雑感
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2002年01月18日(金) 糸電話の片っぽ

今の若い人には想像できないかもしれないが、私が小さいとき、
電話というものがめずらしい時代だった。会社やお店にはあったが、
一般家庭ではめずらしいもの、重たげな、黒光りする電話がうちにも
あればなあといつも弟に話しかけたものだった。

父だったか母だったか、糸電話をこしらえてくれた。紙コップにきりで
穴をあけて、タコ糸を通した簡単なおもちゃ。それでも耳をコップに
あてると、弟の声がびんびん響いてくるのは不思議だった。

家庭に電話機があるのが当たり前になり、今では、一人一台ケータイを
もつのがしごく当たり前になった。私がケータイを持ったのは、一昨年。
もっぱらパートナーとの連絡用で、誰も番号を知らない。
こちらの人は道行きながら、大声で誰かと話をしている。でも私のケータイ
に着信が入るのはとてもめずらしい。

以前、友達がケータイにメールがどんどん入って困ると言った。でも
まんざらでもなさそうな顔。私の手にはできない、魔法の宝箱をもって
るようで、羨ましいなと思った。着信がひっきりなしに入るのは、誰か
かれかが、いつも気にかけてくれる証拠だと思う。

私にはもともと、ケータイも固定電話も必要なかったとしっかり認識した
のは最近のことである。
一緒に食事や映画に行くような友人はいないし、会社と家とスタジオの
往復のみで、パートナーがここにいなければ、糸電話の片っぽで、一人
遊びしているようなものである。
よしんば持っていても、どの番号を押せばいいのか。私は誰かと話し
たがっているが、どこへも発信できない。

地下鉄のカールスプラッツ駅の公衆電話に、昨日も今日も同じ時間に、
おじいさんがくたびれたコートに身を包み、ごま塩のような口ひげの
下から、泣きそうな声で何かしゃべっている。あのおじいさんは、
ひょっとしたら、誰にもつながらない送話器に向かって一方的に話し
かけていたのかもしれない。

自分の老後を見ているような気がしたので、あわててその場を立ち去った。


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