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2022年04月30日(土) ■
赤堀雅秋プロデュース『ケダモノ』

赤堀雅秋プロデュース『ケダモノ』@本多劇場


「そうだよな、みんなイライラしてたんだよな!」。持たざる者たちが、喉から手が出る程欲しいもの。それはカネか、過去か、未来か。

田中哲司、大森南朋との座組も三作目。2016年の『同じ夢』は世田谷パブリックシアター主催、2019年の『神の子』はコムレイドプロデュース、そして今回は赤堀雅秋プロデュース。赤堀さん個人名での公演って今迄なかったように思います。資金繰りの都合やリスク分散(?)といった事情があるのかも知れませんが、継続されていることはとてもうれしい。

所謂“クズ”がわんさか出てくる。クズですよ〜と観客に知らせるために、序盤はそりゃもう酷い台詞がズバズバ出てくる。聴いててしんどい。語られない登場人物の背景を見せるのは役者の仕事。書く側は、その役者の力を信じている。とはいえ、赤堀さんにしては珍しく登場人物の境遇説明が若干多め。選べない親、選べない環境、選べない疾患。それはこちらに「あなたは彼らをクズといえるのか? 彼らとあなたは何が違うというのか?」と問うてくる。それはまるで宇多田ヒカルの歌のように、「誰かの願いがかなうころ あの子が泣いてる」世界だ。

害獣として駆除されるケダモノ。社会から駆逐されつつあるケダモノ。彼らの不在を憂うひとはいるのだろうか。彼らはきっと、誰の気に留められることなくこの世からいなくなってしまった。ただひとりいるとすれば、それは生き残りの“神の使い”だ。さて、“神の使い”はケダモノなのか。化けの皮を剥がれた人間たちの行く末に、ちいさなちいさな光が灯る。

感覚としては『立川ドライブ』、『砂町の王』に近い。場面転換は多いかそれが不思議と一場に見える。土岐研一の美術が非常に効果的。遺品整理を依頼してきた人物の家が、少し手を加えただけで雑然としたリサイクルショップになる。家のダイニングの隅にある炊飯ジャーが、同じ位置に置かれたままでも違和感がない。登場人物がどんなに遠く迄行ったつもりでも、それは半径数キロの狭い世界だということが浮き彫りになる。ゴダールへのオマージュといえるダンスシーンでは、ドレスダウンが常の赤堀作品に華やかさが加わる(衣裳:坂東智代)。門脇さんの脚を文字通り鹿のように美しく見せる、ドレスの丈とヒールの高さ。

磨きに磨いた鋭利なモノローグはやはり絶品。三人の女優の声がそれぞれの魅力を放つ。門脇麦の凛々しさ、あめくみちこの含羞と野性、新井郁の脆さ。なけなしの幸福が指から溶け出していく様に胸が詰まる。

媚びない女性像、外道の末路、どうしようもないグロテスクな世界を生き抜けると信じられる結末は、『女殺油地獄』でも描かれたもの。歌舞伎では上演される機会が少ない「逮夜の場」がカットされなかったのは、女性たちの未来は絶望ではないと示すものだったと信じでいる。その光景を、今回は現代で見せてくれた。彼女が幼い頃見たテレビのなかの風景は、ラストシーンの「あの空」に接続する。しかしその空は暗闇だ。

この両極を私たちは生きている。観ることが出来てよかった。

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・赤堀雅秋の新作『ケダモノ』を、演技派揃いのキャストが語る┃SPICE

・当日パンフレットには登場人物の年齢が書かれている。舌ったらずな口調で喋り、外見を気にする美由紀は、もう30だと嘆く29歳のマイカよりも歳上の33歳だった。このことにまた胸が詰まった

・パンフレットのインタヴューで田中さんと大森さんが「映画化ありうる、でもそのとき自分はいない(もっと知名度の高いキャスティングになる)と口々にいっていておい……となる。なんでそんなこというんだよ〜と思うものの、赤堀さんの舞台作品が映画化されるときって確かにキャスト変わっちゃいますもんね。スポンサーの意向とかあるんだろうなと思うとせつない

・でもそれでお金が動いて、舞台に還元されるといいなあなんてことも考えてしまった。それもせつない

・音楽協力に森優太さんがクレジット。赤堀さんの舞台って、キーとなる(劇中カラオケ等で唄われる)歌謡曲の他に、トム・ウェイツとか渋い曲も使われてて、今回はエラい格好いいトライバルナンバーがあったので気になっていたのだが、ここが森さんの選曲なのかな

・よだん。「鹿みたいな目をしてる」のは赤堀さんじゃないですかね

・それにしても下北沢は来る度に様相が変わってるなあ。3月にオープンしたMIKANからreload付近迄ま〜賑やかでございました



2022年04月23日(土) ■
高橋徹也 25周年記念 Discography Live『ある種の熱 × 大統領夫人と棺』

高橋徹也 25周年記念 Discography Live『ある種の熱 × 大統領夫人と棺』@Star Pine's Cafe


再現ライヴということになるが、再現というにはあまりにも現在の音になっていた。そしてその音こそが、今の高橋さんにとっては「本来あるべき姿」(後述ブログより)ということになる。頭のなかで鳴っていた音楽を、ようやく外に出せたという思いがあるのかもしれない。

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高橋徹也(vo, g)/ 鹿島達也(b)/ sugarbeans(key)/ 脇山広介(drs)/ 宮下広輔(pedal steel)
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2013年、ちゃんとCDを買って聴いた最初の高橋さんの作品が『大統領夫人と棺』だったなあ。そんなことを思い出しつつ、700円になっていたドリンク代に怯みつつ(現状を考えれば尤もだ)、久しぶりのSPC。

