前潟都窪の日記

2005年10月12日(水) 縁日の金魚鉢 7

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 京浜銀行横浜支店の支店長横山文蔵は、横浜中署で乗り逃げ強奪事件を担当している桑山刑事や、取材にきた新聞記者達との応接で忙しい一週間を送った。最初の事件は8月25日午後1時頃発生した。
 京浜銀行横浜支店の取引先、天川商事の社長天川啓吉は現金70万円を引き出して駐車場に止めてあった自家用車に乗り込み,五分ほど走った所で、信号にひっかかった。ブレーキを踏んで停車しかけたところを後ろからきた車に追突された。
 天川が車から降りて追突した車の運転手と短いやりとりをしてから、車の破損状態を調べているうちに追突した車の運転手が天川の車に乗り込み逃走した。置き去りにされた車のエンジンキーは抜いてあり、その後の調べで埼玉県で盗まれた車であることが判った。天川は70万円を車の物入れに入れておいたので、車と現金を盗まれたのである。天川が目撃した犯人は黒眼鏡をかけており、長髪で鼻髭を蓄えた大柄の若い男であったという。
 第二の事件はそれから五日ほどのちに起きた。京浜銀行横浜支店から従業員の給料として230万円ほどの現金を引き出して帰社する途中の佐藤産業の社長佐藤浩が全く同様の手口の盗難に遭った。犯人はやはり黒眼鏡をかけた若い男で髭をきれいに剃っていた。
 横山文蔵は、第一の事件が起きた時、中署の桑山刑事の訪問を受け、色々取り調べられた。店の外で発生した事件なので表向きは大変困った振りを装っていたが、内心では大して気にもしていなかった。「盗られる方に油断があるからつけこまれるのだ」と心の中で嘯いていた。ところが、一週間のうちに二件も続いて同じような手口の事件が続くとそうもいかなくなった。自分の店が犯罪の舞台として利用されることは、客商売上非常に迷惑なことである。二件とも銀行の外で発生した盗難なので、銀行には直接の損害も責任もなかったが、新聞に報道されたために一躍有名になってしまった。

 警察署へも何回か足を運んだし、刑事の取り調べにもつきあわなければならず、新聞記者達への応対もあった。そのことの方が煩わしかった。とりわけ桑山刑事が、手口の似ていることからこの二つの事件よりも前に発生した早坂龍一の乗り逃げ事件の犯人も今回の事件の犯人と同一人ではないかと睨んで、鋭い質問を浴びせてきたときには閉口した。
「支店長、早坂工業の社長早坂龍一氏が4〜5日前に同じような手口で車を乗り逃げされています。早坂さんは、当日銀行から金は下ろさなかったのでしょうか。手口から考えると車だけ乗り逃げしたというのがどうもよく判らないのです。どうせ乗り捨てにするのですからね」
「当日、早坂社長は融資の打ち合わせに来行されただけで、お金は下ろしていません」横山は平然と答えたが肝を冷やした。
 早坂の匿名預金は何億の単位である。もし今回の事件がきっかけとなって匿名預金を徹底的に糾明されたら、隠し通せる自信がなかった。だが、警察としても被害者の早坂から現金盗難については被害届けがないのでそれ以上追求することが出来ないらしく、桑山刑事が質問を打ち切ったので胸をなでおろした。

 定期預金の中に無記名定期預金というのがある。預金者の住所氏名を伏せたまま銀行が定期預金を預かる制度である。この制度は戦後日本経済復興の過程で、家庭の箪笥に死蔵された現金を吸い上げ殖産興業に有効に利用しようという目的で設けられた制度である。預金者の秘密保持という機能があったので所期の目的を達成することができた。しかし、日本経済の復興が完了し、高度成長時代を迎えると預金者の秘密保持という副次的機能の方に重点が置かれた運用となり、資産家や成り金達の財産隠しのために専ら利用されるようになってしまった。そして脱税の金や犯罪の臭いのする金までが、無記名式定期預金として預けられている。預金を集めなければ商売にならない銀行は、お客にこの無記名式定期預金をするよう競って勧めた。銀行にとっては、札に色がついているわけではないから、この無記名式定期預金は預金量を増やすには都合のよい武器であった。

 横山文蔵は自ら勧めて早坂龍一に莫大な額にのぼる無記名式定期預金、偽名預金をさせていたので、相手がたとえ警察であっても自分の口から早坂の隠し財産の存在を匂わすような証言は信義上できないのである。ロッキード事件に関連して、右翼の大物児玉氏の裏金が司直の手による銀行調査から暴き出されたことが世間の耳目を集めた直後だけに、横山文蔵は桑山刑事の追求を恐れていたのである。桑山刑事の取り調べが終わってから密かに早坂に会った。

「早坂さん、車を乗り逃げされたとき、金は盗られなかったでしょうね。警察で調べに来ましたよ」
「そうですか。支店長、まさか変なことを喋らなかったでしょうね。私はあの日、お宅の銀行へ行きましたが、現金は下ろしませんでしたから金を盗まれる筈がありませんよ。そうでしょう、支店長」 早坂は言外に脅しの籠もった言い方をして横山文蔵の目を見据えた。

                      
 警察の推測では犯人はどこかで車を盗んできて、京浜銀行横浜支店の近くに駐車し、銀行から出てくるお客を監視している。目星をつけたお客が車に乗るのを見届けてからこれを尾行し、交差点の赤信号で停車しかけたところを追突する。追突事故で気を逸らせておいて、相手の車に乗り込み、現金を乗せたまま逃亡する。追突させた車の鍵は抜いておいて、追跡できないようにする。逃走してからは、近くの駅へ車を乗り捨て、金だけ持って行方をくらます。実に巧妙な手口である。二つの事件に共通していることは、

1)両人とも下ろした現金を銀行名の刷り込んである紙袋に入れて手に持って銀行から出てきたこと。(犯人から見れば、現金を持っているということが一目で判る)
2)現金の入った袋は車のポケットに入れるか助手席に置いていたことなどである。
 第一の事件が起きてから、京浜銀行横浜支店では、現金を下ろして帰るお客に対して、必ず現金は身につけて帰るよう注意を喚起し、帰路万一、追突事故に遭ったときには、エンジンキーを抜いてから車を降りるように呼びかけた。一方横浜中署でも第三の事件の発生を警戒して私服刑事を張り込ませた。こうした動きを察知したのか、第三の事件は発生しなかった。

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