皇帝の日記
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2011年10月13日(木) 母乳始末譚の2

そして来るアユミさんの誕生。
私はとても期待しておりました。
臨月で産まれて来るアユミさんは、きっと内蔵も完成していて、お腹をすかせて出て来るだろうと。
母体の方も、母乳を作り始める準備をしている頃だろうし、今度こそ始めから完全母乳ができるんでないの?
そしたらもう、忌々しい搾乳機ともおさらばだ。
ぐふふ。
夜の授乳も、2時間毎起きておっぱい出して吸わせて、ゲップさせてオムツ替えてまた寝れば良いだけの夢の生活。
ふっふっふ。

だがしかし、そういうもんでもなかったのです。
ああがっかり。

まず、イサムさんの時に無理矢理開いた乳腺は、残念な事にまた塞がっておりました。
そうですよね。
4人も5人も育てたならまだしも、乳腺開きっぱなしなんて人居ませんよね。
冷静に考えればわかりそうなもんなんだけど、そんな事思いつきもしなかった。
がっかり。

またゴリゴリマッサージするも、ほとんど出ない。
帝王切開後に飲む薬の中に、母乳の出が悪くなる成分の物も含まれているらしいので、それも影響していたかも知れないが、とにかく出ない。
ここで早くもあの憎き搾乳機と再会。
やあ、また会ったね・・・。
がく。

せっせと集めた透明の初乳を、哺乳瓶ではなくカップの縁からアユミさんに投入。
だって哺乳瓶の乳首を覚えさせたら、また直母乳の夢が遠のいてしまうじゃありませんか。

とにかくおっぱいを吸わせろ吸わせろ、という事で、スパルタにグイグイアユミさんにおっぱいを押し付けて、泣いても諦めずに続けたものの。
やっぱり吸ってもなんも出ないおっぱいに、興味を持つわけも無く。
結局アユミさんの体重が5%以上落ちて、黄疸が出てしまった(水分が足りないと、肝臓にも影響が出る)ので、上からたらす方法でミルクを投入。

母乳支援のナースから、チューブをおっぱいにくっつけて、アユミさんに母乳が出てると信じ込ませてミルクをチューブから流す、という方法を勧められたのだが。
ああーそれイサムさんの時に散々やった!
フラッシュバックと言うか、その時のいや〜な思い出がまざまざと蘇り、ここでギブアップ。
あのチューブの嫌な感じというのは、なんとも説明しにくい。
誰かが肩の上からチューブにミルクを流し込み、吸う力もないイサムさんがダラダラ口の端からミルクをこぼしているのを、「起きてー、頑張れー」と励ましながらおっぱいをギュウギュウ口に入れようとしてる記憶が。

もういいや。
こんな事するのやだ。
と、2日目で完母を断念。
早いでそ。
根性の無さは折り紙付きよ。
お腹切ったばっかりなのに、色んなナースが入れ替わり立ち替わり、ああでもないこうでもないと延々まくしたてるのを聞きながら、全然寝てないんだもの。
無理だわ〜。
と、いったん諦めて哺乳瓶をもらいました。
勝手知ったる哺乳瓶。
あんなに嫌だったのに、なんでだかほっとしました。
ほ。

でもあの赤子の免疫力を上げるとか言う、伝説の魔法の液体、初乳が搾れてるうちはあげたい。
と、搾乳しながらあげたり、手でぎゅっと絞ったら出て来たのを舐めさせたりしているうちに、アユミさんは根性でおっぱいに吸い付いたのです。
おお。
強い。
すごいな君、感動した。
そして、その吸う力の強い事強い事。
悲鳴が出る程痛かったけれど、そのままナースの指示通り15分間吸わせたところ・・・


注)これからとても痛い描写がしばし続くので、心臓の弱い人は回避



なんと、アユミさんの口を引き離した時には、乳首がバックリ切れて、中から血まみれのホタテのベロみたいな肉がでろ〜っと飛び出してしまっていたのです。
ぎゃあ〜。
これは痛い筈だわ。
つか、痛いわ。
死ぬわ。
ぎゃ〜。
ナースコールをして、傷の手当をしてもらって、一呼吸。
粘膜の怪我だから治りは速い筈、とか言ってもらったけど、無理無理。
ああでも、せっかく直母乳に一歩近づいたのに。
皆、こんなに痛いのを耐えて頑張っているのかしら。

なんか母乳、思っていた夢のご飯じゃないんじゃないの?

