前潟都窪の日記

2004年05月28日(金) 【緑輝く、紅茶と仏教の国・・スリランカ��】

アヌラーダプラは乾燥地帯に位置するスリランカ最古の都の置かれた街であ
る。紀元前500年頃シンハラ族の先祖と言われているウィジャヤ王子が統治していた。テーワーナンピヤ・ティッサ王(前260〜210年)の紀元前236年にインドのアショーカ王の息子マヒンダによって仏教がこの地に伝えられた。この頃インドのブッダガヤから菩提樹の分け枝がもたらされた。これが巨木になって今なお、崇められているのがスリーマハー菩提樹である。この菩提樹を拝観したが大木の枝を支える支柱が幾つか設けられており、若々しい葉をつけて厳かな雰囲気を醸しだしていた。裸足になり脱帽してお参りした樹下の参拝所には敬虔なスリランカの善男善女が祈りを捧げていた。

午後はタンブラの石窟仏を見学した。寺院は緑の平野にそこだけ突起したような感じの黒褐色の巨大な岩山の窟の中にある。窟は第一窟から第五窟まであり、第一窟には大きな涅槃像が安置されていた。第二窟から第五窟には金色の仏の座像が無数安置され、壁にも仏像が描かれていた。みかけは窟になっているが往時は岩の天蓋だけだったところに仏像を並べていたのを後から囲って現在の窟の状態になったのだという。薄暗く独特の宗教的な雰囲気を醸成しているが中は蒸し暑く、拭ってもすぐ汗がしたたり落ちて背中を一筋二筋流れていくのが判る。暑さに耐えかねて外へでると岩山から集まってきた猿が人を恐れもしないで岩の上に何匹も座っていた。

タンブラから3泊目のバハラナビレッジホテルへ帰る途中、裕福な農家の住まいを見学した。5人家族で部屋数も6〜7部屋あったが電気が通じておらずランプ生活である。部屋の一隅にはテレビが置いてあったが画面には布が覆われていた。余程大切な行事で人を招く時等にガソリンゼネレーターで発電して映像を誇らしげに披露するのであろうか。           

庭にはコンクリート製の浴槽が井戸の側に置いてあり、湯を沸かすための鍋と竈も築かれていたが使った形跡はなく、平常は近くの川で水浴しているらしい。庭にはバナナと椰子の木が沢山植えられており食べ物は自給できるという一家の現金支出は月間250ルピアに過ぎないというから農村に生活、する農民のつつましやかな自給自足の生活振りが窺える。因みに1ルピアは2円であり物価高のコロンボ市内で生活する標準世帯のサラリーマンの生活費は家賃や水道光熱費を含めて月最低2万ルピアはかかるということであった。


 < 過去  INDEX  未来 >


前潟都窪 [MAIL]

My追加