皇帝の日記
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時差ボケでさっさと寝たので、朝も早くに起きてしまった2日目。 ところが、ここの人達結構朝が遅いのだ。 お店は10時か11時にしか開かないし、ホテルの朝食も8時から11時(しかし、客が来ないと適当に閉めるので、10時くらいに閉まってしまう事も)。 学校などが休暇中という事もあるが、それにしても、7時になっても通りに人が出て来ない。
そのうち、ホテルの前で学校のリコーダーでピーヒャラピーヒャラ同じ曲を延々と吹いて、お金をもらおうとする小学生がやってきた。 どうやらここは午前中この小学生のテリトリーらしく、帰国まで毎朝毎朝、昼くらいまでピーヒャラして、時々友達がやってきて二重奏になる他は、特にレパートリーも変わらずに、ホテルの宿泊客をもんやりとした気分にさせるのであった。 もんやり。 せめて、二曲目を覚えてください・・・。
そして朝、どの店も開いていないうちにお散歩。 雨がパラパラだけれど、傘をさす程でもなく。
この街の建物を見ていると、なんとも説明できない感じ。 古いんだけど、壁だけは新しそうな。 窓枠は新しかったり、古かったり。 50年前の建物と言われれば、そうかもと思うし、400年前の建物ですと言われれば、そうかもしれない。 そして、同じ建物でもできた年代が違ったり、修復した時代によって様子が違ったり。 そもそも、しょっちゅう色んな国に侵略されては建物が壊されたり、その国のえらい人が住みに来たり、教会は別の宗派の物になったりするので、改修や改築がやたらめったらなのだ。 なんとも形容しがたい雰囲気。
あっさりと、街の北半分は歩ききれてしまった。 車の量も少ない(というか、多分道が狭いので、車だと不便)ので、とっても静か。 すれちがったおじいさんのオナラの音まで鮮明に聞こえる程であった。
だいたい行こうと思っている建物に目星をつけながらホテルに戻り、朝食。 ホテルの地下で出る朝食が、とても美味しかった。 ハムも野菜もパンも美味。 地下は建物の基礎がそのまま残っており、まんま中世のお城風。
さて、腹ごしらえが整ったら、観光モード。 歩いちゃうよ歩いちゃうよ。 とりあえず、近所から責める。
アンバーミュージアムに行き、琥珀のお勉強。 行く前は「琥珀〜?おばちゃんっぽいアクセサリーなんじゃないの〜?」と、あんまり興味なかったのだが、様々な琥珀を見て回るうちに、帰国する頃にはすっかり琥珀フリークになっていた。 琥珀って、色んな色や種類があるんですよ。 ブルーアンバーって、青っぽいのも有ったり。 人口着色されているのは興味ないけど、自然なクリーム色とか、赤いキラキラとかある。 アクセサリーのデザインも、選べばかわいいのもあるし。 ちょっとごろんごろんした感じに使えば、フォークっぽいファッションにマッチするじゃあーりませんか。
お店もくっついているけど、ミュージアムなので、レアな琥珀を展示していたりする。 世界に5つしか無いという、トカゲ入りの琥珀なんかも見た。 5つしか無いと言う事は、樹液で動けなくなるまでじっとしていたトカゲが少ないという事で、世界的に有名なマヌケなトカゲと言って良いでしょう。 数千万年前の物だとか。
街を創る事になったそもそもの始まり、ゲディミナスのお城を観に、丘に登る。 実はリフトが在って、歩かなくても良かったようなのだが、歩いちゃった。 1991年に、ソ連から独立して初めて丘に立てた国旗を見れたりするので、ちゃんと塔の中に入った方が良い。 狭い螺旋階段も、頑張って登ろう。 このお城も、なんども壊滅させられてはお直しされて、誰も使っていなかった空白期間も長いので、古いと言って良いのかどうなのか。
下りは無理せずにリフトで。 雨が上がったら、太陽が出てきて蒸し暑くなってきてしまった。 蒸す。 そして蚊が出て来る。 ぷい〜ん。 皇帝は蚊に耐えられず、ジャバ夫さんは暑いのが苦手。
