| 2004年05月25日(火) |
【宗教色が街角に横溢する国・・イラン�А� |
イスファファンはイラン中央部に位置する美しいオアシス都市である。ザクロス山脈の西の裾野にあり、中心部を流れるザーヤンデ川の豊富な水で発展してきた。標高1500mで気候は冬は暖冬、夏は穏やかな気候で過ごしやすい環境である。
古くはパルチァ朝及びササーン朝時代の900年間、首都として栄えた。ササーン朝ペルシャ期に軍の駐屯地 (セババン) が置かれこれが現在の名称の起源となっている。その後イスラム教が浸透してきてからは、イスラム文化が栄えた。モンゴルの侵略にもよく耐えアッバース1世の時代の1、598年にこの地が再び首都となり、ペルシャ文化の最盛期を迎えた。
 この街では午前中イマーム広場、イマームモスク、アリカブ宮殿、マスジェド・ロトフォラー・モスク、チェヘル・ソトゥーン宮殿等を見学した。これらの史跡は何れも広大なイマーム広場を取り囲むようにして建てられており、この地域一帯が世界の半分(イスファファン・ネスフェジャハン)として知られている。
 最後にテヘランへ戻ってホメイニ廟を見学した。回教は偶像崇拝を禁止しているというが、このモスクの規模の大きさやら街中に張られているホメイニ師とハタミ大統領の写真を彼らは何と説明するのであろうか。これこそ形を変えた偶像崇拝でははないのだろうか。ホメイニ師自体はおそらく死後このような扱いを受けるとは思っていなかったに違いない。イマーム達がホメイニ師の偶像におんぶされ、ぶら下がっているのが現在のイラン政界上層部とイラン宗教界指導層の実態ではなかろうか。
 今回の旅行では宗教色が日常生活至るところに浸透している特殊な世界の体験をしたが、感じたことを纏めてみれば以下のようなことである。
一、女性の社会的な地位が低いこと。
1)外出時には必ずチャドを頭から全身に被り、髪と襟足を他人に見せない服装を義務つけられていること。これは観光客の異教徒であっても例外ではない。 概ね黒色が多いが稀には色違いのチャドもある。黒いチャドも個別に仔細に観察すると刺繍を施していたり、宝石で飾っていたりとそれなりに女性らしいおしゃれをしている。
 2)女子割礼が行われていること。
3)刑法のうえでも女性は男性よりも不平等な扱いを受けている。殺人刑を一例として挙げてみてもガイドの説明によれば、男子を一人殺せば死刑であるが、女性は二人殺して初めて死刑になるという。このような現代の欧米型市民社会の人権感覚では信じられないような男女不平等が公然と認められていること。
二、巧みな情報統制が行われていること。
1)イラン・イラク戦争はアメリカがイラクを唆して仕掛けた戦争であると信じていること。
2)アフガニスタンのイスラム原理主義集団タリバンがバーミアン仏教遺跡を破壊したことに対しては、モスリム達も文化遺産を破壊した行為は悪いと考えているが、世界の世論は文化遺産の破壊に対しては反応するが、人間が貧困に苦しんでいる事実には関心をよせないのはおかしいのではないかという理解である。
3)モスリムの6信5行を固く守っており、聖戦であれば身を挺して参戦しようと思い込んでいる人々が多いこと。
4)街中いたるところにホメイニ師とハタミ大統領の写真が飾られて偶像崇拝を視覚面から暗黙のうちに強制していること。
5)イランの経済がよくならないのはアメリカの経済制裁措置があるからであると信じ込んでいること。
三、物的人的にも優れた可能性を秘めている民族であること。
四、水道の水が日本人にも飲め、且つ公衆便所まで清潔であり、文化が進んでいると判定する材料となること。
五、今後の指導者の動向如何によってはイスラム原理主義の思想が紛争の導火線となりうる危険性を内在していること。このことはホメイニ師の「予言者マホメットの原点にかえれば全てのモスリムは同胞として家柄、血縁、民族の絆を絶って、イスラム世界の現状を告発し、イスラム法に基づく政治の確立を目指す」思想にその危険性が内在しているからである。現実に、現在の地域紛争やテロの多くのものがイスラム原理主義を信奉するもの達によって引き起こされるケースが多いのである。その卑近な一例がニューヨークでの同時多発テロである。
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