前潟都窪の日記

2005年09月22日(木) 無縁仏の来歴10

 翌日の新聞には『遺体の引き取り手のない葬式・・・ここにも大企業の犠牲』という見出しで松山一朗の事故と葬儀の模様が報道された。
 記事は関東石油会社の安全管理体制にメスを入れるという論調で一貫しており、大企業の発展はこうした下請け企業の作業員の犠牲の上に成り立っているという論旨であった。日本新聞に記事が載った日、報国工業の沢村に警察から呼び出しがあった。
 国道沿いに建っている古ぼけた鶴見警察署の長谷部刑事を沢村が訪ねていくと刑事は椅子を勧めた。隣りの机ではパジャマを着て手錠をかけられた背の高い男が中年の刑事に尋問されていた。話の様子では空き巣狙いが捕まって取り調べを受けているようである。 

「報国工業の沢村でございます」
 沢村が名刺を出すと長谷部刑事も机の引き出しを開けて、名刺を取り出した。
「長谷部です。ほう、重役さんですか。まあかけて下さい」
「失礼します」
 沢村が腰を下ろすと刑事は世間話もないままに用件に入った。     「早速ですが、先日の松山一朗の事故死について、お聞きしたいので来て貰いました。先ず、報国工業は関東石油会社とどういう間柄の会社ですか」
「私どもは関東石油さんより,仕事を戴いて工事する配管工事の会社です。「関東石油さんの下請け工事業者です」
「報国工業に関東石油の資本は入っていますか」
「入っておりません」
「被害者の松山一朗はあなたの会社の従業員ですか」
「いいえ」
「それでは、松山一朗が従事していた仕事があなたの会社とどういう関係にあるのか説明して下さい」
「事故の発生した工事はベンゾール製造装置定修工事です。私どもは関東石油会社さんより定修工事として五つのプロックに分けて注文を戴いておりますが、ベンゾールの定修工事はその中の一つです。今回のベンゾール製造装置の定修工事は私どもが元請け会社となって山中工業に発注しました。山中工業は仕上げや機器の据え付けには定評のある会社です。私どもでは請け負い契約ですからそこから先どのような経路を辿って松山一朗のところまで流れていったかは判らないわけです」
「山中工業とお宅の会社との間には請け負い契約が結ばれているということですね。その契約書を見せて下さい」

「そうです。契約書はこれです」
 沢村は予め用意してきたベンゾール製造装置定修工事についての注文書と請け書の写しを鞄の中から取り出して長谷部刑事に渡した。この注文書も事故発生後、関東石油で慌てて作成し報国工業へ届けられたものであった。
「山中工業が更にその仕事を次の業者へ発注したかどうかについては知っていますか」
「はい、正直申し上げて、今回の事故が発生するまで知りませんでした。請け負い契約の本旨から言って私どもでは山中工業さんがどのような施工方法でやられようと仕様通りの工事を納期までに完了して納めて戴ければよいからです。勿論元請け会社ですから山中工業さんの作業についての監督は私どもでやりますが、山中工業さんが自分のところの社員の手を使ってやろうと或いは下請け作業員の手を使ってやろうとそれに対しては口を挟むことはありません」
「それでは山中工業の発注先は判らないということですか」
「今回の事故が発生してから、仕事の流れを私なりに調べてみました。それで初めて判ったのですが、山中工業さんは更に仕事を二つの工区に分割して松野組と葦原機工に発注しております。海野組は極東工業を通して犬山組を使っていたことが判りました。松山一朗は犬山組の臨時工でした」
「すると関東石油、報国工業、山中工業、葦原機工、海野組、極東工業、犬山組という六段階があるということですね」
「はあ、そういうことです」
「随分多くの手を通ったものですね。私も孫受け、曾孫受けというところまでは知っていたが、六次下請けというのは初めてだね」
「どうも申し訳ありません」
「何もあなたが謝る必要はないんですよ。沢村さん。事実を正直に話して貰えればいいんですから」

 長谷部刑事はハイライトの箱から一本取り出して、口にくわえながら言った。沢村は慌ててポケットの中からライターをまさぐりだして火をつけてやった。
 彼は中小企業の経営者として役人を怒らせたら、どんなに怖いかということを肌身にしみて知っているので、感情を害さないように言葉を選択しながら応答した。
「工事の発注形態については判りました。ところで、作業指示の流れといいますか、末端の作業員が仕事をするまでの流れを説明して下さい」
「客先から工事仕様書というものを頂ますので私どもでは仕様書に基づいて作業を進めます。私どもが下請け業者を使う場合にも工事仕様書を与えて仕様書に基づいた仕事をさせます。勿論仕様書の他に施工図、詳細図面、材料表、工程表といったものもありますので、これらの資料を基にして作業を進めます」
「それでは松山一朗が当日タンクの中に入って作業をするということも仕様書の中に書かれているわけですか」
「そんな細かなことまでは書かれていません」
「私が聞きたいのは一般論ではなくて、当日の松山一朗の作業は誰の指示によってなされたかという具体的なことです」
「松山一朗にタンクへ入ってフランジを止めてあるボルトを外せという指示は元請けである私どもの監督がすることになります」
「関東石油の係員は全然関与しないのですか」

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