9. 翌日、昨日と同じ時刻に山本太郎から直通電話がかかってきた。 「社長さん、一寸お金のいることが出来ましてね。10万円ほど貸して戴きたいのですが」 「一体、君は何者だ。縁もゆかりもない者に金を貸す程裕福ではないよ」 「御冗談を。私は山本太郎ですよ。もうお忘れになったのですか。盗られても惜しくないお金を沢山お持ちのくせに」 「一体何の話だ」 「京浜銀行からお帰りの途中、一寸車を拝借したでしょう。あの節はお土産を沢山戴きましてどうもありがとうございました」 「それでは、君は・・・」 「そうです。山本太郎です。どうです、10万円貸して戴けませんか」 「ゆする気か、変な真似をすると警察へ突き出すぞ」 「社長さん、それはないですよ。警察や税務署に知られるとお困りになる事情がおありになるのではないでしょうか」 言葉使いがいやに丁寧なのが、早坂の神経をいらいらさせる。弱みを握られている人間は、ゆすりたかりには抵抗力がない。まして相手の正体がはっきりしない場合には極度の不安に陥る。早坂は山本太郎が警察や税務署に連絡すると困るだろうと言った言葉にこだわった。相手は盗られた金の秘密について何か知っている。どの程度まで知っているかが判らないだけに不安が嵩じた。 「よし、電話では話が面倒だから会社へ来てくれ。会って話がしたい」 「社長さん、お互いに警察と税務署は怖い身の上です。10万円を今日中に五菱銀行新宿支店の山本太郎名義の普通預金口座3679へ振り込んで置いて下さい」 「もし嫌だと言ったら」 「そのときは、社長さん。あなたの隠し財産が国庫に帰属することになるだけですよ。いいですか、今日中に振り込んでくださいよ」 電話はそこで切れてしまった。
早坂はふうーっと大きく溜め息をついてから電話番号案内にダイヤルして五菱銀行新宿支店の電話番号を聞いた。山本太郎名義の普通預金口座は五菱銀行新宿支店に開設されていた。送金したいから山本太郎の登録住所を確かめたいと言うと女子行員は何の疑問も持たず、大田区六郷○○番地と教えてくれた。 受話器を置くと早坂は盗人に追い銭という諺を頭の中で弄びながら、指定された口座へ10万円を振り込むために銀行へでかけた。用心のために取引銀行を使うのはやめ、銀座へ出かけて最初目にとまった銀行で偽名を使って送金手続きをした。色眼鏡をかけマスクをして、変装することを忘れなかった。帰りにその足で大田区六郷○○番地へ行ってみたが、その番地に建物はなく貸し駐車場になっていた。
早坂は三ケ月間に山本太郎から三回金を巻き上げられた。三回とも10万円であり、金の受け渡し方法も全く同じであった。山本は決して過大な要求はしなかった。10万円という手頃な金額はゆすりが際限なく続くことを暗示していた。 三ヵ月の間、早坂は新聞記事を注意してみていたが、銀行帰りの車が追突事故に遭い乗り逃げされたという記事も、京浜銀行横浜支店で発生した事件の犯人が捕まったという報道もなされなかった。
早坂は山本太郎に第一回目の金をゆすり盗られた当座は、何時税務署の調査や査察があるかとびくびくしていたが、電話も問い合わせもないようだし山本に小遣いさえやっておけば、そう心配することもなさそうだと思うようになった。 山本太郎もいい金蔓を大切にしたいという気持ちがあるのか、早坂の予想に反して密告したり、第三、第四の追突乗り逃げ事件を引き起こしたりする気配はなかった。恐喝者と被害者の間に10万円の金銭の授受を通じて奇妙な信頼関係が成立した。信頼関係というより牽制関係と言った方がより適切であるかもしれない。
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