前潟都窪の日記

2005年09月23日(金) 無縁仏の来歴11

「具体的には松山一朗を名指してタンクへ入ってポルトを外す仕事をせよという指示は私どもの監督がしますが、タンクへ入ってよいかどうかの指示は関東石油の担当者が私どもの監督に対して行います。何しろ有毒ガスがあったり、可燃物があったり、酸欠状態があったりしますので、関東石油の担当者より指示がなければ、作業員をタンクの中へいれることはありません。そういう意味では関東石油の担当者の指示によるということになります」

「タンクの中の状態が危険な状態であるかどうかの判断は関東石油の係員がするということですか」
「そうです。私どもは施工業者ですから装置の中にどんな物が入っているか判りません。ですからバルブの開閉とかマンホールの開放とか装置についているスイッチ操作とか装置の運転に関することは一切、業者は行いません。仮に命令されて行う場合でも、必ず関東石油の係員の立ち会いのもとに行います。特に定修工事のように生きている工場設備を相手とするときには、作業計画上どのタンクのどのバルブを取り替えるということが判っていても業者独自の判断で着手することはありません。必ず着手前に関東石油の係員の着手オーケーの確認をとってからでなければ、たとえボルト一本でも緩めることはできません」
「松山がベンゾールタンクへ入るについては安全の確認は行われましたか」「はい。タンクの中へ入って作業するようなときには必ず、安全担当の関東石油の社員にガス検知をして貰って安全な状態であることを確認してから、関東石油の担当係員の作業着手命令を得た上で作業を進めます」
「当日ベンゾールタンクへ入ることを指示した、関東石油の担当者は誰ですか」
「工務課の山本正さんです」
「ガス検知をした人は誰ですか」
「安全課の大浦英夫さんと矢口弘さんです」
「山本正は誰の指示を受けて命令しましたか」
「関東石油の職制からすれば、工務課長の林田さんだと思われますが、確認はしておりません」
 この後関東石油から報国工業に対して、出されている注文書、工事仕様書工程表、請け負い基本契約書等について調書を取られた。

 沢村は二時間に渡る長谷部刑事の取り調べを終えて解放された。     警察署を出たときどっと疲れが頭から首筋を通って体中に流れ渡ったように感じた。沢村は警察では関東石油の過失責任を問題にしているなという感触を得た。長谷部刑事の取り調べの態度から推すと、報国工業に対しては過失責任を問題にしていないようなのでほっとした。

 沢村が帰社するのを待ちかねていたかのように、関東石油の総務部長から呼び出しの電話がかかってきた。沢村が関東石油の工場長室へ案内されると工場長を取り巻いて総務部長と工務部長が深刻な顔をして座っていた。

 部屋の黒板には今まで善後策について協議していたらしく、当日の事故発生状況の図解と定修工事中の作業管理組織図が書かれていた。
「このたびは、大変ご迷惑をかけてしまいまして申し訳ございません」
「沢村さん。警察ではどのようなことを聞かれましたか」
 挨拶もそこそこに総務部長が口を開いた。度のきつい眼鏡がキラリと光り眼鏡のガラスの渦巻きが沢村の目に映った。沢村は警察での供述についてかいつまんで説明した。
「沢村さん、うちの山本の作業着手許可があったから、松山に作業指示を与えたと答えたのですか。それは早まったことをしてくれましたね」

 総務部長が工場長の顔をチラリと見てから沢村の方に向き直って言った。「はい。いけなかったでしょうか」
 沢村はとぼけながら、それでも恐縮した風を装って応答した。
「もっと慎重に考えて下さればよかったのに。よく調べてからお返事しますとか何とか答えておいて我々に相談してくれればよかったのに」
 非難がましい口調で総務部長が言った。度のきつい眼鏡の奥にある目の表情は判らなかった。
「はあ、申し訳ありません。何しろ警察から取り調べられるのは生まれて初めてだったものですから。ありのままを話してきました。御迷惑をかけることになったのでしょうか」
「君、あんたの配下の業者が死亡事故を起こしたんだよ。関東石油の業者ならそれぐらい頭を廻してもよさそうなものを」