博物館に入ったら、空調きいてるんじゃね? という期待とともに、丘の麓の考古学資料展示館に入る。 が、空調など入っておらず。 実にエコな運営。 もわ〜ん。 展示は大変素晴らしかったですよ。 石器時代の道具から始まり、昔リトアニアに暮らしていた人達が、どんな服装をしていたのかマネキンが着ているのも興味深い(部族によって、髪型やアクセサリーが微妙に違う)。 それにしても、マントや洋服をピンで留めるのは、どうなんでしょうね。 体に刺さらないのかな? しかし暑い。 暑いよー喉が渇いたよー。
でも、とりあえず隣のリトアニア国立博物館も観てしまう。 なんでしょう。 極限でも頑張ってしまうのは、バックパッカーの記憶でしょうか。
何故かこの国立博物館は年代を追って展示する努力に欠け、ざっくばらんに貴重品とがらくたが、分け隔てなく並べてあるのでした。 そして、説明文は英語とリトアニア語の併記で、いつもは翻訳してくれるジャバ夫さんが暑さでまいっているので、なんだかわからず。 なんとなーく気になる物だけを良く見る。
リトアニア大公国だった頃が最大領域だったわけだけど、その頃も王様ではなくて大公がリトアニアの最高位の人だったわけで、そういう規模の国なんだな、と思った。 キングじゃなくてデューク。 有力な貴族も、ヴィリニュスには4、5家しかなかった様子。 街の外は、広大な畑だし。 のどかな田舎なのに、ヨーロッパにあったばっかりにえらい目にあったわけですね。
3時にジャバ夫さんのお友達とホテルのロビーで会う約束をしていたので、更に隣の工芸博物館はとりあえずホテルに向かって歩き出す。
プラプラと、ゴシック建築の最高傑作(と、リトアニアの人は言う)聖アンナ教会に入ってみたら、中で赤ちゃんの洗礼式をやっていたので、しゅっと外に出る。 聖アンナ教会、外見は小振りながらとてもゴージャスなのだけど、中は普通。 お隣のベルナルディン教会に入ると、ミサの真っ最中。 異教徒は退散し、お昼を喫茶店「ダ・アントニオ」で食べ(この喫茶店は外れ。リトアニアで唯一美味しくなかった)、コンビニ(10時ー8時で、全然コンビニエンスではない)で水を買い、ホテルで一休みしてから、友達と合流して、KGB博物館へ。
途中、モルモン教の人に「あなた神をご存知ですか」と勧誘された。 このカトリックの国で、果たして信者は獲得できるのだろうか。 きっと皆、神の事は隅々まで知っているだろう。
さてKGB博物館、何故か日本の旅行本ではこの名前だけれど、ジェノサイド・ミュージアム(大量虐殺博物館)と言うのが現地の呼び名。 KGBとはどこにも書いてないので、それでは見つけられない。 リトアニアで起きた、大量虐殺の歴史が納められているので、ナチスによるユダヤ人虐殺の資料も含まれていて、外壁には虐殺された人の名前が刻まれている。 KGBが使っていた建物を使っていて、拷問部屋とか処刑場とか残っていて、どんよりとした雰囲気。
ナチスに虐殺されたユダヤ人の博物館は、ヨーロッパ各地で見てきたが、こんなに鬱々とさせられるのは初めて。 そりゃあ、どこの博物館も、人間の悲しみの歴史なんだけれど。 ここは、1991年まで現役だったと言う近さと、虐殺の対象が街人全部であったという規模のでかさ、犠牲者の多さが、こう迫ってくる感じ。 壁に血のシミも残っているし、外には沢山の献花があって、祈ってる人も居る。 悲しいよりも、怖いが強い。
だというのに、驚いた事には隣は普通のアパートで、生活している人が居るのだ。 処刑台(中庭にある)を見ながら生活するってのは、どんなもんだろうか。 たくましさも感じるが、この日常に在る感が、たまらなく怖いと思ったナチとKGBでした。
その夜は、結婚式の前夜祭。 道を戻りながら工芸博物館に寄ってみたら、もう閉館していたので諦めて大人しく会場へ。 ヨーロッパロイヤルホテルで、皆で夕飯を食べました。 動き過ぎたので、この日も素早く就寝。
皇帝

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