沢村に別れを告げて車中に戻ると増田喜美江が斜め向かいの座席に座っておりにこやかに会釈するのが目に入った。 「増田君どうしてこんなところへ」 「びっくりしたでしょう。私も大阪へ行くところです。関東石油は昨日で辞めました」 「何故辞めたの」 「山本さんのいらっしゃらない会社なんかつまらないからですわ」 「会社を辞めるのはあなたの自由だが、何も私が辞めたからと言ってそのことを理由にされたんでは困るじゃぁないか」 「困ってください。そのほうが楽しいわ」 「馬鹿なことを言ってはいけないよ。少なくとも私には迷惑だ」 「大阪には私の両親がいますわ」 「それではご両親と一緒に生活するんだね」 「そうです。山本さんのお役に立ちたいから、両親のところへ帰ります。落ちつかれたら連絡して下さいね。私と交際して良かったと思う日がきっときますわよ」 増田喜美江は自信ありげに言うと世話女房気取りで沢村が脱いだ背広を受け取り折り畳んで網棚へ乗せた。 「それにしても、不思議だなあ。増田君と偶然とは言え同じ車両のしかも向かい合った座席に乗り合わせるなんて」 「偶然だと思われますか」 「というと何か細工をしたのかな」 「ふふふっ、それは秘密」 「どういうたとなんだ」 「だって、秘書課にいますと、乗車券の手配をするのはお仕事のうちですもの。入手しにくい切符を確保するための特別のルートを持っていますわよ。今回山本さんの切符を手配したのは私ですから一枚余分に手配しておいただけのことですわ」 「それにしても唐突に会社を辞める気になったものだね」 「山本さんだって同じようなものですわ」 「それはそうだが、僕の場合は会社に見切りをつけたこととサラリーマン生活がいやになったから、止むを得ない事情があったわけだ」 「私も会社に見切りをつけたことは同じことですし、山本さんの将来に賭けてみようと決心したからですわ」 「これからどうなるか判らない不安定な生活に、飛び出そうとしているんだよ」 「そこが魅力なのよ。将来に夢があるのは楽しいことですわよ」 「僕には君の好意は判るが責任は持てないよ。後で後悔しても知らないよ。君が大人の遊びをしようというのなら話は別だが」 「私が勝手に決めたことですから大人の遊びで結構よ」
増田喜美江は意味ありげに微笑むと、鞄から蜜柑を取り出して山本に勧めた。大阪までの車中の時間は山本にとって一面では楽しくもあり、また一面では、薄気味の悪いものであった。増田喜美江の真意を計りかねたからである。大阪へ到着すると山本のお茶への誘いを断って増田喜美江はアドレスを書いた紙を渡し人混みの中へ消えていった。
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