永久という名の瞬間
2004年04月30日(金) 結局は、一択

 健康な思考をする私など、既に私ではない。

 でも、このままの私じゃ、やっていけない。
 どうしよう。
 どうしよう。

 私が私であることを捨てるか、私のままでいて、終わってしまうか。
・・・つまり、魂の死か、肉体の死か。






 こんなことに思いを寄せるとき。
 今まで私を生かしてきた力の強さに、愕然とする。
 残念ながら、それに感謝しようと思う気は起きないけれど。それが私の病気なんだろう。

2004年04月29日(木) 知ることが出来なくて、よかった

歪んだ輪郭。
低くて形の悪い鼻。
手入れをしていない眉。
厚ぼったく、小さい目。
高さの違う唇の端。
肉のつきすぎた頬。

 鏡を見ていると、気が滅入る。
 写真を見ると、泣きたくなる。
 目が顔についていて、良かった。不細工な顔が見えなくて済んだもの。

 もし人間が、己のありのままの姿を見てしまうことが出来たのなら、生きていけなかったろう。
 少しでも美人な姿を想像して、すこしでもまともな状態が真実だと思い込んで、なんとか暮らしてるのだ。
 外見も、内面も同じこと。

 お風呂に入ると、独り言を言う回数が倍増する。
 そこには大きな鏡があるから。私は鏡に映る私に対し、知らぬ間に話し掛けている。
「おまえなんか死んだ方がマシなんだよ」
「醜い面して、よく生きてるよね」
「バーカ。死ね死ね」
(記述してみると、自分の語彙のあほさにあきれかえる)

 私はというと、自分で自分でいったことの返事を頭で考えている。
「知ってる。だけど、死ねないだけ」
「だって私、めくらだから」
「・・・・・・・」
 1人二役で、間抜けな演劇。

 まぁ、世の中は鏡。
 目の前に鏡がなくたって、以外に自分の姿は想像できるけどね。
 確信が持てないあたり、そこに生きる術が隠されているのだろう。

2004年04月28日(水) 大声で独り言を

 今日だけで、途中まで書きかけ、全消去したメールが5通=5名。
 何やっているのだか。

 人恋しいときもある。
 けれどそれは、一瞬の揺れ。
 私は1人でいる状態が、もっとも安定している。だから1人でいる状態を崩さないのがベストなのだ。

 こちらからメールを送るなんて、自ら首に手をかけているのと同じこと。

 それでも何故か、他人に話し掛けたくて、私はメールを送ろうと血迷ってしまう。
 第一に、こんなところでWEB日記なんて書いているあたり、血迷いと欲求不満の表れでして。
 私は誰ともなく・・・あえて言えば、大衆という顔のないものに対し、街の騒音に対し、なぜか一生懸命語りかけている。
 誰かが聞いているかどうかなんて関係ない。関係ないというより、聞いて欲しくない気持ちが強い。特に、顔を知られている人には。
 とりあえず私には語りかけることが重要であって、話相手は要らないのだ。

 しかし言語は伝達手段として生まれたもので。
 私は言葉の価値を、ひとつ失わせてまで、何をしようとしているのだか。というより、やっぱり矛盾しているよ、私のしたい事は。

 可笑しい。

2004年04月27日(火) 馬鹿は馬鹿な考えから生まれるもの

 食べすぎ食べすぎ食べすぎ。
 夕食に加え、ケーキとかフロマージュとか、スナックとか、ビスケットとか。ふざけたものばかりを、身体に流し込む。

 TVでダイエットについて恐ろしい話を特集していたので、ちょっと怖かった。
 私は症例であげられた人のようなこと(下剤とか、利尿剤とか、生野菜をたべないとか)はやっていないけれど、ダイエットしたいという気持ちはあるから。・・・多少嘔吐はするし。止められないし。

 そんなTVをみて、カリウム欠乏はこわいなぁ、死ぬことよりも、生活に支障が出るのは怖いよ・・・と怯える傍から、今日も食べ吐き2回。
 少し足が震えたのは気のせいか。

 でも、私が嘔吐はじめてから3年ちょいになるけれど、この間体重はキープできたけど、やせてはいない。
 あはは。馬鹿がいるよ。自ら身体を疲れやすくしておいて、その代わり得る利潤さえ受け取っていないんだ、私。
 ただ、ぽっちゃり体型から抜けたいだけ、友達から太い事をネタにされたくないだけだったのにな・・・
 そう思ったこと自体が、愚かななのかな。
 人は見かけではないと、そう神様はおっしゃるのか?

