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2024年11月30日(土) ■
大駱駝艦・天賦典式『脳-BRAIN-』
大駱駝艦・天賦典式『脳-BRAIN-』@世田谷パブリックシアター大駱駝艦 天賦典式『脳-BRAIN-』たかだか20ワットの電力で動く脳に人間は何故支配されるのか、自らをも滅ぼしかねない程に。 全員が全編出ずっぱりって近年なかったかも。毎回素晴らしいけど今回は特にシビれた[image or embed]
— kai (@flower-lens.bsky.social ) 2024年11月30日 18:44 全員全編出ずっぱり、誰がどこに出ていても場が“持つ”。集団の充実を感じる。「すごい活きのいいダンサーがいる!」と感じたひとが何人もいたんだけど皆さん白塗りなので顔が照会しづらい(笑)誰なの〜。 記憶違いでなければ、天賦典式での麿さんは中盤や終盤に出てきてソロを踊ることが続いていたように思う。それが今回、麿さんも全編出ずっぱりだった。ときどきサポートが加わる場面もあったけど、それは衣裳を脱がせたりといった黒衣的な役割に留まる。筋肉質な上半身を晒し、観客に向けられた背中の猛々しさ、神々しさに見入る。フランソワ・シェニョーとの『ゴールドシャワー』 を経て、肉体が若返ったかのような印象すら受けた。ゆっくりではあるが、屈んだり立ち上がる動きにもブレがない──いや、ゆっくりな動きにこそ、より筋力が必要なのではないか──膝の屈伸にしても、麿さんの年齢を考えると驚異的でもある。 そう、今回“舞踏”における膝の重要性に改めて気づかされる思いでもあった。腰を下ろしたままの摺り足、コサックダンスのような姿勢のまま、極力足の裏を地面から離さず素早く移動する。特に今回、両掌にルミジュエルを着けていたダンサーがすごかった。誰ー! 全員で大地を“踏む”音の力強さは、大駱駝艦という集団の魅力を際立たせる。 集団は呻き、叫び、近づいては離れ、頭を布で覆って立つ。機関銃のような音とともに倒れていく。しかしまたゆっくりと立ち上がる。また撃たれる。また立ち上がる。そしてまた……繰り返されたこの場面には中東地域の惨事を想起させ、人間の残虐性を浮かび上がらせる。体重のたった2%、消費電力はわずか20ワット。脳という器官が“発明”する恐ろしい所業の数々に戦慄する。自らをも滅ぼしかねない、いや、既に滅ぼしつつある人類の行く末を思う。衣裳(富永美夏)と美術(大津英輔)は白とシルバーが基調。シナプスや血管、リンパ管を連想させるカラフルなワイヤーやロープがアクセント。土井啓輔、ジェフ・ミルズの音楽は彼岸と此岸、原子と電子を往来するかのよう。 東京での天賦典式は2022年以来だと記憶しているが、そのときの『ラララ サピエンス』 からの流れを汲んでいるのだろうか、近作には歌のコーナーがある。全員で唄う脳の、人間の行方。大駱駝艦の機関誌『をどる』の巻頭には、公演にあたり麿さんからのメッセージが記されているのだが、それが歌詞になっている。 「フィナーレ」と題されるカーテンコール。能における「仕舞」 、「まろー!」と大向こう。“一差し”舞う、貫禄と瑞々しさを併せ持つ麿さんの姿には、いつも涙してしまう。またの逢瀬を楽しみに。 終演後、外国人の観客が「Wao, Wao!」といい乍ら退場していてなんだかにっこり。鑑賞にあたっての諸注意が開演前に日本語と英語で流れるんだけど、コロナ禍真っ只中のときは英語のアナウンスがなかった んですよね。今回は英語も復活してた。でも自動音声になってたような……? 過去は艦員と思われるジャパニーズアクセントの英語が流れ、それを聴くのも好きな時間でした。 ----- 今年の秋、座・高円寺で開催された堂本教子さんの展覧会に飾られていた写真。その後カフェの展示も観に行けました。 長らく大駱駝艦や麿さんの舞台衣裳を担当していた堂本さんが亡くなったのは、昨年の12月。今回の公演は、没後初の天賦典式だったんじゃないかな。 堂本さんが衣裳を手掛けるようになってから、大駱駝艦は“衣を纏う”美しさを手に入れた。それ迄は男女ともに腰蓑のみで踊ることが多く、(白塗りや金粉というレイヤーはあれど)おどろおどろしさが前面に出ていた。堂本さんの衣裳は時代を捉え、グロテスクに洗練を持ち込んだ。“暗黒”と呼ばれる舞踏が幅広い観客から継続して愛されているのは、堂本さんの貢献も大きかったと思っている。 大駱駝艦に限らず、本当に多くのダンス公演の衣裳を手掛けられていた。大きな損失。ご冥福をお祈り致します ・世田谷パブリックシアターも改修工事のため2026年4月1日から一時休館とのこと。一時的ではあれ使えなくなる劇場がどんどん増えていく。大駱駝艦もそうだが、定期的にここで公演を打っている団体はどうするのだろう ・国立劇場も、そこにあるのに使えないという状態。青山円形劇場もそう。ずーーーっといい続ける、返してほしい
2024年11月27日(水) ■
『君の心にRUN-NEW! パール兄弟2024
