2005年07月07日(木) |
小説・弾琴の画仙浦上玉堂23 |
「藩の収入が減っては体面も保てなくなるではないか。お前は政治悪だというが、必要悪ということだってあるではないか」 「非常時に体面を言っているときでしょうか。税を減らして収入の減った分は藩の出費を抑えるよう倹約につとめることです。例えば参勤交代を取り止めて経費節減を図ることを幕府に働きかけてみる方法だってあるでしょう」「そんな大それたことができる訳ないではないか。それこそ不忠になる」 「最初から諦めているのではなく、先ず行動してみることではないでしょうか」
「それは難しい。本藩の治政様だってそんなだいそれたことを幕府へ進言できる筈がないではないか」 「今すぐの対策としては間に合いませんが、児島湾の干拓事業にもっと力を入れて耕地面積を増やし収穫を上げることです。また米、麦の代用になる甘薯の山地栽培を奨励してみるのも有力でしょう。それにもっと基本的なこととして、藩財政を独立採算にして自己の才覚で財政運営できるよう制度を改定する必要があると思います」 「干拓事業と甘薯の山地栽培は確かにお前の言うように努力しなければならない課題だとは思うが即効性がない。そして藩財政の独立採算化は本藩から独立してしまうという意味合いがあり独自の組織を編成しなければならずそのためには人と経費が余計にかかるではないか。現実的ではないと思うし、大体本藩に対して謀叛の心ありと疑われる恐れだってあるではないか」 と政直の反応はあくまで成り行きまかせで現状改革の意欲は微塵も窺えないものであった。
「経費節減について、もっと言えば儀礼的な慣行を見直して例えば贈答を厳禁することです。そもそも光政公が音物禁止令を出され、その後何回か禁止令がだされているにもかかわらず、これが遵守されません。綱紀粛清に藩主が率先して範を垂れ弛緩した綱紀を引き締めるのが最も有効な方法だと思いますが」 「幕府の要人に対する付け届けを惜しむと赤穂藩の二の舞になってしまうじゃあないか」 「そこのところを将軍に道理を説いて、奸臣を追放し上から変えていく努力をなさるのが将軍の臣下たる藩主としてのお勤めであり、忠節を尽くし仁政を実現する道ではないでしょうか」 と食い下がっていく玉堂であった。 「松の廊下の刃傷についてだって、幕府は吉良殿にお咎めなしの裁定をなさっておる。この事件は場所柄を弁えず私怨を晴らそうとした乱心行為だというのがその理由なのだ。浅野殿にもっと領民の幸せを願う慈しみの心があれば浅野殿の個人的な屈辱は我慢できたのではないか。それこそ不徳の藩主だったというのが公式の見解なのだ。更に四十七士の討ち入りにしろ幕府を恐れぬ不埒な行為として浅野家の再興は許していないし、首謀者大石以下全員切腹させられている。切腹ということで武士の面目をたてるようはからっているのだ。いずれにしても幕府に逆らうのは得策でない」 「それがしにはそうとは思えませぬ。四十七士は幕府の片手落ちのお裁きに異議を唱えて自ずからの良知に従い命をかけて理非曲直を世間に問うた義挙であると思っております」 「馬鹿な世間の者はそのようにいうが、それは弱い者のいうことであって世の中そんなに甘いものではない。すべては強い者に道理があるのだ。強い者が黒いものを白だといえば白になるのが世の中だと儂は考える。お前はいつもそのように理想論ばかり言うが、人間きれいな空気ばかり吸って生きていけるわけがないではないか。あまりにも現実を知らなすぎる理屈ではないのか」 「それがしにはそうとはおもえませぬ。世の中が乱れてくればくる程、正義を主張して警鐘を鳴らさなければと思っております」
「学者がそう言って主張するのは仮によいとしても、お前は民を治める立場だ。もっと現実をよく見て時勢に順応していかなければ藩自体が幕府に睨まれてたちいかなくなることだってあるだろう。むしろそちらの方が怖いことだ。それに百姓・町民共は牛、馬よりは多少ましな生き物でおとなしく年貢を治めていればいいのだ。百姓達がいなくなってしまうと米が作れなくなって困るから、家康公も言われたように連中は生かさぬよう殺さぬよう絞りあげていくのが治世の要諦だと思うがのう。ましてや全国的な大飢饉のときは非常時なんだからどの藩だって、満足のいくような救済のできるわけがないではないか。餓死する者は運命だと思って諦めて貰うしかしようがないではないか。暫く成り行きを見守ろう」
実りのない議論を終わって退出した玉堂は、例え愚だと言われ融通のきかない狷介な性格だと思われようが自分の良知を致し、繰り返し何度でも懲りずに主張し実践していくしかないなと観念する孤高の陽明学徒であった。
ところで余談であるが、世の中には絶対的な究極価値は一つしかないという価値絶対主義の立場に立てば、自分と異なる価値観を主張する相手に対しては、これをあらゆる手段に訴えて説得し、同化させるか、相手を抹殺するしか方法がなくなってくる。これは最も先鋭化した宗教の立場とか例えばヒットラーの如き立場しかないことになる。 これに対して、世の中には相対的な価値しか存在しないとする価値相対主義の立場にたてば価値観が異なる二人が対峙した場合、相手の立場を全否定はしないが、相手から自分の立場も全否定させないという態度をとることになり、お互いに価値観を微修正しながら折り合える場を探し求めていくことになる。もしも共存できる場が見つからない場合には袂を分かち、別の世界で暮らすしかなくなることになる。この立場はデモクラシーの立場である。こうした見方で観察した場合、玉堂は価値相対主義の立場をとっていたように筆者には思えてならない。
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