2005年07月04日(月) |
小説・弾琴の画仙浦上玉堂20 |
翌日致仕して隠居している前任者を訪問し音物の取扱について前例を確かめると、儀礼的な範囲のものであれば、音物禁止令があるにもかかわらず、例え大目付であっても役職就任祝いの挨拶の品程度のものは受け取るのが礼にかなっているという見解のもとに慣行化されており、このことが問題になったことはないという回答であった。そんなことは皆がやっていることだし殊更に取り上げて藩内に波風立てることもなかろうという意見であった。
やがていつとはなしに藩内で今度の大目付は礼儀しらずで融通がきかないという噂が流布するようになった。
大目付けに昇進したこの年愛用の七弦琴を見本にして漆塗りの琴を自作しているが、寸暇を見つけては琴の世界へのめり込んでいった。煩わしい職務を忘れて無心に琴を弾くと心が洗われて明日への英気が養われるような気持ちになるのであった。
やっと、新しい仕事にも慣れ、見えてきた役人達の執務態度は、役得意識の瀰漫、依怙贔屓の傾向、慢心と上司を軽んじ侮る傾向、前例準拠の保身主義、責任回避のことなかれ主義であり、良致知を研ぎ澄まし知行合一を実践して仁政を目指そうという陽明学の行動規範からは許せないものばかりであった。特に、藩主の政直は亡き兄への反発があるのか陽明学を毛嫌いしており、賄賂の横行を容認しようとする性向があり玉堂の頭を悩ませるところであった。
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