2005年リリースの『ある種の熱』、2013年リリースの『大統領夫人と棺』。スパンは8年。その間全く音沙汰がなかった時期があるという話も伝え聞いている。以降はコンスタントに作品を発表し、ライヴも定期的に行い、さまざまな企画を形にしている。『大統領夫人と棺』はブレイクスルーな作品ともいえる。

その間に出た『The Royal Ten Dollar Gold Piece Inn and Emporium』(2011年のライヴを2013年にDVD+CDリリース)と照らし合わせ乍ら聴いたところもあった。このライヴアルバムは、当時の最新作『ある種の熱』と、レコーディングを待つ『大統領夫人と棺』両方のナンバーが演奏されている。個人的に思い入れがあるアルバムで、そのときのメンバーである上田禎さんや菅沼雄太さんの演奏が、オリジナルの音源よりも耳に馴染んでいるくらいだ。特に「惑星」は、導入の上田さんのピアノソロをすぐに思い出せるくらい何度も聴いたし、今もよく聴く。

トラック順に演奏されるのが前提なので、二曲目に「惑星」がくるのは分かっていた。佐藤さんが弾き始めたイントロは、勿論上田さんのそれとは違う。しかし、今はこの音こそがしっくりきた。どちらの演奏も素晴らしいことに違いないが、今の編成で演奏される楽曲の完成形を見た気分だった。

次々に、今のバンドで見えてくる曲の顔に気づかされる。「Open End」の、宮下さんによるペダルスティールソロ。「ハリケーンビューティ」の、エフェクターを噛ましたノイズ(これは不可抗力かもしれないが)とブリティッシュロックテイスト溢れるギター。「Key West」「不在の海」の、組曲としての役割と楽曲そのものの魅力。

「大統領夫人と棺」が象徴的だった。一触即発の、火花が散るようなリズム隊のやりとり。鹿島さんがどんどん脇山さんに迫り(物理的にも近づいていた)、バックトラックの域を逸脱しかねない演奏を繰り広げる。その音を背に、呑まれることなく(とはいえ、一瞬珍しい箇所で歌詞が飛んだ。それ程の演奏だったので納得がいく)詩と歌を乗せていく高橋さんの技量と度量。バンドとフロントマンの闘いにも、信頼感の顕れにも映る。鹿島さんは脇山さんと高橋さんが乗ってくるのを踏んで、あの演奏を仕掛けているのだろう。

それにしてもまー演奏がすごい。毎回いってるような気もするが。コロナの影響もあり、この編成でやるのは3年ぶりとのこと。プロフェッショナルな集団で、各々の活動もある。フロントマンの企画によって編成が変わるし、バンドといっても所謂運命共同体ではない。しかし、このメンバーが集まったときにしか出せない音がある。それぞれのフィールドで培ったスキル、生まれたアイディアを持ち寄りぶつけ合う。まるで道場のようだ。「(外野を)黙らせてやる」とつくった『ある種の熱』、「このような緊張感を持ったものを今作れるかわからない、がんばってたんだなあ」という『大統領夫人と棺』の8年を繋げたのはこのバンドだ。

バンドサウンドを決めたともいえるのは脇山さんのドラミング。彼が参加したことで、このバンドの「ピースが揃った」ように思う。ロックにも、ジャズのアプローチにも、インプロにもピタリと対応する。激しい演奏のやりとりから、格闘技の受身のように歌を包み込んで聴き手に届けるドラムだ。「俺は彼のビートに乗っかるだけ」「幸せな気分になれる」と紹介された脇山さんは、キャ〜照れちゃう、ってな感じで顔を両手で覆っていたが、本当に嬉しそうだった。

自分の作品をつくっていなかったらレコードを買い続けるだけの人生だった、全財産をレコードに注ぎ込む人生だった。こうして聴いてくれるひとがいるから、レコードを買うお金を我慢して(笑)アルバムつくったりライヴしたりしてる。「感謝バカ」(キラーワード!)にはなりたくないと前置きしつつ、まっすぐに感謝を口にする。鹿島さんですら「その話初めて聞いた」という薔薇イミテーション時代の思い出話も飛び出す。1月のライヴでもそうだったが、ご自身が50歳を迎えたこと、疫禍、災害、戦争といった、より具体化した社会不安を前に、照れ乍らも伝えておかなければ、という言葉が零れ出ているように感じた。25周年で50歳。5年くらい前から分かってたんですけど(笑)、そこ迄は突っ走ろうと決めていた。でも、そこへ達した自分のなかに、まだ炎があると気付いたのでまだまだ突っ走りたい、といった。聴いているこちらも背筋が伸びる思いだった。

菊地成孔さんが高橋さんを評した言葉を思い出す。「目が綺麗でね、天才的な感じで。なんていうんだろな…ちょっと神経質で軽く狂ってるんだけどものすごい親切なひとっているじゃない。音楽家でいる……ちょいちょいいるんだけど。そういう方でしたね」。音楽への愛情と狂気は紙一重。それを炎というのなら、まだまだ見たい炎がある。

同時配信(アーカイヴもあり)されていた今回のライヴ。ステージとフロア中央辺りの左右に固定カメラ、ステージ前にクローズアップ用の一眼レフ。それぞれにスタッフがついており、一眼レフ担当の方は前方客の視界の妨げにならないよう着席した上で、手持ちのカメラを掲げっぱなし。当然スイッチングをするオペレーターもいる。モニターも見ることが出来る位置だったのでときどき目をやっていたのだが、とても綺麗に撮れており臨場感もあった。コロナ禍により一気に進んだ配信ノウハウを考える。同時にそれに慣れ、敬意を忘れがちな自分たちのことも考える。照明もPAも、その背後にはスタッフがいる。ブッキング、入場整理、受付、バーカウンター、物販……現場には多くの働く人間がいる。

