前潟都窪の日記

2004年05月16日(日) 【軍政下で呻吟する仏教国の民衆・・ミャンマー�◆�

 最初に、チャイプーンへ立ち寄ったが、これは4つの巨大な白塗りの仏像がが高さ30mの柱の四面に背中合わせで立っている。伝説によれば、この仏像の建設に携わった4人のモン族の女性のうち、誰かが結婚したら仏像が壊れると言われていた。そして一人が結婚したら本当に4体の仏像のうち一体が崩れてしまったという。西側の仏像が壊れたというが今は修復されていて見た目にはよく判らない。

 次に訪れたのはシュエターリャウン・パゴダである。これは全長55mある寝ている釈迦仏の像である。この寝釈迦仏は994年にモン族の王、ミガディガ王によって建立されたといわれるが、パゴー王朝がアラウンパヤー王朝に滅ぼされるとともに、何時しか密林の中に忘れさられていた。イギリスの植民地となって、鉄道建設のためやってきたインド人技術者によって発見され再び陽の目を見ることになった。

 パゴー最後のパゴダはシェモードパゴダである。高さ114mの塔がそびえ立っていて周囲を見下ろしている。ここのパゴダの正面にはエスカレーターがついていた。沢山の塔がたっており、仏教のメッカという感じである。パゴダ巡りには裸足で歩かなければならないが、久しく裸足で地面を歩いたことがないので、砂粒が足の裏に当たるととても痛かった。  

 昼食はビルマ料理ということで、パゴーで一番高級だといわれるThree FiveHotelというレストランへ案内されたが、冷房設備がなく扇風機が生暖かい風をかき回している。部屋へ入ると異様な悪臭がする。吐き気を催しそうになるのを堪えて、昼飯が食べられるかなと心配になる。それでも料理が運ばれだすと今まで鼻についていた悪臭もなくなり、辛い料理に箸は動きだしたが、多くは食べられない。

 入り口でお客に一人ずつ丁寧に頭を下げてお辞儀をしていた、5〜6歳と思われる女児が団扇を持って客に風を送って廻っている。切なくなってチップをやろうと思ったが、未だ買い物をしていないので、小さい銭がない。手持ちの現地通貨では二百チャットが一番の小額紙幣である。日本円で換算すると370円ほどである。少し多すぎるかと思ったが仕方がない。これをあげると顔に喜色を浮かべて頭を下げた。経営者の子供であろうが親に躾けられて小遣い稼ぎをしているのである。いやもしかすると親の生計を助けているのかもしれない。ガイドの話によれば、道路人夫が日当200チャットであるというから子供にとっては大金である。このように生活レベルは相当に低い。

 ハッピーという土産物屋へ立ち寄ったが、民芸品などの他に宝石なども並べてあるが品揃えは貧しい。特に欲しい物もない。竪琴を引いている民族衣装を纏った女性はとても魅力的であった。

 この後一路、ヤンゴンへ向けてバスで帰ってきたが、道中、人が鈴なりで往来するトラックバスはとても目につく異様な光景である。ここでもまた、社会主義の残した負の遺産を見る思いである。
このあたりの光景はこのHPの写真を参照


 バスが止まる度にしつこくつけまとってくる物売りの子供達や大人達。乞食は非常に少なかったが、その貧困を思う時やるせなさが胸にこみ上げてくる。
 ホテルには交通渋滞がなかったためかなり早く到着した。シャワーを浴びて夕食までに相当時間があった。水泳パンツを持ってきておれば、プールで水泳ができたのにと悔やまれる。

 夜はロウンマレイというレストランでビルマ民族舞踊をみながら食べた。ライトアップされたシェッタゴンパゴダが素晴らしい。昨日の夜も見たパゴダだ。明日見学することになる。


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