『君の心にRUN-NEW! パール兄弟2024』@Shibuya CLUB QUATTRO 昨年も「TRON岬」や「青いキングダム」で、あのシンセの音が聴こえないことに愕然としたのだった。まだ慣れないな。 ----- サエキけんぞう(vo) 窪田晴男(g、cho) バカボン鈴木(b、cho) 松永俊弥(drs、cho) --- Guest: いまみちともたか(g、vo) 鈴木桃子 from COSA NOSTRA(vo) 小田玲子 from COSA NOSTRA(vo) ----- 再来年のデビュー40周年を渋公で祝うべく、着々と準備を進めているサエキさん。チェキ会を始めたことには驚いたけど、YouTubeチャンネルも開設し、ファンサとプロモーションに抜かりない。ライヴでは段取りもしっかり、MCも進行も考え抜いているのはいつものことで、その分相手の話を流したり強引に片付けたりするのもいつものこと。慣れているこちらは苦笑するばかりなのだが、今回は若干ヒヤヒヤしましたわ。ゲスト相手にそれかい! ひとの話をちゃんと聞け! コンプラ的にも結構ギリギリな言動ありで、サエキさんそういうとこ本当に危うい。渋公で同じこといったら炎上しそうだよと真顔になる。皆さん寛大で有難い話です。 それはともかく、サエキさんって今がいちばん声出てるし安定してますよね。ボイトレの効果が確実に出ている。マイケル・ジャクソンやカート・コバーンを手がけた方が先生だとか。マイケルのことはずっといってたけど、カートもだったのか。てかカートもボイトレしてたんだーという驚きがあった。 YouTubeチャンネルの告知、物販紹介、新曲の紹介とその歌詞の説明、振付指導、ゲストの紹介と告知、そして衣裳+メイク替え。サエキさんにはやることがいっぱいある(笑)。でも今回は、窪田さんのセッティング待ちの場面が多く見られた。一昨年亡くなったパール兄弟の末っ子、ヤッシーこと矢代恒彦の穴は大きい。昨年開催された『ありがとう、ヤッシー』 のとき、窪田さんは困り果てているようだった。このときのライヴでは吉田仁郎さんがサポートで入り、音源から抽出したヤッシーの音と共演する場面もあったが、今回はガチで4人(トリオ+ヴォーカル)。バンマスでもある窪田さんはバンドアレンジとともに自分のセッティングもかなり変えたようで、本番数日前に「(当時と)位相が違うんで、それの補正に今ほんっとに時間がかかってて」「なんとか当日迄に間に合わせようと思ってますが」「必死にやっておりますので」 なんてこともいっていた。試行錯誤が続いていることが窺えた。 エフェクターを多用しギターの音色をカラフルに、というのはパール兄弟の基本に立ち返ったようでもあるけれど、ヤッシーのいた時間は本当に長く、それを聴いてきたこちらの時間も相応に長い。音の不在により、彼の貢献を思い知らされる。しかしバンドは逆行を拒み、前に進もうとしている。 上手側で観ていたのだが、「色以下」のとき姿が見えなくなったのは座奏していたんだろうか? あれのアルペジオからエフェクター切り替えてカッティングにすぐ入るの、たいへんそうだもんね。「バカヤロウは愛の言葉」のイントロを1オクターブ下げていたのは何故だろう? まだまだ試してみたいことがあるのかもしれない。必死の形相が垣間見えたけれど、演奏はやはり“あの”窪田晴男の音だった。サエキさんに「当日に間に合ったね」といわれた窪田さんは「まだ途中だから。最後迄行けるかわからないから」なんて応えていた。聴き手は出されたものをおいしくいただいたけど、どうだろ、本人は納得いくものが出来たかな。フロアから何度も「ハルヲー!」と野太い声がかかっていたことが印象的。 衣裳が私服(?)だったことにもちょっと驚いた。これ迄はシャツだけでもお揃いとかにしてたよね? 普段着のようなフーディやシャツ+ジーンズで、彼らはステージに立っていた。皆さん自分に似合うものを知ってる感じでオシャレでしたね(窪田さん以外。いや、この方は独自の道を進んでいるので……)。松永さんの髪色は理想だなー。ロマンスグレー通り越してシルバーフォックスみたいな白髪。 (20241201追記) なんと今回の衣装は オシャレ番長の松永俊弥セレクト だったとのこと。え、えーと窪田さんのも!? 広く見えていたステージの空間は、ゲストを迎えることで埋まっていった。鈴木さんと小田さんが登場すると、場が一気に華やかになる。高いトーンの、芯のある歌声。COSA NOSTRAが再始動、翌々日に自分たちのライヴがあるのに来てくれた。桜井鉄太郎繋がりでもあるが、ナイトクラビングでの交流は長い様子。こういう夜遊びの時間をともに過ごした友人がいるっての、いいよねえ。かつてパール兄弟には、ゆうことあけみというコーラスサポートがいて(彼女たちも夜遊びの流れでスカウトしたんじゃなかったっけか)、ライヴでは彼女たちの歌声がフィーチャーされた楽曲もあった。そのことを思い出した。「フラミンゴひとりぼっち」(レア!)ってこんなに女声が似合うのね! リリースされて36年(!)、ここでまた新しい発見があるとは! いやーいいもの聴いた。 そしていまみちともたか! ストラト! ホントずっとブレずに格好いいな! 窪田さんのアコースティックユニットshiroとの交流や、デビュー前バカボンと同じコンテストに出ていた! という秘話も披露され(「楽屋で『マンブル・マーフィーってバンドやってましたよね』って訊かれてビックリした!」そうです)、BARBEE BOYSのデビューが1984年でパールより早いという流れから、イマサを先輩と呼び終始敬語で話すサエキさんに「先輩先輩っていうけどそっちの方が歳上じゃない!」「恐縮してるんですよ!」とドギマギするイマサという貴重なものも見られた。