| 【読書】無限論の教室 |
無限論の教室 野矢茂樹著 講談社現代新書
感想: ある空想の授業、無限の概念から始まる、哲学のお話。
先日書いた、「不完全性定理」についてのお話で、結局何が言いたいのかさっぱりだ、と感想を書きました。そんな僕が、本書を読んで、なんとなく、解った気になれました。 野矢氏のすごいところ、それは、哲学という一見難しそうで、堅苦しそうなものを、一つのお話として、さらっと説明してしまうことだと思います。 難しいことを、難しく話すことは、全然難しくないのです。
ところで、本書の舞台である「タジマ先生の授業」は、野矢氏が後書きで書いていることと同様に、僕にとっても理想の授業です。 マンツーマンの授業は、よほど相手と気心が知れていないことには、お互いに気詰まりになってしまい良くありませんし、大人数での授業は、一般論に終始してしまうので、個性あるお話っていうものが出来ないのです。 3、っていう概念は、人のつきあい、特に議論において最大級の効果を現すものだと思います。二つの対立する概念から、もう一つの(三番目の)新たな概念が生まれる、であるとか、三権分立もそうですし、三位一体もそう。安定にして進化を促すことの出来る、すごい位置関係だと思います。
話を戻して、無限と一口に言っても、それがどんなものなのかは、人によって異なると思います。 ある伸縮自在棒があるとして、これは無限に伸びるとします。 そのとき、いつかは棒の伸びは止まるのか? あるいは、どこまでも伸び続けるのか? 直感的に、どちらがしっくりくるかは、人によって違うと思うのです。 そして、その概念を、論理の世界に置き換えると、いろんな面白い現象が起きます。 その際たるものが、ゲーデル氏の不完全性定理なのですね。 つまり、ウィトゲンシュタイン氏が述べたこととは、その位置するところが異なっていたわけです。
前提とする知識は、あくまでもそのことをより楽しむためにのみ必要であって、必ずしも必要なものではない、そう、野矢氏は教えてくれているような気がします。 願わくば、タジマ先生の位置に野矢氏がいる哲学の授業を、僕が主人公として受けてみたいなぁって思いました。
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2003年07月17日(木)
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