この日高橋さんはメンバー紹介を何度もして、全員に告知を促した。「ここはスターパインズカフェ!」とハコの存在を知らせた。いつもそうではあるが、今回は特に、現場者がコロナ禍で失ったものの大きさを感じさせた。「これで終わるつもりだったんですけど、やっぱりね」とアンコールは「夜明けのフリーウェイ」。ミラーボールの煌きは、配信視聴者にも届いただろうか。

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setlist

『ある種の熱』
01. 5分前のダンス
02. 惑星
03. 夢の中へ、霧の中へ
04. Blue Song
05. 夜明け前のブルース
06. 5 minutes
07. La Fiesta
08. ホテル・スターダスト
09. 夏の出口
10. 赤いカーテン
11. Open End
12. 夜のとばりで会いましょう
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『大統領夫人と棺』
13. ブラックバード
14. ハリケーンビューティ
15. Key West
16. 雪原のコヨーテ
17. 不在の海
18. 大統領夫人と棺
アップライトで実際に弾いたことあるのかなー
19. 帰り道の途中
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encore
20. 夜明けのフリーウェイ

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写真撮るの下手くそ選手権。何故このタイミングでシャッター切ってしまったんだ自分よ…連写すれば良かった……。

・感謝 - ライブ後記 4/23吉祥寺Star Pine's Cafe┃夕暮れ 坂道 島国 惑星地球
他でもない僕自身がようやくこのアルバムを表現できる器になれたということです。音楽って不思議なもので、いつも作曲した自分の先を生きているものなんですよね。だから後になって初めて、曲やアルバムの本来あるべき姿に出会える気がするんです。今回のライブを通じて、ようやくこの二枚のアルバムで描きたかったものを歌えたと思うし、とにかく演奏していて幸せでした
それを聴けたこちらも幸せ。

・toshiakiyamada┃instagram
リミックス&リマスターでリイシューされた『大統領夫人と棺』は『新しい青の時代』と同じ2013年発表作。その年に仲良くなったから来年でタカテツさんと僕は友だち10年記念ということになる
山田稔明さん、当然のように物販手伝ってらした。心のなかで手を合わせた。

“monologue” @ 吉祥寺スターパインズカフェ(2013年6月27日)┃monologue
いまいち共通項の見えない3人に「ビートルズでもやる?」という流れに「自分ストーンズ派なんで」と切り込んできたタカテツさんの言葉が可笑しくて「みんな日本語を大事にするSSWだから」という理由で山下達郎「RIDE ON TIME」に決定
プラットフォームの更新含め記録をきちんと残している山田さん。おかげで読み手は混乱せずアクセス出来、非常に有難い。

・monologue┃I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
そう、このときのスリーマンに小林建樹さんが出ていて、そこで初めて高橋さんのライヴを観たのだ。そしてその場で『大統領夫人と棺』のCDを買った。ということで、私も高橋さんのリスナー10年目。もう? という心持ち。まだまだヒヨッコな気分。



先週行われた小林建樹さんの配信ライヴのことも思い返す。このひとが6年ぶりに、手間もかかり、収益もそう大きくはない(だろう)配信ライヴを開催した意味も考えた。そんな50歳を迎えた小林さんと高橋さんの共演が再び実現することを、欲深いリスナーは密かに……じゃないな、おおっぴらに願っています。



2022年04月16日(土) ■
『唄う 小林建樹』Tateki Kobayashi Live 2022

『唄う 小林建樹』Tateki Kobayashi Live 2022

こ、この全身音楽家〜! と語彙もなくなっておりますが、ただでさえこの方のライヴって(というか人前に出てくること自体が)滅多にないことなので、せめて記録を残しておかないと……! という妙な切迫感にかられております。

昨年12月に新譜『Mystery』をリリースして以降、オフィシャルショップでのアルバムダウンロード販売、過去のMVやライヴ映像を自身のYouTubeチャンネルにアップする等、(この方にしては)動きが多くなっていた小林さん。

配信ライヴの発表には驚きましたが、当初は「新譜も出たことだし、レコ発みたいなものかな」と思っていました。配信ものにどうにも腰が重い自分ですが(本当に重い)、このひとがやるとなるとそんなことはいってられない。普段から天の岩戸がとかイリオモテヤマネコとかいってるけど、それくらい貴重なことなのでな……下手するとイリオモテヤマネコより見ないかも知れない。

という訳でいそいそと視聴を申し込み、しかしリアタイは出来ず、夜中にアーカイヴで鑑賞しました。「お待ちください」の画面がしばらく続く。そういや昨年末のMETAFIVEの配信は一時間くらい待ったなあ、リアタイ組はジリジリしただろうなあなんて思いつつアーカイヴの強みで27分程早送り。突然現れた小林さんはツーブロックであった。まずそこにヒィッとなった(そこかい)が、すかさず一曲目が始まり、息つく間もなく怒涛の演奏。

いや……ときどきtwitterで弾き語り動画をあげたりもしているけど、手元だけだったりして現在の姿をこちらが目にすることってほぼないですやん。ご本人からすると普通の感覚で髪型を変えていても、こっちは年に一度くらい(それすらも怪しい)しか目に出来ないのでヒィってなりますね。お似合いでございました。まーそれにしてもお変わりなくシュッとしてますねー。格好よいですねー。

閑話休題。1st setはギター、5分程休憩を挟んで2nd setはピアノ。新譜からのナンバーもあったが、オールタイムベストともいえるセットリスト。弾き語りという特性上、音源と全く違うアレンジも多い。怒涛の演奏と前述したが文字通りそうで、とにかく曲間が少ない、次から次へと唄っていく。思いに言葉が追いつかないので演奏しているかのようだ。ときには演奏すら追いつかない瞬間もある。それでも弾いて、唄う。音楽で生きているひとだ。

