前潟都窪の日記

2005年08月01日(月) 三村一族と備中兵乱6

 翌日の夕刻、宗親が粟田口の刀鍛冶の工房へ研ぎあがった刀を受け取るために、武者詰め所をでかけようとすると荘元資がどこへいくのかと興味ありげに問いかけてきた。
「粟田口まで研ぎに出した刀を受取に行こうとしとるんじゃ」
「ほんまに、刀をとりにいくのかのぉ。誰かいい女性(にょしょう)でもできたのじぁあないのけ」
「そんなんじぁあないけん。嘘と思うならついてきんせい」  
「そりゃあ面白い。そしたらついて行こうか、わしも退屈しとるけんのぉ」 「そりゃぁ有り難い。途中物騒な森を通り抜けていかにゃあならんけん、ぼっこう助かりますらぁ」
 二人は黄昏時を連れだって、粟田口の工房へ向かった。工房近くまできたとき元資が言った。
「俺は外で待っているけんお主、中へ入って用を足してこられぇ」
と心得顔で言った。
「そうか、それではお主ここで待っていてくれ」
と宗親もさからわない。宗親が工房の中へ入ろうとしたとき異様な殺気を感じた。
「この刀は渡すわけにはいかぬ」
と咳こみながら抗う男の声が聞こえた。
「ぐずぐず言わずにこちらへ寄越せ。さもないと娘を明国へ売りとばすぞ」とだみ声が続いた。
「娘に手出しをすると容赦はせぬぞ」
と再び咳こみながら抗う悲鳴に近い男の声が聞こえた。
「押し入りか」
と思いながら刀の鯉口に手をかけたとき、工房の中から刃を打ち合わせる金属音が聞こえた。
「行くぞ。元資あとへ続け」
と叫びながら宗親は工房の中へ飛び込んだ。その一瞬、覆面をした男がふりおろした刀が対峙している男の肩を断ち切り血飛沫が上がった。
「助太刀するぞ」
と叫びながら宗親が抜き打ちに刀を一閃すると覆面の男はのけぞりかえって倒れた。胴に入った一撃で男は絶命してしまった。覆面の男が右手に持っている血糊のついた刀は、まがうかたなく昨日研ぎに預けた国平である。
「どうした。大事ないか」
肩を切られて倒れた男に駆け寄るとその後ろには、昨日の刀研ぎの女がさる轡をはめられて後ろ手に縛られて転がされている。男の体をだきおこすと、喘ぎながら
「お助け下さって有り難うございます。私は刀鍛冶の吉正でございます。長年労咳を患っておりまして、刀を鍛えることもできなくなってしまい、生恥を曝しておりました。娘がお預かりした刀を研ぎ終わり神棚へ奉納したところへ押し込み強盗に入られ、情けない姿をお見せすることになってしまいました。若い頃剣術を学んだことがありますので、無我夢中で立ち向かっていきました。お預かりした刀を賊に奪われてはならないとその一心でした。この病と傷では助かりますまい。どうか娘のことを宜しくお願い致します」
と言った。その間に元資が娘の縄をといたので娘が父親にとりすがった。
「お父さん。死んじゃだめ。」
「奈々よ。兄のもとへ行け」
と喘ぎながら吉正は娘の顔をじっと見つめて言ったが、これが最後の言葉になった。がくりと頭を垂らして息を引き取った。
「お父さん。こんな姿にならはって。あんまりどす。わてもつれていっておくれやす」と号泣が続いた。
 宗親と元資はなす術もなくしばし娘の愁嘆場を見ていた。
 やがて、娘は我にかえって人がいるのを思い出し、今度はばったのようにぺこぺこ頭を下げた。
「お許し下さい。大事な刀を盗まれてしまいました。どうかお許し下さい」と哀願するのである。
「刀ならこの通り、取り返した。だが、この刀がお主の父親を殺したとはのぉ。因果なことじゃなぁ」
と宗親も慰める言葉もない。
「お主、身寄りは」
「兄が一人」
「近くにいるのか」
「いいえ」
「遠いところか」
「はい」
「何処にいるのだ」
「備前長船です」
「刀鍛冶か」
「へい昔は」
「それでは、今は」
「琵琶法師どす」
「眼が悪いのか」
「へい、8才のとき父の相槌を打ってはったときに鉄の火の粉が眼にはいりそのまま眼が見えなくならはったんどす」
「そうか。気の毒にのぉ。それで兄者の名はなんという」
「甫一と申します」
「なに、琵琶法師の甫一じゃと」
「なんぞ、お心あたりでもおますのか」
「甫一法師なら備中にもきたことがある。わしの館に泊まったこともある」 「あんれまぁー。それでは兄者の消息を御存じで」
「しらいでか。こたびの上洛にあたっては、八幡神社で戦勝祈願をしたとき琵琶を奉納して貰ったばかりじゃ」
「神仏のお導きか。どうぞ甫一兄者に会わせてくださいませ」
「お主、備中まで行く気があるか」
「父がこのような姿になってしまはったので野辺の送りを済ませましたらきっと備中へ参ります。どうぞ兄者に会わせておくれやす」
「よし。ほんじゃ、近く備中へ帰る者がいるけえその隊列に加わりんせぇ。手紙を書いてもたせてあげますらぁ」
「おおきに。ほんまにおおきに」
「ところで、お主名はなんというんじゃ」
「奈々と申します」


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