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2025年02月24日(月) ■
『オバケ東京のためのインデックス 東アジア編』

佐藤朋子『オバケ東京のためのインデックス 東アジア編』@みなとコモンズ+α

シアターコモンズ25始まりました、まずは佐藤朋子『オバケ東京のためのインデックス 東アジア編』。東京湾に現れたゴジラとクジラと共に、今の東京に残る朝鮮、満州、台湾、琉球王国、蝦夷地の痕跡を辿る。慶應義塾大学、紅葉山、東京プリンスホテル、芝公園。

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— kai (@flower-lens.bsky.social) Feb 24, 2025 at 17:47

シアターコモンズの季節です。まずはレクチャーパフォーマンス+ウォークの今作。

・佐藤朋子『オバケ東京のためのインデックス 東アジア編』┃シアターコモンズ'25
岡本太郎による「オバケ都市論」を起点に、これまでにゴジラ、カラス、生け花等の「非人間」の視点を通して、都市の「オバケ」的な記憶を浮かび上がらせ、もうひとつの東京を構想する
4作目となる今回は、東京に残る植民地時代の東アジアの僅かな痕跡から東京を捉え直す

2021年からのシリーズもの。途中からの参加でついていけるかなーと不安ではあったのだが、「植民地時代の東アジアの痕跡」という文言に惹かれた。韓国映画を熱心に観るようになってから、遅ればせ乍ら興味を持っている分野。しかも今回は、実際に街に出てその痕跡を辿る「ウォーク」が実施されるという。これは! とチケットを確保。

田町にあるみなとコモンズに集合、まず地下1Fのスペースでレクチャーパフォーマンスを拝見。資料映像とともに、佐藤さんの講義を聴く。室内は暖かく、客席にはちゃんと椅子も用意されているけれど、コートもマフラーも脱がずに座っているひとが多い。このあと外に出るのが分かってるもんね。30分程の講義のあと、配布されたマップを手に街へと繰り出す。

さて、ここからが個人的にヤベーところ。「ウォーク」はスマホでポッドキャストを聴き乍ら各々コースを辿るというもの。スマホどころか携帯不携帯! 無理! しかしシアターコモンズはどんな参加者にも門戸を開いている。公演前にきちんと「デバイスで音声を聞いて参加されるのが難しい方は、音声内容を紙でお渡ししますのでスタッフにお申し付けください。」というメールが届いていたのだった。という訳で私だけが紙を持って出発。他にはいなかったっぽい…というか初日開いて初めてのケースだったのかもしれん……訊ねたスタッフさん戸惑ってたもんな。いやはやご配慮有難うございます。ちなみにレクチャーにもちゃんと日英字幕用モニターが用意されていた。聴こえないひとも安心よ!

皆一緒に出発するが、自分のペースで歩くのと信号待ちで分断されるなどしてだんだんひとり散歩の様相に。レクチャーされたもの以外にもあちこちに記念碑がある。ウォーク終了後にペルリ(ペリー)提督の像迄見つけてしまった(日本開国のきっかけなので、本編に関係ないようで実は繋がってるかも?)。

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— kai (@flower-lens.bsky.social) Feb 24, 2025 at 17:48

イヤフォンで、或いはヴォリュームを上げたスピーカーでポッドキャストを聴き乍ら歩くひとたちに混ざって歩く。親子連れも何組かいて、「桜が咲いてる!」(もう咲いてるところがあったのよ)と子どもの声が聴こえる。

序盤はそれこそガイドについていく(佐藤さんが先頭を歩いていたらしい。見えてない)団体客の装いだったが、立ち止まって建物に見入るひと、写真を撮るひととそれぞれ好きに動くので程なくバラバラに。まっすぐのコースなので迷うことはないだろうと紙を読み乍ら歩いていたが、後半歩道橋を渡る際降りる箇所を間違えそうになった。向こう岸にそれっぽいひとを見つけなかったらそのまま反対方向に行っていたところだった(笑)。