2004年04月26日(月) 眠りたい。普通に

 縁があって、友達からソラナックスを2錠貰った。
 先週の木曜、ためしに一粒飲んだら、眠気が襲ってきた。
 だから昨日は残りの一粒を、寝る前に飲んでみた。
 結果、一時間もたたないうちに、眠りに落ちた。そして母に起こされたとき、初めて寝ていたことに気付いた。
 なんだか久しぶりに眠った気がした。

 こういうことで、私は己の睡眠の質の悪さを認識する。
 眠りに落ちながら、(ああ、今やっと夢見ごこち...)と中継する毎日になれてしまっていた。寝室の外から響く物音全てを、眠りながらわかっている不思議さに疑問を感じていなかった。
 どんなに下手くそな眠りでも、睡眠は睡眠だもんね。完璧にインソムニアな方の苦しみを想像したら、まだ救われているけれど。
 でも私は、ちゃんとした、普通の睡眠に憧れる。

 以前にも書いたことだが、私は薬を全て母に管理されている。
 一時調子が良かったときに、「だいぶ眠れないのが治ってきた」と口にしたのが間違いだった。
 それから母は私に一切、睡眠導入剤を渡してくれない。薬をねだる行為はどうも出来なくて、よって数ヶ月飲んでいない。

 この2か月ばかり春休みだったから、いくら寝つきが悪くて6時間8時間眠れなかろうと、眠りに落ちてすぐ起こされる、ということがなかったのでほおって置いた。寝てしまえば、こっちのものだもの。
 1月2月も、テスト期間というより、レポート作成期間で学校がほとんどなかったから、寝不足でダウンする事はなかった。
 今、新学期が始まって、ちょっときつい。
 春休みに狂いまくった睡眠サイクルをどうにかしないと。寝つきが悪いのは、どうもできないけど^^;

 睡眠導入剤は、欲しい。
 他のどんな薬も要らないから、これだけ欲しい、といったら、お医者様はくれるかしら??

2004年04月24日(土) 石積みの練習を

 もちろん死後の世界を信じているわけではないが。
 もし。もし万が一。億が一。兆が一あったとしたら。
 どうも私は三途の河原で石積みをせざるを得ないようなので、生前から練習しておいた方がいいのではないかと思っている。
 いや、どうせ上手く積んでも直前で崩されるんだから、生きている間は努力しない方がましか。結局永遠に石積みするんだったら、脳みそを石でかち割る練習をしといた方がいいかもしれない。
 忘却は最善の薬、ですもの。

 え、でも、脳みそを割っても、再生機能がついていたりして、ただ痛いだけで終わり、とか?そんなの、最悪。
 別に天国に行きたいとは思わないし、いけるとも思わないが、釜ゆでとか針の山で死ねないのは嫌。
 数兆光年を歩かせられるのも、嫌。
 

 とりあえず、日々「天国と地獄と煉獄、ひっくるめて死後の世界が存在しませんように」と祈り、喘ぐ。

2004年04月23日(金) 地雷を踏んだらさようなら

 地雷を踏んだ。
 私は1個踏んでしまうと、右往左往して、辺りにある地雷全てを踏みまわる癖があって、今回もその状況に陥った。動きが取れなかった。
 私との会話の相手は、かなりキれていたと思われる。話題を強制終了されたもの。