「(別のバンドで)先にデビューしてるじゃない!」とツッコまれ、「ええ、ホントのデビューは1980年……」とモゴモゴ答えるサエキさんという図にもウケた。ハルメンズのことですね(笑)。 それにしても、同年代(てかふたり、同い歳なんですね)のギタリストとギラギラバチバチの窪田晴男は初めて見たかも。同年代のバンドは「(悔しくなるので)聴かない」というアティテュードだったそうで、「ライバルじゃなくて敵だよ敵!」なんて珍しく口調もぞんざい(笑)。イマサの「新宿 Feather Touch」を紹介するときも「ワタクシの師匠筋であるルー・リードの『ワイルドサイドを歩け』、ゲイは都会に来いよ! 自由があるぜ! という歌ですけども、これはそのゲイの親の視線から書いたものなんですよ(ここでフロアからどよめき)! カーッ、よく思いついたなと! 褒めたくないくらいいい歌なの!」と悔しがっていました。いやー珍しいよ、こんなにキーッてなってる窪田さん。 それに応えてイマサがいうには「僕も窪田くんもさ、東京出身でさ、でも新宿行くとさ、地方から出てきてイキってる子ばっかりでさ、でも話聞くとさ、実家から仕送りもらったりさ、米送ってもらったりしててさ、たまには帰省した方がいいかなあなんていってる訳」「男と女のことばっかり書いててもさ、何無理してんだっていわれる年齢だしさ」。語尾に「〜さ、」がつくのが都会の子って感じだわ…VIBRASTONEの「Hoo! Ei! Ho!」みたいだわ……などと思う。ちなみにこの「新宿 Feather Touch」、つくった当時やってたバンド、ヒトサライに持って行ったんだけどヴォーカルの椎名純平が唄いたがらなかったのでソロに入れた、とのこと。それを受けて窪田さん、「ああ〜あの子にはまだ早いんじゃないかな」だって(笑)。 何故こんなにイマサと窪田さんが長々話していたかというと、サエキさんがお色直しで引っ込んでしまったからです。窪田さん曰く「やりたいんだって」「無謀だよね〜」。この1曲のためだけの衣裳替えとメイクだったので、終わったらいそいそとハケ、しれっと元の姿になって戻ってきた。珍しく説明が全くなかった。こちらとしては敵同士(笑)の会話を沢山聴けて楽しかったです。 リハは勿論してるだろうけど、イマサは譜面もなしで(メンバーは譜面用意してるもんね)インプロで絡んでいた部分も多かったような。それがまた格好よくてね。「アニマル銀行」「快楽の季節」のツインギターにはシビれた。「この鉄壁のリズム隊と演奏出来るなんて」と仰ってて、こっち迄うれしくなっちゃった。男性陣には握手、女性陣にはハグ、窪田には握手とハグをして去って行ったジェントルイマサでした。 昨年初披露された「僕らはここにいる」は、去っていく友人や恩人への歌でもある。岡田徹さんや教授の話も出てしみじみ。長く続けるって本当にたいへんなことだし、続くこと自体が奇跡でしかないんだなと思った夜でした。で、奇跡が続くとこんな夜が訪れる。これもまた奇跡。やっぱすごいバンドだな。個人的ハイライトは「真赤なリヴォルーション」。窪田、バカボン、松永による演奏の地力に脱帽。凄まじすぎて「うわ、うわわわ」と思わず驚嘆の声が漏れた程でした。 ----- イマサのtwitter、本文がいつも五七五なのね。こういう拘りも格好いいよねー。COSA NOSTRAのおふたりも素敵! ・クアトロの水回りの老朽化が激しく(トイレの閉鎖具合よ……)、ここもそろそろ建て替えなんじゃなかろうかとドキドキする。クアトロは残って欲しいな。渋谷内でうまいこと移転出来ないかしら
2024年11月20日(水) ■
mouse on the keys『4th Full Album “midnight” Showcase FRACTREGION Vol.3 Live at EX THEATER ROPPONGI』
mouse on the keys『4th Full Album “midnight” Showcase FRACTREGION Vol.3 Live at EX THEATER ROPPONGI』@EX THEATER ROPPONGI --- mouse on the keys:川��昭(drs)、新留大介(key)、白枝匠充(pf、key) Guest musicians:Loraine James(electronics)、徳澤青弦(vc)、常田俊太郎(vln)、Taikimen(mar)、飛田雅弘(g、perc)、山��聖之(drs、perc)、坂本和哉(drs、perc)、bonstar(tt)、佐々木大輔(tp) --- rokapenis(VJ)、Hello1103(VJ) --- 実質2列目だったのに本編中1/3はステージが全く見えなかったという……1FS席にした意味! こんなことなら2F席で視界のひらけた全景を観たかった、あるいはスタンディング前方でどっぷり没入したかった〜! 以下今後の参考にするべく記録を残します。なんだかいろ〜んな要因があるような気がするよ……。 先に本編の感想を書いておくと、リリースされたばかりの最新作『midnight』の再現といってもいい内容。ヴァイオリンとチェロの摩弦楽器、パーカッション×2、マリンバ(レコーディングではシロフォンとヴィブラフォンでクレジットされていたけど、ライヴではマリンバでカヴァーしてました)、ターンテーブル等、レコーディングに参加したゲストミュージシャンを招聘し、ポストクラシカルとエレクトロニックミュージックを映像や照明含めたインスタレーションとして見せる意気込みが伝わりました。