この「言葉で説明するより音楽(演奏)で伝えた方が早い」様子は、ピアノを前にするとより顕著になる。実は今回いちばんシビれた瞬間は、「完コピしようとしてて」と服部隆之さんの「新選組! メインテーマ」をパッと弾き始めた場面だった。オーケストラ編成である元の楽曲がピアノ一台の音色に集約されることで、小林さん独特のいいまわしでいうと「変わった、ちょいちょいおかしなところのある」曲の複雑なハーモニー、リズムが明確になった。そして何より胸が躍ったのは、小林さんの「新選組! メインテーマ」になっていたところ。この、寂しさを湛えた軽やかさ。

曲間のブリッジでは、まるで花が咲くように指からリフが零れおちる。次々と生まれては消えるフレーズ、ペダルを踏む音の大きさ(これ以前からそうで、最初観たときは驚いたものだった)。唄い方はよりパーカッシヴになり、楽器のよう。しかし歌詞はクリアにまっすぐ届く。今、ここでしか聴けない音楽。二度と聴けない音楽。ライヴがひとつの作品になる。

「今」は、ライヴの終盤ではっきりと輪郭を持った。『新選組!』から戦争の話題へ。キーウから「キエフの大門」、ムソルグスキー『展覧会の絵』。そしてボロディン「ダッタン人の踊り」。それぞれの楽曲を弾き乍ら、慎重に、言葉を選んで話す。穏やかな口調だが、憤りと悲しみ、歯がゆさが滲む。「ボロディンは戦わずして戦争を終わらしたいとこの曲を書いた」「ボロディンの思いが伝わってほしい」。

言葉は難し(もどかし)い。音楽(演奏)で伝えた方が早い。「ダッタン人の踊り」のフレーズから繋げたのは「祈り」だった。そうか。このための今日だったんだ。

作品をつくる、お披露目でライヴをやって、ツアーをやって、また新しい曲をつくって。小林さんが、こうした音楽業界のシステムに乗っからなくなってもう随分経つ。マイペースに、自分がこうだと決めたときに行動を起こす。今はそれが出来る環境なのだ。息をするように音楽を鳴らすひとなので、そこに観客はいなくてもいいのかもしれない。それでも満月の夜に(そうだったのだ)「満月」を演奏し、最後には「今日はここまでさ どうも有難う また今度」と唄った。いちリスナーとして、これ程うれしいことはなかった。

欲深いリスナーは「つ、次はバンドセットもお願いします!」なんて思ってしまうけど、今はこのライヴをだいじに聴き、配信が終わったら耳の奥で鳴らし続けることにします。本当に有難う。

(※配信が終わる前に! と急いだので1st setのことあまり書いてないけどこちらも素晴らしかった! 初期から使っているあのギターが画面に映ったときは思わず顔がほころびました。確か高畠俊太郎も使っているもので、とても素敵な音が出る。そのギターでデビューアルバムの曲を聴けて嬉しかった。ギターとピアノ、両方の楽器との相性を聴かせてくれるという構成もよかったなー)

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ご本人がダイジェスト動画をアップしてくれたので転載。もうあまり日にちありませんが、気になる方はアーカイヴで是非。

・エクレルシ 公式ライブ配信ページ
視聴はこちらから。

・祖師ヶ谷大蔵 ライブカフェ エクレルシ
今回の会場。確か以前も使われていた。グランドピアノが常設されているのが決め手かな? 実際に足を運んでみたいなー。

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setlist

Guitar:
01. 6月のマーチ(『WINDOW』)
02. Window(『WINDOW』)
03. 斜陽(『Music Man』)
04. 最初のメロディー(『Blue Notes』)
05. Sweet Rendez-Vous(『曖昧な引力』)
06. 絵になる大人(『曖昧な引力』)
07. ピカレスク(『Music Man』)
08. ソングライター(『Nagreboshi Tracks』)
09. 風吹く街角(『Mystery』)
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Piano:
10. ブレス(『Emotion』)
11. キャベツ(『Rope』)
12. Shadow(『SHADOW』)
13. 禁園(『Emotion』)
14. 満月(『曖昧な引力』)
(『新選組!』メインテーマ、展覧会の絵)
15. ダッタン人の踊り〜祈り(『Rare』)
16. バトン(『Mystery』)

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(20220422追記)
・ライブを終えて、感想。┃tateki.net┃diary
「『あ、これがM1で芸人の人が言う、口の中カラカラのやつなんや』などと、しみじみ思いました。」
そういえば何度も水を飲んでいたなあ。
「『また今度〜』と言いましたので、またライブやります!」!!!!!
またとはいつか! 信じて待ってます!!!



2022年04月09日(土) ■
『スパークス・ブラザーズ』

『スパークス・ブラザーズ』@シネクイント スクリーン1


フリーの「ポップミュージックで戸惑うのは、ユーモアに対する受容性の欠如。だからスパークスはビッグになれない。面白すぎるから」って言葉がズバリで膝を打ちまくった……あと誰だったかな、「新しくファンになったひとに、自分が昔から知っていることを自慢したりしない。『過去を知らなくてもこれから彼らの音楽を聴けることが素晴らしいんだよ』っていう」ってなことをいってた方がいて、こちらも正にスパークス! って感じで涙。

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「あなたのスパークスはどこから? 私はここから!」。これ程ひとによって出会いが多彩で幅広いユニットもなかなかない。なにせ「ここ」が半世紀にもわたるのだから。グラム、パンク、ニューウェイヴ……ジャンル分けなど出来ない、強いていうなら「スパークス」がジャンル。ちなみに私の第一印象はご多分に漏れずヨーロッパのバンド、そのオペラティックな歌唱スタイルから「クラウス・ノミだ!」だったのだが、ノミのデビューからして1981年だ。映画本編でも証言されているように、「デペッシュ・モードだ!」とか「ペット・ショップ・ボーイズだ!」(クリスの扱いウケた)といった「○○の影響を受けている or ○○のオリジナル」といった印象は全てリスナーの聴いた順番によるものでしかない。こういうところ、大友克洋が切り拓いたスタイルを若い世代が「ありふれた手法」といってしまう現象に通じるものがある。歴史を俯瞰で見るってだいじだな……。ちなみに『Balls』は2000年発表だが、一周回って「プロディジーだ!」なんて思ってしまった(笑)。