 今は頭がそのことで一杯。夜眠れなくなって次の日にも引きずって、忘れられる日を望みながら、少しずつ記憶が消えていくのを待つ。でも、いつかまた思い出して後悔して、再び忘れようと必死になるんだろう。
 これまでも、地雷を踏むたびそうだった。
 地雷を踏んだら、とりあえずさようならをする。
 そして手足の亡霊が生えてきたら、また私は(まさしく再び地雷を踏むがために)人前に現われる。

 これが嫌なんだよね。日常の取り留めのない会話、日本のような安全な世界でも、私は地雷を発見し、踏みつけるんだから。
 私が馬鹿なのか、それとも運がどうしようもなく悪いのか。
 ・・・きっと前者なのだろうけど、たとえ前者だとしても、私は解決の仕方が見つからない。
 できることは、たとえなますを吹いているといわれても、人となるべく関わらないようにすることだけ。
 で、いつか痛みが消えかけた頃に、人に擦り寄っていって、また地雷を踏むの繰り返し。

 学習能力なし。

2004年04月21日(水) 院に行くのよ 

 就職活動に忙しい友達がいる。
「時音ちゃんは来年どうするつもりなの?」と聴かれた。
 彼女とは適度に打ち解けた仲(というか、私が狂っていることを親に密告した人間)なので「あー、この世に居ないかも」と、冗談を言ってみたら。
「あぁ、院に行くのね」と返された。そう言えば、私は一年の頃から大学院の話ばかりしていたっけ。遠い昔のように思った。
「だから、この世にいないかも」
「院に行くのね!!」
「だからこの世にいないかも」
「院に行くのね!!」
 こんな馬鹿台詞を数回繰り返した後。私が折れた。
「うん。修道院」
・・・・・・彼女も、近くにいた傍観者も笑ってくれたから、いいや。


 なんというか、未来をちゃんと見ていないのに、さも未来がありそうに返事をつくことに、飽き飽きしてる。
 端的に言えば、綺麗な嘘を付くのが嫌ってことなんだけど。
 それなのに、「この世に居ないかも」のようなブラックジョークは、何故か許せる変な基準の持ち主です。

 就職活動に一生懸命な友達が、「どうするの?」と聴いてくると、彼女達の求める、シッカリと地に根がついた未来を私も見据えているように語る自分が、どうも許せない。いっそ、出来ない。
 もちろん会話上適当にごまかすけど、まさか彼女達は目の前の人間が、ひたすら飛び降りることばかり考えているなんて思わないだろうなぁ・・・
 そう思うと、嘲笑がおなかを伝って、口の端まで上がってくる。

 さて、来年。
 私は無職なのでしょうか?
 それとも、修道院にはいっているのでしょうか?

2004年04月20日(火) 「貴方はどんどんダメになっていく」

 「貴方はどんどんダメになっていく」
と、友達に言われた。
 まぁ、真実だから仕方ない。
 笑って、「そうね」と言うしかない。

 でも、自分がどんどんダメになってる自覚は、そう言われて顧みるまでなかったな。
 知らないうちに坂道を降りているって、結構スリルあるね。
 高いところにたっていた記憶はないから、いつの間に穴掘っていたんだろ、って感覚。落ちるのにも、体力いるはずなのにねぇ?

・・・なんだか知らないけど、原状回復することさえ夢見ることができない。
 いかんなぁ。

2004年04月19日(月) 疲れる街

 渋谷の街は嫌い。・・・といっても、宮益の方面にはほぼ毎日通っておりますが^^;そこはなんとか平気ですが。
 センター街や文化村通りは、歩くだけで頭がおかしくなりそうです。
 人ごみの量がやはり「渋谷」規模だし、よって鞄の中が心配で、人間不信になりそう。
 あのその他大勢の1人になったとたん、私も風景の一部になった気がして、妙に目の前が青ばみ、歩くたびにがくがくと視界がぶれます。
 しかし用事があったので、学校帰りに遠征してきました。
 何度行っても、あの場所だけはなれる事がないな、と実感します。とにかく、疲れる街です。