相当準備したのだろうなあという印象。だからこそ前で突っ立ってる客の背中やリュックしか 見えない状態での鑑賞はストレス溜まりまくりであった。仕方ない、音に集中しようと思っても、演奏以外のノイズ(後述)が多過ぎてそれも出来ず。7月のFEVER でも視界はなかったが、あのときは演奏そのものに重点があったのでここ迄辛くはなかったのよね。 アンコールは鉄板の「completed nihilism〜spectres de mouse」と「最後の晩餐」。従来(といっても、バンドにとってはもはや過去なのかもしれないね)のアグレッシヴな演奏で盛り上がりましたが、あんなにバラバラになった「spectres de mouse」は初めて聴いた。最初ズレに気付いた(おそらく)川��さんが拍を増やして元に戻そうとしたんだけど、同じタイミングで新留さんも白枝さんもそれぞれリフを増やしちゃったんですよね。なのでズレたままでどんどん進んじゃって…よく持ち堪えたな……と逆に感心するくらいであった。白枝さんがアドリブのフレーズを入れて起点を探ろうとしていたところが新鮮だったなー。正統派なジャズの手法だったように思われ、それって意外と今迄のmotkにはないものだったので。 Loreine JamesはオープニングDJ迄やってくれました。ハラカミくんの曲かけてくれて開演前から泣いた(反射)。 ----- 以下愚痴。うーん、でもこれって、会場のオペレーションだけがダメだったとはいいきれない。いろいろ思うところがありましたのでおぼえがきを残しておく。 ・いたのは1FS席、前方上手側の通路(階段)横 ・なので、被害に遭ったのはこのエリア付近の10人くらいだったとは思う。少数だけどさ…でも落ち着いて観たいからS席とったのにさ…… ・当日会場に着くとゲスト(招待客、関係者)受付が長蛇の列。開演時間が過ぎても入りきらなかったそうで、結局始まったのは19:29(本当の開演時間は19:00)。遅れたことについてのアナウンスはなし ・開演したあとも、3〜4人のグループ客が断続的に入ってくるというのが1時間近く続く。これがまーうるさい ・今回スタンディングエリアへの入場口が、1F席後方から入る上手側階段しかなかったんですね(左右のドアは閉鎖されていた) ・EX THEATERのステージと客席は可動式なので、この階段というのが据え付けじゃないから足音がすごく響く。本当にうるさい ・今回『midnight』再現セットだったので繊細な音が続く演奏だったんです。そんななかドカドカと上ったり下りたり ・この遅れて入ってきた客の殆どがゲスト入場だったと思うんだけど、ゲストはスタンディングに入ってくださいって案内されたのかな? ・開演前既にスタンディングエリアはパンパンだったんだけど、それを知らずに遅れて入ってきた客が椅子席との境目で詰まりまくる ・開演しちゃってるからフロアが暗くて、どこに隙間があるか見えないのでそのまま階段に突っ立って観ちゃう ・階段付近の座っている客は、それに遮られてステージが全く見えなくなる ・注意に来るスタッフなどいない ・で、突っ立って(はー怒りのあまり突っ立ってを3回も使ってしまった。あ、4回目)観てた客はフロアに降りれないやーとまたドカドカ階段を上っていく ・まあゲストはゲストで気の毒ですよね、案内された先に入れなかったんだから。家族づれもまあまあいてさ ・フロアを出て行ったひとたちはその後どこで観てたんだろう、そのまま帰っちゃったのかな? ・ついでにいうとオフィシャルのカメラマンも座席前に立ちふさがって写真撮ってた。あんまりだ ・これは以前からちょくちょくあったことだけどな。映えるからこの位置で撮りたくもなりますよね〜。これからライヴレポとかでアップされる美しい画像の陰で泣いているひとがいますよ〜 ・要は招待客と関係者を呼び過ぎていた。ショウケースと銘打っていたのはこのことかと思ったんだけど、バンドのプレゼンとして各方面にアピールしたかったんでしょうかね ・招待があったからなんとなく来たってひとも結構いたんじゃないかなー。そんなに興味もないから出たり入ったりの頻度がすごいのよ…… ・チケット発券がかなり当日に迫ってからだった。ステージプランが決定するのが遅かったからだろうが、それってチケットの売れ具合から判断してスタンディングエリアを調整していたのかなあと邪推 ・ゲストをスタンディングに入れるんだったらもっとスタンディングエリア広くすればよかったじゃーん! -----一昨年のひらしんでのライヴ でも思ったけど、川��さんのプランはそれなりに広いホールでないと実現出来ないものなのでしょう。確かにあの映像とバンドのシルエットがもたらす美しさを生み出すには、それに見合った空間が必要。その空間を埋められるオーディエンスをどこから集めてくるかというのは課題ですね。単純にひとが沢山来れば解決することではあるけど…でもさあ……。来るんだったら誰でもいいかというと、そういうことではないのよね。出演者は手応えあったみたいで(そりゃフロアで何が起こってたかなんて関係ないもんね)よかったですねと思いました。 あと贔屓目もあるけどロレインの扱いがなんか失礼っていうか……ロレインのこと知らないひとも多かったみたいだし。アナウンスが遅すぎたよ、あんなアウェイな環境でDJさせてさ……申し訳ない気持ちになった。 はーすみませんね、年に数回の愚痴ですので勘弁してください。