1971年にデビュー(前身のハーフネルソン結成は1968年)し、ポピュラーミュージックを奏で続けて50年。ライトが撮影した2年間と、過去の膨大なアーカイヴ映像をどう組み合わせるのか。当時を振り返る兄弟や関係者の証言と過去をどう繋げるのか? ライトはポップカルチャーを総動員してきた。歴代作品のアートワーク、インタヴュー映像といった実写に加え、その周辺情報、残されていない映像や逸話(噂話=伝説)、当人たちの心象風景をタイポグラフィ、パペットアニメとイラストレーションで交通整理する。これが非常に効果的で、インタヴューイが話している内容から、その作品、時代背景が鮮やかに展開/再現されていく。正に全てのデザインは編集である、“映画もまた編集である”。

その編集というのが見事で、非常にリズミカルでスピーディ。観ていて快楽すら感じる程。ライト本人が“Big Fan”としてしれっとインタヴュー映像に登場していたところ、ライトの盟友、ニック・フロストとサイモン・ペッグが声で出演(ジョン・レノンがリンゴ・スターに「おい、マーク・ボランがヒトラーと共演しているぞ!」と電話したシーン)しているところにも洒落っ気が効いてて最高。

それにしても、プライベートのこと迄そんなに深掘りしていなかったので、初めて知る(見る)ことの多いこと。兄弟揃ってアメフトの選手だったとかさ……『アネット』のハイパーボウルスタジアムのシーンはアメリカエンタメの象徴という印象だったが、ふたりの思い入れもあったのかも知れない。そして幼少期の映画体験。さまざまな国からさまざまなジャンルの映画が輸入されるアメリカで、兄弟は多様なカルチャーを吸収していったのだということが理解出来た。

着々と変化するミュージックシーン、度重なるメンバーチェンジ、数年ごとに変わる活動拠点。常に自分たちのつくりたいものを第一に、兄弟は激しい浮き沈みを乗り切った。映画のハイライトともいえる6年の空白は、彼らの音楽への情熱と勤勉さを語る上でも貴重なパート。契約を切られ、作品を発表する場を失い、収入もない。それでも創作意欲の衰えない彼らは、ラッセルが自宅に構えたスタジオに毎日通い続けた。このスタジオ設立もそうだが、「セックス、ドラッグ、ロックンロール」と無縁で、ふたりに浪費癖がなかったことが吉と出た。というのは今だからいえることで、未来の見えない日々はさぞ苦しかっただろう。ラッセルがレコーディング・エンジニアの勉強を始めていたという証言には胸がつまる思いだった。

同様に、二度頓挫した映画の企画を経て『アネット』が完成したことも感動的だ。撮影現場にいる兄弟は、とてもいい顔をしていた。

彼らはアートに人生を捧げている。流行に迎合せず、自分たちの音楽を追求し続ける。ラッセルはジムでのトレーニング、ロンはウォーキングを欠かさない。ラッセルの美声が衰えないところにも、彼らの節制ぶりが窺える。ツアーに出ていない日は会社に通勤するようにスタジオへ通う。同じカフェで休憩する。この強さはなんだろう。兄弟だからなのか……いやいや、oasisという例があるじゃないか、ジザメリもな。ギャラガー兄弟とリード兄弟のそれはそれで魅力なのだが…いや、それが魅力という訳ではないか、彼らは彼らでああやるしかないんだよきっと……。不思議かつ興味深いのは、そんな生真面目なメイル兄弟のが生み出した作品がユーモアに溢れ、ストレンジかつファニーなところ。奇妙で不条理、ときには悪趣味とすら捉えられてしまう。制作に励めば励む程、彼らは唯一無二の道を切り拓き、数々のフォロアーを生み出し続けるのだ。

このドキュメンタリー撮影が始まったのは日本からだったそうで、ライヴだけでなく寅さんファンのふたりが柴又散策する様子もとりあげられていてうれしかった。この辺り、長年彼らをずっとサポートし続けている岸野雄一さんの力が大きいと思う。岸野さんと一緒に上野耕路さんが映ってる写真が出たのも個人的にはツボでニヤニヤ。

「今」スパークスのドキュメンタリーが撮られた意義は大きい。MIDNIGHT SONICのステージ映像、皆笑顔のなかただひとり泣きそうな顔で彼らを見つめる観客が印象的。スパークスの音楽には、喜び、悲しみ、痛み、快楽がある。それを伝えてくれる映像だった。あの瞬間を捉え、そして作品に残してくれたライトに感謝します。

しかし、スパークスはまだまだ続くのだ。彼らがいうように、医療が発達したら300枚のアルバムを残すつもりだそうだから。皆元気で、また日本に来てください! とかいってたらソニマニ決まった!!(書いてるのは12日) 無事いらしてください!!!

