前潟都窪の日記

2004年05月19日(水) 【宗教色が街角に横溢する国・・イラン� �

  テヘラン、アファーズ、チョガサンビル、シラーズ、バルサガド、ヤズド、イスファファン
                  2001年5月31日〜6月11日
 テヘランへは現地時間23時45分に到着した。午前一時過ぎに外へ出た途端むっとする暑い空気の洗礼を受けた。この時間なのに空港施設の出口には手に手に花を持った出迎えの老若男女が夥しい数としかいいようのない程沢山集まっており、旅行者が通り抜ける道もない程に犇いていた。女性は老いも若きも一様に黒色のチャドを頭から被り顔だけしか覗かせていない。酷暑の時期だというのに異邦人には異様な光景としかいいようがない。聖地の巡礼から帰ってきた有徳者を出迎えてその余祿に預かろうとする人々であるという説明があった。

 イスラム暦で金曜日の今日は休日だから、このことも人出に拍車をかけたに違いない。イスラム国ならではの空港風景であった。

ハタミ通りのホテルに到着する途中、アザディ・タワーの前を通った。この塔はペルシャ帝国建国2500年を記念して国威発揚の目的で1971年に建てられたY字型の白い建物であり、ササン朝ペルシャの建築様式が取り入れられている。落成当時はパーラビ王朝健在の頃なので今昔の感に浸りながら眺めていた。高さ45メートルあるといい、アザディとはペルシャ語で自由という意味だそうである。 

 最初訪れたサーダバード宮殿はテヘラン市街の北に位置しアルプルス山脈の麓のオアシスに造営された旧パーラビ王家の夏の離宮である。別名グリーン宮殿とも呼ばれるこの宮殿は生い茂る楓の木立の中に建てられており、パーラビ朝を開いたレザー・シャーが1922年から6年間かけて贅を凝らして作り上げたものである。その内部にある天井から壁まで総ガラス張りの部屋等はキンキラキンに光っており、いかにも成り上がり者趣味の横溢する造作である。パーラビ2世が愛用した宮殿の前には巨大なパーラビ2世のブロンズ全身像が周囲を睥睨して誇らしげに傲然と建っていたらしいが、イスラム革命後破壊されて両足だけが今でも残されていた。統治者の栄枯盛衰をここにも具体的な形として見る思いであった。

アルプルス山脈の山並みが荒涼たるはげ山であるのと対照的にその麓に広がる林の中に造営された宮殿は、清涼な空気に包まれて絶好のロケーションである。イスラム革命前はパーラビ王家以外の人々は建物を建てることができなかったが、革命後はこの周辺は高級住宅地として開放され、今では多くの高級住宅が立ち並んでいる。


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