2024年11月09日(土) ■
高畠俊太郎 debut 30th anniversary live『’24←’94』
高畠俊太郎 debut 30th anniversary live『’24←’94』@Shimokitazawa 440 --- LOOP LINE PASSENGER(Eg:松平賢一、B:ノグチテッペイ、Drs:松井香趣望) special guest:ULTRA POP(Eg:岩崎崇、B:石川具幸、Drs:片野城)/DJ:Naoki Uozumi ---・15th『'09←'94』 ・20th『'14←'94』 ときて、2019年の25thはおやすみ。でも、こういっていたんです。・祝!デビュー25周年。┃brighten the corners shuntaro takabatake 25thアニバーサリーのイベントをやろうか迷っていたんですが、この前20周年やったばっかりの気がして(時間があっという間に過ぎるお年頃)アニバーサリーも得意ではないので、(中略)もし30周年まで辿り着いたらその時には10年振りにULTRA POPメンバーで集まって必ずライブをしますので、ファンのみなさんも身体に気を付けて2024年までサバイブしてください!もちろんオレらもがんばります! 信じて待って5年、コロナ禍という未曾有の出来事も起こるなか、なんとかサバイブしたわよ! そして2024年4月。 高畠俊太郎は約束を守る男だぜ。 ----- DJはウオズミくん。スミスやらイギー・ポップのカヴァーやらオアシスのカヴァーやら(ドンルクのレゲエヴァージョン。だ、誰?)かけてて血の涙が出た。フロアにはギッシリ椅子が並べられ、立ち見もいっぱい。前売りは追加も含め即完、当日券も出なかったそう。入れなくて外から聴いていた方もいたとか。 俊太郎がひとりで出てきてご挨拶。フロアを見渡して「すぐ売り切れたんで嘘でしょとか思ったんだけど、ホントにいっぱい来たね! 有難う!」とニコニコ。以下セットリストは俊太郎のツイート から引用させて頂きました。 ----- OPENING ACT■高畠俊太郎 01. クラクラ(POINTERカバー) --- いやービックリした、エレキ1本で弾き語り。今回ULTRA POP、AUTO PILOT(ウオズミくん)、最新のLOOP LINE PASSENGERと俊太郎のキャリアが揃っているけど、POINTERだけはないんだなー(あとニヤニヤか。えーと、あれは……でもニヤニヤはフジにも出てるんだぜ・笑)と思っていたのでうれしかったなあ。先月から立て続けにULTRA POPもAUTO PILOTもサブスクに入り、残るは(俊太郎ソロと)POINTERだがどうかな……と思っていたところだった。 俊太郎の声は、いつでもいきなりトップギア。第一声からひとの心を鷲掴みにする。■LOOP LINE PASSENGER 01. luck one 02. 相対論 03. SUPER MAN 04. surf loop rider 05. hum as you go 06. INNOCENT 07. flags 08. slider 09. FUNNY FACE 10. she is on holiday 11. blighten --- タイトルにも歌詞にも、馴染みのワードが散りばめられている。俊太郎の光の部分が詰まった楽曲ばかり。ずっと笑顔が絶えなくて、皆が楽しそうで、バンドの状態がとてもいいことを感じさせてくれた。本人もいってたけど「あるときから吹っ切れてチューチューとか唄うフレーズ入れるようになった」「信じられないでしょ?(笑)」。全員がユニゾンで唄う曲も。カスミさんの澄んだ声のコーラスが「おじさんたちのむさ苦しい歌を爽やかにしてくれる」そうです(にっこり)。 ギター2本によるリフの絡みにシビれる。松平さんとは「いちばん長く一緒にやってるギタリストになった」。そうですね……思えばギターの相棒はしょっちゅう変わっていた。ギターだけでなくバンドも、継続活動としてはLLPがいちばん長い。オリジナルフルアルバムが複数枚出ているのもLLPだけだ。メンバーのやりとりには家族のような空気が流れていた。「踊りたいでしょ?」「手とかあげて、フーっていったりしていいんだよ?(笑)」。確かにこれはスタンディングで聴いて騒ぎたいね! 俊太郎はずっと笑っていた。 俊太郎にはULTRA POPとPOINTER、AUTO PILOTとLOOP LINE PASSENGERの間に(もしかしたらPOINTERとAUTO PILOTの間にもあったかもしれない)「高畠俊太郎BAND」という名義のバンドが存在する。メンバーを集めつつ、新しいバンドのカラーを構築していく。「高畠俊太郎BAND」からLLPへの流れは、カスミさんの度胸がバンドのカラーを決定づけたように感じる。全員が弾けるような笑顔のアー写も最高。ソロ名義の作品も発表しているが、俊太郎にはやはりバンドが似合う。拘りもあるのかもしれないが、そもそもずっとバンドが好きなんだろうな。 「次はULTRA POP先輩が登場です」「怖いんだよ、先輩だから」との言葉を残してインターミッション。 岩崎さんの機材(配線?)がトラブっていたのかセッティングに時間がかかる。