永久という名の瞬間
2003年09月30日(火) 泣き虫。

 『薬を飲んだら、授業中に眠くなってしまう・・・』
 それが一重に、怖いだけです。
 だから朝の薬を飲まないで学校に行きました。

 学校へ向かう電車を待っているときから、胸がざわめいて仕方がなくて。だからおそらく、このざわつきは薬とは関係ないとおもうけれど。
 線路の脇の叢には、白い小さな花が咲いて、心和む情景が目の前にあるのに。
 私の心の中は、蜂の巣を突付いて、地に画鋲をばら撒いたようなざわめき、落ち着かない。

 ただ、薬を飲まなかったおかげで、授業は本来の私らしく一睡もせずに効く事が出来ました。・・・胸のざわざわも少しは落ち着いて、講義に集中できたし。いい感じ^^
 でも、必要以上にハイになってクラスメィトに挨拶をしたり。やっぱり、気鬱。憂鬱なのは否めない。
 なにより胸のざわめきが納まらなくて。消えたと思ったら、スグにぶり返すのです。

 今日は帰りに美術館に寄って、絵画を見ているときは授業中とおなじくらい落ち着けたけれど、電車の中や、歩いている最中は、隣に友達がいるのに泣き出しそうで震えだしそうで怖かった。

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悲しい事なんて何もなかったのに。・・・そう、今日は何日ぶりに、夕食を吐き戻す事もせずに、自分が食べられる量を食べられたのに。
 今日はとってもいい一日だったのに。
 何で私は泣いちゃうんだろう?

 私の涙腺は、とてつもなくもろいです。

2003年09月29日(月) こんな一日でした。

いよいよ後期がスタートしました。
 朝から胃が痛くて。胃薬を飲むあたり、ちょっと雲行きが怪しいですが。
空は晴れわたっているので、奇妙です。
 全然奇妙ではないのですが、私の目には、奇妙に映って、美しいです。

 しかも、開始された授業は、飾らなくて素朴で有益で、なにより面白い授業ばかりでした。
 なのに、後で後悔するくせに、寝てしまうこの時音。
 ガムを噛もうとカッターでどんなに指をつついても、意識がハッキリしないの。
 睡眠はたっぷりとってあるはずなのに、脳みそが眠たがる。・・・なんて馬鹿な脳みそなんでしょう!?
 それともそれは、お薬のせい???
(私は高校時代、お薬の副作用で授業についていけなくなったことがある)


 また、久しぶりに友達と会ってしまったこともあって、今日はイライラが激しいです。
 帰宅後は体の奥がずっとむずむずするので、私の太い太ももを、ずっと叩いて気を紛らわせて。・・・こういうむずむずに効く、お薬って、ないのかなぁ。
 積もる鬱憤は、次に二の腕の方にむけられて、剃刀で切ってしまいましたよ。


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トイレ掃除までするはめになりました。とほほ、です。

 明日はゼミです。
 今日が準備の本番なので、今日の夜は長いけれど。
 夕方の上弦の月も美しかったのが見れたから、少しは救われているかな?

 明日こそ、いい日でありますように。

2003年09月28日(日) 家に帰って、泣いて、死にたいと思う生活が始まる。

明日から学校が始まります。
 
 授業は楽しみです。
知識が増えることは、私にとって純粋に喜びであり、恐怖でもあります。
 苦痛なのは通学。
平凡な毎日に疲労が加わると思うと憂鬱で。頭が狂いそう。
・・・どうせ絶対に、狂わないだろうけれど。

 そんな事を頭の片隅に置きつつ。
 今日は読めない本を読みながら、とりあえずt.A.T.uのアルバムに入っていたThe Smithの”How soon is now?”を流していた。
 対訳が載っていて。みたところ、それがいいことに気付く。

『私は子孫。
 犯罪的なほどありふれた内気さを引き継ぐ者
 私はこれといって特別な何かを引き継ぐわけではない子供』

 訳の中の『私』と『あなた』はこの時音に全て当てはまるわ。面白いじゃない。

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『ひとりぼっちでその場を離れ 家に帰って 泣いて 死にたいと思う』

 実に写実的な表現だこと。・・・まぁ、私はそこまで期待した事はないけど。


あああ。 私の夏休みも、これで終了。

2003年09月27日(土) 今を生きる

 いつもいつも、若い子に憧れていた。
 幼稚園の時だって、保育園に通う子を羨ましく思っていた。・・・きっと 甘えたかったから。
 そしてもう、二度と戻れないから。

 私は今、高校生が羨ましくて。
 私の勉強しか頭に無かった3年間を、悔いる気持ちで一杯で。
 真っ白な紙のような3年を後悔してばかりの毎日。
・・・でもあの時は、(今勉強しないと後悔する)という恐怖ゆえに、毎日を真っ白に染めていった。
 今の私は、過去の私の選択の上に成り立っているのは間違いない。


 でも私は『後で後悔する』と全身で感じながらも、大学生という今現在を、満喫しようともしていなくて。
 今でも自分で自分の首を絞めている。
 今でも自分で自分の首を絞めている。

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 とりあえず、昔も今も変わらずに私には自傷癖があるという事にしておこう。

2003年09月26日(金) もう、どうでもいい?

