凪の日々



■引きこもり専業主婦の子育て愚痴日記■

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2014年08月18日(月) 年齢

四年ぶりに実家に宿泊。

うつだった兄はだいぶ安定していた。
単身赴任が終わったのもあるだろう。
でも、一番大きいのは、兄が父が死んだ年齢をクリアーしたからかもしれない。
「とりあえずの目標は親父より長生きすること」というのが兄貴の信条だった。


今、私の夫は、父が亡くなった年齢に達している。
アイの年齢は、ちょうど父親が死んだ時の私の年齢。
その偶然に思考をめぐらすと、私の胃の奥あたりが重くうごめきそこから体が蝕まれて動けなくなっていくかのような感覚に陥る気がする。
兄も、そんな感じだったのだろうか。
いや、当時既に社会人で別世帯だった兄と高校生の私では感じ方はまったく違うだろう。
それでも、「親が死んだ年齢」というのは、誰しもかなり深い所で心に刻み込まれてしまうように思う。
兄は同じ男として、父親として、かなり深く囚われる部分があったのではないだろうか。
私も、夫があの頃の父と同じ年齢になってから、「あの頃の父の年齢の男性」である夫を目の前にすると、フラッシュバックのようにあの頃の感覚が戻ってきてたまらない時がある。
いや、フラッシュバックのように、でなく、フラッシュバックそのものなのかもしれない。
よくわからない。わかりたくもない。わかってもどうしようもない。

でも夫はあの頃の父のように寝たきりで糞尿垂れ流しの汚物のようなきちがいではない。
ちゃんと一人で動いて歩いて働いて私たちを養ってくれている。
大丈夫。違うんだ。夫と父は違う人間だ。
世の中の父親が皆父のように死ぬわけじゃないんだ。
そう思いながらも、実家では父と同じ病気を発症しつつあるであろう弟が、よろよろと蠢いて病院と家の往復の生活を送っている。
弟は父のように死ぬのかもしれない。
でも父の年齢は越えそうな気がする。
それは幸運なのか不運なのか分からない。

兄と共有できるかもしれないけれど、確認しあうことはない感覚。
多分、共有できる事を確認しあってはいけない。お互いのために。
安定しているように見えるけれど、相変わらずどの瞬間に壊れるか分からない、いたいたしいくらい必死にバランスを保っている兄を見て思った。




考えがまとまらない。





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