前潟都窪の日記

2004年06月24日(木) 【水墨画の世界奇山、珍山を堪能し、桃花源に遊ぶ・・桂林� 曄 �

▼中国の旅6 広州、桂林、離江下り、陽策
                   2003年2月26日〜3月1日

 2月26日から3月1日まで桂林へ旅行してきた。漓江流域に聳え立つ奇山、珍山が織りなす光景は3時間程の船旅を退屈させない素晴らしい川下りであった。こういう奇山、珍山カルスト地形と呼ばれるところにみられる風景だという。カルストのできかたは先ず


1) 約3億年前、赤道付近で海底火山が噴火を始めた。
2) 約2.5億年前、噴火のやんだ火山の山頂付近に珊瑚礁が発生し、厚く積み重なって石灰岩の地層を作った。
3) 約1.5億年前に珊瑚礁を載せた海底火山は移動するプレートに運ばれて海溝に沈み込み、堆積物と混合し山体が削り取られた。
4) 約二百万年前に始まった地球の造山活動で海底が隆起した。

 そして石灰質で出来た地形は雨水に含まれる二酸化炭素に溶かされて削りとられこのような奇岩、珍岩が形成されたと考えられている。鋸歯状の地形(カレンフェルト)と擂鉢状の窪地(ドリーネ)とがあるがここ桂林のものは鋸歯状のものである。

  日本では山口県の秋吉台、北九州の平尾台、四国カルストがあるが、ここ桂林を中心とする漓江流域の広大な地域に途切れることなく続く景観に比べればその規模において全然太刀打ちできない。今まで経験した川下りで今回ほど風景を堪能したことはなかった。

 漓江下りの終着港陽朔県で一泊して翌日「世外桃源」


と称する観光地へ行った。川に囲まれた田園の中には少数民族が木造の建物に民族衣装を纏って自給自足の生活を送っている。観光客が舟で通ると川べりの舞台へ民族衣装を纏って現れ民族舞踊を踊って歓迎してくれる。


周囲には鋸の歯状の奇岩でできた山々が連なり、地味豊かな緑の田畑には折から赤色の桃の花がそちこちに咲き誇っており、木々は淡い緑色の新芽を一斉に萌え出していた。川では女性達が砧を打って洗濯をしていたり、男が投網を打って漁をしていたりする。庭先には鶏や豚が餌をついばんでいる。一見別天地の観があり、陶淵明が桃花源記に描いた理想郷さながらののどかな田園風景が展開されていた。




 しかしよく考えてみれば、彼が描いた桃源郷には現在のように観光客が群れをなして訪れることもなくひっそりとしていたことであろうし、ましてや展示館に伝統の機織り機を持ち込んで若い娘が


機織りを実演してみせたりということはなかったであろう。観光事業は手っとり早い外貨獲得の手段である。開放政策実施以来俄に作られたと思われる休憩所や土産物売り場の建物は新築間もないものであり、トイレが清潔に管理されていた。そして民族衣装を纏った娘はしたたかに写真のモデルになりたがる。ここでも商業主義、拝金主義の汚染が始まっていた。





 漓江下りは竹江という港から始まる。カルスト台地に形成された山並の形は鋸歯のように鋭く奇山、珍山を見学しながら川下りを楽しんだ。この打ち続く景色に一時間ばかり飽かず見惚れているとやがて、冠岩の鍾乳洞に到着した。





ここで一旦下船して鍾乳洞を見学した。とても大きな鍾乳洞で、天井から垂れ下がった鍾乳石や石筍は保存状態がよく折れたりしているものは少ない。様々な形をした自然が作り出す芸術作品を鑑賞しながら洞内を歩いていくとやがて洞内湖に到着した。そこには舟が用意されていて10人づつ乗り込んで真っ暗な中を船縁に設置された照明で四囲を照らし出しながら湖を航行するのである。





 物音のしない静寂の中、細いトンネル状の穴を通り抜けたりしながら10分間ほど洞内を巡った。聞こえる物音は船頭が操る櫂の水音だけである。観光客も静まりかえっている。閉鎖された空間なのであたかも地獄へでも船出するかの如き錯覚に陥るスリリングな体験であった。元の場所へ必ず帰れるという安心感があるから平気で乗っていられるが、初めてここを航行した人は余程勇気のある人だったに違いないと変なことに感心しながら洞内巡りを終了した。

 ニュージーランドでは鍾乳洞の中を舟で航行しながら土蛍を鑑賞したが、ここではそのような生物はなにもいなかった。再び漓江船上の人となり陽朔までの船旅は続いた。


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