 少なくとも私には、手首を切っても死ねないことや、薬を大量に飲んでも吐き出すだけだということは判っているのだ。
 
 14階建てのマンションの8階にすんでいる私。
(8階から飛び降りたら、死ねるかな?)
 と思って、ベランダから下を見たのですが、どうも全身麻痺で終わりそうな距離。木とか生えているし。
 ベランダには首が吊れそうなところはないし。
 14階から飛びおりたなら平気かも???とぼおっと思いながら部屋に戻ったら、ケンカしたばかりの母親がいた。
 なんだか父もいて、話し合いになった。
・・・てか、一方的に私が、急性薬物中毒になる行動をとった理由や、その背景を泣きながら話した感じ?
 で、結論はもちろん、『日常にもどる』ことでして。

・・・。
・・・。

 泣いたせいで頭は痛いし、目は腫れて醜い顔がなお醜い。
 もう気持ちも落ち着かなくて、でも、目立つところに刃物を当てるわけにはいかず、下腹部を剃刀で切った。しかしながら、いくら切っても足りない気分だったから、途中で止めた。
 とりあえず、夕食をお風呂場で吐いて、薬を飲んで、布団にもぐりこんだ。・・・明日も生きるんだと思いながら。
 ああ、死ななくてもいいから、リストカットしたい・・・


 嘔吐に、アームカットに、ODに、授業と勉強が加わったのが私の日常だとしたら。
 その日常生活が、もうすぐ始まるわけだわ。

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私はこうやって死ぬまで生きるんだ、きっと。

2003年09月25日(木) 激鬱

 昨日体重計に乗って、0.6kg太ったことが、そもそもの鬱の原因かもしれない。
私はそのくらい下らない女だ。まさしく馬鹿だ。他に形容し難い。


 本当に、残りの一生を寝て過ごしたい。
 眠くならない自分が憎らしい。
 私が起きている間、やる事といえば、自分の身体を剃刀で傷つけることと、食べて吐くこと。
 他にやる事は一杯あるでしょうが・・・したくないんだもの。


 だから今日は夕食を食べて吐いた後、薬を飲んで、すぐ横になった。
 明日の朝、目覚めることを恨みながら・・・


 読まなくてはならない本もお預け。
 私の部屋の床にばら撒かれた本は、きっと私の目を通さずに捨てられるでしょう。・・・私はもう、本が読めない。
 ドストエフスキィの『白夜』の表紙が、美しかったのがちょっと悔しい。

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 幼い頃のお祈りを、久しぶりにしてみよう。

2003年09月24日(水) 目が、オカシイ。

 私は近視+乱視で、視力は0.02。はっきり言って、あんまりよくない。
 その上、この頃PCの画面に向かっていたら、焦点が合わなくなってきた。
 なんというのか・・・画面や文字に集中していないと、マジカル・アイの本を見るような状態になっている。
 だから、気が付けば目を回す一歩手前の状態で、PCの前にいることが多くなった。

 これは薬のせいなのか?
 それとも、目の何かが悪化したのか?
 はたまた、目の使いすぎ?

 ・・・確かに二十年間、酷使してきたこの瞳は、半分ぶっ壊れたようなもので、眼鏡やコンタクトがないと使い物にならないぽんこつですが。
 それがまぁ、これから学校が始まるというのに・・・涙。
 その前にレポートを書かなくてはいけないというのに・・・狂
 そしてその前に、本を読まなくてはならないというのに・・・焦

 WEBで日記を書いている場合でもないのに。
 しかし。現在一番心が落ち着けるときが、こうやってとりとめもなく日記を書いている時だという、ジレンマ。

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だってまだ、修正が効くじゃない。

2003年09月23日(火) レポート

 レポートができない。
 4000文字の簡単なレポートがどうしても書けないの。
 トルストイが書いた『イワン・イリッチの死』を読んで、感想みたいになっていいからとりあえず書けばいい話なんだけれど、今の私にはそれさえできない。
 文章は読めるけど、頭がぐちゃぐちゃになって、そのたびに本を投げ捨ててしまう。

