2005年08月06日(土) |
三村一族と備中兵乱11 |
家親の放った諜者中村家好を頭とする諜者軍団の活躍で上野伊豆守の嫡男鷹千代丸は無事家親の手元に届けられ、以後鶴首城で家親の子息達と同様に養育されることになった。
「鷹千代丸は奈々の方に養育して貰うたほうがええと思うんじゃ。奈々の方は人の情けがようわかるお人じゃ。鷹千代丸は親を不条理にも突然失って寄る辺をなくした悲しさにうちひしがれている。この悲しさを判ってやれるのは、同じ境遇にあった奈々殿しかおりゃあすまい」 と言ったのは家親である。 「さすが殿。人の心をよく読んでおられるものじゃ。こういう殿についていく限り三村家の団結は万全じゃ」 と三村五郎兵衛がうなづきながら賛意を表明した。 「この城で生活になれてきたら、母御前には礼法を手ほどきして貰うことにしようと思うとるんじゃ。上野家は室町礼式については格式の高い家柄じゃけえのう。その美しきよき流れは、受け継いで子孫へ伝えていかねばならんのじゃ。また、三村一族も何時までも備中式に固執していたんでは都へ上がったとき恥をかくけんのう。なんでも若いうちに稽古することじゃ。若い者は志を大きく持つことじゃ」 と家親は三村一族が天下に覇を唱える志のあることを仄めかした。 奈々の方の薫陶の甲斐あって鷹千代丸は情けのわかる武将に成人した。
鷹千代丸の元服式の日のことである。 「ようここまで成人された。本日より鷹千代丸より名を改め、上野隆徳と名乗られるがよい。祝いに常山城を預けよう。備前常山城は三村陣営の最南端で備前の宇喜多勢とは鋭く対峙する重要な城じゃ。心してまもられよ」 と家親が言った。 「ははあ、有り難き幸せ。実の親にも勝る御配慮いたみいります」 と隆徳が応えると 「なんの、備前勢の抑えとして、それだけお主に期待しているということじゃ。ついては鶴姫と祝言をあげるがよかろう。元親とは義兄弟ということになる。いざというときには元親を助けて欲しいのじゃ」と家親が言う。 家親の信念は、一族団結こそが乱世を乗り切る秘訣であると考えているのである。 「ははあ、有り難き幸せ。重ね重ねの御恩、隆徳終生忘れませぬ」 と隆徳が礼を言った。 「鶴姫は気が強くて男勝りじゃが、根は優しい娘じゃ。末永く可愛いがってくれ。鶴姫さあ隆徳殿に御挨拶せぬか」と家親が言うと 「不束ものではございますが、よろしゅうお願い致します」 と三つ指ついて挨拶してから家親に向かって言った。 「父上、私にもお祝いの品を戴きとうございます」 「なんなりと申してみよ」 と末娘の頼みだけに備中の虎も好々爺ぶりである。 「先祖代々相伝の長谷の国平が鍛えた名刀を所望したいのですが」 「まて、あの刀はお奈々の方の父上の血で汚されて以来、不吉な刀として相伝することは止めにしたのじゃ」 「私は逆に、あの名刀は刀鍛冶の血で清められたと考えとうございます。是非御祝儀の品として戴きとう存じます」 と鶴姫は強硬である。 「隆徳殿如何かな」 と家親が聞くと 「名刀国平は当家の御先祖様が佩いて幾多の戦功をあげられたと聞いております。私を育ててつかぁさったお奈々の方に研いで頂いたこともある、由緒ある刀とも窺っております。鶴姫殿の申される通り、汚れたと考えるよりは刀鍛冶の血によって清められ魂を入れられたと考えるべきじゃなかろうかと思います。魔除けとしても是非所望したいと考えます。どうか鶴姫殿へ御祝儀としてお贈り下さい」 と隆徳も懇願した。このようにして国平の名刀は鶴姫に相伝された。
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