5. 富士山へ向かって白球が飛んで行った。 「ナイスショット。部長、素晴らしい当たりでしたね」 背丈の高いいかにもスポーツマンらしい沢村 勝が褒めた。 「部長、部長の球は真っ直ぐ飛んで行く、素直ないい球ですね。この調子だと優勝間違いなしですよ」 今度はずんぐりした体に猪首を乗せ、鋭い目つきの河村忠夫が負けてはならじと厚い唇の間に金歯を覗かせながらおだてた。 「なに、まだハーフ残っているから、下駄を履くまで判らんよ」 部長と呼ばれた初老の男は満更でもなさそうな顔で球の行方うを確かめてから赤いティーを拾った。 「それではオーナーに習ってひとつやりますか」 沢村 勝がブラックシャフトでドライバーショットをしたが、ボールが落下点でキックしてバンカーへ飛び込んだ。 「今日はついてないな。またバンカーへ入ってしまった」
沢村の口調には余裕が窺えた。部長の薬袋浩一とは17ホール終わったところで、一打の差があった。薬袋がアウトを46、インを8ホール終わったところで42というスコアで回ってきたのに対し、沢村のスコアはアウト47、インでは42叩いていた。最終ホールをパーかバーディーで纏めれば薬袋と同点又は一打勝つ勘定である。
沢村は薬袋に決して勝ってはならなかった。かといって河村には負けてはならなかった。河村のスコアはアウト47、イン43で競り合っていた。薬袋には一打差で負け、河村には二打か三打の差で勝ちたかった。もう一人のパートナーは50以上も叩いており計算にいれる必要はなかった。 富士山麓の大富士ゴルフクラブで催された「飛球会」ゴルフコンペには、大日本化工機株式会社傘下の下請け会社の営業マンがそれぞれに思惑を持って参加している。
「飛球会」を主催する工事部長薬袋浩一は飛球会に集う下請け工事会社に対して絶大な影響力を持っている。薬袋の機嫌を損ねたら、まず発注単価で苛められ仕事を廻して貰えなくなる恐れすらあった。
沢村はコンペの事前に画策して薬袋と同じ組に入ることに成功した。1.5ラウンド6〜7時間の間「飛球 会」の天皇薬袋と共に過ごすことは今後の営業活動に大きくプラスになることは間違いなかった。だが、油断できない同業の競争相手がやはり、薬袋の組に入ってきていた河村忠夫である。
沢村 勝は報国工業の工事担当者としては腕効きでゴルフにも相当の自信を持っていた。しかし、沢村は営業目的を考えて大日本化工機の工事部長薬袋浩一に気に入られることに専念するつもりであった。かと言ってあまり見え透いたこともできない。薬袋に一打差位でついていくことが最もうまい方法である。コンペである以上他社の手前もあり、良い成績をあげて一目おかさなければならない。
沢村がバンカーへ入ったボールを追ってくると河村が後ろへついてきている。サンドエッジう取り出してボールに近づき足場を確保してからスイングした。砂を浅くすくってうまいショットであった。 「ナイスアウト」 薬袋とキャディが声をかけた。そのとき河村のクレームがついた。 「沢村さん、いいショットだったけれど、アドレスのときクラブヘッドを砂につけていましたよ。ツウペナルティーではないですか。キャディーさんそうだろう」 「さあ、私はよく見ていませんでしたが、もしクラブヘッドが砂についていたらツウペナですね」 キャディーは河村の剣幕にあたりさわりのない返事をした。 「河村君、そんな固いことを言わなくてもいいじゃぁないか。私もよく注意していなかったからヘッドが砂にあたっていたかどうか判らないけど、素晴らしいショットだったことは間違いない」 薬袋が鷹揚に横から口をはさんだ。 「部長、でもルールはルールですから厳密にやらなければ、飛球会コンペの権威に係わります」 河村の強い口調に沢村は内心ムッとした。明らかにいいがかりをつけてきたのは目に見えている。昨日今日ゴルフを始めたばかりの素人ではないのだから、バンカーの中でアドレスするときにクラブヘッドを砂につけたりする筈がない。然し沢村はここで怒っては相手の策に乗ることになる。じっと我慢すべきだと考えた。 「それは,気がつきませんで大変失礼しました。今後はよく注意します。ツウペナで勘弁して下さい」 沢村は素直に謝ったが河村と視線があったとき火花が散った。 最終ホールでは薬袋はスリーオン、河村はツウオン、河村はバンカーでのペナルティーのためにファイブオンであった。 薬袋は最終ホールをボギーで纏めた。沢村はロングパットを決めてダブルボギーで終わった。
河村の順番がきた。河村はバーディを狙ってしきりに芝目を読んでいる。 午後二時を回ると山間のゴルフ場ではグリーンの上に人の影が細長く伸びている。 「沢村さん、駄目じゃぁないか、ライン上に影を作っては。飛球会のゴルフは田舎ゴルフとは違うんだよ」 河村のオクターブの高い声が飛んできた。また言いがかりである。 「申し訳ない」 沢村は逆らうべきではないと考え、更に後ろへ下がった。 河村のパットは狙いすぎてオーバーし、ホールから1mの距離を残した。 結局4パットで同じくダブルボギーにしてしまった。 「ラインに影を落とされて調子が狂ってしまった」 河村はキャディーにパターを渡しながら聞こえよがしにぶつぶつ言っている。 ワンラウンドの成績は薬袋93、沢村95、河村96であった。沢村は結果的には狙った通りの成績に終わったことに満足した。
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