ハコのスタッフやトモさんが様子を窺い、裏から部品を出してきたりしている。そのうちサングラスにローゼズTシャツ姿の俊太郎が出てきてどよめきが起こる。「俊太郎!」と声が掛かり、ちらりとそちらを向いたが無口のまま。あ、ULTRA POPの俊太郎だ。■ULTRA POP 01. warter color 02. マリコ 03. メリーゴーランド 04. let bygones be bygones 05. I have a money 06. ポーギー en. YELLOW BODY --- それ迄の和やかな空気は何処へやら。緩やか乍ら緊張感溢れる「warter color」でスタート、ギターの轟音に聴き入る。続いてあの(!)ギターのリフから、城くんの激重フィルイン! 「マリコ」!!! この殺気!!! 見かけの印象は皆さんだいぶ柔らかくなったけど、それでもこの4人が揃うと震え上がるような切れ味で音を突きつけてくる。「先輩と幼馴染で」組んだバンドの阿吽の呼吸は、10年ぶりでも変わらない。 ハンドマイクに持ち替えた俊太郎が「いやあ、キャラクターがあるんでね」とやっと喋り出す。「アンケートで同じ楽屋になりたくないバンドに選ばれたことがあって」。それLÄ-PPISCHもそうだった(笑)。「楽屋でゲームやってただけなんだけどね、ファミコンやってただけ」。 確かにメジャー時代のULTRA POPって、そういう(どういう)クールで怖いイメージだったよね…閉じてるというか……。インディーズ時代は音にも見てくれにもカラッとした明るさがあったけど。あれは本人たちの意志だったのか、大人たち(というか、レコ社とか事務所)が打ち出した方向性だったのか。「あの頃は世界を変えられると思ってた」。聴き手としてはそのどちらにも魅了されていたし、その思いは今でも変わらない。 後半は初期のナンバー揃い。「OK行くぜ、」「キメようぜー」。あちこちから悲鳴に近い歓声。音源にも入っている台詞(?)から「let bygones be bygones」! 思い入れのあるひとが多いようで(私もそう)、涙ぐんでいるひとも(私もそう)。それにしても、十代そこそこでこんな歌詞を書いていたのかと思うと恐ろしい。達観と諦観を描いているのに、何故いつ聴いても瑞々しいのだろう。人生のサウンドトラック。 「『〜money』知ってるひと相当だよ? カセットにしか入ってないもん」といっていたけど、フロアの反応からして殆どのひとが知っていたと思われる。自分たちがつくったものを、ずっとだいじにしている。それは聴き手も同様で、ずっとだいじに聴いてきたし、これからも聴いていく。 LÄ-PPISCH好きにはお馴染み、青森放送(当時)の橋本康成さんが(来てたのね!)「こんなペラペラ喋る30年後は予想してなかったなー」 なんていっていた。ホントにね。同じ事務所だったこともあってか、ULTRA POPはLÄ-PPISCHと同じメディアから好かれていた。長く見ているひと程驚くかもしれない。そして、長く見ていられることを幸せに思う。 そういえば俊太郎、15thでも20thでも声が嗄れて、終盤「もう声出ないけど」なんていっていたのに今回余裕だったよな……なんなら今の方が喉強いんじゃないか。ここにも長く聴いていられることの幸せ。これからも宜しくね。 ----- こちらもご褒美頂いた思いですよ! LÄ-PPISCHやPOINTERのミニコミをつくっていた縁で、インディーズ時代のカセットテープをダビングして頂いたりしてたんですね。これを機にリッピング。カセットをCDRに焼き、そのCDRからリッピングし……メディアが変わっていっても、手間をかけて聴き続ける価値がある。自分にとってのULTRA POPはそういう存在です ・現在440の前売りチケットはe+のスマチケのみというのが殆ど。高橋徹也がここでやるときは当日券しか狙えず、足が遠のいてしまっている。や〜だってさー、行って入れなかったらと思うと……(意志が弱い)数年前迄はタブレット(iPad)でWi-Fi通せばスマチケ使えたのに〜! e+心が狭い。誰もがスマホ持ってると思うなよ ・440、コロナ禍を機にスマチケばっかりになったんだよね。そうじゃない公演もあるので演者側の意向も汲んでいるのだろうが……。今回は前売即完で当日券も出なかったので、バンド予約がなかったら詰んでた。有難う有難う ・余談。ここ迄されてもスマホ(てか携帯)持つ気になれない。しかしタブレットは持ってる。タブレットあれば大概なんとかなる。チバユウスケ方式ですね。完全に携帯不携帯の古田新太はやっぱすごいと思うわ……
2024年11月04日(月) ■
『ゴンドラ』
