前潟都窪の日記

2004年05月27日(木) 【緑輝く、紅茶と仏教の国・・スリランカ�◆�

シーギリヤに到着すると周辺の緑のジャングルの色とはあまりにも対照的な茶褐色の岩山がおよそ200メートル弱の高さでそそり立っているのが目に飛び込んでくる。これが、美人のフレスコ画で有名なシギリヤロックである。岩は幅凡そ300メートル、奥行き凡そ200メートル高さ凡そ200メートルほどのこじんまりしたものである。この岩の頂上に父親のダートウセーナ王(459〜477)を殺して王位についたカーシャパが弟モッガラーナの報復を恐れて11年間も逃れ住んでいたというのである。

この岩山の中腹にある洞の壁面に鮮やかな色彩で描かれた美女達の絵がある当時は、五百人ほど描かれていたらしいが現在残されているのは18人だけである。美女達は上半身裸の者と全身着衣の者と二種類いる。この美女達はカーシャパ王が殺害してしまった父の霊を鎮めるために描かせたもので裸の女性が天国に住む妖精アップサラ若しくは上流社会の女性であり、着衣の女性は侍女であると考えられている。  

カーシャパが父ダートウセーナ王を殺害した動機が腹違いの弟に王位が譲られるのではないかと勘ぐったことからだというから、何時の世、何処の国にも遺産をめぐっての浅ましくもおぞましい人間の業欲が致す罪深さを考えさせられた。それにしても人の道を外し、報復の影に怯えながら平地へ下りることをせず、岩山の頂上で敵の来襲を見張りつつ心貧しく孤独に耐えながら11年間を過ごしたカーシャパの心はどんなものであったのだろうか。崇仏の国においてさえカーシャパのような人間が生まれたのを思うにつけ人間の持つ、おぞましい業(ごう)或いは悲しい性(さが)を感じさせられた。 
 次の日はバスで長時間ドライブした後、アヌラーダプラへ到着した。昨夜は熟睡できたのでガイドの下記の如き説明をメモすることができた。

スリランカの生産物は紅茶、椰子、ゴム、宝石の順番になるという。自動車は勿論、自転車も生産できないで輸入している。三輪車はインドからの輸入であるし、子供と大人を問わず欲しがるボールペンさえスリランカでは生産できない。

教育制度は6、3、2、5制であり学校は国営である。授業料は国が負担し制服は白色で白布を国から支給される。バスから眺めていると大人達は裸足の人が半分くらいは田舎で見かけるのに対し、どんな田舎へ行っても集団登校したり下校している生徒達は一様に白い制服を着衣し布靴を履いていて裸足の生徒はみかけない。国が支給しているからなのだろう。独立前は英国の統治下にあったため、英語の教育も熱心に行われたから英語を喋る国民の数も多く、外国へ出稼ぎしても英語能力を買われて良い仕事につくことができた。独立後国語はシンハリ語とパーリ語になって英語教育を学校でしなくなった。そのため英語を話せる若い人が少なくなった。農業国であるから農業に従事している限りにおいてはそれでも良かったが、国際化の波がスリランカにも押し寄せてきつつあり、英語教育に力を入れる必要性を感じだしている。 

出稼ぎ先は中東のサウジアラビア、バーレン、イラン等が多いが英語能力の問題があって単純労働にしかつくことができない。彼らの稼ぎだす外貨は工業製品を輸入するための貴重な外貨になっている。自動車は90パーセントが日本製で中古車が多い。ドーラさんが初めて手にした日本製品は万年筆であったという。スリランカ人には、セーラー、パイロット、ダットサン、ナショナルラジオ、ソニー、ホンダ、スズキ、クボタという固有名詞は日本のイメージに繋がるのだそうである。そして日本製は品質がよいというイメージだという。


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