 『私は何を感じたのか?』
 『私は何を強調したいのか?』

 それを文章にすることは、昔から下手だったけれど。
 今はもう、少しもできない。
 
 期限はちょうど一週間後。
 ・・・・ここで私の脳に、(ゼミの先生に、私が鬱状態であることを告白したほうがいいのだろうか??)という思考が沸く。

 すると。 
 まずはレポートがかけない状況にあることから両親に語らなくてはいけなくなり、カウンセリングの先生に尋ねる事態になることまで発展する。

・・・・・・・・・・超絶、ウザい。

 ただ単に、私がレポートを書けば良い話なのに。

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 これがせめてもの、反省の証となればいいのに。

2003年09月22日(月) 矛盾。

 久しぶりに友達と外を出歩いた。
(私は度忘れしていて、大遅刻したけど^^:)
 行った場所は人体博。脳の重さを体感してきました。

 ・・・で、メインはそっちだったんだけど、注目するは、友達との夕食での会話。
 彼女もなかなかに鬱々とした考えの持ち主なので、話も自然と鬱々とした内容になる。
 彼女曰く、
「私のアイデンティティは悲しみ・怒り・・・・・(系を五つ挙げていた)なの。」
と。
だから
「私を喜ばせるものは悲しみであり、怒りなの」
「だから私は私の中で大きな矛盾を抱えている」

 ・・・それは私が望んでいるものは「死」であり、それを日々渇望していながらも与えらずに、絶望するのと、同じことね。

 そんなふうに、私たちは語り合った。作家の芥川か三島か太宰だったか、そんなことを言っていたね、と二人でパスタ食べながら。


 もちろん?帰宅してから、私はパスタを嘔吐した。ほとんど吐けなかったけど、もはや私の中で嘔吐ポーズは慣習になっているようで、もうやめられないらしい。
 だって、いらいらするんだもの。
 ただ、歯磨きと手洗いだけはこのごろ必死になってやっているから、風邪の予防に役立っているかもしれない。

 そのあと、今日もかみそりで二の腕を浅く傷つけてみた。ぜんぜん痛くないのに躊躇する自分が可愛らしくもあり、憎らしくもあり。
 背が低いため体重が足りなくて献血できないので、多少血を抜いた方が体にいいかも????と、わけのわからないことを考えてみる。

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 一人は気楽。私は一人でいなくちゃ。

2003年09月21日(日) 成績

 私はこの歳になりながらも、ペーパーでとった試験に異常に固執する性格だ。
 もちろん高校生でもあるまいし、そんなくだらないものに固執する自分が愚かだとはわかってはいるが。やめられない。
 (成績は大事)
この観念は、私の中に深く刻み込まれていて、いい成績を学生時代に取れなかった私は、後々こんなくだらないことで自分を責めつづけるのも目に見えている。
 

 で、金曜日。今期の成績が出た。
 ふむ。なかなかに、悪い。
 ・・・そりゃそうね。夜は不眠で、昼間ぼぉっとしながら授業聞いて、たいした頭ももっていないから、そんな成績とるのは当然です。
 でも。

 私、大学院まで行きたいんですけど…

 大学院に行くためには、いい成績を当然とって、勉強して、知識を蓄えるために、寝る間を惜しんで本を読むべきなのよ。 
 それなのに私ったら。
 寝てすごしたいだの、逆のこと考えて、しかも、本を読む忍耐力さえなくなっている。

 この、危機的状況をどうすればいいのか???

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2003年09月20日(土) 将来が怖いだけ。

 ゼミの先生に、大学院に進みたいナという話をメールでしようと、その文句を考えていたら、いらいらしてしまった。
 だから、久しぶりに、腕を浅く切ってみた。
 剃刀で、撫でるように。・・・全然痛くない程度に。
 たしかにこうすると、少しは気分がすっきりするのは事実であって。不思議。


 このことから私が思うに。
 私がODしたり、嘔吐したりするのは、私がただ将来を怖がっているだけなんだろうなぁ、と。
 それは単に、小さいころ思い描いていた夢が、夢でなかったはずの夢が、夢になっていくことが嫌なだけ・・・


 私は何気ない日常を欲しがるけれど。
 居ても立ってもいられなくて、とりあえず泣いておけば、私は勉強できずに、望んだ知識を得られなくなる。イコール、自分が努力ないで済む。
 きっと、私の悪魔的な部分はそれを狙っているんだ。
 狡猾に、挫折した時の言い訳をしたいだけなんだ。

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恥ずかしながら。

2003年09月19日(金) チーズの後味は悪いね。

 入院してからというもの、曜日と日付の感覚が狂っています。ふふぅ
 
 今日はクリニックに行った帰りに、母と昼食を取りました。
 私は人よりも体のパーツが小さくできているくせに、一人前をすべて平らげ、その上ケーキまで(母上に)ご馳走していただいて、昼から満腹の状態に。
 朝ご飯は食べずに出たけれど、これはかなり胃、というより、精神的にキまして。
(ああ!食べすぎた・・・)と。

 夕食は結局、満腹ついでに取らなかったんですが、晩酌をする父の傍らでつついたチーズを、なぜか吐きました。
 ・・・なにやってるんだか。
 どうせなら、昼、満腹のときに戻せばよかったのに。