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・日本版予告

この予告サムネイル画像を「フェスのラインナップみたい」と評していた方がいたけど、ホントそう。この多彩で大量な証言者たち! ビョークのインタヴューが音声のみというところにも今を感じます。モリッシーがいないのが不思議っちゃあ不思議なんだけど、近年の彼の言動を受けて訣別したかららしいですね(…)

・スカート澤部渡が深堀りインタビュー!『スパークス・ブラザーズ』 エドガー・ライト監督初の音楽ドキュメンタリー┃BANGER!!!
スカート澤部渡さんによるインタヴュー。アメリカ的なるもの、そしてヒップホップへの言及を引き出してくれて有難い

・SPARKSのユーモアは取扱注意。キャリア半世紀超、アウトサイダーを貫く兄弟バンドが語る実験精神┃CINRA
「ポップミュージックにおいては、ユーモアを使うと真剣じゃない、と思われてしまう。ユーモアを使わずにシリアスでいた方が評価されがちなんだけど、ぼくらはそれが良いとは思わないし、それで無視されても平気だったんだ」(ロン)
村尾泰郎さんによるインタヴューと、キャラクターやアートワーク、歌詞、そして『アネット』へと拡がる考察。ジャンルを俯瞰した素晴らしい記事

・Anti-UK World War II era photograph featuring grimacing geisha uncovered┃SoraNews24 -Japan News-
村尾さんの記事で言及されている『Kimono My House』(1974年)のアートワークの発想源はこちらに載っている写真。第二次世界大戦中に撮られたものだそうです

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おまけ。


再掲。『スパークス・ブラザーズ』を観る前に撮りに行ったのでした。私以外にも撮ってるひとがいて、譲り合いの美しい光景が見られた。さてこの方々、『スパークス・ブラザーズ』も観てくれたかしら? いや〜もう切っても切れない二作品ですわ。劇場公開ないかもってやきもきしていたけど、『アネット』と同時期に公開してくれた配給さんに感謝だよ!


SHIBUYAのTシャツを着て「渋谷で観てね〜!」というラッセルのかわいらしさ、すかさず「全国どこでも〜!」というロン兄の機転と気配りよ…これぞメイル兄弟……


オープニングを飾る、この映画のために書かれたファンファーレの歌。音源出ないかな〜とは思うけど映画だけで聴けるってのもスペシャルだねえと呟いていたらスパークスといえばのヘイチンから即答されました。有難や

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・「あなたのスパークスはどこから? 私はここから!」(再)
ハッキリ憶えてないけど、80年代ニューウェイヴ界隈ではもはや伝説になっていた気がする。『Kimono My House』もその頃追っかけで聴いた。で、その後世間一般と同じく「消えた」……とはいいたくないけど、活動していないと思っていた

・SPARKS LIVE IN JAPAN 2006┃Out One Disc
ところが2006年に『Hello Young Lovers』が出たタイミングで岸野さんが日本に呼んでくれて、そこで初めてライヴを観た(そのときの感想はこちら)。すっかり虜になって、その後はずっと聴いている。
今サイト見返してて気付いたが、バンドメンバーにジョシュ・クリングホッファーがいたのね……RHCPに参加したのが2007年からだから、それより前に観てたんだ。キェー憶えてねえ!
この時点でもう35周年、『Hello Young Lovers』は20枚目のアルバムってんだから歴史を感じずにはいられませんね……。共演も、捏造と贋作(上野耕路×久保田真吾)にSPANK HAPPY(菊地成孔 featuring 野宮真貴)というすごいメンツであった

・といえば、2012年の恒例岸野さんのお誕生日会(Out One Discのパーティ)にメイル兄弟がR&R Brothers名義で出演したこともありましたよ(そのときの様子はこちら)。ハァ〜振り返るわ



2022年04月08日(金) ■
『アネット』舞台挨拶+こまごま

レオス・カラックスは、いつの間にやら来日し、いつの間にやら帰っていきました。公開週に入って舞台挨拶が発表されたときは驚いた。出入国の条件が緩和されたタイミングとはいえ、このご時世よく来てくれた…有難う有難う……。桜の季節に来日したのは初めてだったそうです(後述リンク)。少しでも異国の春を楽しめたならうれしい。

滞在期間中めちゃめちゃ働いたようで、取材を受け、企画展を開催しているアニエス・ベーや蔦屋書店に出向き、試写会にサプライズ登壇し、遭遇したファンにも都度サインしていたようです(「会った」「サインもらった」ってツイートの多いこと!)。舞台挨拶は初日にユーロスペース、二日目に川崎、有楽町、池袋の三会場。アイドル並みのスケジュール。

そんなカラックスの舞台挨拶を、有楽町で観覧しました。上映終了後、「たった今到着しました!」と呼び込まれて入場してきたカラックス。壇上に上がってからゆったりコートを脱ぎ、ペットボトルのドリンク(「お〜いお茶」だったかと)を床に置き、椅子に深く座りました。タバコが吸えず口寂しかったのか、お茶、何度も飲んでた。左手でキャップ開けてました。

ティーチインの形式になっており、質問は事前にtwitterで募集しておいたものだったので段取りもよく、落ち着いて話が聞けてよかったです。司会は矢田部吉彦さん。印象的だったところをおぼえがき。記憶で起こしているのでそのままではありません。

・(「緑色」について)もともと大好きな色で、家のインテリアにも緑色のものが多くあるくらいなのですが、フィルム撮影だと理想の緑色にならなかったんです。照明の具合によって変に明るい色になってしまう。その後デジタル撮影に移行して、(『TOKYO!』の)「メルド」はうまくいきました。今回も大好きな緑色が撮れました
フィルムで緑色を撮るのは難しいんだな。この話を思い出しました。

(誤)思考錯誤→(正)試行錯誤。ちなみにチャヌクと組んだ撮影監督はチョン・ジョンフン、『新しき世界』の撮影も手がけている方です。
そういえば上映前『オールドボーイ』の予告編流れたわ。4Kリストアで映像が鮮明になったため、レーティングが上がってR18+になったそうで(微笑)

・自分は演技のプロでもないし、特別な技術を持った撮影監督でもありません。監督は何も持っていないので、ひととの出会いこそが大切
ひとと出会い、新しい技術を取り入れ、実験を繰り返す。こうしてカラックスは「大好きな映画」をずっと更新し続けている。
あと「自分は作曲出来ないので、好きじゃない音楽を持ってこられたらどうやって断るかを考えないといけない」っていってたのが面白かった