 工務部長が苦虫を噛み潰したような顔で甲高い声を上げた。
「沢村君は頭が廻るからな」
 それまで黙っていた工場長がぽつりと言った。
 沢村は案の定、きたなと思った。                                
 工場長、総務部長、工務部長の魂胆は見え透いている。今回の事故については、関東石油では全然関知するところではない。業者の報国工業が、元請けの責任において、独断で作業指示を発したということにしたかったのである。関東石油の過失を取り繕って全責任を報国工業に転嫁し、下請け業者の責任においてこの事故を処理しようと考えていたのは明白である。

「沢村君は頭が廻るからな」という工場長の言葉はそのことう裏付けるような発言であると沢村は理解した。沢村は工場長の言をかりれば頭の廻る男であった。報国工業の切れ者として同業者からも恐れられ、客先からは信頼される反面、警戒されてもいた。だが、巧みな話術とこまめに体を動かし仕事のためには、昼夜構わず動き廻る行動力は客先から重宝がられていた。

 沢村は事故発生とともに、報国工業にダメージの少ない処理方法について頭をめぐらせた。一種の動物的な勘が働いた。一番最初に心配したのは、松山の遺体をどうするかということよりも、報国工業の監督が独断でタンクの中へ入るように松山に指示したのではないかということであった。常々部下達には関東石油の係員の許可がなければ、ボルト一本でも緩めるなと言い渡してあるので、まさかとは思ったが、一番気にかかるところであった。

 事故の第一報を沢村が耳にしたとき、沢村が第一にしたことは、腹心の尾崎に命じて作業指示の流れを具体的に調べさせたことである。次に東都プラントの謀略でないかというのも気になるところであった。
 松山の葬儀に関東石油として花環をだすべきか出さざるべきかについて総務部長と工務部長でもめているらしいという情報をキャッチしたとき沢村は覚悟した。関東石油が責任を転嫁してきたときには断固としてこれを拒否しなければならない。しかも後に尾をひかない巧妙な方法で。たとえ、沢村自身の立場が苦しくなろうとも、責任を転嫁されることだけは報国工業の経営者として免れなければならないと思った。もし客先大事とばかり、そのような言い分を受け入れたときに待ち構えているのは、そのような重大事故を起こした業者は出入り禁止にすべきであるという声が出てくるのは火を見るより明らかであった。

 それが組織の論理であり、大企業に勤めるサラリーマンの保身の論理なのである。言い含める時には、必ず面倒をみるからここは泣いてくれないかと言っておきながら、承知させてしまうと手の掌をかえしたように冷たくなるのである。沢村は下請け業者の弱さと大企業の冷酷非情さというものを長年の経験を通して肌で感じ取っていた。

 関東石油の幹部から因果を含められようと厭味を言われようと拒否すべきものは拒否しなければならない。
 今回のケースでは沢村にとって、また報国工業にとってラッキーだったのは、関東石油から手が廻る前に、沢村が警察の取り調べを受け事実関係を証言したことである。
 沢村はただひたすらバッタのようにお辞儀をして、仏頂面をした総務部長、工務部長、苦虫を噛み潰したような顔をしている工場長に別れを告げて帰宅した。

『あなたがたは管理者だと言って威張っているが所詮はサラリーマンだ。保身の術だけ考えて小田原評定している間にこちらは生活の智慧で先手をとらせて貰いましたよ』と沢村は言葉にならない言葉を胸の中で繰り返しながら頭を下げていた。彼は葬儀を報国工業の責任において実施しようと決定した社長の見通しのよい決断に人知れず感謝した。それはオーナーだからこそできる意思決定であった。

 関東石油内部で、今回の事故の事後処理について議論百出している間に、犬山組の画策を封じて素早く野辺の送りを済ませてしまった手際の良さが面倒な問題の発生するのを防止した。
 葬儀の後犬山組から関東石油へ数回、嫌がらせの電話があったり暴力団らしいやくざ者が徒党を組んで関東石油へ金をゆすりに来たが報国工業に対しては何もなかった。
 事故発生から二週間ほど経って今回の事故について関東石油の係員山本正が業務上過失致死の容疑で起訴されたことを沢村は知った。このニュースを聞いてから間もなく山本が退職するという噂が流れた。

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