(そのお店はもともと量が多いのです。・・・ちなみにいうと、以前友達の誕生日パーティを開いた時などはコースだったので、量が多すぎてダメでした。
 苦しくなるまで食べて、ごめんなさいをしてしまったことを、お手洗いを借りたときに脳裏に蘇りました・・・こういう思い出というものも、あるんですね・・・)


 話はそれましたが、こういった、自分でも愚かしいような行動をとってしまった後とは、妙に情けなくて。

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 やせたいなら、効果的に。
 「運動と食事に注意して!」
 そんな基本さえ、守れないなんてただのお馬鹿さんです。

 もっと理性的な行動をしようよ、ね?自分???
・・・と、自分に問い掛ける危ない人と成り果てています。最近。

2003年09月18日(木) 変に自己分析

 とにかく、私が普通の人間であることは間違いないのだ。

 なぜなら私は、
英語や人前で話す位なら、死んだほうがましだと思う思考回路を持っていて、
思うように眠りに就くことができないと癇癪を起してODして、
なんだか訳も無いくせに悲しくなってダラダラ涙を流して、
死にたいと言う割には首を吊らないし飛び降りも飛び込みも実行せず、
リストカットしたくてもためらい傷程度しか切れない小心者で、
許容範囲以上のモノを胃に詰め込むと吐き出さないといらいらする性質を持っている人間
というだけのことなのだ。


 それ以上でも、それ以下でもない。
 ただそういう性質をもつというだけ。


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とりあえず。
一応。

2003年09月17日(水) 絶望

 市販薬を致死量以上飲んで、救急車で運ばれる事は、これまで2回あった。
 私はその行動が、他人に、特に家族に迷惑をかけるだけのための行動だと知っている。
 だけど私は本当に『死にたい』のであって、『迷惑をかけるだけ』だなんて、私は望んでいなかった!
 ・・・矛盾するような話だけど。

 今度他人に迷惑をかけるときは、本当に死ぬ時にしよう。
 今回の入院で、そう思った。
 だから白衣のお医者様が、「もう、こういうことはしない?」と聞いてきたときに、はっきりと「しないとおもいます」と答えられた。


でも、それまで、私はどうやって生きればいい??


 これこそ絶望。

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キルケゴールか。

2003年09月16日(火) ちょっとした 焦り

 本を読みながら、うとうとと眠りに落ちる日々。
 私は今、その生活に身を委ねきっているけれど・・・そんな毎日は夏休みだから許される事。

もう、夏も終わりに近く。

秋の風が怖い。
授業開始の日が、怖い。

 
 授業中、薬の所為で寝てしまわないだろうか、とか、
 お昼ご飯、どこで1人で食べればいいんだろう、とか、
 もしみんなと食べるような雰囲気になったらどうしよう、とか、
 ディベート前のいらいらで、腕を浅く傷つける回数が増えやしないか、とか

 こまごまとした生活の不安が折り重なって巨大化し、安らかに寝ていられるはずの今から、ちくちくと胸を指している。

 私はできるだけ穏やかに、そして準備万全で、この学期をはじめなければならない。

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思うように体が動かないよ。

2003年09月15日(月) 監視されるのもね・・・辛いわ。

 私は今、24時間監視されていて、自分のベッドで寝かせてもらえない。
 両親は私は1人にすると狂いだすと思っている。・・・そんなこと、ないのに。
どちらかというと、一人にしてくれないと、息が詰まって、ストレスが溜まりそうだ。
 ほんとうはね。
 ニコニコ笑ってあなた達の前にいる私のほうが、私は狂っているんじゃないかと思うときがあるほどなのよ。


 朝、布団から立ち上がった時はそれほどでもなかったのに、キッチンへ向かう途中急に回りが光りだして、思わず近くの弟のベッドに倒れこんだ。
 しばらくすると辺りが落ち着いたので、私は全身の力を抜いた。
 動くのも億劫だし、何もする事ができなかったので、お気に入りの歌を歌ってみた。
 下手くそな、かすれた声が耳に聞こえて。

 この歌も、家族の誰かが聞いていると思うと、恥ずかしさの余り、いらだたしい。
 けれどもう、(自業自得だから・・・)と諦めることが私は出来るようになっていて。そのまま苦しくなるまで、小声で歌った。

 なんだか、泣けた。

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ちょっとした、進歩?
それとも、活性炭の味が怖いだけ???笑

2003年09月14日(日) 急性薬物中毒

 そう言えば思い出したけど。
『急性薬物中毒』だったみたい。私の病名。
(クリニックの先生宛てのお手紙に書いてあったのを盗み見たのです)
なーんだ。急性アルコール中毒と同レベルか。


 で、その『急性薬物中毒』のおかげで倍増したお薬の所為で、一日の4分の3を眠って過ごす、今日この頃。
 ・・・たしかにどうせ生きるなら眠って過ごしたいけれど。
 私には宿題というやるべきものがあって。
  �”垉〃�なまま、参考文献を読み。
  �△修靴討修里泙淕欧蠅涼罎僕遒舛討い�。
 の繰り返し。