 というわけで今日は体力的&精神的に疲れまして、一度横になったら睡魔に襲われました。
 が、お化粧を落とし、髪を洗うために身体を起こしたら。どうも寝られなくて、涙。
 頭痛いのに・・・

 こんな、PC触っている場合でもないのに。

2004年04月18日(日) 業の深さを感じるとき

 友達に語る言葉が、全てマイナス思考の産物になりそうで嫌だ。
 本心を一つ語るくらいなら、寒い冗談を100つ放つほうがまし。
 その方が私が私を許せる。

「『悩んだ分だけ得られるものが大きい』だって?
 じゃあ悩んだ挙句、お墓に行くことになったら、それは大きな成果だっていう私の思考回路は正常ってこと?」
「人間関係に悩んでいるなら、一切の人間関係をたってみれば?私は親以外は、全て希薄にしたけど、あなたもどう?」
「人の傍にいて安らぐってよくわからないんだよね。そりゃ、しゃべっている一瞬は楽しいかもしれないけれどね。別れたあとのえもいわれぬ心理状態に比べれば、一瞬の楽しさなんて、敢えて欲するものではないと痛感するんだけど」
「私、楽しんで生きたことってないんだよね。教えてよ、楽しみ方ってやつを」

 まさに八つ当たり、上げ足とりのような言葉。
 こんな言葉を相手に言うという事は、相手に「お前と居ても楽しくないんだよ」と宣言しているものでして。
 私が相手にこんなことを語れるのは、相手を信頼しているからなのよ、といくら言い繕っても、信じてもらえないでしょうな。 

 本心を語れば、相手を傷つける。
 本心を言えないことに、私は自分の業の深さを感じる。

2004年04月17日(土) 現状を知ったところで

 みんな苦しんでいることを知って、私が実際救われるわけじゃない。
(みんなも苦しいんだから、私も我慢しなくちゃ)と、ますます思ってしまうだけ。

 高校の友達が、他の人に公の場で摂食障害や鬱のことをカミングアウトした。
 私にはだいぶ前から話してくれていたので、知っていたことだったけど。
 改めて、すごいな、と思った。私はとてもそんな勇気がない。
 彼女が調子を崩したのは大学に入ってからで、高校の仲間は実際の彼女の変貌を見ていない相手だから、言いやすかったのかもしれないけれど。それでも、すごい。
 彼女が蓋を開けてみれば、他にもいろいろ鬱に悩まされていた友達は多くて、それを知ることができただけでも、私は彼女に感謝する。

 だけど、皆が苦しんでいるという現状を知ったところで、なんになろう?
 この世には苦しんでいる人ばかりで、だから私は心が痛い。
 言葉が出ない。
 きっと下手な慰めを口にしても気持ち悪いし、下手な共感は共感している私自身がうざったらしく思ってしまう。傷を舐めあうのも、限度があるし。
 そぐわない明るい会話は白々しい。
 そうこう思っているうちに会話が消えていく。
 会話が消えると、身が持たないので接触自体が消えていく。

 こうして私達はとても似ているのに、どんどんどんどん離れていく。

2004年04月16日(金) 身を切られた瞬間は、痛みを感じない

 背筋を伸ばして。
 いつも道化役で。
 生活態度は優良。
 とりあえず大抵は笑っている。

 そんな姿を晒していた高校時代。
「時音は、たとえ地球が崩壊しても生き残っている感じがする」
 友達にはそう言われた。
 図太いと思われていたらしい。 
 当時の友達の大半は、私は心身ともに健康優良児だと思っていて、それが卒業した今も続いていて、私は日本のどこかで楽しく暮らしていると思っているみたい。
 私は病気とはいえないかもしれないけれど、当時も今も、万年風邪ッぴきのようなものなんですけどね。
 まぁ、とりあえず完璧な演技をできてたんだな、と、当時の自分が誇らしい。・・・現在は演技も出来ないダメ人間ですが。

