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| 2002年01月04日(金) ■ |
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| 個性とは何ぞや?! |
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「人間は考える葦である」とはよく言ったもので(ところで、「葦」って何ですか?)、人は長年かけて意識の有無にかかわらず考え続けているテーマがあるという。
以前つとめていた会社の上司は、「私は“商いとは何か”を20年以上考え続けていましたよ」と言っていた。20年とは非常に長い。しかし、私もおそらくそのくらいの期間考え続けるであろうテーマを持っていることに最近気付いた。それが、タイトルでもある「個性とは何ぞや」ということだ。(こんなんだから、「頭でっかち」とか「理屈屋」とか言われるんやろな)
もちろん、その類の本はあるだろう。でも、「知っている」と「分かっている」は大きく違う。もっと時間をかけて考えてみたいと思うのだ。
人から誉められてイヤな人はまずいないと思う。私が誉められて一番嬉しいのは、やはり文章に関することだ。うまいというより、いい意味で「あなたらしい文章ですね」とか「あなたにしかか書けない文章ですね」みたいなことを言われるとめちゃくちゃ嬉しいし、「ああ、書いて良かったなあ」と心の底から思える。
しかし、今まで自分が書いた野球日記を振り返ってみると、出会った人のことを書いていたり、人から受けた影響のことを書いていることが多いのだ。自分独自の考えなんてはっきりいって、ない。
以前、ある人に「僕の文章を見て、どう思いますか?アドバイスをください」というメールを頂戴した。その方の文章を元々読んでいたので、思ったことを書いて返信したのだが、そこに「あなたらしさが出るといいですね」みたいなことを書いた覚えがある。
確かに、書き手の人柄が見えた方が読みやすいし、興味ひかれるのは間違いない。でも、今になって、「無責任なこと言ったなあ」と申し訳ない気持ちでいる。
大体「自分らしさ」って何?と思う。 世の中にはそれこそ星の数ほどの人がいる。 学生時代に受けた模擬試験の問題文にこんな一文があった。
「文章を書くのがうまい、運動神経が抜群、絵がうまい。そのような他人よりちょっと抜きんでたものを指して個性というなら、それは個性とはいえない」
残念ながら試験問題の文章は途中で終わっており、結論を知ることはできなかった。
「個性とは何か」、まだはっきりした結論は出ていないただ言えることは、特徴や長所・短所は、個性とは別なところにあるのではないかということ。
1,2年ほど前、沖縄代表として甲子園大会に出場した那覇高校が、「個性派野球」として話題をさらった。しかし、もしそれが変わったバッティングフォームをする選手や左投げのキャッチャーのみを指して言われていたものならば、関係者にとっては心外なのではないかなと僭越ながら思ってしまう。
追伸:今回何故このようなおよそ野球に関係なさようなテーマを取り上げたかというと、今日は私の人生に大きな影響を与えてくれた人の誕生日だからだ。今こうして野球日記を書いているのも、この人との出会いがあったからだし、また今まで出会ったどの人を抜いても今の自分は考えられない。その感謝の意味をこめて、全ての人に捧げたいと思う。
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