・(フランスを代表する映画監督として、映画界について思うところは)最初に覚えた言語は英語ですし、私にはいろんな血が入っている。フランス、アメリカ、ドイツ、ロシア……クォータークォータークォータークォーターなんですよ。ナショナリズムは稀薄です。フランスを意識して映画は撮っていませんし、背負っているという意識もありません

・(アダムとマリオンについて)アダムはTVシリーズの『GIRLS』で知ったのですが、とても変わった顔だと思いました。身体も大きく、とても変わっている。お猿さんみたいだと思いました。ドニ・ラヴァンもそうでした。以前飼っていたことがあるくらい、猿が大好きなんです。撮ってみたいと思いました。マリオンはクランクインの数ヶ月前にやっと決まりました。最初アメリカの俳優を探していたのですがうまくいかず、諦めかけていたときマリオンが現れました。素晴らしい仕事をしてくれました

・(「死んだらどうなると思いますか?」という質問に、満面の笑みで)Thank You.(笑)まず電気はないでしょうね。闇なのでしょう。死後の世界より死ぬ直前の方に興味があります
矢田部さんが「これ私が訊くんじゃないですからね、こういう質問があったからですよ」とすごい気遣っていた。それも全部通訳されていた(笑)。映画の内容に関して同じことを何度も訊かれていただろうし、こういう毛色の変わった質問が新鮮だったのかも

・(「気が早いかもしれませんが、次回作は?」という質問にも笑って)いつも間が空くので何もしてないと思われるかも知れないんですが、日々仕事をしているんですよ。『ホーリー・モーターズ』から『アネット』の間にも、出資者が見つからず頓挫した企画があります。その間に旅行したり、恋をしたり、読書をしたり、病気になったり。皆さんと同じです。構想を練ったり、資料を集めたり
そうね…観客は無責任に「次は何年後かしらねえ」なんて気軽にいっちゃうけど、映画をつくるのって本当にたいへん。お金のことをカラックスがいうと重みが違うわ……。「皆さんと同じです」といったのが印象的でした

和やかな雰囲気のなか、30分のティーチインは終了。通訳の方がすぐに退場され、壇上に取り残されたカラックス。コートに一度袖を通したのですが、また脱いで手に持ち、お茶を取り、えっとどうしよう、みたいにモタモタしてた(失礼)のがかわいかったです。

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その他こまごま。

・「アネット」アダム・ドライバーと古舘寛治の起用理由とは、レオス・カラックスが語る(イベントレポート)┃映画ナタリー
ユーロスペースでの初日舞台挨拶の模様。
(9年ぶりの来日と紹介され)「実は今回の作品を製作している堀越謙三さんやアネットの人形制作者に会うために一度来ています」
「桜の季節に来日するのは初めて。今まではずっと秋だった。東京を歩き回るのが好きです。とってもエレガントな部分と、ちょっと下品で猥雑な部分が同居しているのが面白い」
カラックスと縁深く、今作のプロデューサーにも名を連ねている堀越謙三さんは、ユーロスペース代表でもあります。来日するとユーロがベースになりますね。下のカフェで打ち合わせもしていたとか


そういえばこのシーンっていつ撮ったんだろう? その「一度来」たときに撮ったのか、日本の撮影チームに任せたのか

・宇田川町で半世紀「シスコ坂」の生みの親 柳光商事 一柳弘子さん インタビュー┃シブテナ
シスコ坂ってチョイス最高じゃんねえ

・アネット┃ユーロスペース
「アネット役は当初から人形の予定で、日本の人形作家を含めさまざまな試作が行われたが、現場で操作可能という条件で仏のエステル・シャルリエが様々な年齢のアネットの顔を、ロミュアルド・コリネが胴体とテクニカル面すべてを担当」
いろんな人形を検討していたようです。日本ではどの作家さんと会ったのかな。川本喜八郎に会えたらよかったのになんて妄想もしましたが、シャルリエとコリネによるベイビー・アネットは素晴らしかった!

・ANNETTE PUPPET┃la pendue & Estelle Charlier
シャルリエとコリネの人形劇団、「ラ・パンデュ」。劇団のサイトにアネットの制作について載っています

・ポリシネルでござる!┃SPAC
・<#34>「まるふ」演目紹介� 悒櫂螢轡優襪任瓦兇襦�』┃SPAC 制作部よもやまブログ
ラ・パンデュは、2013年にSPACで公演を行なっていました。わー観てみたかったな〜!


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おまけ。


ユーロスペースのカフェは、2014年迄Café Théoというお店だったのでした(twitterのアカウント残っててうれしい)。テオはカラックスの愛犬。『ホーリー・モーターズ』や『アネット』に登場しているJavelot(『アネット』の最後、いぬの鳴き声とともに恐らくカラックスの「ジャーヴロ〜!」という声が聴こえます)は、テオの孫にあたるそうです

・Director Leos Carax's lost dog found after Adam Driver's appeal┃BBC News
・Adam Driver Successfully Leads Mission to Find Leos Carax’s Missing Dog on ‘Annette’ Set┃IndieWire
ちなみにジャヴロ、『アネット』の撮影中行方不明になりました。クラブでの撮影時、車の往来に驚いて逃げ出してしまったとのこと。
アダムが捜索願いの動画を作成。「家族の一員です」「見つけてくれた方には映画に出演してもらうとか、子供の名前を僕がつけるとか、お礼をします」……ナイスガイ! さてこの発見者の方、『アネット』に出演したのでしょうか


SNSをやっていないアダムに代わって、マーク・ハミルが動画を拡散(いいひと〜)。その流れを今も見られるという……いい時代になったものだ。見つかってよかった、ジャヴロはまだまだカラックスの傍にいてほしいな



