| 2004年04月30日(金) |
【内戦の傷跡残るカンボジア�ぁ� |
有名な観光地だけに限定して見られる現象であるが、膝から下の片足や両足を失った若い男性の乞食達が帽子を差し出してくる。彼らはついこの前までの内戦に従軍して地雷の被害を受けた戦士達であろう。なんとも痛ましい限りである。その数があまりにも多いので一人だけに施しをするわけにもいかず、また乞食全員に施すほどの小金の持ち合わせもないので相手と視線が合わないようにして通りぬけるのだが、内心忸怩たるものがあり実に嫌な気分であった。
ポルポト派が1975年に政権を握ってから1975年にベトナム軍が侵攻してくるまでの4年間に虐殺した知識階級、芸能芸術家、富裕階級、旧政府関係者の人数は二百万人から三百万人にのぼるといわれており、シェムリアップにも虐殺の行われた場所があって慰霊碑が田畑の中に建っていた。
 それにしても肥沃な平野と豊穣の湖に恵まれ、大半の国民がクメール族で構成された単一民族国家と言ってもいいほどの統治しやすい国でありながら、第二次世界戦争終結後のカンボジアの歴史は混乱と動乱の連続であった。世界大戦後もフランスによる植民地支配が復活し、1953年に独立してからはアメリカ、ベトナム等の侵略が相次いだうえに国王が国外へ亡命せざるを得ない政情下でソンセン派、シアヌーク派、ポルポト派、ヘンサムリン派等が集合離散しながら抗争や内戦を続けたので社会と経済は停滞し民衆の被った被害は甚大で痛ましい。
ガイドに聞いたところによれば公務員の月収は30ドルだというから民衆の生活程度は相当ひどいものであることが予想できる。バスの車窓から田舎の農家の建物を見ると高床式になっておりニッパ椰子の葉を束ねて壁に用い、屋根も椰子の葉で葺かれている粗末なものが多い。しかも電信柱も電線も見かけなかったので田舎では未だに灯火で明かりをとる生活が営まれているのであろう。
国民の一人当たりGNPは年間300ドルで世界最貧国のひとつに数えられる。 しかし、その反面昔ながらの自然がそのまま残っており、道路を行き交う自動 車も数えるほどしかなく、夜空の星は大きく明るく輝いており空気は清浄で長閑な田園風景の中に時間が悠然と流れていた。
遺跡の見学が終わってからトンレサップ湖をボートでクルーズし水上生活者の生活状況を垣間見ることができた。木製船の上に粗末な住居を作り漁をしながら湖上で生活しているのである。上流の船で大小便を流したかと見れば、すぐ下流の船では住民が洗顔し歯を磨いているのを現実に目撃した。清潔好きで胃腸の弱い日本人にはなんとも不潔で我慢できない光景であるが、水上生活者達は意にも介さない強かさと頑健な胃腸を持っている。これらの水上生活者を相手にする学校や警察、寺院、ガソリンスタンド、雑貨屋、散髪屋等が船の上にあり湖上に漂っているのは珍しく今までに見たことのない風景であった。
トンレサップ湖は東南アジア最大の水産資源豊富な湖で琵琶湖の約五倍の面積を持ち、毎年六月から十月の雨期には、メコン川の氾濫水が流入するので貯水池の役割を果している。この時期には乾期の面積の三倍になるという。メコン川の氾濫は周辺の田畑に自然の肥料をもたらし米の三期作が施肥なしに可能であり、カンボジアの穀倉地帯の形成に大きな役割を果している。淡水魚が三百種もいることでは世界最大の湖といわれている。
カンボジアは肥沃な平野に恵まれている上、ほぼ単一民族の国家であるし、仏教国であるため、ヒンズー社会特有のカースト制もないのでその勤勉で礼儀正しい国民性からして指導者に人さえ得られれば立憲君主制国家として今後おおいに発展していくものと思われる。
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