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あるこのつれづれ野球日記
あるこ
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2001年11月13日(火)
己を知れ

 10年以上高校野球を見ている。たくさんのチームがさまざまな試合を繰り広げた。そんななか、私の印象に残っているチームの一つが、93年のセンバツに出場した東海地方代表の静岡・浜松商業高校だ。

 浜松商業は、史上初の町立高校代表校の北海道の知内高校を開幕戦で6−3で下し、2回戦の山口・岩国高校戦は15−12という大乱打戦を制した。両チーム合計安打数・37は当時の大会新記録だった。
 
 面白いのは、これだけ打たれながら両チームのエースが完投していること。浜松商業・上村監督(現浜松南監督)は、「次のピッチャーが良ければもっと早く出してる」とコメントしているが、それだけエース・橋爪投手に信頼を寄せていたということにはならないか。また相手の岩国高校にも同様のことが言える。だからか、試合は点数のわりに引き締まっていた。
 
 また、打ったヒット数は負けた岩国の方が21安打と浜松商業のそれを5つ上回っていた。この岩国、大会前は出場校打率最下位校であったことがまた皮肉というか面白いというか…。
 
 で、その21安打を打たれたエース・橋爪投手は、翌日の3回戦・大宮東戦に登板。強豪相手に延長10回を力投する。被安打は10。橋爪投手本人は「今までで一番良かった」と振り返った。

 21安打もされた翌日、飄々と好投してしまうエース。
 私の中では強烈な印象を残した。当時は分からなかったが、このとき私は「高校球児の繊細さとタフさ」というアンバランスな魅力を知ったのだろう。

 後に、上村監督が某雑誌で当時のことを話していた。
 このチームは決して強いチームではなかったという。実際、県大会の比較的早い段階で負け、敗者復活戦を勝ち上がってきたチームだった。

 上村監督がそんなチームに言い続けて来た言葉が、「己れを知れ」だ。

 技術的、素材的に劣るチームが、強豪がひしめく大会を勝ち抜くにおいて、不可欠なのは、その「己を知れ」なのかもしれない。

 人はどうがんばっても、「出来ることしか出来ない」。
 だから、決して豊かでない戦力でも、一人一人が自分に出来ることを自覚し、それをより100%近くにすることが、「力を発揮すること」につながる。

 99年、私の応援しているチームは、京都大会決勝まで進出している。しかし、そのチームは大会前、優勝候補には名前が挙がらないどころか、「1回戦突破が目標」とまで言われていたチームだったのだ。

 大会前、壮行会(激励会)のとき、当時のキャプテンは挨拶のときにこう言った。

 「一人一人が自分達の役割を果たし、甲子園を目指します」

 もしかして、これは前述の「己を知れ」に通じる言葉なのではないかと思う。

 このチームは、ベンチ入りメンバー18人中17人がグランドに立った。たった1死を取るためにマウンドに上がったピッチャー、スクイズするためにバッターボックスに立った代打もいた。それでも、立派な準V戦士だ。


 失業保険が切れた。
 この寒いなか、私は職探しをすることになる。
 年齢制限、ワード・エクセル、経験者歓迎、車を運転出来る方…。
 己を知るたびに、愕然として放棄しそうになる私の就職活動。
 「力が発揮」出来る日は本当にくるのだろうか…。