「なるほど、志の高さと申されるか。それにしてもお父上もお若いのう」 と常陸兼祐は志の高さだけで世の中が動けば何の苦労もないのにと心の中でつぶやきながら言った。 「しかも、今でこそ賊軍と言われていますが、必ず新しい帝の綸旨が下りると信じております。その節には立場が逆転し、新田義貞軍が逆賊になるのです」
「我らは武家だから、主人に忠節をつくすのが本分であろう。しかし恩賞あってこその忠節であろう。どちらの側の恩賞が多いだろうか」 「足利殿だと思います。ところで、お館様天皇方の先鋒隊の大江田氏経殿は必ず福山城を攻撃してきます 」と垂光は言った。 「何故、分かる」 と兼祐が聞いた。
「実は私は大江田様の刀を一振り鍛えてお届けすることになっておりますが、そのお届け先が福山城なのです」 「なに。お主はどちらの味方なのだ。二股かけているのか」 「刀鍛冶にとっては自分の作品を買って下さる方が大切なので敵味方はありません」 「先程から、お主は足利方の方が正義で、天皇方は不正義だと言っているではないか」 「その通りです。しかし刀を買って戴くことはこれとは別のことなのです」 「そういうものかのう。いずれにしても、天皇方にお味方するか足利方にお味方するかはよく考えてみよう。父上に宜し伝えられよ」 と言って垂光を引き取らせた兼祐はまだ結論を出さなかった。日和見主義に徹しようと思っていた。
一方天皇方の新田義貞軍の先鋒隊、大江田氏経からの勧誘の使者が荘左衞門次郎の許へ往来した。 「これは正義の戦でござる。その証拠に逆賊足利尊氏は九州に逃げたではないか。全国には帝の綸旨を奉じたてまつる武士達が結集しようとしているのだ。天皇親政を実現しようとするものでござる。我が陣について正義を実現されよ。勝利の暁には恩賞として官位官職が下されましょうぞ」
と大江田氏経の使者は言った。 「いかにも、帝が親しく政を行われるのは結構なことでござるが、現在の知行地さえ安堵されないことがあると聞き及ぶが如何に。我等は源氏の恩顧を受けた者。足利殿は我等の棟梁でござる。この世に戦をなくそうとしておられる無欲の足利殿にお味方致す」 左衞門次郎は荘兼祐との間で争っている所領のことを思いながら言った。 「新田殿も源氏ぞ。足利殿は天皇に弓引いた逆賊であるぞ。ここのところをよく御勘案あれ」
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