『ゴンドラ』@シネマカリテ シアター1 ヘルマー監督は「死ぬまでの短い時間」を捉える名手。社会は厳しく人生は寂しい、でも人生は素晴らしい。それにつけてもロケハンの鬼。 --- 台詞がほぼなく(しかしサイレントではない)、時代にも場所にも縛られない映画を撮り続けているファイト・ヘルマー。今回は辺境で暮らすひとびとが交通に利用するロープウェイが舞台。日々のルーティンのなかで人生の楽しみを見つけていく女性ふたりと、周辺の人々が描かれます。台詞は万国共通の「OK!」というひとことだけ。 村人を運び、棺を運び、牛を運ぶ。駅長から搭乗拒否されていた車椅子の男性を運ぶ。ロープウェイですれ違う乗務員の女性たちは、折り返しの駅でチェスを指す。いつしか恋に落ちたふたりはゴンドラを装飾し、制服をアレンジし、楽器を持ち寄りセッションをする。駅長の目を欺き、いたずらっ子のようにクスクス笑う。 冒頭ツイートにも書きましたが、結構やらかしているのです。覗きでしょ、窃盗でしょ、空き巣でしょ。駅長の末路も可哀相っちゃ可哀相ですし、それはあかんやろと顔をしかめてしまう瞬間が随所にある。それでも、意地悪な駅長の鼻を明かす場面には爽快な気分になり、空中散歩をする車椅子を見て快哉を叫ぶ。考えてみれば童話って、ノワールと紙一重で残酷なものですよね。ちなみにこのロープウェイ、全長1700mで途中に支柱がありません。設備も古いし、途中で停まったら…ワイヤーが切れたら……想像しただけで鳥肌が立ちますが、あの映像美には抗えない。薄く靄のかかった緑深い山あいを、ゆっくり走行するゴンドラ。外灯もない闇のなか、ちいさな光を帯びて浮かぶゴンドラ。幻想的な風景を目に出来る幸せと、映画というものの力をひしと感じる。 前作『ブラ!ブラ!ブラ!』 の撮影地は再開発により消え、今作のゴンドラも既に新しい筐体になっている。「なくなっていくもの」を残すことの美徳を、この作品は持っている。 『ブラ!ブラ!ブラ!』の撮影地となったアゼルバイジャンも、今作のアジャリア(後述)も、政治的な理由で表現に規制がかかり、締め付けは年々厳しくなっているという。今作は意図せずしてクィア作品になったそうだが、現地ではそのことを公表せずに撮影を進めたとのこと。恋人たちがこの地を去ったかのような幕切れに、幸せな未来を願わずにはいられない。彼女たちの笑顔が曇ることのない時代や場所が、幻想のなかだけではなく「今、ここ」にあることをひたすら祈る。そして、ヘルマー監督がこうした映画を撮り続けられる世界であってほしいと思う。 -----VIDEO もう予告編だけで胸がいっぱいになる〜ロケーション、小道具、衣裳の拘りよ。繊細な音があちこちに配されているので、可能な方は是非劇場で 『ゴンドラ』の作品紹介を目にした瞬間「あのロープウェイだ!」と公開を楽しみにしていたのでした。実際には同じ場所のものではありませんでしたが、逆にチアトゥラ以外にもこんなロープウェイがあるのかと驚いた。コーカサス山脈に囲まれている地域のため、欠かせない交通機関なのだそう・どの国からも承認されていない国家「アジャリア」に行く┃デイリーポータルZ 「アメリカのパスポートを持ったわたしは、イランに入国することが難しい。でもこうしてバトゥミに来て、あなたと話をする機会を偶然に得た。 歳をとると、人生には悲しいことしか起こらない。でも旅をしていると、それが少しだけ覆る。ごくたまに善きことが起こる。それはたとえば、このロープウェイで、イラン人のあなたに会えたことだ」 2019年の記事。今作の舞台であるフロ村は、“ジョージアの支配下にある”自治共和国アジャリアにあります。アジャリアには首都バトゥミにもロープウェイがあり、観光客の人気スポットだそう ぎゅうぎゅうでしたがいい撮影スポットになっていました
2024年11月03日(日) ■
『1996年の面影ラッキーホール』
『1996年の面影ラッキーホール』@CUTUP STUDIO 1996年リリース『メロ』のアナログリイシューレコ発、28年前のメンバーを集めての再現ライヴ。 そもそもは、6月のこのツイートが発端。 aCKyの突発性難聴治療(入院もしていたのでかなり重症だったようだ)のためライヴ活動が止まっていたところに曽根ちゃんの訃報が追い討ちをかけ、その後のコロナ禍。ライヴどころかバンドの先行きも不明なまま数年が過ぎていた。「活動再開!?」「key誰か入る?」なんて俄かに沸き立つなか、先にリイシューのお知らせが出た。「権利関係でクリアにしたいところがあるのかな?」「再発分のギャラ支払いとか?」なんて、なるべく冷静でいようと務めていたが(期待し過ぎてガッカリするのを避けたい年寄りの知恵)、遂にライヴのお知らせが! 開演前、前回観たのいつだっけと話していたのだが、WWW Xの杮落とし 以来だった……なんと8年ぶり。その間何本かライヴはやっていたのだが、それには行けなかったんだよね……ほんと、いつがお別れになるか判らないもの。 客入れに懐かしい曲ばかりが流れている。ウルフルズ「バンザイ」、SPEED「Body & Soul」、奥田民生「イージュー★ライダー」……あっ、これ1996年のヒット曲メドレーだな。懐古モードに入っていると暗転、出囃子は小林旭の「昔の名前で出ています」。現在Only Love Hurts(O.L.H.)と改名している面影ラッキホールにぴったりの選曲! 大歓声が起こり、サビの“昔の名前で出ています〜♪”で既に大合唱。しかし驚いたのがそのあとで、2番に“いつもこの胸 かすめる面影♪”というリリックが出てきた。えええ、ぴったり過ぎる! どよめきとともに再びの大歓声、フロアは異様な雰囲気に。“面影、面影〜♪”とループがかかるなかメンバー登場、1曲目は勿論「今夜、巣鴨で」! ぎーーやーーーーー!!! 編成はVo、G×2、B、Drs、Perc/Cho、Sax/Flu、Cho×2。面影は2000年代に入ってから聴き始めたので、『メロ』はリアルタイムで聴いていない。当時の参加メンバーも把握していなかったのだが、Gになんだか見憶えのあるひとが……wash?の奥村くんじゃん!? ビックリした!! 