11. 田所刑事が聞き込んできた情報が捜査会議で検討され、早坂の身辺が洗われることになった。早坂をマークした捜査員達はまず、京浜銀行横浜支店の支店長横山文蔵を訪問した。横山文蔵は捜査員の追求にもかかわらず頑として早坂が追突事故に遭った日、本人は預金の引き出しはしていないと言い張った。 事件当日の伝票を捜査員達はチェックしてみたが、早坂工業名義、或いは早坂龍一名義での預金の払い出しは事実行われていなかった。しかしながら膨大な枚数の伝票をチェックした捜査員は、無記名定期預金300万円が当日松山という届け出印で満期解約されていることを突き止め横山文蔵を問い詰めた。 「この無記名式定期預金300万円を解約したのが早坂龍一氏ではないのですか」 「断じて早坂さんではありません」 「それでは誰ですか」 「松山さんです」 「名前は」 「聡一です」 「本名は」 「松山聡一という以外は判りません」 「住所は」 「鶴見区生麦です」 「番地は」 「番地は判りません」 「本名も住所も特定できない人に300万円もの大金を渡すのですか。銀行というところは面白い所ですね」 「刑事さん。無記名式定期預金というのはそういうものです。満期日に証書と届出印を持参したお客さんには、支払いを拒絶する理由がありません。これが中途解約ですと銀行としても住所氏名を確認しなければお金を渡すことは出来ませんがね」 取り調べにあたった捜査員は無記名式定期預金という制度の壁に阻まれて松山聡一なる人物が早坂ではないかという疑念を持ちながらも確証をつかむことができなかった。 一方密かに、早坂龍一の顔写真を入手した捜査員は、東都銀行銀座支店、千代田銀行神田支店、邦国銀行川崎支店へ赴き、9月15日、10月1日、11月5日に送金係の窓口で執務した行員を集めて貰った。早坂龍一の顔写真を見せてこの男を窓口でみかけなかったかと聞いてみたが、いずれも記憶は曖昧だった。 他方、早坂龍一の筆跡を入手した捜査員は東邦銀行銀座支店、千代田銀行神田支店、邦国銀行川崎支店で入手した坂元高志、富士川健一、仲河 勉の送金依頼書の筆跡とを鑑定して貰ったところ、似てはいるが必ずしも同一人とは断定できないという報告を受けた。早坂工業で聞き込みを行った捜査員は、総務課の木山みどりから「山本太郎」と名乗る男より,早坂宛に電話がかかってきたことがあるという事実を聞き出してきた。 集まった資料から早坂龍一を田代光一殺しの容疑者とするにはまだ不十分であったが、田所刑事は早坂龍一に会ってみる必要があると判断した。田所刑事は早坂工業を訪ねて早坂に面会を求めた。来意を告げると田所は応接室へ通された。 「早坂さん、山本太郎という人物をご存じないでしょうか」 「知りません」 「電話で話をしたことはありませんか」 「さあ、記憶がありません。山本太郎という人がどうかしたのですか」 早坂は怪訝な顔をして田所に聞いた。 「実は毒殺された疑いがあるのです」 「ほう、それでそのことが私とどのような関係があるのですか」 「殺される前に山本太郎があなたに電話をかけているのです」 「この私に」 「そうです。思い出して頂けませんか。捜査の手掛かりにしたいのです。あなたの秘書の木山みどりさんは山本太郎の電話をあなたに取り次いだ覚えがあると言っていますよ」 早坂は暫く考えていたが、 「そういえば、山本太郎という名前の男から電話がかかってきたことがあります。今思い出しましたよ」 「いつころですか」 「そうですね。あれは昨年の秋だったと思いますが」 「どんな話をなさいました」 「何でも、保険会社の調査員とかで車の事故のことで聞きたいことがあるというようなことだったと思います」 「車の事故と言いますと」 「昨年の秋私の車が追突されて乗り逃げされたことがあるのです。車は翌日乗り捨てられていましたが、後部のバンパーが凹んでいました。この修理を保険でやらせたものですから、そのことについて聞いてきたのです」 「山本太郎にその件で会われましたか」 「いえ、会っていません。山本太郎の顔を見たこともありません」 「それでは山本太郎に銀行振込でお金を送金したことはありませんか」 「ありません」 「昨年の12月7日午後8時にはどこにおられましたか」 「刑事さん、私がその山本太郎を殺したとでもいうんですか。とんでもない話だ」早坂は気色ばんで答えた。 「まあそう怒らないで下さい。刑事というものは職業柄、誰にでもアリバイを確かめるという悪い癖があるんですよ。参考までに聞かせて下さい」 「12月7日というと大詔奉戴日の前日ですね。その日は名古屋にいましたよ」 「そのことを証明してくれる人がいますか」 「勿論いますよ。名古屋の『しゃちほこ』という料亭でお得意さんの接待をしていましたから」 早坂は待っていましたと言わんばかりの口調で答えた。田代光一の服毒推定時刻は、12月7日の午後5時から午後8時までの間の時間帯である。この時間帯に早坂が名古屋で飲んでいたとすると、田代光一と早坂は接触していないことになり早坂のアリバイは成立する。 「名古屋へ行かれたのは何時ですか」 田所刑事は諦めきれずになおも食い下がった。 「12月7日の午後4時発の新幹線ひかり号に乗車しました」 「それは東京駅からですか」 「そうです」 東京発午後4時の新幹線ひかり号はダイヤの乱れがなければ午後6時過ぎには名古屋駅に到着している。早坂の主張に偽りのない場合、田代が青酸カリを服毒したと推定される12月7日午後5時から午後8時までの時間帯に早坂は西下する新幹線ひかり号の車中か名古屋の料亭『しゃちほこ』に居たことになる。 「ところで坂元高志、富士川健一、仲河 勉という人物をご存じありませんか」 「さあ、心当たりありません」 田所刑事は早坂龍一の表情を注意深く観察していたが、心なしか一瞬、強張ったのを見逃さなかった。田所刑事は早坂龍一が田代光一殺人事件の鍵を握っている有力な人物であるという心証を得たが、アリバイの壁に阻まれて決定的な追求ができなかった。
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