前潟都窪の日記

2005年09月18日(日) 無縁仏の来歴6

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 プラント建設業界には石油精製会社や化成品製造会社等のユーザーを中心にその周辺に専属の下請け企業集団が形成されており、それぞれに他の業者の手出しを許さないテリトリーを持っている。
 業界ではこのことを「筋」と呼んでいた。

 関東石油についていえば、配管に関する構内常駐指定業者は報国工業であり、関東石油から発注される配管工事は大小を問わず、報国工業へ直接流れるのである。新たに装置を建設する場合には、大手のエンジニアリング会社、建設会社に発注され、報国工業は関東石油から推薦されて、これら大手会社の下請けとして工事に従事するのを常とした。この発注形態を「紐つき」という。

 このように関東石油から発注される配管工事は、発注経路の如何を問わず報国工業に最終的に流れることも「筋」という。このような「筋」は各石油精製会社、各化成品製造会社毎に出来上がっており、この筋は業者同志相互に了解されている。判りやすくいえば、縄張りでありテリトリーである。
 この筋にも二通りの筋がある。
 第一の筋はメーカー(石油精製会社、化成品製造会社等)から構内常駐業者に指定され、メーカーから直接仕事を貰う所謂元請け形態の筋である。
 第二の筋は大手の建設会社、エンジニアリング会社との密接な取引関係にある場合の筋である。

 通常報国工業程度の規模の会社では、大きなプラントの建設工事を直接受注してこなしていくだけの能力がないので、このような場合には、施工専門会社として大手建設会社の下請けとなり、工事の一部を分担施工する。この場合には大手の建設会社の傘下の一員として建設工事に参加するので、たとえ施工場所が同業者の常駐している会社であっても「念達」をしておけば、問題になることはない。この念達は同業者に挨拶することであり、この度、客先の○○会社の下請けとしてお宅の常駐会社の構内で仕事をする事になったが、これは今回限りのことであって、決してお宅の縄張りを荒すつもりはないということである。
 大手の建設会社、エンジニアリング会社はそれぞれに傘下に専門の施工会社を下請け業者としてかかえ、一つの企業グループを形成している。

 報国工業クラスの施工専門の工事会社の場合、第一の筋と第二の筋を持っており、この筋を守って営業を行っているのである。この筋を間違えて、他業者の領域へ口出し手出しをすると,異端者として同業者からも嫌われ、客先会社からも嫌われ、信義のない会社として信用を落とすことになる。
 河村忠夫の所属する東都プラントが関東石油に食指を動かし出したのは、大日本化工機が、関東石油の横浜工場に灯軽油の製造装置を建設したときである。

 関東石油の横浜工場は報国工業のテリトリーであることは業界周知の事実であった。この時の建設工事は、工区が三つのブロックに区分され、日本鉄工、大日本化工機、興国建設の大手会社が元請けとして受注し、それぞれに傘下の下請け工事会社を率いて施工した。
 報国工業は日本鉄工の下請けとしてこの工事に従事した。報国工業としてはこの時期、仕事が輻輳しており、能力的に日本鉄工からの受注をこなすだけで手一杯であり、大日本化工機や興国建設からの引き合いには応じきれなかった。

 東都プラントは大日本化工機傘下の業者として乗り込んできたのである。工事完了とともに当然のことながら、各業者は引き上げた。東都プラントも引き上げたが、工事施工期間中に関東石油の工務担当者に近づき、構内常駐指定業者にして貰おうと積極的に運動した。担当者をゴルフに連れ出し、ゴルフの帰りには自ら経営するバー「姫」、キャバレー「パッション」へ繰り込み若い担当者の買収に力を注いだ。  

 定修工事は毎年一回行われる。報国工業にとって関東石油横浜工場のこの定修工事は年間の工事予定の中でも、もっとも大切な工事として扱われている。工事規模の大きさ、動員する作業員数、短期間の工事であること、危険な作業の伴うことなど、一時も油断の許されない工事である。周到な工事計画、余裕をもった作業編成、細心の注意が盛り込まれた安全対策、整然とした管理体制これらが有機的に補完しあって定修工事は施工される。

 特に管理監督の立場にある者相互の密接な意思の疎通が最も大切なことである。客先とか業者とかの垣根を越えてコミュニケーションが円滑に行われることが定修工事の成否を決めると言っても過言ではない。

 そこで、定修工事が開始されるに先立って、関東石油と報国工業の担当者は一堂に会して、打ち合わせ会を開催するのが常となっていた。酒食をともにしながらお互いにこれから定修工事という共通の目標に向かって進んでいくという意識を共有するための日本的な儀式である。この定修工事事前打ち合わせが終わりに近づくと三々五々気の合った者同志で二次会、三次会へと流れていく。

 沢村も客先の若い担当者を十人程引き連れて部下の尾崎に先導させながらゆきつけのスナックバーへ乗り込んだ。カラオケの置いてあるところが人気があった。歌は決してうまい方ではなかったが、新曲をよく知っており求められればどんな曲でも一通りは歌えるということで、沢村は客先の若い人に好かれていた。
「あら、いらっしゃいませ。今日は大勢で」
「ママ、今日は大切なお客さまだからよろしく頼むよ」
 席に着くと皆それぞれに好みの曲をリクエストしてマイクを握り自分の声に酔ってくる。
「サーさん、今日はどちらのお客さまですか」
『貴公子』のママが沢村の隣の席へ寄ってきて聞いた。
「関東石油さんだよ」
「関東石油と言えばつい先日東都プラントの河村さんが関東石油の製造の人と『姫』に来てたそうよ。
「名前は」
「栗原さんとか言ってたわ」
「製造の人と何を話したんだろう。商売とは関係なさそうだがね」
『姫』は東都プラントがよく使っているキャバレーである。ここ『貴公子』のママの友人が『姫』に勤めているので沢村は東都プラントの動きを知るためにママを通じて情報の提供を受けている。東都プラントの河村が接待するのだから何か画策しているのであろうか。関東石油製造課の栗原を接待する狙いが判らなかった。工事に対して発注権を持っているわけでもなく、工事の監督権限や検収権を持っているわけでもない。ちょっと理解に苦しむ河村の動きであった。

 関東石油の工務担当者と東都プラントの担当者との間は急速に近づいたが構内には報国工業が専属の下請けとしてにらみを効かせており、つけいる隙がなかった。そこへ降って沸いたように発生したのが、松山一朗の労災事故であった。報国工業にとってこの事故は有形無形のダメージを与えることになった。
 ことあるごとに関東石油からは、松山一朗の労災事故を例証に持ち出され発注単価を値切る種に使われた。また、東都プラントを競争相手として相見積もりをとると脅かされていた。報国工業では沢村が中心となって防戦に努め東都プラントが関東石油構内へ常駐業者として食い込んでくるのを辛うじて防いでいた。


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