 何にも考えないですむのだったら、今の状態はとっても幸せな状態なのに。

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 そして、どんな状態にも満足できない私の脳も、いけないんだろうな。

2003年09月13日(土) 母親の暴走。

 胸が重苦しい。
 全てを放棄したい気分と、大声で泣き出したい気分が絡まって溢れている。


 母親は、私が薬を飲むのを嫌がって、私が処方された薬について調べている。
 なぜなら、
 「長い間のみ続けると、脳細胞が壊れるでしょ?」
 「あんたのは性格的なものだから、薬じゃどうしようもないんじゃない?」
というのが彼女の主張。

 で、彼女は勝手に父親に「時音がお薬飲みたくないって言ってる」と電話した。・・・それは、貴方の意見なんじゃないですか???
なんで私の意見ってことになっているんですか?・・・どうでもいいけど。

 そのうえ、薬を減らしてもらうよう、母親1人で今度の月曜、クリニックに談判しに行くらしい。きっとここでも、私の意見として、彼女は自分の意見を言うのだろうな。・・・どうでもいいけど。

 私だって、脳細胞が壊れるの、怖い。
 けれども、薬を使ってでも、押さえたい感情の波が、私の胸にはある。・・・実際はそんなに効果を感じていないけれど。
 病院でお薬を貰う前の、恐ろしく興奮して眠れ無かった苦しい日々を思い出すと、今のほうがまだ気持ちが楽なのは事実でして。
でも。

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重くのしかかるストレス。
 これを解消する為に、私はどうすればいいのだろう?
 誰かになきつきたいような、そんな気分になる。もちろんそんな相手なんて、誰もいないけれど。

2003年09月12日(金) 母とクリニックへ。

 実はこれまで、私はクリニックに通っている事を、親に言っていなかった。
 今回の入院でそれがお医者様経由でばれてしまい。ばれたその瞬間、母親の視線に批難のような色が浮かんだ気がした。
 私はものすごく気まずくて。・・・つい先日まで、親に病院通いしていることがばれるのは恐ろしいことのように感じていたし。
 けれど、今の私は何がばれ様がもう、どうでもいい気分で。
 どうでもよかったので、すべての指示を母親に従いました。

 ・・・ということで、今日は入院先の病院から貰った手紙を、クリニックに渡すことを目的に、私は母をつれていつものクリニックに行く事に。

 もう、なんだか不愉快な気分しか感じない。
 そしてなんだかもう、疲れてしまった。
 診察室でも、自分の感情を言わなければならないんだけれど、上手く表現できないのも手伝って、ほぼ母にお任せ。


 診察の結果、今までの倍以上にお薬が増えて、うんざりです。
 これ以上脳細胞を破壊したくないので、飲みたくない。
 とは言え、胃薬も入っているので、今週は指示どおり、全部飲むことに。(来週は母親がもっと量を減らしてくれと頼んでくれるそうです)

 すると、12時には眠気が訪れて。
 私は再び、おくすりの偉大さを知るのでした。もちろん、というべきか・・・抑鬱剤には、いつも通り全く効果を感じませんが。

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 こういう注文って、わがままなのかな?

2003年09月11日(木) 2日間の入院

 前日はほぼ一日中うつらうつら眠っていた所為か、AM0:00辺りから目が覚め始め、長い夜がこの日も始まりました。
 前日に救急車で運ばれてきた患者のクセに、熱も7度台に落ちたのも手伝ってか、ストレッチしたり、気ままに空想して暇を潰したり、まさに元気そのもので。餓鬼の如く、母親におとなしくしなさいと怒られました。(もちろん動き回るのも、点滴とカテーテルと心電図のコードのおかげで制限がかかっているんですけど)
 看護婦さんが夜中4回はきてくれたけれど、その度に「今何時ですか?」と聞いていたような・・・
 結局私は何処に行ってもダメな人間だということが露見してしまいました。

 で、私に眠気が襲ってきたのは、血液検査の結果が出る頃、9時辺りでした。
 母親に退院するから寝ちゃダメよ!と怒鳴られつづけ、不機嫌のまま退院。
 以前から通っていたクリニックに渡す手紙を貰って、病院を去りました。


 で、家に帰ってまずした事は、体重測定。
 この一日半飲食を禁じられていたので、どれくらい体重が落ちているかと、その事だけは内心うきうきしていたのですが・・・逆に1キロほど増えていて。涙
 (なんなんだよ点滴、それとも活性炭が重いのか???)
と気分が一気に落ち。

 とりあえず活性炭を排出しようと、大量の水分(と食物繊維のサプリ)を飲んだところ、自ら痛ませた胃が悲鳴をあげ、加えて頭痛も酷くなり。
 夜には心臓までばくばくして、またまた自ら自爆していく私...入院中よりも具合が悪くて、内心笑っちゃいました。 本当に、私は自爆が好きなようです。