2022年04月02日(土) ■
『アネット』

『アネット』@角川シネマ有楽町 スクリーン1


“So May We Start”と唄い乍ら夜の街に繰り出した一群は、“Bon Voyage!”と声を掛け合い、それぞれの役目を果たすため別れていく。ここはアメリカ、ロサンゼルス。「やめろ」というパトカーからの警告を背に、ウィッグと衣装を受け取ったアダム・ドライバーはヘンリーの人生を、車に乗り込んだマリオン・コティヤールはアンの人生を生きる。さあ、息を止める時間だ。観客は死への道程を覗き込む。

『ホーリー・モーターズ』以来、8年ぶりのレオス・カラックスの新作は、生まれて生きて死んでいった、生まれて生きて死へと向かう全ての人々に贈られる。そして何より、カラックスの娘ナースチャに贈られる。

スパークスの原案による物語と音楽。カラックス初のミュージカル。常に音楽とともにある映画を撮り続けてきたカラックスのこと、不安など微塵もなかったが、舞台がアメリカだということだけが不思議だった。しかし一目(聴)瞭然、生き馬の目を抜くショウビズの世界と、正義を信条とする“群衆”を描くのにアメリカはうってつけだ。スーパーボウル(劇中ではハイパーボウルとなっている)が象徴的。アメリカ最大のスポーツイヴェントのハーフタイムには、巨額の金がかかり、人々の注目が集まる。罪も赦しも、人生の全てがエンタメになる。

アメリカから冷遇されているスパークスと、映画界の異端児カラックス。両者の出会いは、普遍の傑作を生み出した。だから彼らは、いつでもどこでも愛される。

スタンダップ・コメディアンは舞台袖でバスローブのフードを被り、観客と闘うかのようになシャドウボクシング。オペラ歌手は楽屋で顔にシートマスクを置き、死体のようなポーズでストレッチ。彼らには、観客に対峙するための仮面が必要だ。観客は常に時代の空気に敏感で、気まぐれで傲慢、残酷な存在。仮面と強靱な身体をもって観客を挑発し笑わせる“道化”は、観客=“王”の寵愛を失うと同時に破滅へと向かう。美しい容姿と磨き上げた声でもって、日々観客の生贄となるべく死を演じるオペラ歌手は、死してなお娘の声を盗む。観客は彼らを前に笑い、死に、涙を流し、救われる。

描かれる世界は、カラックスの個人史と切り離せないものになっている。観客が知っていることは彼の人生のほんの一部でしかないが、それでも彼の映画には虚構と現実が入り交じっていることを意識せずにはいられない。それは映画の登場人物たちにも侵食していく。丸窓から“悪い父親”を目撃するアネットに『ホーリー・モーターズ』のナースチャ・ゴルベワ・カラックスを投影する。赤を帯びたショートヘアから、暗い色のロングヘアの亡霊へと変貌するアンにカテリーナ・ゴルベワを。ヘンリーの贅肉のない裸体と緑の衣装にドニ・ラヴァンを。アンのショートカットの変遷とオレンジがかった黄色の衣装にミレイユ・ペリエを、ジュリエット・ビノシュを。ヘンリーを演じる役者はアダムという名前を持ち、マリオン演じるアンは幾度も禁断の果実である林檎を口にする。マリオンのアンは出産のとき「Shit」ではなく母語の「Merde」と口走る。スパークスのふたりはヘンリーとアンのストーリーに突然現れ、忽然と消える。実人生と演技は地続き。映画はどの空間とも時間とも往来出来る。リフレインを多用するスパークスの曲は、あらゆる人生をあっけらかんと唄い上げる。悪夢のように、子守唄のように。

溢れる音楽、規則性のあるキーカラー、(特にアダムの)物語る身体。CGではなく実体があるパペット/マリオネット。ベイビー・アネットは人形から生身の人間になる。父に、母に操られることのない自分を取り戻し去っていく。人形から人間になっても、刻まれた額の傷は消えない。映画のなかで変態する彼女は、虚構を現実と繋ぐ。映画は人生だ。作り手だけでなく、観客にとっても。こうして映画の中の登場人物と同様、観客には消えない傷が刻まれる。

では、映画の中でヘンリーを葬ったように、観客(群衆)は映画にとって敵なのだろうか。『ホーリー・モーターズ』の、ミシェル・ピコリの言葉を思い出す。「美しさは見る者の瞳の中にある。では、見る者がいなくなってしまったら?」

登場人物たちが任務を終えた。再び還る場所は森だ。言語が混ざり合い、どこの国かも示されないその闇は、カラックスが、そして映画のもとに集う人々(犬も!)が帰る場所だ。「息すらも止めて、ご覧ください」。そこは息をする必要すらない者たちもいる空間。時間も場所も、彼らには意味のないこと。いつでも会える。

犬が吠える。カラックスが呼んでいる。ランタンを手にパレードは続く。彼らの持つ光を道標に、闇のなか目指す。映画へ、映画館へ。傲慢な観客を、映画は受け入れてくれる。

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・『アネット』レオス・カラックスの人生と深く結びつく「変奏」┃CINEMORE
宮代大嗣さんによる愛溢れるレヴュー

・「ミュージカル映画から逸脱しつつも、その枠組みにフィットするような作品でもありたかった」映画『アネット』に描かれるスパークスの“逸脱と継承の美学”┃TURN
「『アネット』がポップスというフレームワークみたいなものに、どこかにフィットするかと問われると、実はどこにもフィットするところがないんだよ。確かに親やすい何かはあるんだけど、だからって、過去に観たことがあるあの作品と似てるね! みたいなのはない。そういうところもスパークスと同じだと思うよ。」
すごくいいスパークスのインタヴューなんだけど一箇所だけ、“デヴィッド・ボウイの「Modern Love」が流れる”のは『ポンヌフの恋人』ではなく『汚れた血』だよ〜

・フランスと日本を映画で繋いだ人、吉武美知子。┃madameFIGARO.jp
吉武さんには『アネット』を観てもらいたかった。いや、きっと闇から観ているだろう

その他こまごまネタは明日の頁に書きます。