| 2004年05月23日(日) |
【宗教色が街角に横溢する国・・イラン�ァ� |
ペルセポリスはシラーズの北60kmに位置し、アケメネス王朝のダリュウス一世により建造が開始され、クセルクセス1世時代にも継続して建造された都市である。クー・イエラマット山の山腹にテラスを作り、城壁を設けて各建物の建設が行われた。この都市は行政府ではなく、古代ペルシャの元旦の大祭や秋の収穫祭のための首都である。大祭にはアケメネス帝国の20数ケ国の属州から朝貢者が集まり、各属州の特産品を帝王に献上する儀式が行われた。
大基壇は南北に500m、東西に400m、高さ10〜13mに達し、この上に大階段、クセルクセス玄関、クセルクセスの謁見の間、百柱の宮殿、ダリュウス1世の宮殿、アルタクセルクセス1世の宮殿、ハレム、宝庫等の遺跡があり、大階段や宮殿の壁には多数の浮き彫りが残されていて属州の風俗や特産品を知ることができる。このぺルセポリスはアレキサンダー大王との戦いで敗れた後破壊され炎上した。
ナグシェ・ラジャブ遺跡はペルセポリスの東北3kmにあるササン朝時代の三組の浮き彫りである。シャープール一世の騎馬叙任図などがありササン朝彫刻の華麗な様式の一端を示している。
ナグシェ・ロスタム遺跡はペルセポリスの北西5kmに位置し、山はアケメネス王朝の4人の王の墳墓である。アルデシール1世の騎馬叙任図やシャープール1世がローマ皇帝ヴァレリアヌスを捕虜にした戦勝図の浮き彫りが山肌に刻まれている。また前面の広場には四角い塔の形をしたゾロアスター教の神殿も残されている。
バサルガドはペルセポリスの北東45kmでイスファファン街道の西側に位置する場所にある。アケメネス王朝のキュロス大王がメディア王をここで破り戦勝の記念として王宮を建て首都とした所である。アケメネス王朝歴代の即位はここで行われた。七大部族でアケメネス家が属するバサルガド族の名をとってつけられた地名であるといわれている。ここには大きな石組みのキュロス大王の墓がぼつんと一つだけ広大な敷地に建っているのが人目を引く。この墓から相当離れた敷地の一角には300×250mの庭園を囲んで玄関、謁見の宮殿、二つの亭跡などの遺跡もあるが礎石と柱だけしか残されていない。
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