 
 それにしても。
 こうやって後になって自分がやった事を内省してみると、どれだけ自分がアホで自己中なのか、あからさまになっていくので気鬱です。
 行動を追っていっても、一体何をしたいのか判らない。
 本当は何を考えているのか、わからない。
全然判らないのです。
ただ、甘えたいだけなのかな?親に依存したいだけなのかな?
 今回の入院だけでも5万ほど医療費がかかったらしく、これからの通院代をも考えると、ものすごい額になりそうなのに・・・

結局のところ、私が生きる軌跡なんて。

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2003年09月10日(水) ERは寒かった。

 とうとうやりました。

 10時に床についたはいいけれど、寝られなくて。
12時に起き。
1時に起き。
2時に起き。
3時に起き。
 体は疲れているはずなのに!

 4時、弟が鳴らした目覚まし時計の音で、私はある意味ぶちきれてウォッカを一気飲み。かねがね買ってあった○ぁふぁりんを60錠摂取。

 もちろん死ねるなんて思わなかったけど。
 運良くこのまま永遠に眠りにつけるなら、幸せだと思った。



 その後吐き気で目覚め、トイレまで辿りつけなくて倒れている私を、母が発見。
すぐに救急隊の方に運んでもらって。救急車で運ばれました。
 ERのお医者様に胃洗浄&活性炭を突っ込まれて。
 その後心電図をつけられて、放置。・・・母親にはつき添われていましたけど。
 その部屋が異様に寒かったんです。


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2003年09月09日(火) 演技と細工と

 楽しかった昨日の夕食。
弟1人欠けているけれど、家族で囲んだ久しぶりの団欒。

 両親を残し、1人帰って家に着いてから、ほとんど吐き出しました。
ワインに酔って、電車に酔って、気持ち悪かった事もあるけれど。
吐いた後。ずっと吐き気が収まりませんでした。

 なんだか、自分がとてつもなくダメ人間のように感じました。

 人が幸せな時は、私も幸せでいたいのに。
 それが叶わなくても、幸せなフリくらい、したいのに。
私はそれも出来ないらしい。・・・今は、まだ、ギリギリ出来ていると思うけど。


 その後寝るときも、朝起きたときも、胃がしくしく痛むので涙がでました。
 というか、寝付けなくて、デパス+レンドルミンで寝付いたとしても3時間経つと起きてしまう。これには参りまして。

 だから我ながら早起きをし、弟が脱ぎ散らかした洗濯物を洗濯して。
 干してあるものを畳んで。私ができる、『いい子の私』を披露。
 母が父の出港を見送ってから、ゆっくり昼の12時くらいに帰ってきた時には、洗濯物干しまで終了していました。
 母に対しては『一時間くらい前に起きた』風に、演出したけれど。

 『私、本当は眠くて胃が痛くて疲れているの。』
・・・なんで私は、こんな事すら言えないのかな?


 その後どうも家に留まっていられなくて、横浜の街に繰り出したけれど。
 ウィンドウショッピングも、ちょっとした運動も、疲れを加速させるだけでした。


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2003年09月08日(月) イワン・イリッチの死

父と会う。
今日は素晴らしい日で。
母とめぐったカフェも。
父との会話も。
三人での食事も、とても幸せで。
涙が出た。

1人、家に帰る途中のバスや電車の中。私はずっと泣いていた。
これではとてもじゃないけどめだつので、本を読んで気を紛らわせた。
もう、私の気を紛らわせてくれる本は、数少ない。他は・・・どうも集中できずに、泣いてしまう。

 その、数少ない本の中の一冊は、トルストイの名作、『イワン・イリッチの死』。
彼の死に様は彼の友人の死に様に極めて似ていることだろう。
そして私の死に様にも、近いだろうと、思う。
私小説の極み。螺旋のような、人間における生と死を描ききっている。
 
そして最後に。私は自分の自己中心さに、また泣いた。


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2003年09月07日(日) 自己中心はいけませんか?

 母親が全身で、私を自己中だと責めるのです。
で、自分は母親だから、自分を犠牲にして生きているのに、協力してくれないとほざいています。そのたびに私は

勝手に悲劇のヒロインやってろ

と、私は思います。

 人はみんながみんな、自己中心的であるのが前提で、そうじゃないと生きることさえ出来なくなってしまう面だってあるのに。だから一概に悪いって言い切れない部分も多々あるはずなのに。(と、私は考えるのですが)
 まぁ、うちの母親が(自己犠牲している)って口に出して言うあたり、自己中心的な考えを私に押し付けようとしているわけで、自滅的な論法を取っているので無視する以外に方法は無いのですが。

 私は「さようでございます」と穏やかに微笑んで、心の中では、いつか精一杯の復讐をしてやろうと目論んでいます。
 目論んでいるって行っても、自殺未遂程度だけどね。
 母親には、アレが一番、効くからね。馬鹿みたいに効くからね。
 特に、『自分は頑張っています♪』って思い込んでいる傾向の母親には。