うっすら気がつくのでした。
完母の義妹だって、時々搾乳機を持ってウロウロしたり、母乳をスムーズに出す為のサプリを飲んだり、赤ちゃんがなんかのアレルギーかもしれないとか言うと母乳に出さない為に自分の食事を制限したりしているじゃないの。
そんな努力の上に成り立つ母乳育児。
私のような、甘い考えでうっかり踏み込んではいけない世界だったのね。
ヨボヨボ。

そして、2日で退院と言うアメリカンな荒行も決行できず、3日目で退院となり、家に帰りました。
色んな種類の痛み止めと、搾乳機と、哺乳瓶とにらめっこの日々が始まるわけですね。

でも、アユミさんは色んな事が楽。
まあ二人目なんで、何をしなきゃいけないとかこっちがわかってるってのもあるし、アユミさんがそもそも3140gもあるので、イサムさんの時程何もかも煮沸消毒する程気をつけなくても大丈夫そうという、気が楽なところもある。
そして、細々と搾乳をしているうちにふと魔が差して、またアユミさんにおっぱいをあげてみる気になってしまったのです。
魔が差したのは、4日目の深夜。

直母と哺乳瓶は共存できないので、おっぱいにするとしたら、ミルクを諦めないといけない。
お腹をすかせたアユミさんは、頑張った。
深夜から次の日のお昼まで。
アユミさんも頑張ったけれど、こちらも寝ずに頑張った結果、ようやく直母に!
泣き過ぎて声がガラガラになってしまったけれど、イサムさんの時に比べたら、かなり短い期間で切り替えられた。
が。

痛い。
やっぱり吸われると、剣山一気にブっ刺したくらい痛い。
ホタテのベロは引っ込んだものの、両方とも皮が剥けてしまい、血がじわーっとにじんでる状態。
それで吸われると、もう叫び出す程痛いのよ。
義妹は「一週間ぐらいずっと痛いけど、二週間目にはマシになって、そのうち痛くなくなる。赤ちゃんも吸い方がわかって来る」と言っているけれどもが。

痛いよ〜。
シクシク。
新生児は頻回授乳が必要なので、夜でも二時間おきに授乳させないといけない。
そして5日目の夜、授乳で起きる度に「もうやだー痛いー」と思いながら「いやならやめればいいじゃん」と冷静な自分の意見に「いやいや、ここを乗り切ったら、アユミさんに栄養満点の母乳を供給できるのよ」と意地を張った結果・・・。

バクッと逆のおっぱいにホタテ貝のベロ傷が出現。
終了〜。
さわやかに試合終了を宣言する気になったのでした。
直母に、これを耐えるだけの価値を見いだせなかったよ・・・。

6日目に一週間検診で、黄疸が悪化しているので血液検査にかかることになり。
医者にミルクの水分をじゃんじゃん与えるように指示されたので、ここに正式に完母は終わりとなったのであります。
やっぱり母乳はほとんど出てなかったのね。

しかし、義妹がくれた軟膏を塗って、冷却パッドを貼りながら思うのであります。
今回完母を諦めたのは自分が痛かったからで、赤ちゃんの吸う力が弱かったせいではないし、アユミさんがおっぱいを吸ってくれたのは、とても良い経験になった。
この思い出を胸に、イサムさんの時の辛い記憶も、もうきちんと昇華してあげようと思う。
完母で頑張っているお母さん達を、尊敬はしても、羨ましいと思うのも止めようと思う。

義妹はまだまだ完母に戻れると応援してくれているけれど、これからはより自信を持ってミルクと搾乳の混合で育児をする事にしました。
もはや迷いは無いと断言できましょう。

そして、今はがっつり乳腺が詰まって、炎症を起こしているので、氷で冷やしている状態。
出産も育児も、痛い事から逃れられないのね。
せめてアユミさんの可愛さを堪能します。

さらば完母。


皇帝