前潟都窪の日記

2004年04月28日(水) 【内戦の傷跡残るカンボジア�◆�

 
アンコール・ワットの北側に位置しているのがアンコール・トムである。トムとは大王都という意味であり、クメール族のアンコール朝ジャヤバルマン7世(1181〜1220)の治下、文化的にも最も爛熟していた時代に建造された。この一辺3kmの方形の広大な敷地には、バイヨン寺院をはじめとする数多くの素晴らしい建造物が遺跡として残されている。王都の城壁もまた幅百30mの方形の環濠に囲まれている。

ジャヤバルマン7世の治世は40年に及ぶが、この王はベトナム中部に住んでいたチャンバ人に30年間近くも侵され続けていた国土を奪回し、乱れた国内を統一して善行と美徳を愛した中興の英雄である。彼は仏法をもって国力を回復したいと考えた王で、アンコール朝としては最初の仏教徒の王者である。

 仏教的な色彩の強い宗教性を持つ数多くの建造物を建てると同時に、外敵から国を守る難攻不落の都城の機能も持たせようとしたのがアンコール・トムである。
 
 この都城を囲む城壁には東西南北の中央に各一門宛、さらに勝利の門と合
計五つの門を備えている。

 城壁の内部にはバイヨン寺院、ビミアナカス宮殿、男池、女池、パブーオン寺院、北クリヤン祀堂、南クリヤン祀堂、五つのプリヤピトウ聖堂群、テッププラナム聖堂、癩王のテラス、象のテラス
等の遺跡が残されている。







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