それにしても……併合という名の実際は侵略の歴史なのだ、これは。ああ、こういう感じで日本は東アジアの国々を囲い込んだんだなあというか、よくいうよというか、どの口がいうかというか。現在のウクライナやパレスチナのこと、プーチンやネタニヤフ、そしてトランプの物言いを連想せずにはいられない。時代とはいえ土人という名称が平気で出てくるし、入植者の嫁養成学校についての記録もあるのだ。蝦夷地や琉球王国の扱いにしても、地方(てか九州)出身者としてはイヤ〜な気持ちになるどころか恐怖すら覚える。父は台湾からの引揚者だった。生前は楽しかった思い出だけを話した。帰国の際、食料と一緒に高価な食器を持たせてくれた方もいたそうだ。考えてみれば、父が引き揚げの際命を落としていたら、私も生まれていない。

講義で紹介された、残されていない記録について考える。それは意図的に抹消された不都合な真実なのか、或いは記録に残す迄もないと軽んじられた事柄なのか。その背景には、記録に残す術さえなかった数多の個人史がある。証言者は減っていく。実際、併合の過程を目の当たりにしていたひとはもう誰もいない。

悶々と思いは巡る。快晴の空は、そんなときでも綺麗に拡がっている。

会期中なのでネタバレ避けつつ、撮った画像など載せておきます。本編で紹介されなかったものも混ざっています。そうそう、スレッド最初の東京タワーの画像、実は飛行機も写ってるんですよ。

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— kai (@flower-lens.bsky.social) Feb 24, 2025 at 17:49

レクチャーにもウォーク解説にも飛行機と鴉が登場する。街を歩くとどちらにもちゃんと遭遇。

こちらではネタバレ気にせず画像の説明を。1枚目は本編には登場しない。
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1枚目:昭和十五年に東京市が設置したらしい、ここは昭和十三年九月一日暴風により甚大なる被害を受けた公園だという説明
2枚目:東京大空襲で炭化した箇所のある戦災銀杏
3枚目:芝公園の鴉。全然ひとを避けない! 近い!
4枚目:北海道大学の前身、開拓使仮学校跡。北海道に移設することを想定し、学校名に「仮」と入れた。女学校が併設され、卒業後は北海道在住者と結婚することを誓わせた、と記されている。附属の「北海道土人教育所」のこと、そこへ38名のアイヌが東京に送られ、慣れない気候風土などが原因で死者も出たことは書かれていない
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音声はアーカイヴがあり、上演が終わったあとも個人で使えるようになっていた。当日歩けなかったひとは、配布されたQRコードから音声ファイルを呼び出して追体験が出来る。

ちなみに講義には旧李王家東京邸のことも出てきた。数年前、アフタヌーンティーで行ったところだった。

・旧李王家東京邸┃千代田区文化財サイト
どこから見ても絵になる現赤坂プリンスクラシックハウス。(中略)韓国併合時に設立された李王家の東京邸として、1930年(昭和5年)建てられたのが、現存する建物です。
それだけ聞くと、華やかで幸福な生活が営まれていたかの如く素晴らしい時を感じさせる場とも思われます。しかし、(中略)李王家も後に王族の身分を失うという悲劇の歴史が繰り広げられた場でもありました。

戦後身分を失い借金を背負った李垠(イ・ウン)とその妻方子が韓国へ帰れたのは1963年だったとのこと。当時は歴史も知らず、素敵なクラシックハウスだわ〜とかいって優雅にお茶したもんだが、今となっては後ろめたい。いくつになっても知識は得られる。知らないままでいなくてよかった。

佐藤さんは一昨年ポーラ美術振興財団在外研修員として台湾と韓国に滞在していたそうだ。その際「植民地時代の東アジア」についてリサーチしたのだと思われる。それ以前の『オバケ東京のためのインデックス』とはまた違った趣だったのかもしれない。気が早いが、次回があればまた参加したい。



2025年02月23日(日) ■
『Area No.9』

『Area No.9』@Shibuya WWW

『Area No.9』行ってきました、downyはサポートに森さんが入ってから初のライヴ。新譜からの曲もやってくれてこれがまあすごくてな…

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— kai (@flower-lens.bsky.social) Feb 24, 2025 at 1:12

昼からひとつのハコでずーっとやってるイヴェントにつき、諸々相談の上world's end girlfriendとdownyのみを拝見。再入場可、ロビーでカレーも売ってて(うまそうだった)長丁場に配慮があったし、アクト間の転換もテキパキと早い。主催者が謎でサイトやSNSのインフォメーションもなかなか上がらず身構えていたのですが、よいイヴェントでしたね…疑って悪かった……。いやさ、これってやっぱステヤンの罪が大きいよね! サイトにメッセージだけ載ってて周辺情報が少ないと不安になるのよ! 新しくことを起こそうとする若者(いや若いか知らんが)には寛大でありたいものですがステヤンのことは見習わないでほしいですね!

