京のいけず日記

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2004年12月16日(木) 通勤絵日記 おしゃべりする靴

おしゃべりする靴いつも同じ車両に乗り合わせ、
同じ駅で降りるおばちゃん二人。

何が感心するかって。
仲良しおばちゃん二人組は
地下鉄の車内でも
エスカレーターでも、階段でも、
肩を並べて

ずっーーーーーーーーーーーと!

喋りぱなし。
毎日毎日ようも飽きひんな。

聞き耳を立てるわけではないが、嫌でも聞こえてくる。

他人の家族の心配、噂話…。おばちゃん特有の話題というか…。

地下鉄の長いエスカレーター。怠けて、端によって止まっている私の横を、お喋りをストップすることなく、前と後ろで会話を交わしながら、すり抜けていく、おばちゃん達。元気だ。

改札を出た、これまた長〜い階段のところで追いつき、二人の後姿を見ながら階段を昇る。往来に出る間際で追い抜く。毎朝決まってこのパターン。
二人の靴の表情もしっかり覚えてしまったわ。

朝はなるべく知った人とは会いたくない。誰とも喋りたくない。
おばちゃん達はほんまタフやなぁ。


●講習25-27日目●

やばい。どうやら風邪をひいたらしい。鼻水ズルズル。乾いた咳が出る。

ここ数年は欠勤 0。
子どもの頃、ひどいアレルギーがあったせいもあって、予防接種はおろか、市販の風邪薬さえ、あまり飲んだことがない。病院へも行かない。

神経が鈍感に出来ているんだろう。唯一の健康法は、寝る。
ひたすら寝る。死んだように何もしないで、朝から夜までひたすら眠る。

一昨年か40度の熱が続いて、さすがにやばいと思った時も、家族の非難を受けながら、食も取らず、水分だけ取って、ひたすら寝た。

今まで、ただ運が良かっただけだろう、と思う。
それでも妙な過信があって、自己治癒力を信じている。
たぶん、今年、数え88で亡くなった母ゆずり。母も医者と薬が嫌いだった。

熱い番茶を飲んで、寝て、汗をかく。自分が疲れるようなことはしない。
健気に我慢するのではなくて、しんどいよー、と、アピールしまくる。
そのくせ医者に行かない、薬を飲まない…。はた迷惑な私とそっくりだ。

母は結局ガンで往った。番茶や、寝てでは退治できなかった。
わがままな人だったけれど、本人は納得だろう。
行けるところまで行ってやれ。だめならそれまで。横着さも母の血筋。

ただ、休めない仕事のある日は辛い。

テレビで「仕事のある日に高熱を出したらどうしますか?」という質問に
あるお笑い芸人さんは、休めば他の芸人に持っていかれるので、
無理してでも出る。自分の代わりは掃いて捨てるほどいる、と答えていた。

共感。私もそうだ。同じようなもの。やってなんぼの商売。
専門分野を持たなければ掃いて捨てるほどいる。
体力も年齢とともに低下。いつまでも続けていて…いいのかな…?

最初の一歩だったボランティアも休止中。本末転倒。

何がしたいのか。何ができるのか。何をしなくちゃならないのか。
何で生まれてきたのか。どう死ぬのか。
明日、突然最後の日がきたら?
あと50年生きなくっちゃいけないとしたら?
ちゃんと、ひとりで生きていけるのか。

…何をしたらいんだろう。大切なものは何だろう。

理由なんて何一つないのかもしれない。
そんな気もするな。やっぱり風邪気味か。体力低下。低空思考。

ダンナが帰ってきて、大丈夫か?と心配してくれる。

「うん。熱がないから大丈夫」と答えると、
「熱を出す体力もないからだ、薬を飲め」と叱られた。

ありがとう。明日も仕事だ。お休みなさい。


Sako