 私は今、どうしようもない痛みを感じている。
 どうやら外面を良くする事は、私の心を痛ませる。
 だけど痛みを感じるという現象は、あの頃よりは状態は良くなっている証明。
 身を切られた瞬間は、痛みを感じないように、いつだって一番辛いときは自分の痛みに気付かないもの。・・・少なくとも私はそうで。
 もちろん後で痛がるけど。

 いじめられていた中学時代、下校途中に校門に挟まれて、指の皮が飛んだ。
 あまりに突然に校門がしまってきたので、驚きはしたけれど全然痛くなかった。血はじわじわ噴出してきたわりに、痛くなかった。
 悔しいとか、理不尽さに怒る気持ちが強く、少なくとも校門を閉じてきた輩に痛がる姿は見せたくなくて、指の痛みを無視するよう努めたせいかもしれない。
 それなのに、いまだ冬場など、手が凍えると、疼く。
 あのとき、こんなに痛かったっけ?と思うくらいに、執拗に響く。

 このタイムラグが、正直辛い。
 原因がわかっても、それを改善する方法がないから。
 痛みを痛いと感じる神経は、完全に機能不全になるか、時差をなくすかのどちらかにして欲しい。
 あのとき無理に笑わなければよかった、なんて、後悔したくない。

2004年04月15日(木) 古巣に立ち寄って

久しぶりに聖歌隊室に行った。
前日、久しぶりにメールのやり取りをした人物に、「一度隊室に来るように」と書かれたから。
 私はなにか去年のうちに忘れ物をしたのかと思って、今日すぐに立ち寄ったが、特に用はなかったらしい。
「あんまり会わないと、生きてるか心配になるでしょー」
と、私には冗談に聞こえない言葉を言われた。
 メールを昨日やりとりしたんだから・・・生きてるに決まっているのに、ねぇ。
 とりあえず手を捕まえられて、じろじろ腕を見られた。袖までまくってくるあたり、よほど私は信頼がないらしい。
 私の怪しい癖をしらない後輩もその場にいたので、「毛深いから、見るな」と、比較的うまくかわしてみたけれど。

 久しぶりに会った私は、髪の毛が伸び放題で、前にかけたパーマが取れかかり、無残なありさまだったので、「髪の毛、たわしね」と罵倒された。
 そこでむかつき半分、冗談半分で「ちょっと焼いてみた」と言った。
彼はどうやら本気で私が焼身自殺を図ったとでも思ったのか、「え」と驚いた後、毛先を見つめたので、思わず笑ってしまった。
 そういえば髪の毛を焼くと猛烈に臭うので、しばらくしていない。

 そうそう。有益な情報を得た。
 休学していた友達が、学校にくるようになった、と。
 彼女が外に出られない事は前から知っていたので、それが落ち着いたのかと安心したのだけれど、家をなんと渋谷に移して、徒歩で学校に来れるようにしただけとのこと。
 電車に乗れないならば、引越ししてまで大学とはくるべき場所なのか、正直なところちょっと疑問に思ったけれど。
 それでも彼女の復活は祝いたいし、今以上症状が酷くならないといいなぁ、と願ってしまうのです。・・・やっぱり、私は多少、彼女が電車や人ごみを恐れる気持ちをうかがうことができるから。
 そして私の何倍も大変だろう彼女が頑張っているのだから、私も不平はあまり口にできないと思いました。・・・だからこそ、こんな偏狭でぼそぼそ愚痴を垂れ流しているのですけどね。

2004年04月14日(水) なんで急に・・・

 防衛庁職員�脅錣了邯海鬚Δ韻襪海箸砲覆辰拭�
 興味あるそぶりなんてするんじゃなかった。
 しかも私の専門の国際関係は、倍率が60倍。去年は全国から2人しか受かっていなかった。
 これはちょっと逃げて行政のほうに行ったら、行政学、財政学なんて学んでいない科目が試験に出るのでピンチ。
 こんな具合だから、どちらにしてもかなりの高確率で受からないのは目に見えているのに。
 まず今の段階で何にも対策をしていないし、これからするのかと思うと、うんざりする。
 