それにしてもWWWは見やすい。段差だいじ。WWW Xの方がキャパは多いんだけど、フロア段差なしでステージ低めなので低身長にはホント厳しいのです。整理番号遅かったらもう演奏者はほぼ見えないと諦める。虚しい。なので足も遠のきがち。今回遅めに入って後ろにいても全景が見えてよかった……world's end girlfriendもdownyも映像込みのステージなので、視界を遮られず観られたのは本当によかったです。

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入場すると丁度wegはリハ中。本番さながらの演奏で、遅刻したかと焦った。syn、g×2、drs、vn、vcの6人編成。ちゃんと観るのは多分初めて。キャリアも長く、リミクス仕事ではしょっちゅう名前をお見かけし(DE DE MOUSE(当時)から赤犬(!)迄)、『空気人形』サントラも印象深く、お名前はかねがね……なのだが何しろ多作な方なのでどっから手を出せばいいのやら、とずっと遠くから眺めている感じだった。

今回観てみよう! と思ったきっかけは、現在固め読みしているキム・ヨンスの小説。『ワンダーボーイ』にも『世界の果て、彼女』にもwegのことが出てくるんですよ。『世界の果て、彼女』なんてタイトルがもうそれですし。どちらの作品にも大きな感銘を受けたので、これはいいタイミングと足を運びました。

そう思って実際観てみると、印象は伊藤計劃の『ハーモニー』だった。あれれ? ポエトリーリーディングの音声と、美しく残酷な映像。エレクトロニカの浮遊性と同時にどメタルなリフ、高速ドラムの攻撃性。おおお格好いい、格好いいけどやっぱり全貌が掴めない。作品や名義によってかなり姿が変わるそうですし、他のユニットで観るとまた違うかも。こういう編成でヴァイオリンとチェロが唸るのにはシビれますね。

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あっという間にトリのdowny。こちらはリハもまるっと観られた。もろもろのサウンドチェック後、ロビンさんが「みなさん何かありますかー」と地声で訊くと、秋山さんや仲俣さんが挙手して「はーい、こっちもうちょっと上げてくださーい」「僕もお願いしまーす」。ホームルームぽい空気が流れて和む。柘榴さんの近くで観ていたので、映像オペの様子も観られてラッキー。リハを終えたロビンさんが「そんじゃ本番お願いしまーす」といったとき「えっ、(一度退場しないで)もうやるの?」と慌てておられた。その後ロビンさんたちは引っ込んでいった(笑)。ちなみに全編撮影OKのイヴェントでしたが、映像込みのステージの美しさに見入るひとが多かったのか、後方から観ていてもフロアがチカチカしていて邪魔、ということはありませんでした。

SUNNOVAくんは療養中につきお休み。来月にはもう新譜が出るし、ツアーもフジ(!)も決まっているけれど、しばらくは難しいようです。おだいじにね…復調出来ますように……。Sampler/Synthのサポートメンバーとして森大地さんを迎えた初ステージでもあり、初演の新曲もありと、普段とはまた違った緊張感。機材トラブルなどもありましたが、それは全部裕さんの仕業ということで。レピッシュはステージでトラブルがあると全部上田現のせいになりますが、downyの場合裕さんのせいになりつつある(笑)。でもそうやってずっと一緒にいるよと思えるのって、なんだかいいものですね。見守ってておくれよ。

新曲「日蝕」、ライヴ栄えしそうと思ってたけど実際すごかったですわ。こんなん、人力で演奏出来るかー! と思うけどこのひとたちなら出来るんですね……もはや怖い。MVもPC画面で観てはいたけど、ステージを覆い尽くすWWWのデカいスクリーンで体験すると没入度がすごかった。



これね。生成AIの現在のトレンド(発展途上なので、今後トレンドはかなりの速度で変わっていくと思われるが)はとにかく物量が盛れること。この映像でもモリモリ盛ってるんですが、そのスピードとリズムがやっぱ他より一歩抜きん出ている。映像の質量の高さに、瞬きするのも惜しいというか瞬きさせてもらえない展開。眼球がヒリヒリする。もはや怖い(再)。