 私はたまに思うときがある。
 私が死にたいのは、生きていたくないからではなくて、他人に迷惑をかけたいという、幼児的発想から湧いたものなのではないかと。
 日々無視されている私という存在を、なんとかしてアピールする手段が、もう自殺や未遂以外に無い所為なのではないかと。

 ということは、私は、口はあるけれど活用できていなくて、自己主張も十分に出来ない未成熟児って事になるのね。笑

それでもいい。
 なんだっていい。

 理由なんてなんでもいいから、生きていたくないのは事実で。
私は一刻もはやい死をこいねがう。


 私は既に、他人と一緒に楽しく食事する事も出来ない人間で、電車に乗っている間のようなわずかな間でさえ、涙を止めることができない壊れた人間。
 それを日常が覆い隠しているから、本当は暴かなくてはいけないけれど、私独力では出来ない。だから、クスリを頼って良いんじゃないかな?と思うときがあります。
 これが精一杯の自己弁護かな?

さぁ、明日は父に会います。明日、私は普通に笑っていられると思う?
そして

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2003年09月06日(土) とても冷静に発狂

 時々、思考のみが発狂している時がある。
至極、冷静に。

 胃にチューブを入れて欲しいと思う。
胃にある全てを洗い流して欲しいと希う。
その後の活性炭で、私を汚さないでと希う。(なにより、あの味、大嫌いなので)
死んでも良いから、私を空っぽにして、ほっといて。
すごく、そう思う。


もういいや。
夏休みだし。私の身体だし人生だし。
自暴自棄もたまにはストレス発散。
他人がどう思おうが、お金がどう流れようが、私は知らない。
知ったこっちゃない。

私を産んだ神様がいけない。
両親がいけない。
私につながる家系がいけない。
全て呪われよ。

・・・・・・・・・と。そんな事を、時々、重い頭で考える。
今日のような、調子の悪い時は。


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 ただ、新しく空けた錠剤の箱に、規則正しく並ぶシートが重くて。
私はうんざりした。

2003年09月05日(金) 眠ってばかり。食べてばかり。

 今日はちょっとした予定があったのだけれど、余り気合が入らなかったのでキャンセルしました。
 すると。
 だらけた一日が幕を開け・・・

 食べては寝るの繰り返し。
 一日中、寝ていました。
 一日中頭が朦朧としていて、吐き出すことも忘れていました。

 で、体重計乗ってみると、昨日より1キロも増えているの。・・・泣きたかった。
 泣きたかったから、大分夕食から時間は経っていたけれど、吐きました。
全然吐けなかったけれど、先ほど測ったよりも0.4kgは減った体重計のメーターを見て、やっと心が落ち着きました。
 でも、昨日よりは明らかに太っていると思うと・・・いや、そういうことは思わないようにします。根性で。

 ああ、これならちょっと無理をしてでも、予定通り行動していた方が良かった。
まぁ、終わってしまった事は、取り返しがつきませんが。



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私はもっと本を読んで、
私はもっと勉強して、
私はもっと頭の回転を良くしなくちゃいけないのに。

なんで逆のこと、わざわざしているんだろう?

 明日は早起きして、図書館にでも行ってきます。
今日、全然動かなかったものですから、少しでも脂肪を燃やさなきゃ。
気合も入れなおさなくちゃ。

 人生には『調子が悪い』なんて、言っている余裕は無いんだから。
 なにせデカルトはベッドの上で、グラフを考え出したんだから。偉人は、凄いよね。

2003年09月04日(木) 食べなきゃいいものを。

食欲の秋、とうもろこしの季節です。

 だからお昼ご飯にまるまる一本を食べ。
 その後焼きオニギリに手をだし。
 チョコパイを食べて。
 フルーツブランを流し込んで。水を飲んで。
吐き出しました。
 きっとこれが世に言う、過食嘔吐ね。
 
 とうもろこしが途中で止められなくなった時点で、吐く事を決意していました。後は全部吐く為に食べたようなもの。
というか、自制が出来なかったことがこわかった。
 食べ物を探す自分が止められなかった事がこわかった。


 吐いた量も、多分食べた量の半分くらいだから私は外見的に変化は出ないでしょう。(痩せたいけど)
 だけど、これからもこれを続けていくの???
 太る事が怖いからっていう理由だけで???

 なにより、吐いた後は疲れきっていて何もする気が起きないことが大問題。
こんなんじゃだめだって判っているけど、体が思うように動かない。
 ますます馬鹿になってしまうのがわかるから、怖い。


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2003年09月03日(水) これはもしや『障害』ですか?

