2005年04月03日(日) |
秦 河 勝 連載46 |
秦河勝は厩戸皇子に皇太子就任のお祝いに駆けつけて日頃気にしていることを申し述べた。 「皇太子様、今回推古天皇が即位されましたが、崇竣天皇の暗殺はどうも臭いと思いますがどのようにお考えでしょうか」と河勝。 「東漢直駒が大臣蘇我馬子の命令によって暗殺したのであろう」と太子。 「世間ではそのように考えられているようですが、私の見方は一寸違います」と河勝。 「ほうどのように」 「さればでございます。私の見るところこれは皇位纂奪の仕組まれた武力行使だったと思います」 「おだやかでないね」 「大方の見方は厩戸皇子が即位されて、推古天皇は後見されるとみていましたが、そうはならなくて、いまだかって例のない女帝が即位されました。これはなにかいわくがありますよ」 「推古天皇が首謀者だったというのかね」 「御意」 「根拠は」 「美しいが故の傲慢さです。皇子も十分気をおつけになって下さい。崇竣天皇の二の舞にならぬよう御注意が肝要です」 「何故そのようなことを言う」 「竹田皇子が天皇として即位できる年齢になられるまでにあと四〜五年ありますがそれまでの繋ぎの即位なのです」 「私が皇太子だが」 「そこが問題なのです。竹田皇子は推古天皇が腹を痛めた皇子です。厩戸皇子より五歳年下でございましょう。親心としては竹田皇子を即位させたいのはやまやまですがまだお若い。おそれながら、厩戸皇子も竹田皇子より五歳年長とはいえ即位するにはまだ早い。そこで摂政という立場をお与えになった。これは罠です。厩戸皇子を貶めようとする仕掛けです。きっと暗殺団が太子を狙うでしょう」 「何故だ」 「厩戸皇子がこの世にいなくなれば竹田皇子に皇位が廻ってくるからです」 「天皇は私の叔母だよ。蘇我大臣は大叔父だよ」 「皇位争奪戦となれば肉親も兄弟もなくなるのです。崇竣天皇だって皇子の頃 兄弟の穴穂部間人皇子の討伐戦に参加したではありませんか。しかも推古天皇は討伐の詔書までお出しになっている。そのことをよくお考えになってください」 「人間の心はそんなに虚しいものなのかね」 「皇太子の母上の穴穂部間人妃は用明帝崩御のあと異腹とはいえ子供のところへ娶られていかれたのですよ。どなたの差しがねだと思われますか」 「悲しいことだが、大臣蘇我馬子が考えたことでしょう」 「多分、推古天皇の思いつきでしょう」 「何故わかる」 「先の皇后が天皇になる前例をつくるときに対抗馬があっては困るからです」 「そこまで、考えるものだろうか」 「馬子大臣の感化を受ければそうなるでしょう」 「それに美しい人は美しさも幸せも自分で独占したいものなのです。そのためには、穴穂部間人妃のような美しい人は不幸にならなければならないと思っているのです」 「なんと恐ろしいことを」 「美しいことは罪悪を作るのです」 「世間虚仮。唯仏是真という言葉が仏典のなかにあるがこのことだね」 「御意。仏の教えを広めねばなりません。恐れながら皇太子が難波に四天王寺を建立なさったことは仏法を広めるうえからも素晴らしいことでございます」 「物部守屋討伐の折り、四天王に誓ったことだから当然のことだ」 「その当然のことが出来ないのが口先だけで政治を行おうとする野心家達なのです」 「人の心を捉えなければ政はできないと思う。人の心を支配しなければ天下の統治は難しいということだろうか」 「恐れ多いことですが皇太子を取り巻く人間関係には非常に難しいものがありますので十分気をおつけになってください。ところでこのような中でどのような方針で政務を行われるお積もりですか。及ばずながら秦河勝は皇太子の為に一肌脱ぐ積もりでおりますのでお漏らしください」 「まず天皇の権威を高めることだろうね。臣下が天皇を殺そうと思ったりすることのできない程、天皇の権威を高めることが必要だと思う」 「仰るとおりです。大臣蘇我馬子も朝廷内の権力を握りこれを強化発展させていくためには天皇の伝統的な権威を利用しようとするでしょう。そして官司制を整備したうえで豪族連合を強化し実際政治の上で実権を握ろうと画策する筈です。そのためには天皇の地位は尊重しながらも不執政の地位に押し上げようと考える筈です」 「崇竣天皇に対してとったと同じ手法によるだろうね」 「推古天皇は女帝だし、大臣の姪だという血族的な関係を考えてもその傾向はますます強くなると考えなければなりません」 「されど大臣蘇我馬子と摩擦を起こすことは得策ではない」 「そうです、天皇権力を強化するということを常に頭におきながらも、官司制を整備し朝廷権力を強化するという大臣の方針には協調姿勢をしめすことが必要でありましょう」 「そうなると精神面で天皇の権威をたかめることに力を注ぐことを考えなければならないということになる」 「推古天皇は直接政務を執られることはないでしょうから、蘇我大臣が実質的に朝廷を動かすことになるでしょう。しかし、皇太子は将来、天皇になられるわけだから即位されてからのことを考えて蘇我氏から全ての権力を奪回し、専制権力の確保を計るよう常に考えておられなければなりませんぞ」 「私は精神面で天皇の権威を高めるためには隋国との外交と仏教の興隆がもっともよい方策だと思っている」 「私が思いますに隋国には早い機会に使者を遣わし挨拶をしておくことが皇太子の権威を高めることになると思います。その使者には僧侶を同行させ隋国における仏教興隆の実情をつぶさに観察せしめることも肝要かと心得ます」 「使者には国書と貢物を持たせることにしよう」 「それがよいかと存じますが、天皇の権威を示すためには相手が大国であっても遜ってはなりません」 「私もそう思う。国書を持たせれば返書を持ち帰るはずだから文面はよく考えなければなるまい」 「それに新羅征伐のことも、隋国に対して理解を求めておくことが大切でしょう」 「その通りだ。早く隋国へ使者を派遣する準備を始めることとしよう。それには大海原を航海する船を作らねばなるまい」 「御意」 「船は誰に作らせればよかろうか」 「王辰爾の手の者が船作りは上手です。しかし、王辰爾の一族は船氏を名乗って蘇我氏の配下になっておりますが」 「蘇我氏の力をこの際は借りることにしよう。私のほうから依頼しておこう」 「皇太子、隋国に使者を派遣するのも大切ですが、その次に必要なのは新羅征討軍を臣・連姓氏族から組織するのではなく国造や伴造の部民から徴兵する必要があると思いますが」 「そうだ。指揮官にもこれまでのように臣・連姓氏族を当てるのではなく皇族を中心にして編成してみよう」 「それと百済、高句麓に対しても使者を送り、朝貢を求めることが天皇の権威を高めることになると思います。是非ご検討ください」 「判った。よく考えてみよう。武力で服従させるのではなく心を支配して従わせることはできないものだろうか」 「仏の教えの神髄を極めてこれを万民に施せば可能なのではないでしょうか」 「そのためには先達を迎えて仏の心を学ばねばならないね。合わせて、お寺を各地に建てて仏法を広めなければならない」 「私も仏像を迎えてお寺を建立したいという夢を持っています」 「なかなかよい心掛けじゃ」
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