「話すこと用意していない」とロビンさん、告知等もしつつ終始のんびりな喋り。チューニング中フロアが待ちの姿勢になってシーンとなるのが気になるようです。演奏とのギャップが大きいのはいつものことですね。いいもの観られました。

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ツイート拝借。マッチョさんのベースを堪能出来る「海の静寂」やってくれてうれしかった! これホント大好き。ちなみにこれ、演奏を終えた秋山さんがセトリを手にゆ〜っくり前に歩み寄り、ピンポイントで「おめえにやるぞ」ってな感じで手渡してたの面白かった。この方だったんですね


秋山さんも緊張していたのね…いつもの如く涼しい顔で叩いてたけどね……ちなみにいつもいつの間にかメガネを外している。激しくややこしい演奏の際は、やっぱメガネが邪魔になるのかな




こういうことキチンと筋を通すロビンさんへの信頼感。森さんおつかれさまでした。この後のライヴでも当面は入ってくれるのかな、宜しくお願いします



2025年02月08日(土) ■
東京バレエ団『ベジャールの「くるみ割り人形」』

東京バレエ団『ベジャールの「くるみ割り人形」』@東京文化会館 大ホール

ベジャールの母を見送り、ベジャールを見送り、そして今回飯田宗孝さんを見送る。彼岸と此岸の境目が消えていく。皆笑顔で手を振り去っていく。一周まわってまた会える、なんてつい思ってしまいそうになる一幕の幕切れが素晴らしかった 東京バレエ団『ベジャールの「くるみ割り人形」』

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— kai (@flower-lens.bsky.social) Feb 8, 2025 at 18:40

それでも人生は一度きり。舞台もそう。この日の彼らには二度と会えない。

東京バレエ団創立60周年記念シリーズ、締め括りとなるその12。長いな(笑)。それだけ代表作を多数抱えていること、ダンサーたちの充実と層の厚さが窺える。古典の『くるみ割り人形』はクララという女の子が主人公だが、モーリス・ベジャール版の『くるみ〜』はビムという男の子が主人公。ビムはベジャール自身。7歳で母を亡くし、バレエに魅入られ、「バレエと結婚」したベジャールが『くるみ〜』を通して人生を振り返る。母との別れ、父と妹の存在、少年時代の思い出の数々、バレエとの出会い、戦争、そして旅、旅、旅。人生は旅だ。

死、そして戦争の色が濃い。ボーイスカウトがキャンプで入る寝袋がハートロッカーに、合唱隊は死者を送る聖歌隊に見えてくる。思えば『バレエ・フォー・ライフ』でも、遺体を覆うシーツが出てきた。戦争に関しては「中国」のシーンで軽やかに暗示されるが、そのさりげなさが逆に強い印象を残す。ベジャールが71歳のときに創作された今作は、20世紀という歴史を俯瞰してもいる。人民服と自転車の中国、神秘的なアラブ。ロシアは現在のロシアではなくかつてのロシア帝国のことを指し、振られる国旗はソ連のものだ。

クリスマスの夜、まどろむビムは夢のなかで母と再会する。ボッティチェッリの『ヴィーナスの誕生』がモチーフだろう、巨大なヴィーナス像が現れる。その胎内で抱き合う母子は幸せな、同時に再びの別れを予感しつつひとときを過ごす。母に美しいものを見せたい。母が不在の間、どんなことが起こっていたか知らせたい。僕はバレエに出会った、マリウス(・プティパ)に出会った、さまざまな美しいものに出会った……ビムは世界を駆け巡る。そんな彼に飼い猫のフェリックス、光の天使と妖精たちが寄り添う。

ベジャール作品は舞台全体が美術品なのでひきで観たいのだが、今回はビムの表情が見たくて前方席をとった。池本祥真さん素晴らしかったな…大塚卓さんのダイナミックかつ優雅なM…、チャーミングのかたまり宮川新大さんのフェリックス、そしてジルが、ジル・ロマンがもうな😭

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— kai (@flower-lens.bsky.social) Feb 8, 2025 at 18:49

いやもう、池本祥真が少年も少年だった。7歳!