今の今迄知らなかった!!! えええそうだったの!? いやーマジで驚いた。なんでも当時は大学生、面影に合流したのも28年ぶりだったとか。そしてGUNちゃんがいないなあと思ってたらフロア側にいた。そうか『メロ』よりあとに加入したんだっけか。イヤーマフをしていた。 尋ね人の女性陣は全員見つからなかったとのこと。スパンクハッピーにおける岩澤さんみたいな感じでしょうかね……幸せでいるといいー。よってChoとPercは『メロ』以降のメンバーやおともだちに声をかけたそうです。 久しぶりに集まったということもあってか、演奏はところどころ危うい感じ。ホーンもアンコール以外はひとりだったので、ファンクの迫力は薄いといえば薄い。しかし、しかしだ。本当に曲とアレンジが素晴らしい。改めて認識させられた。ベースのグリッサンドやドラムのフィルインの“間”が絶妙なのだ。そして驚いたのは(今回驚いてばっかりだな)aCKyのエモっぷり。前回観たときはニトログリセリンをステージに置いて唄っていた。シャウトも脱力気味で、高音も無理に出そうとはせずファルセットに切り替えていた。それはそれで表現力の豊かさに感心したし、こうして歳を重ねていくのねなんて思ったものだったが……。この日は最初からトップギア、絶叫も絶叫。そして絶唱。それ以前にも車椅子で出てきたりと満身創痍がデフォルト、“調子悪くてあたりまえ”を地で行く状態を観てきていただけに心配になる。やはりこのひとたちにとって芸ごとは命懸け。唄うにしても笑いをとるにしてもリスクを引き受けている。やっぱりすごいな、とこちらも襟を正す思いだった。 リスクといえば、面影のアイデンティティである歌詞。活動休止中に世の中はコンプライアンスが進んだ。彼らの歌は今どうだろう、と思ってはいた。しかし冒頭のツイートにも書いたが、彼らの歌はただただ情景を描いているのだ。「ラヴ ボランティア」はまるでリトマス試験紙だった。aCKyもsinner-yangも、あの歌詞で爆笑しているひとたちに巣食う差別や偏見を炙り出してニヤニヤしているようにも思う。歌詞についてはマーケティングとアナライズを徹底していると以前話していたが、確かに筆も舌も滑らない。社会の片隅で生きているひとたちをひたすら描写し、差別がない世界など欺瞞だと暴く。尾崎豊の「I Love You」の“何度も愛してるって聞くお前は〜♪”は性的同意について唄ってるの? という指摘にも思わず膝を打った。真面目に書くことなのかこれは、とも思うがこういうことはちゃんと記録しといた方がいいね! 今の面影はどんな歌をつくるだろう? 彼らの描く闇バイト、トー横、泡沫候補についての歌を聴いてみたくもなる。今の日本には、そんなどんづまりの題材がいくらでもある。 「小沢(健二)の『LIFE』アニバーサリーがあったんで、俺らもやれるなって思いついて」「ロリポップソニックのメンバーだったので」と笑いをとりつつ、「曽根ちゃんが死んじゃったんで、やる気が出なかった」とポツリ。「ここ、泣くところですよ」なんて茶化していたけど本音だろうな。「『メロ』は曽根ちゃんが入る前につくったので、keyがなくてもやれるなと思って」今回の再現ライヴを考えたそうです。『メロ』当時のメンバーは音楽から離れているひとも多い。彼らが今やっている仕事(行政書士、整体師、タクシー運転手……人生いろいろ)を「ご利用の際は〜」と紹介したり、「耳のこと心配してるひとがいるかも知れないけど大丈夫だから!」とフォローを入れたり、なんだかんだしっかり気配りをするaCKyでした。久しぶりのライヴということもあってか歌詞をちょこちょこ間違えて、照れくさそうに笑っていたところもキュート♡ 再現だから〜と本編は『メロ』からの楽曲のみ。全然足りない、まだまだ! と熱いアンコールに応え演奏されたのは「好きな男の名前 腕にコンパスの針でかいた」「東京(じゃ)ナイトクラブ(は)」「俺のせいで甲子園に行けなかった」!!! 「スペシャルゲスト! NYから帰国してたんで来てもらいました中島カオリ!!!」とaCKyに呼び込まれSaxでカオリさんが登場。本編に続きaCKyはシャツを脱ぎ、甘やかされた身体を露わにしてフロアへ。段差がないので見えません。モニターで行方を追う。お相撲さんのように皆からパシパシ叩かれたり抱きつかれたりしておりました。帰り道、aCKyが投げたキャップをキャッチしたひとが「意外と頭ちっちゃいんだね」とだいじそうに抱えて持って帰っていくのを見た。愛されてる。 「東京(じゃ)ナイトクラブ(は)」やっぱ泣いちゃうね。「〜甲子園」は素であのフリを一緒に出来た自分が怖い。刷り込み。また会える日を楽しみに。絶対に会いたい。 ----- 皆さんいい顔 ・CUTUP STUDIOは渋谷タワレコの地下にあるスペース。ビヨンセがサイン会したとこですね。購入特典のサイン会やミニライヴを行うところですが、有料のライヴは初めてだったなー ・で、段取りが悪くてですね。tigetでとった予約番号と実際の入場番号が違っていたという。当日「受付で整理番号付きの実券と交換して入場になります」と階段付近でアナウンスしてたそうなんだけど、待機場所にエレベーターで直接行ったひとは気づかないって! 全然呼び出しがないので知らないひと同士で「ひょっとしてもう開場してます?」「前がいないしもう行っちゃっていいですよね?」と結託して地下へ降りたらとっくに入場始まってたという。あんまりだ〜