空虚。
しずく。



 奇縁。

母が、嫌いだった。
いつも父に付き従うだけの、母が嫌いだった。
…今も嫌いだよ。だけど。
母が、好きだ。とても好きだ。
大切だ。…やりきれないけど、それでも、親なんだ。
嫌というほどに、思い知らされた。

父は、私が弟に襲われた事を知らない。
父は、私が変質者に襲われた事も知らない。
母は、知っている。
けれど…何も変わっちゃいない。
私の部屋には、申し訳程度の鍵がついただけ。
それも、あけようと思えば簡単にあけられる。
意味のない、形だけの対策。
…父にばれるからだ。急にそんな事をすれば。
父は夢にも思っていない。
私と弟の間に、そんな事があったなど。
母は、考えたに違いない。
その頃、険悪だった父と弟の中は、良いものになっていたから。
こんなこと、でそれをまた悪化させるのはよくない。
と。
…そう、私の身に起こったのは、
「こんなこと」の一言でかたづけられた。
私が我慢すれば、全て丸くおさまるのだから、と。
母は、無言で、そう言っていた。

私が変質者に襲われた時、
家に入る前に身支度を整え、笑う練習をした。
それからいつも通りに帰宅し、シャワーをした。
男の臭いがずっとこびり付いているようで、ひどく気分が悪い。
乱暴に突っ込まれた所がヒリヒリと痛んだので、念入りに洗った。
涙は、でなかった。
その、次の日ぐらいだっただろうか。
ふとした事で母と口論になり、私は自分の身に起こった事をぶちまけた。
母は茫然とし、会話はそれっきりになった。
だが、それだけだった。
警察や、病院に行こう、とは終ぞ言われなかった。
そしてそのまま、それはなかったことになった。
ソレが起こってからの三日か四日、私には記憶がない。

私は、もうあきらめる事にしていた。
母も父も、弟も。嫌いにはなれない。
だけど、諦めよう。
私は感情を処理する事を覚え、
家族の前で自分を見せる事をやめた。
心など、許せるはずもなかった。

ただ、母に関しては。
あの日、喧嘩をしたあの日。
母は私に打ち明けてくれた。
母もまた兄から、ソレを受けたのだと。
…私は許せなくなった。皆同じだと思った。
同時に、母を理解した。
母は四十年誰にもそれを言わなかった。私の父にも。
誰にも言えずに、ずっとそれを一人で抱えていたのだ。
どれ程、辛かっただろうか。
母の叔父に対する態度を思い出し、胸が痛んだ。
同時に、叔父に対する憎しみもこみ上げてきた。
この事は、私と母しか知らない。

父には、申し訳なく思う。
今自分が働くようになり、少しだけ父の偉大さが理解出来る気がする。
父は私が誰かと結婚し、子供をもうけ、幸せな家庭を築くものだと信じている。
…孫の顔を見せてあげられない事に、私の心は少しだけ痛む。
けれど、いつか父にも言おうと思う。言わなければならない。
父が理解してくれなくてもいい。勘当されても構わない。
私が歩もうとしている道は、理解出来ない道だから。
けれど、私はそれを幸せだと感じている。
この先に待っている痛みも、絶望も、孤独も。
すべてをひっくるめても、幸せだ、と思っている。
それが、自分を納得させるための強がりでもいい。
私の幸せは、私が決める。
…だから、その時は…
黙って、私の話を聞いてください。

2004年11月16日(火)
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