実は池本さんはフェリックス役だと思っていたのだった。いや…小林十市が踊った役を継承していくのだろうという勝手な思い込みがあり……。それだけ『M』の「シ」が強烈なインパクトとして残っているということだ。あれから4年半、プリンシパルとなった池本さんは、ベジャールの分身でもあるビムを演じる。母を失った寂しさ、心躍るバレエの世界を全身で表現する。なんて瑞々しい踊り、瑞々しい表情。バレエを習い始めた頃のビムも演じるのでちょっと下手ッピなふりもせねばならないのだが、そのどれもが愛らしい。ボーイスカウトに入って集団行動を学び、厳しいM...に接して右往左往する。「ママー!」と叫べども母は死の世界へと去っていき、手元にはヴィーナス像が残る。少年の心と母への思慕を持ち続け、それをバレエに昇華する芸術家へと成長していく……。思い出すだけで涙が出てしまうビム像だった。余談だが舞台上での衣裳替えというかもはやこれは着替えだろうという場面も多く、その段取りも大変だよなあなどと思った。音楽が鳴っている状態なので、ちょっとでも着替えがもたったら舞台そのものが止まってしまうものね。

フェリックスは宮川新大。ダブルキャストだったダニール・シムキンが怪我のため降板、全公演を宮川さんが踊ることになった。いや、これが……! 客席を沸かせる沸かせる。美しい跳躍、まっすぐ伸びる脚に加え、あ〜猫〜! という仕草を随所に加え、マジ猫〜! と瞠目するばかり。「あし笛の踊り」では拍手喝采! M...にキスをしたビムに、僕には? と頬を差し出したのにキスされなくてフテるところもかわいかったな。M...は大塚卓。いやこれもイケ散らかしててたいへんだった。優雅さと激情が炎のように立ち上がる。ヴァイオリンを弾く場面では、弓が切れて舞っていた。いつでも傍にいる気まぐれな猫と、大人の世界を教えるM...、そしてあらゆる場面に現れては去っていく光の天使(岡��司、中嶋智哉)と妖精(伝田陽美、三雲友里加)の存在が、子どものビムを見守る存在として鮮烈な印象を残した。

そして母、柳優美枝。クラシックなファッションとボブヘアは文字通りその時代を象徴する美しさで、若くして幼い子どもたちを残して世を去らねばならなかった女性の儚さを体現していた。「花のワルツ」の場面で、死者を迎えるような燕尾服姿の女性(配役表になく気になったが、米澤一葉とのこと。格好よかった!)に手をとられたときの「ああ、もう時間が来てしまった」とでもいうような表情、鏡越しにビムへ別れの手を振る仕草。母を失くした(またはいずれ失くす)観客たちの、さまざまな感情を引き起こすものだったと思う。私の母は40代で亡くなったが、彼女にとってその人生は充分たるものだっただろうか。自分が母の年齢を追い越した今、そう思わずにはいられない。

といいつつあの場面、『神と共に』の「あなた死ぬの初めてですか? 大丈夫ですよ〜」を思い出しちょっとニッコリ。沢山の心残りがあるだろうけれど、せめて心穏やかにこの世をあとにしてほしいと願わずにはいられなかった。

事程左様に死が横たわっている作品なのだが、新しくその列に加わった人物がいる。2022年に亡くなった飯田宗孝だ。『ベジャールの「くるみ割り人形」』には、彼のためにつくられたマジック・キューピーというキャラクターがある。ジル・ロマンの客演が決まったとき「え、ということはジルがマジック・キューピーをやるの?」とweb上で話題になっていたが、その後稽古が進むにつれキャスト表には「?」という役名が。初日直前になって「プティ・ペール」という新たな役が発表された(プログラムでは「?」のままだった。印刷に間に合わなかったんだな)。



一幕最後の場面はBéjart Ballet Lausanne(BBL)版と東京バレエ団版のハイブリッドともいえる構成になっていた。橇に乗って登場するのは、BBLはアコーディオニスト、東バではマジック・キューピーなのだが、当然そこにはジルが乗っている。橇から降り立った彼はアコーディオンを奏で、切れ味鋭い踊りを見せ、疾風怒涛の勢いでクリスマスの祝祭空間を現出させる。現実の人間たちも、幻想の世界の住人たちも、そこでは共にいることが出来る。溢れる笑顔、舞い散る雪。サンタの扮装に着替えたプティ・ペールは、橇に母とビムを迎え入れ去っていく。笑顔で手を振る。笑顔で見送る。