 それにも関わらず母は無責任に、
「貴方なら大丈夫だから、ちょっと勉強するだけやっておきなさい」
なんて言う。何が大丈夫なんだか、理解できない。
 なにせ私は一つの事に集中するしか脳がない性格。
 学校と同時平行で試験勉強なんてできない。
 『ちょっと勉強する』ことがまず、できないのです。勉強するなら、しっかり勉強し。捨てるなら、とことん放棄する。そんな不器用な人間なんです。
 だから高校受験の時は学校の授業を全て捨てたし、大学受験の時は、授業そのものが受験用の授業だから、それさえやっておけばよかったからなんとかなったようなもの。

 本音は、受験の為の手続きをせずに、そのままトンズラしたいけれど・・・そんなことをしたら、恐ろしいことになりそうなので、ここは従順にならなければいけないだろう。
 
 しかもほおって置くと、国家�擬錣泙納�けさせられそうな雲行き。・・・これはいくらなんでも無理です。
 成り行きで受けることになったら、張り切って首をくくろうと思います。

2004年04月13日(火) 蔦の絡まないチャペルにて

 私が所属していない方のキャンパスに、足を伸ばしてみた。
 そのキャンパスは去年出来たばかりで新しく、立派だと聴いていたので、一度使ってみたかったのだ。

 まず足を向けた先は、チャペル。
 以前聖歌隊だった私は、前のキャンパスのチャペルには毎日のようにお世話になっていたから、新しいものを一目見たかった。
 案の定、礼拝堂は重い扉が閉じられていて、とても入りにくい雰囲気だったけど、人目をのがれるかのように、ほんのすこしだけドアをあけ、中に滑り込んだ。
 喜ばしいことに、私の怪しい行動は、誰の目にもとがめられなかったみたい。

 礼拝堂の中には、誰も居なかった。
 前のキャンパスの時も、めったに人なんて居なかったから、それは予想したままで、ちょっと嬉しかった。変わらないことは、時々人を喜ばせる。
 ライトが一箇所しかついておらず、それが5枚のステンドグラスを映えさせて。とても厳かで。
 私はそのまま聖歌隊の席に向かい、座った。けれど、なんだか居心地がわるかったので、一般の席に移動。そこでしばらく、ソルジェニーツィンの『イワン・デニーソヴィチの一日』を読んだ。
 途中、おじいちゃんの先生か、もしくは牧師さんが入ってきたが、目で会釈しただけで、私も彼もお互いの好きにしていた。
 だって、そこは神様と『私』との、一対一の空間だもんね。・・・私の中に、キリスト教の神様はいないけど。 

 学校の中で。
 独りになりきれて、独りを咎められなくて、独りで居る事に安心できる場所は、礼拝堂だと気付きました。

2004年04月12日(月) 「やだやだ」を連呼

 気持ちが悪い。
 今日も生きちゃったから。

あー。やだやだ。



・・・・・・・・本当はね。
 ずぅっと一方的に好きだった人間に、3ヶ月ぶりくらいに道でばったり会っちゃって。
 私のぶさいくさに、心底悲しくなっただけなのかも。

あー、やだやだ。

2004年04月11日(日) 今日があの日。

 今日がタイムリミットに指定した日。

 結局私は死なない。
 いくら大空へ踏み出す空想をしたとしても、実際にやる事はない。

 でも一応、飛び降りようと思っていた場所には行ってこようと思う。
 高さに怯えて、そうしていつかこの高さが怖くなくなる日まで、待ってみよう。

 いって来ます。

2004年04月10日(土) ぶつぶつ・・・

 愛されなくていい。
 義務を背負いたくないから。

 貴方のためになんて生きたくない。
 私は私だけのために生きる。
 それを我侭だと見なすことは許さない。
 だってそうでないと、私は生きることさえ放棄するしかなくなるから。

・・・放棄する?
 そんなこと、できる?

