前潟都窪の日記

2005年06月02日(木) 水蜜桃綺談8

円念に伴われて、兼祐の前に連れてこられた垂光をしげしげと眺めて兼祐は言った。

「おう、これは虎丸殿、いや垂光殿でござったな。蛇丸殿も大きゅうなられたのう」
「はあ、お館様お久しゅうございます。本日は、南妙法蓮華経をお勧めに参上いたしました」

「あの幼かった虎丸殿がこのように見事に成人されて、これはまた御説法に参られたとは、人も変われば変わるものよのう」           
「これも、皆円念様の御指導と我が師景光様の御加護のせいでございます」
「ところで、幕府が滅びたうえに、帝の世継ぎの問題で争いが起こりこの山手の田舎にまでその影響がきておるぞ。はてさて、どちらが勝つのやら」           

「それはさておき、お館様は足利方と新田方とどちらへお味方なさるおつもりですか」
「何れも源氏ではないか」
「私の見るところ足利殿の方が器量が大きいように思います。今でこそ逆賊になっておりますが、この乱世を纏めていけるお方は足利尊氏殿をおいてほかにはないと考えます」

「それは、左衞門次郎殿のお考えか」
「そうです。それがしも父の考え方に同意しております」
「これはまた何故そのように思うのかの、訳を聞かせてはもらえないかの」

「さればでごさいます。それがしも、幼き頃より、生き物の世界に興味をもち争いの無い世界はないものかと考えてまいりましたが、動物どもは己の生活の領域をあらすものに対しては、果敢に死を掛けても戦います。しかしながら、己の生活の領域が確保されれば決してそれ以上のことは致しません。まして人間のように、己の名誉や家門の名誉のために争うことを致しません。足利殿はこの世に争いのない世界をつくろうと考えておいでなのです。おそれながら、現在の戦は皇位継承をめぐっての争いであろうかと考えます。天皇様を取り巻くお公家衆が民の迷惑も考えずに名誉欲と権勢欲の権化と化し権謀術策を巡らして、諸国の武士を我が味方に取り入れ天下をほしいままに動かそうということから起こった争いであると考えております。ところが、足利尊氏殿ははやくこの世の争いを無くして、民百姓が安心して暮らしていける世をつくりたいとお考えなのです。足利一族のことよりも、天下泰平を願って戦っておられるのです。それが証拠には源氏同門の新田義貞と戦っておられることでもお判りでしょう。新田殿が天皇方の策略に踊らされて、源氏の中でも下積みであった新田家の名誉を挽回しょうとしておられるのとは、志の高さが違うと思うのです」
父兼祐の傍らで雪姫は垂光の弁舌にほれぼれしながら聞き入っていた。なんと理想の高い高潔なお人柄なのであろうかと思いながら。           


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