前潟都窪の日記

2005年08月25日(木) 三村一族と備中兵乱30

 宇喜多直家は家臣の花房職勝と長船貞親を呼び家親謀殺の相談をもちかけた。
「三村家親とはいずれ一戦を交える時がこようが、今はまだそのときではない。謀略で家親めを密かにしとめるうまい手だてはないものかのう」
「忍びの者を放って暗殺するのが一策かと」
職勝が言うと
「警戒の厳重な家親の身辺近くまでうまく近づけるかのう」
と直家がこの策の難しさに言及した。
「されば、得物は鉄砲を使います」
と長船貞親が言う。
「家中の鉄砲隊の中に気の効いた者がいるか」
「そこが問題です。忍びの心得のある者でなければこの仕事はできません」
と職勝。
「心当たりはあるのか」
「一、二適当な者がおりますが、家親の顔を知りませぬ」
と職勝が困惑した顔で答えた。
「事前に忍ばせて顔を確認させれば良かろう」
「危険です。相手に気づかれては警戒されましよう。この計画は、失敗がゆるされません。一回でしとめねばなりませぬ」
と長船貞親。
「では、家親めの顔を知っており、鉄砲の使える忍びの者を探すしかないではないか」
「その通りです。私にある人物の心当たりがあります。呼んでみましょう」
との長船貞親の答に希望を繋いでその日の謀議は終わった。
「殿、この前お話した鉄砲の使えるよい人物を連れて参りました」
と長船貞親が言って一人の猟師を直家の前に連れてきた。
「遠藤又次郎です。今は猟師をしていますが、かつて三村家親殿にお仕えし、お顔も間近に拝したことがあるそうです。橋本一巴に鉄砲を習った鉄砲打ちの名人です」
と手短に紹介し又次郎を直家に引き合わせた。
 直家は近習達に人払いを命じてから言った。
「面をあげよ」
 鋭い目つきの男であった。
「他聞を憚る。もっと近う寄れ」
とその男を身近に呼び寄せた。
「そちは、備中成羽に住んで三村家親殿に仕えたことがあるそうじゃが、家親殿の面体は見知っているじゃろうな」
「はい。弓衆の一員として家親殿に仕えていましたけぇ、間近にお顔を拝し直接言葉のやりとりをしたこともありますらぁ」
「そうか。鉄砲は何処で習った」
「舎弟の喜三郎より堺で習いました」
「貞親は橋本一巴に習ったと言っているが」
「それは舎弟のほうですが。私は弟に学びましたけぇ、橋本一巴の又弟子にあたりますんじゃ」
「弓矢の名人林弥七郎と対決して勝った橋本一巴のことか」 
「そうです」
「もう一つ聞くが、その方美作の地理には詳しいか」
「はい。家親殿からお暇を頂いてから、鉄砲の腕を活かすため猟師を家業として美作、備前の山野を駆けめぐつていますけぇ、庭のようなものですらぁ」
と言ってから直家は又次郎の目を見据えた。又次郎はたじろぐことなく眼光鋭く直家の目を直視し、互いの視線が交錯して火花を散らした。
「心得ております」
「そのほう、三村家親が美作に出陣していることは知っていようの」
「はい。存じております」
「そちに頼みたいことは、三村家親の陣屋に忍び込み家親を得意の鉄砲で暗殺して欲しいのじゃ。恩賞はそちの望みのままとらせるぞ」
「・・・・・・・・・」
 さすがに、鉄砲の名手又次郎の顔色が変わった。身震いがした。備中の虎という異名を持つ知勇兼備の当時傑出した戦国大名の三村家親を暗殺せよという。しかも、かつては仕えたこともある主を闇討ちにせよとの密命である。
「どうした。怖じ気ついたか。秘密を打ち明けた以上、いやとは言わせぬ。心して返事をいたせ」 
「このような大役を新参者のそれがしに仰せ下され、恐悦至極でございます。確かに承知致しました。しかし、御依頼のことは難儀なことです。三村家親は用心深い人物で、いつも大勢の家来に護衛されている大将ですから、私一人で討ち取ることは至難のことでございます」
「何か頼みたいことでもあるのか。許すから申してみよ」
「二つばかりお願いしたいことが有りますんじゃ」
「許す。何なりと申してみよ」
「されば、このような大事、失敗は許されませぬ」
「よい心掛けじゃ」
「されば、万が一のことも考えて、私の弟喜三郎にもこの大役を仰せつけ下さいますようお願い申し上げます。私以上に鉄砲の名手にございますけぇ、私にもしものことがあれば、私に替わってやり遂げますらぁ」
「よかろう。そちひとりでは何かと心もとないであろう。成功の暁には喜三郎にも恩賞をとらせよう。後一つの願いは何じゃ」
「運悪く功を遂げずして落命した時には、残された妻子のことがきがかりです。今は一介の猟師ですから、妻子にまで累が及ぶようでは不憫でなりませぬ」
「そのことなら、心配いらぬ。妻子と縁者の行く末のことはこの直家が誓って責任をもって面倒みようぞ」
と言って又次郎の目を凝視した。又次郎の心の動きを探る鋭い目つきであった。又次郎は直家が新参者のだす条件を簡単に認めるので却って不安になった。ここまで秘密を知らされた以上断れば、直ちに殺されるであろうし、家親の暗殺に成功したとして本当に、恩賞が貰えるのだろうか、何しろ権謀術策でのし上がってきた直家のことであるから誓紙でも貰っておかなければ、安心できない。しかし、誓紙を書いてくれとも言いだしにくい。しばらく沈黙の時間が流れた後、直家が答えを促すように言った。
「どうじゃな。憎い家親めを見事うちとめたときには、そのほうに一万石を与えよう。この直家が信用できるかどうか思案しているのであれば、誓紙血判してつかわそう」
「恐れ多いことです。喜んでお引受いたします」
と言う又次郎の答えを聞くと
「よし。家族のことも心配ないから、思う存分働いてくれ。起請文を書いておこう」
と言って自ら硯を取り出し墨を磨って、筆をとるや熊野牛王に宛てた起請文を認めた。
 遠藤又次郎と弟の喜三郎は直家の密命を帯びて、美作の興禅寺を目指して沼城を出発した。吉井川を遡り、川沿いに美作の久米郡棚原を経由して栗子あたりまでやってきた。そこで鉄砲の手入れをしてから本山寺道を通って南下し右手に妙見山、左手に栗子山を仰ぎながら山狭の険しい獣道を抜けて久米南の弓削へ出た。

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