照明が落ちていく、幕が降りていく。二度と戻らない時間、二度と現れない空間。ここにいさせてくれて有難うという思いと、待ってくれ、行かないでくれという思いがぐちゃぐちゃになって押し寄せる。涙が溢れる。休憩のアナウンスを呆然としたまま聴く。あちこちに目頭を押さえ鼻をすすっているひとがいた。

あまりにも感情を揺さぶられてしまい、その後はもう憑き物が落ちたように笑顔で観た。特に二幕はビムが世界のあちこちでクラシック・バレエの真髄を目撃する場面が続くので、優れたダンサーたちの高難度な技に感心しうっとり見入る。金子仁美と安村圭太のグラン・パ・ド・ドゥ、手を繋ぎ輪になって踊る母たちの幸福に満ちた光景に胸が躍る。母子の別れにはその切なさにやはり涙してしまうが、同時にビムの輝く未来を思い清々しくもあった。

作品を彩る名曲の数々にはアレンジが施されており、特にオーケストラのみのオリジナル曲が広く知られている「雪片のワルツ」や「花のワルツ」にアコーディオンが加わるとこうなるのか、という新鮮な驚きがあった。衣裳の数々も素敵なものばかり。個人的には合唱隊のケープとショートパンツ、ビムの妹クロードの緑の衣装がお気に入り。かわいい!

舞台はこのときこの場所だけのもの。ひとの命もそのひとだけのもの。替えは利かない。ベジャールは自分の人生を重層的に世界へと映し、観客に差し出してくれた。スケジューリングが難しいと思うが、なるべく早くシムキンを迎え再演してほしい。そのときにはきっと今日と違う光景が見られ、今日とは違う感情が生まれるだろう。待っています。

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・しかしプティ・ペール、今後の上演ではどうするのだろう。もうあの役、ジル以外には考えられないじゃん……再演する毎にジルが来てくれたらうれしいですね

・小林十市が語る、ベジャールの魅力と『くるみ割り人形』」イベントレポート&小林十市さんインタビュー┃バレエチャンネル
「ダンサーが自由に、自分なりに解釈して表現できるのがベジャール作品の良さだと思う。ただ、それはベジャールさんがそこにいるからできること。(中略)ベジャールさん以外の人が振り写しするとなると、そこまで自由度は広がらない。難しいところです」。

・ジル・ロマン&柄本弾が語る、“ベジャール作品を踊り継ぐ”ということ 東京バレエ団「ベジャールの『くるみ割り人形』」┃ステージナタリー
柄本 舞台は踊るたびに新しい発見があって「今回の舞台は完璧だったな」ということはまずない。多分ほかのダンサーも同じだと思いますよ。
ロマン “完璧”は存在しないですよね。ダンサーは踊りながらいつも頭のどこかで自分を批判しているものです。絶えず研究というか、より良いものを探し求める。私は今まで数え切れないくらい「アダージェット」を踊ってきましたが、まだ踊りたいですよ(笑)。
乗越 舞台芸術の場合、作品そのものに時代を超えるだけの力があったとしても、それを踊り継いでいくダンサーたち、あるいは上演するバレエ団がなければ、やはり残っていくのは難しいことだと思います。その最も重要な過渡期を、ジルさんと柄本さんはまさに今、ベジャール作品を未来に手渡していくためにご尽力されていると思います。

今回観られなかったけど、柄本さんはM...初役。ベジャールから直接指導を受けていない世代です。ベジャールが亡くなって今年でもう18年ですから、今となっては現役ダンサーの殆どがそうかもなあ。“ベジャールの時代”を知るダンサーは、数十年後には誰もいなくなる。それを目撃してきた観客もだ。乗越さんが指摘している「作品を未来に手渡していくため」の試行錯誤は、世界のあちこちで続けられている

・これを知ればもっと舞台を楽しめる! ベジャールの『くるみ割り人形』┃NBS日本舞台芸術振興会
『くるみ〜』自体が初見だったので非常に参考になりました。クリスマスの夜のお話ということで、各バレエ団の年末恒例プログラムにもなっている本作品。秋にバレエの公演に行くと、そりゃもう大量の『くるみ〜』公演案内チラシを受け取りますよね。クラシック界の『第九』みたいなものでしょうか。古典上演もいずれ観に行きたいな