2004年04月09日(金) 善悪など、どうでもいい

 胸が詰まる。

 自分がしたいことの正当化が出来ない。
 たとえ間違っていても、それを貫きたいという気持ちはある。
 だけど。
 でも。
 それは悪だという、何処から仕入れたのかわからない観念が、頭にこびりついている。

 しかし逆に、自分から死を選ぶことの悪について、私が納得できる理由が見つからないのも事実。


 実際はそんな善悪など、どうでもいい。
 私は既成事実を作ればいいだけ。
 それで私の時間という、永遠という名の瞬間は終わる。

2004年04月08日(木) 捨ててしまえ

 部屋を整理しだしてから数日。
 物を捨てられない女だった私が、物を捨てる快楽に囚われている。

 昔なら絶対に捨てなかった大切なノートとか、日記とか、絵とか、勢い余って捨てしまった。友達から貰った手紙も。
 でも今でも後悔していない。

 考えてみれば、残しておきたい所有物なんて、数少ない。
 本と。授業のノート。そしてCD。
 それだけ。私の脳に入りきらなかった情報だけ。
 
 何もかも失ってしまいたい。
 所有しても、全然満足しないんだもん。何かを獲得することで、私を満たす事は一生できはしないのだから。
 ちょっと過激な発想に行き着くのも、仕方の無いことだ。

2004年04月07日(水) 私には、無理

I thought what I'd do was, I'd pretend I was one of those deaf-mutes.
僕は耳と目を閉じ、口を噤んだ人間になろうと考えたんだ。

 つい最近、村上春樹が訳して有名になった『THE CATCHER IN THE RYE』の一説。
 野崎氏の訳では、『誰もぼくを知らず、ぼくのほうでも誰をも知らない所でありさえしたら。そこへ行ってどうするかというと、ぼくは唖でつんぼの人間のふりをしようと考えたんだ』となっています。
 原作は読んだことはないけれど、最近見たアニメ『攻殻機動隊』で使われていたので知った科白です。


 共感する一文ではあります。でも私はとてもそんなこと出来ない。
 私は嵐の転校生で、一年に一度転校していたから、幼い頃から知らない人の間に叩き込まれる経験が、人の数倍あった。
 そのたび私は唖の人間になろうとしたけれど、結局は声を出してしまうのが毎回で。
 経験上、本当にめくらでつんぼでないと、人は口を噤むことはできないと思い至りました。
 
 私はもう、言葉を吐き出すのが辛い。
 意味の無い、そう、まるでこの文章のように無意味な言葉を吐き出しつづけるのなら、いっそ唖になりたいと思う。
 しかしそのためには、この目と耳を潰さなくてはならなくて。
 そしてこの手も切り落とさなくてはいけない。

 アウトプットを抑制する為には、まずインプットを止めなきゃいけないってことですかね?

結論。私には、無理。

2004年04月06日(火) 形にしてはいけない

 友達からメールがきた。
 返信するのが面倒くさい。
 面倒くさいというより、なんて書いていいのか、わからない。

 この前、友達の着信履歴があったのに、ほおっておいたら、父に叱られた。
「もう少し友達とか大切にしなさい」
 そんなことを言われた。

 私が真にその友達を愛しているのなら、友達をやめる事が一番の愛情表現だと思う。多分私の友達になったって、たいした利益は得ないだろうし。かえって悪影響だろう。・・・悪影響にならないよう、当り障りの無い付き合い方なら出来るけど、それは私が疲れるのです。

 それでも私に友達と呼べる人間がいるのは、やっぱり友達に対し、(こいつはどうだっていいや)と思う心がどこかにあるから。
 適当に付き合って、適当に縛られて、適当にあしらえる間柄。学校を無事にやり過ごすには、ノートを借りる程度の友達が不可欠だしね。そのくらいの友を維持する労働が無ければ、学校なんて、凡人の私には通えない場所。

