| 2004年05月20日(木) |
【宗教色が街角に横溢する国イラン・・�◆� |
朝7時半にアファーズのホテルを出発して約2時間のバスドライブでスーサ近郊のチョガサンビル遺跡へ向かった。快晴でとても暑い。
今回の訪問では日中摂氏52度を経験した。このような高温は生まれて初めての体験であった。数値だけ聞くと人間は倒れてしまい、場合によっては死んでしまうほどの環境ではないかとの印象を受けるが、湿度が低いので体感温度としては数値程のことはなかった。冷房の効いたバスから外気の中へ出ると体が俄に浮き立つような感じになり、歩くにつれて額や背中に汗が滲み出してくるが、体中汗まみれになると言う程でもなく顔と襟首をハンカチで拭えば何とか凌げる程度であった。
古代エラム王国の首都が置かれていたスーサの起源は古く彩文土器が発掘されており、メソポタミア先大洪水文化に相当するといわれている。このスーサの街の南東約40kmにチョガサンビルの遺跡は良い保存状態で存在する。
ジグラッドと呼ばれる日干し煉瓦積みの雛壇式神殿は起源前13世紀中頃にエラム王ウンシュガルが建設したもので、105m四方の大きさで西アジアでは最大のものである。このジグラッドを中心とする470m×380mの聖域には宮殿や地下墳墓があったと考えられている。神殿の前には動物の生贄を供える台の跡が残されており、定住農耕型社会が形成されていたことを窺わせる。また煉瓦を接合するために卵の白身と羊毛を使っていたりアスファルトを用いていたこと等が判っている。
この聖域は更に1250m×850mの外壁に囲まれた都市になっていた。この遺跡の前に立つと起源前7世紀にアッシリアに征服されるまで600年間の長きにわたってこの地で歴史を刻んできたエラム王国の繁栄が偲ばれ感慨一入であった。
チョガサンビルの遺跡から車で約40分ほども北へ走行するとスーサ遺跡がある。この地には紀元前4000年頃から人が住んでおり、紀元前2500年にはエラム人の街が形成された。現在は礎石等が残っているだけであるが、25ケ国で宮殿を造営したという楔形文字の刻まれた煉瓦や閃緑岩に楔形文字で刻まれたハムラビ法典碑やナラム・シン王戦勝碑などもこの地で発見されている。
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