 食べた朝ご飯(昼ご飯?)の内容が気に入らなくて、軽く嘔吐。
 で、その後猛烈にお腹がすいて、オールブランとチョコレートとアイスクリームを摂取。その所為で胃に血液が行ってしまった所為か、何だか疲れてすぐに爆睡し。 (しかも何でチョコレートとかアイスとか、一番吐き出すべきものが吐けないんだ???不思議)
 起きてすぐに食べた夕食も、量が気に入らなくて軽く嘔吐。

・・・これってもしや。
摂食障害ってヤツですか?


 私の体重は現在標準値。
 4月まで、『1年に1キロちょっと』という超ローペース、6年かけて7キロ落としてきた、優秀ダイエッターの私が摂食障害?


『ありえない』
 と今は思う。
 ただ、この1年半ほど、ほぼ毎日夕食を嘔吐してきたのは事実で。
 でもこんな嘔吐は、ダイエッターなら誰でもやっている事だし。だから、クリニックの先生に言うべきか、言わないべきか迷うほどだし。
 でも、『吐かないといらいらする』という気持ちを、毎食後私が抱くのは現実で。

 境界がわからない。
 何処からが『障害』で、何処からが『普通』なのか?

今、私は悩むべきなの?


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誰か私を診断してください。

2003年09月02日(火) 遺書(らしきモノ)の書き直し

 小学生の頃から何度も何度もやっている遺書の書き直し。
 もちろん今日もやりました。先日書いた分が、余りにひどい内容だったから、思わず幻滅。文才が無い為・・・何度書いても文章が下手くそなの。そして、気に入らないの。
 だから中学生の頃、「立派な遺書が書けたら、死のう」と決心した思い出があるけれど・・・いまだに生きているのは、その決心の所為だろうか?
だったら、大笑いだわ。


 ・・・ということで、夕方から遺書なんて書いて落ち込んでいた私。
 その後、もう遺書なんかどうでも良くなるほど落ち込んで、●ァファリンに手を出したくなったのですが、ふと『アモキサン35mg+セパゾン3mg』の粉薬を飲み忘れていたのに気付き、即、喉に流し込みました。
 抑鬱剤は即効性は無いっていうけれど、少しでも安心が欲しかったから。それにアモキサンって、気分を上げるお薬だと説明されたし。
 なんというか、藁にもすがる気分だった。
 まぁ、結果こうやって日記を書いていられるんだから、効果は出たのかな???

 それにしても。診断された『鬱状態』、指示どおりクスリを飲みつづけて3ヶ月経つけれど、全然回復しないなぁ。お金払って、クスリも病院代も払っているっていうのに。
 とりあえず今は、『半年はかかる』とも言われたので我慢するしかないけれど。

 ただ、指定された抑鬱剤の用法は朝食後と夕食後二回で、私は律儀にちゃんと守っているんだけれど、言って悪いが効きやしないのが不愉快の原因。・・・たまに、(あ、効いているかも♪)と時めくこともあるけれど、大体は普通に落ちてる私の思考。お金を払う意味を疑ってしまう。
 『比較的軽い症状向け』ってどっかに書かれていたけれど、それは『効果が薄い』って言う意味ですか?先生。
 その分不眠の時のお薬は、かなり即効性があって効いてくれるので、凄く助かっているのですが...
 なんと言えばいいのか、私は少なくとも、いらいらして本が読めない今の状態から、早く脱したい。で、前みたいに真面目に落ち着いて勉強したい。
 そうしないと、生きていても意味がなくなってしまう。なぜなら、私の中の私の価値が消えてしまうから。
 勉強できない私なんて、お乳が取れないホルスタインと同格だよ。


 ・・・とりあえず、今日もまた●ァファリンの誘惑に打ち勝てたことに乾杯。


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 買ってしまっては終わりです。
 階段を上り終えてしまう気がします。

2003年09月01日(月) おまじない。

今は家に父が居ない。
 なぜなら父は船乗りで、今は航海に出ている真っ最中。
 それが今月8日に、帰ってくる。そして私は一日だけ、彼に会えるのだ。


私は怖い。
 恐怖の原因は二つの物体にある。
 本棚の隅に隠した、○ァファリン80錠の箱と。
 冷蔵庫の中の、ウォッカ一瓶。
私はこれを知覚しながら、これを飲まずに過ごせるだろうか、と。

 
 なぜならココ一ヶ月、私は夜になると、ODしたくてたまらなくなるから。
 だから私は、心がむずむずして、頭が混乱して、どうしようもなくなるのを押さえるために、1つ、おまじないをかけた。
『父が帰ってくるまでは、絶対にこれに手をつけない』と。
そして、父に日ごろの鬱憤を語って、なんとか落ちつこうと目論んだ。

 もちろん父に会ったって、私がしたい話が出来る可能性は低いけれど。

でもとりあえず。
このおまじないが効きますように。
このおまじないが効きますように。
このおまじないが効くだけで、いい。
父と話せなくったっていいから。
 


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お願い、早く帰ってきて。

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photo by 東雲