本当に苦しくて息ができないかと思うくらいに興奮してしまった。周囲の人たちと一緒に、声が枯れるまで叫んだ。ミカと出合ったのも、最初のライブのときだった。本当に心から感動して涙が出てきて、隣を見ると、隣にいる女の子も泣いていた。そしてワタシたちはどうしてかその日、ずっと手を繋いだままステージの方を見つめていた。ステージでは、レイジが「Strange Girl Friend」を、「Always」を歌っていた。 ミカはとても奇麗な女の子で、お嬢様学校で有名な女子高に通っていた。ワタシたちはどうしてか意気投合して、その夜はずっとファミリーレストランで語り明かした(家に帰ってからとんでもないくらい怒られた)。それ以来、住んでいる場所が私が千葉側でミカが横浜側だったから頻繁に会うことはできないけれど、メールのやりとりは毎日しているし、トモダチだって思える相手で、それはレイジのライブで出会ったからなのかもしれない。
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From mika 件名 Rainy Station
ミツコ! すごいニュース。 さっき学校でネットを見ていたら、Rainy Stationの舞台が○○駅だって書いてあったの。 今日、一緒にそこに行ってみない?
そのメールは3時間目の途中に入ってきた。 窓の外は梅雨時期の陰鬱な雲の下にあったし、英語の先生の話は眠気を誘うのに充分だったから、ワタシは随分と眠たかったのだけれど、そのメールには一瞬で目を覚まされてしまった。ワタシは先生から見えないように携帯の画面をもう一度確認して、次の休み時間にすぐにトイレに行って、個室の中から返信した。
From ミツコ 件名 Re:Rainy Station
すごいね! もちろん、行くよ。 今日学校が終わるのが3時くらいだから、4時過ぎには行けると思う。
それから、ミカから何度かメールが入り、休み時間のたびにワタシも返信をして、4時半にその駅の西改札口の前で待ち合わせることにした。その駅は、ちょうど、私たちの住んでいる場所の中間辺りにあったのだ。 5時間目の途中からは雨が降り出した。それすらも、そのときのワタシには「Rainy Station」の場所に行くのにおあつらえ向きなシチェーションだと思えていた。授業が終わると同時に教室を出て、最寄の駅の路線図を見上げながら、どうやってその駅まで向かうことができるのかを確かめた。
西改札口の前でミカを見つけたときには、2人して両手を重ねてキャーキャー騒いでしまった。 入場券を買って、中に入る。 歌詞の中から、それが3番ホームだっていうことはわかっていたから、ワタシたちはゆっくりと3番ホームに下りた。 そして、黄色と水色が交互に並ぶ椅子に座って、手を繋いで(ワタシたちは、最初の出会いがそうだったからかよく手を繋ぐのだ)、ホームに入っては過ぎていく電車をしばらくの間眺めていた。 ホームの雨どいからは雨が流れていて、梅雨特有の蒸し暑さが周囲を覆っていた。どことなく、すべての人の影がいつもより薄く、長く伸びているように見えた。 もちろん、ワタシたちはそれぞれウォークマンをつけていた。聴いていたのはもちろんオールリピートで「Rainy Station」だ。 「いい曲だよね」とワタシは言った。 「うん。素敵」と、ミカがうっとりとつぶやく。
それから、ワタシは耳を澄ますために目を閉じていたせいか、少しだけうとうとと眠りに落ちてしまった。 その短い間に、淡い夢を見ていたような気がした。レイジと、明るそうな笑顔の魅力的なセーラー服の少女が一緒にホームで並んで座っているシーン。 それは歌詞のイメージで、たぶん場所にシンクロしてしまっているせいなのかもしれないとうまく働かない頭の遠くでそんなことを思った。 そして、次のシーンでは、夜の雨のホームになっていて、少女は線路の上に立っていて、ホームの上にいるレイジに向かって笑いかけている。 レイジは何かを言いかけて、けれども少女の表情を見つめて何も言えなくなる。 貨物電車がホームを通り過ぎていく。そして、少女はいなくなっていた。
その淡い夢があまりにもリアルで、目を開けた後ワタシは思わず夢の中で少女が立っていた線路を見つめてしまう。 いまのはただ歌詞からワタシが連想し創りあげてしまったイメージなのだろうか、それともこの場所に残り続けている記憶の残像のようなものなのだろうか。 よく、わからなかった。 ただ、夢の中だったはずなのに、その存在感のようなもの、気配のようなものはあまりにも濃密で、自分が俯瞰的な位置から過去を見ているような気がしていた。どうしてか、すごく。 ワタシはもう一度ゆっくりと周囲を見回してみた。夕方の駅のホームだ。たくさんの人がやってきては、ただ通り過ぎていく場所。 そして、思わず動きが止まってしまった。 こわばる身体を無理矢理動かして同じようにうとうとと眠っていたミカを揺り動かした。 「ん、んん……どうしたの?」 片方のイヤホンを外しながらミカが言う。 ワタシはホームの端を指差した。震えながら。 「……あ」 ミカの言葉も声になってなかった。
ホームの端に、レイジがいたのだ。 後姿でもすぐにわかった。ジーンズにサマーセーターを着ただけのレイジは、右手にピンクと白い花ばかりで作られた花束を持ってホームの端に立っていた。そして、その花束をホームの端に置くと、しばらくの間たたずんでいた。それから振り返ると、ワタシたちの方に近づいてくる。ワタシたちは声をかけようとしてけれども金縛りにでもかかったみたいに動くことができなくて、ただ目でレイジが通り過ぎていくのを見つめていた。レイジは優しい目をしていた。
ワタシたちは放心してしまったみたいに、しばらくそのホームにいた。 いまさっき自分たちがレイジを見たのだということをうまく信じることができないでいた。ただ、それでもそれは紛れもなく現実だった。 正直な話、この駅が「Rainy Station」の舞台だっていう情報は嘘でもよかった。ただ、そういうことでもレイジと、レイジの曲と繋がっているという気持ちを持つことができればそれでよかったのだ。ちょっとしたイベントのようなものだったのだ。けれども、ここはたぶん本当に歌の舞台になったホームで、レイジがいた。 ワタシたちは随分と長い時間、手を繋いだままそのホームが暗くなるまで椅子に座っていた。
……「Rainy Station」は、ミディアムテンポのやさしい感じのする曲で、歌詞が少し変わっている。 レイジとおぼしき男の子が、駅のホームで幽霊の女の子と出会って恋に落ちる歌詞なのだ。 そして最後には、その女の子が消えてしまって終わる。 とてもやさしくて、せつない感じのする曲だ。
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