 本当に愛する友達は、心の中でひっそりと思っているのがベストでしょう。
 私の利害関係や目論見、そういったものを超越したところに、彼らはいて欲しいと思うから。

2004年04月05日(月) 私は一生懸命よ

いつか聴いた、「人生なげやりになってるんじゃないの?」という科白。
 これは私に直接向けられた言葉ではないけれど。
 きっと私に向けられた言葉。

 私は一生懸命生きているつもりでも、他人から見れば、きっとなげやりになっているとしか見えないんだろうな、とは、常日頃思う。
 でも、私が私の人生を精一杯送っているのは、私の内面ではこれ以上なく確かなこと。 だから周りの評価なんて、気にしていないのだ。
 
 自殺未遂の部下を蔑むように話す父親は、そのまま間接的に私を蔑んでいる。
 自殺未遂の話を、毛嫌いする母親は、その行動だけですでに私を毛嫌いしていることに気付いていない。

 こんなやつら、どうでもいいの。
 意外にも私の中には、なにかシッカリしたものがあるから。
 だから、あんな眼差しに憎悪を感じたとしても、それを受け流す事が出来る。
 
 変な自信だこと。

2004年04月04日(日) ベルトで・・・失敗。

 私はきっと自らの命に触れることは出来ない。
 
 中学時代、何度もベルトを梁に通して、首をつってしまおうとしたのに出来なくて。途方もなく、絶望した。
 ただこの足を椅子から離してしまえばいいだけなのに、出来なかった。
 一度だけそれができたけれど、うまく締まらなかったらしく、全身に力が入らなくなったと思った次の瞬間には、畳で皮膚をこすった痛みに襲われた。
 やっとこさ椅子から足を離せたと思ったら、こんな様で。なんだか酷く、虚しくなったのを覚えている。
 ベルトでは首吊りしないでおこうと、そう学習した。
 
 私には、明日があることが絶望になる。
 
 あと一歩という溝を踏み越えられる根性があればなァ。
 そうすれば、私も幸せになれたのかも。
 あの時、既に。

2004年04月03日(土) やる気なし子さん

 結局、花見には行かなかった。
 朝はいつだって何にもしたくない。
 一度10時に布団を抜け出したけど、何にもやる気が起きなくて、布団に戻って5時まで寝た。夢と現実の狭間をふらふらしながら。
 あああ。せめて自発的に外に出て行けるようになりたいなぁ。
 必要に迫られない限り外に出ない性格になって、早10数年。


 今年こそ、桜を見に行きたい。
 最後に見に行ったのは、受験生だったときの春。 
 近くの公園に、独りで夜桜を見に行った。
 公園には浮浪者がいたし、品のよくないお兄さんたちがたむろしていた。多少怖かったのは否めないが、半ば散りかけた桜がきれいだったので、しばらく公園でふらふらした。
 私は数年ぶりに、ブランコというもので遊び、ひらひらと舞う桜の花びらを楽しんだ。・・・結局はブランコに酔って気持ち悪くなったけど。なかなか楽しい遊びだった。
 

 願わくはと詠った西行法師を思い浮かべたり。 
 ・・・やってみようかな。笑

2004年04月02日(金) 愛する人に

 愛しているって言いたかった。
 貴方のこと教えてって、訴えたかった。
 貴方の横で、私はこんなにも死を想っていることを、伝えたかった。

 だけど私はそれらの感情を伝える能力と手段がなくて。
 でも結局、伝達能力がないことに、私は救われたのかもしれない。



明日は桜を見にいく。

2004年04月01日(木) お部屋掃除

 全て捨ててしまわなくちゃ。

 もしワタシが明日死んでしまうとして、大量に残るワタシの所有物は、父母はどうするのだろうかとかんがえる。
 ワタシは部屋を掃除しなくてはならない、という結論に達する。
 だって彼らにとっては、ゴミ同然だもんなー、ワタシのノートとかメモとかは。

 いらないものはいらないと切り捨てなきゃ、ね。


 真っ先に捨てたいのは、『私がいる』という現実ですが。そんな物は捨てられないので、物質的なものから捨てていく事にします。

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