2005年08月27日(土) |
三村一族と備中兵乱32 |
本堂の座敷と濡れ縁を遮る障子の紙に穴を開けて家親とおぼしき人物に狙いをつけていた遠藤又次郎が明かりに照らし出された家親の顔をはっきり確かめて火縄銃を発射したのである。 家親は床柱を背にして座っていたが、仰向けに床柱へ叩きつけられてから崩れ落ちた。 銃声を聞いて、本堂へ家臣達が殺到してきた。 「曲者だ。逃がすな」 「曲者はどこだ」 大勢のわめき声が一段と大きくなり境内は何事が起こったのか判らないまま殺到した家臣達で混乱していた。 軍議に参加していた親頼、親成、政親、貞親らが駆け寄って家親を抱きおこしたが、胸からは血が噴き出し手の施しようがなかった。 「医者を呼びにやれ」 と親頼が叫んだ。 「やめろ、親頼。騒ぐでない。今生の別れとなるやも知れぬが、決してわしの死を外部に悟られてはならぬ。密かに陣を払ってわしを備中松山城へ運べ」 と苦しい息で近侍の家臣に指図した家親はやがて昏睡状態に陥り、息を引き取った。 家臣達は遺言に従って遺体と共に無念の陣払いをした。 家親が崩れ落ちるのを見届けた又次郎は、心で快哉を叫びながら闇の中を破れ土塀へ突っ走った。弟の喜三郎も床下から飛び出し兄の後を追った。二人は破れ土塀を飛び越えると本堂裏手の藪の中へ駆け込み、草の茂みに身を隠し、いつでも発砲できるように鉄砲を構えた。しばらく様子を窺っていたが、急に騒ぎが静かになった。 「どうもおかしいのう。銃声がした後、蜂の巣をつついた程の騒がしさだった寺の中が急に静かになったのは腑に落ちない。兄者、間違いなく家親をしとめたのか」 「馬鹿言うんじゃない。見事命中して前へ崩れ落ちるところまで確かめてから逃げたのじゃから」」 「闇夜だから、人間違いをしてはいないだろうな。確かに家親だったのかいな」 「燭台に誰かが油を注いで部屋が明るくなった、時はっきり家親の顔をこの目で確かめた。まぎれもなく正面から家親だと確かめたうえで引き金をひいたから、万が一、人違いであるはずがない」 「今日の首尾を宇喜多直家様に報告して約束の恩賞を頂くのが楽しみじゃのう」 「本当に恩賞は呉れるんじゃろうな」 「起請文まで自ら言いだして書いたんじゃけえ、まさかとは思うがのう」 「それまで、この鉄砲は一時たりとも手放せないぞ。第二の刺客がわれらを狙っているかも知れんしのう」 「宇喜多直家様は狡いお方じゃから、用心せにゃぁのう」 と二人の兄弟は言い交わしながら、灌木や草むらをかき分けてもと来た道を三村勢に見つかることもなく無事引き返した。 三村家親の暗殺は宇喜多直家に二つの結果をもたらした。ひとつは三村一族の激しい憎しみである。いまひとつはお福の愛である。
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