前潟都窪の日記

2005年07月30日(土) 三村一族と備中兵乱4

  四、洛中その二
                              
 宗親は備中青江の名工長谷国平が鍛えた刀を父の時親から元服の時、譲り受け、戦陣には常にこれを佩き幾多の戦功を上げてきていた。この度の遠征でも国平を持ってきていたが、機会があれば京の名工に研いで貰いたいと思っていた。また予備として京土産に良い刀を求めたいとも思っていた。聞けば、戦乱のただなかにある京であっても粟田口に名工吉光の弟子達が細々と刀を鍛えているというので、工房を訪ねてみることにした。
「御免せぇ。刀が欲しいんじゃがひとつ見せてつかぁさらんかのう」
と漸く捜しあてた刀鍛冶の工房へ宗親は入っていった。
「おこしやす」
と手をぼろ布で拭きながら出てきたのは小袖に裳袴をつけた歳の頃16〜17でがっしりした体格だが、肌はぬけるように白い女であった。見ると部屋の隅に火床とふいごが置いてあり、焼きをいれるための細長い水槽もあるが火床には火が入っていない。砥石の側には、研ぎかけらしい刀が一本横たえられている。
「吉光刀匠の在所はこちらでしょうかのぉ」
「へい。吉光刀匠はもうとっくの昔に亡くならはりましたが、うちが直系の弟子筋にあたります」
「そうか。それゃぁよかった。刀の良いのを見せてつかぁさらんかのう。都で一番といわれる刀鍛冶の鍛えた刀を買うていきたいんじ ゃが」
「それが、今は鍛えていまへん」
「どうしてじゃ」
「戦乱で腕の良い鍛冶達は皆西国へ逃げていかはりましたさけ、今はいいものはあらしまへん。情けないことどすえ」
「せぇじゃぁ、刀は全然作りょぅらんのかのぅ」
「へぇ。折角おこしやしたのにお気の毒なことどす」
「それは残念じゃのう」
と宗親が落胆するのをみかねて慰めるような口調でその女が言った。
「お侍さんはどちらの国からお越しやしたのどすか」
「備中からじゃ」
「それでは備前の福岡は近こうおすやろ。お国で買わはったほうが良いものが手にはいるのとちがいますやろか。父の弟子達もぎょうさん備前長船へ移っていかはりましたえ」
「そうか。それではどうして、お主も備前へ行かなんだんじゃ」
「父が病気にならはったからどすえ」
「そうか、親御の看病をしょうられるんかのぉ。感心なことじゃのう」
「これも定めですさかいに。父が早う元気にならはることを念じて、励んでいますえ」と明るい声で答えた。
「ところで、あそこに研ぎかけの刀が置いてあるがあれは誰が研ぎんさるんじゃろか」
「うちどす」
「ほう」
「研ぐだけなら女でも出来ます」
「もしや、お主、刀を鍛えたこともあるんじゃろか」
とそのがっしりした体躯をみながら宗親が尋ねた。
「へい。父さまが元気で働いてはった折りには、相槌を勤めたこともおますえ。しかし、父が病気になってからはよう造りません。うちが研ぎ師の真似ごとをして世を凌いでいるのどすえ」
「今は全然作ってないんじゃろか」
「へい。あいすみません」
「父さんが元気だった頃、父さんの作ったものはないじゃろかのう。できあがった物があれば、見せてつかあさらんかのぉ」
「ろくな物はあらしまへん」
と言っていたが宗親があまり熱心に頼むものだから、娘は奥から四〜五振りの刀を運んできた。
「父さまが糊口を凌ぐために泣く泣く作ったこんな物しかあらしまへん。お恥ずかしいことどす」
と娘は刀を宗親の前へ並べた。その中の一振りを取り出し宗親が懐紙を口にくわえ刀身の目効きをしていると娘が言った。
「お武家様、お腰のものをちょっと拝見させて戴くわけにはいきまへんどっしゃろか。うちら話に聞くだけの素晴らしい技物をお持ちのようなので」
「誰の作か判るかのぉ」
と宗親が佩刀を渡すと娘はおしいただいて受取り真剣な眼差しで目効きをしていたが、感極まったような声を出した。
「この刀は長船の名ある鍛冶が鍛えはったんどすやろ」
と言いながら刀に見惚れている顔には清々しいものが感じられた。
「ところが、ちょっと違うんじゃ。備中にも青江に名工がいていい刀をつくるんじゃ」
「何という名前のお方どすか」
「この刀は国平という刀鍛冶が鍛えたものじゃと、父上から聞いていますらぁ」
「ほう。国平どすか」
「そうじゃ。長谷の国平じゃ」
「お武家はん。今の京にはこれほどの刀を造れる刀匠は残念ながらいてしまへん。皆、戦を恐れて西国へ逃げていかはったんどす。悲しゅうおすえ。備前へはこの粟田口からもぎょうさんの名工達が逃げていかはりましたえ備前には福岡の市というのがおますさかいに鋤、鍬を鍛っても食べていけると言うてはりましたえ」
「どうじゃろう。この刀を研いでつかあさらんか」
「へい。有り難うぞんじます。このような名刀を研がして戴くのは幸せなことです。精一杯研がして戴きます。一晩お預かり致しますよって、替わりにこの刀をお持ち帰り下さい」
「それではお願いしますらぁ」
 宗親は刀を預けて室町の侍宿舎への帰路を急 いだ。道すがら刃先に見惚れている女の清々しい横顔が脳裏にちらついていた。宿舎へ帰りつくと部屋では元資と久次がしきりに議論をしている。
「おう、宗親よいところへ帰ってきた。お主も議論に加われ。それにしても宗親どこへ行っとったんじゃ」
と元資がかわらけを差しだし、瓠から濁り酒を注ぎながら言った。
「粟田口までじゃ」
「なんぞええことでもあったんか」
「刀を研ぎに出してきただけじゃ」
と宗親は平然さを装って言ったつもりだか、先程の女の横顔がちらつき顔が赤くなるのを自分でも感じた。それを見咎めた久次がからかった。
「お主、女と逢ってきたんじゃろ。顔に書いてあるぞ」
「いいじゃあねぇか。宗親も人の子だったということじゃ。せいぜい誑かされぬように気をつけんせぇよ」
と元資がわけしり顔でひきとった。
「そんなんじゃぁねぇ。ただ刀を・・・」
と宗親がむきになって抗弁しようとすると久次が矛先をかわした。
「それよりもさっきの話を続けよう。我等こうして、お館様に具奉して上洛し、都のありさまをみさせてもろうたが、一体世の中はどうなっていくんじゃろか。宗親よお主どう思う」
「権威と実力のある将軍がいなくなったので・・世が乱れているということじゃろうが・・・・強い将軍が出現しなければ、・・・・・世の中ますますひどくなっていくんじ ゃろうなぁ」
と宗親は注いでもらったかわらけの酒を口へ運びながらポツリポツリ言った。

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