前潟都窪の日記

2004年05月24日(月) 【宗教色が街角に横溢する国・・イラン�Α�

 イラン中央部に位置するヤズド市は中央砂漠地帯に接していて、イランで最も古い典型的なオアシス都市である。標高1、215m、年間降雨量は59mmと少なく、夏は暑く冬は寒く春秋は穏やかな気候である。

イスラム時代の初期はアレキサンダー大王の監獄として知られていたが、642年頃アラビア軍に占領され、以後はシルクロードの中継基地として栄えてきた。マルコポーロが訪れた14世紀から15世紀頃がこの町の最盛期で、イスラム教の勢力が強いイランの中で、ヤズドはゾロアスター教徒にとって最後の砦となった重要な町である。現在でもゾロアスター教を信仰する多くの人々が住んでいる。

この日最初に訪れたのは沈黙の塔である。これはヤズドの市街地の南東15kmの草木の一切生えていない丘の上に二つの建物が建っていて、ゾロアスター教の風葬が行われていた所である。滑りやすい丘の坂道を用心しながら登り、一つの塔の中まで入ってみた。石畳の天井のない室内には中央に丸い穴が穿たれていて石ころが幾つも転がっていた。ここに死体を安置して鷹や鷲などの鳥達に屍肉をついばませ風葬を行うのである。肉が完全についばまれて骨だけになると遺族達がこれを拾って持ち帰り霊を弔うのだという。丘の麓には日干し煉瓦を積み重ねて作った丸い屋根を持つ宿泊設備が設けられていて遺族達はここに逗留して死体が骨だけになるのを待っているのである。現世で善根を積んだ遺体は早く骨になり、悪行を重ねた死体は肉がなかなか骨から離れず時間がかかると信じられていた。この日観光客は我々のグループだけであり、全然人気がないので若し、遺体が安置されて鳥達が屍肉をついばんでいたらとその光景を想像するとまさに鬼気せまるものがあり、身の毛がよだち厳粛な気持ちになった。

 この風葬( 鳥葬ともいう) は50年程前から禁止され現在では行われなくなっている。

 次にヤズド市内に幾つかあるゾロアスター教寺院の中でも最も有名なケルマン通りの寺院を訪れた。博物館を兼ねた部屋からガラス越しに聖火を覗いてみると暗い部屋の中で薪が積み重ねられ、紀元470年以来1、530年間燃えつづけている聖火をみることができた。一般に今まで垣間見たゾロアスター教の施設は小規模なものばかりであったが、この寺院も慎ましやかなものであった。

 ヤズドの町中では「風の塔」を何箇所かで目撃した。これは屋上をわたる風をとらえて下の居住空間へと送り込む施設で日中猛暑の続く砂漠地帯で案出された天然クーラーである。またヤクチャルという風塔をもつ貯水池は天然の冷蔵庫として使用された。またカナートという地下水路もこの地方で案出された給水設備である。これは立て坑を堀り、横穴で繋いで山からの湧き水を砂漠地帯に引く設備で時には70kmにも及ぶ導水路が作られることもあり、この方法は西アジアのここで生まれ、東に伝わり中国の砂漠地帯でも行われている。


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