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2025年08月30日(土)
『震度3』

赤堀雅秋プロデュース『震度3』@本多劇場

こういう言葉が聴きたかったんだといつでも思わせてくれて、こんな言葉が聴けるなんてといつでも肩を揺さぶってくれる劇作家。だからずっと好きだし観られる限り足を運ぶ。今回も同じ。

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— kai (@flower-lens.bsky.social) Aug 30, 2025 at 22:33

そしてこの劇作家は、言葉が伝えられないものの大きさも知っている。だからこそその「言葉にならない、出来ない」部分を演出と演者に託す。観客は、言葉と言葉にならなかったものを受けとろうと耳を澄まし、目を凝らす。

それは基本何でもかんでも上の空のゴミ収集員の雑さ加減であったり、揉め事を「あ、ねこ!」のひとことで中断させてしまう男性の無関心だったり、「外国人不法労働者」を脅迫の道具にする娘の無自覚さだったりする。何故彼は恋人の気遣いを無下にしてしまうのだろう、何故彼はこんなときにねこを触りに行くのだろう、何故彼女はお金をちょろまかさずキチンと返すひとがいることを信じられないのだろう。言葉が理路整然であればある程それを発する人物の空虚さが露わになり、多くを語らない人物がポツリと零した言葉の断片や、それを聴く相手の表情と仕草こそが雄弁になっていく。彼氏が丸出だめ夫でも断ち切ることをしない彼女のひとこと、電話で息子の声を聴き相好を崩す父親、娘を恐れ乍らも関係を修復したいと思っている母親の声音。

「喰って、働いて、寝る。それだけ」の人生には、それでも「ねこ」や「歯医者」や「子どもの受験」が介在する。「だけ」ではないのだ。誰にでも失ったものがあり、抱えている不安がある。だから苛立つし、無気力になる。しかし彼らは、自分たちがやらねば終わらないとわかっている仕事を日々片付ける。そして彼女は、世の中には自分の考えも及ばないことをする者が存在する、ということを知る。ほとほと人間がイヤになるが、それでも人類にはわずかではあるが愛すべきところがある、ということに気付かされる。「正しいことばっかいうなよ!」のひとことに笑い、同時に胸をどつかれる気持ちになる。

彼ら、彼女らが何故ああなのか。辿ってみれば根拠がある。それを打ち明けたことで、それを知ったことで、何かが変えられる訳ではない。失われた命と時間は戻らない。それでもちいさな変化が訪れる。わずかな光が灯る。それを逃さないように、観客はまた耳を澄ます、目を凝らす。ラインホルド・ニーバーの言葉を思い出す。「神よ、変えることのできない物事を受け入れる落ち着きと、変えることのできる物事を変える勇気と、その違いを見分ける知恵を授けたまえ」。

追いつめられているひとがいる。泣いているひとがいる。それを見ているひとが、必ずどこかにいる。繊細で芳醇なホンは、演者によりあらゆる箇所に光が当てられ、それらが落とした影をも舞台に出現させることが出来る。これからもずっと憶えているであろう作品と座組だった。空の車椅子に父親のシルエット──それは別府本人のシルエットなのだが──が浮かぶ照明(佐藤啓)、具象としての物音に登場人物の心情を重ね合わせるかのような音響(田上篤志)が見事。スタッフワークも素晴らしい。

それにしても「41歳」という言葉が出たとき、観客がざあっと引いた気配を感じた(笑)。演者ご本人の実年齢なのかな? でもこれ、役の人物に対しての「ないわ……」と言う空気でしたね。巧い! と膝を打ちそうになった。ガストからウーバーイーツへ、チーズインハンバーグは消えたけどナポリタンは残り、セレクトショップの次はカフェテリアがパワーワードか。長く観ていると、扱うモチーフの遷移も楽しめる。年齢を重ねていくさまを追っていきたい書き手です。



2025年08月22日(金)
『大統領暗殺裁判 16日間の真実』

『大統領暗殺裁判 16日間の真実』@ヒューマントラスト有楽町 シアター1

結果は判っているので、弁護団が打開策を見出し喜ぶ度に胸が潰れる思い。あのひとに面と向かってこういえるひとがいたらよかったのに、という場面が描かれ、ここにも胸が潰れる思い。どれも当時は成し得なかったこと、そして今忘れ去られないように映画に残せたこと 『大統領暗殺裁判 真実の16日間』

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— kai (@flower-lens.bsky.social) Aug 23, 2025 at 0:54

早速副題を間違えている。『大統領暗殺裁判 16日間の真実』だよ! すみません!

16日とは、公判開始から死刑判決が決まる迄の日数。近年のこの手の映画って『○○の○○日間』みたいな副題つくこと多いな、思いつくだけでも『モガディシュ 脱出までの14日間』とか『極限境界線 救出までの18日間』がある。『モガディシュ 救出までの18日間』『極限境界線 脱出までの14日間』になってても気付かなそう……と『極限境界線』を観たときに書いた。個人的には皮肉と願いが込められた原題を尊重したいが、韓国現代史において非常に重要なこの裁判がわずか16日間で片付けられた、という異常さを示すものとしてこの副題に入れたのはよかったと思う。

原題『행복의 나라(幸せの国)』、英題『Land of Happiness』。2024年、チュ・チャンミン監督作品。イ・ソンギュンの遺作。今月にはソン・ヨンギュが亡くなり、キャストのふたりがいないことになった。本国で公開されて一年しか経っていない。

今作は、朴正煕大統領暗殺事件に関わり逮捕された中央情報部(KCIA)部長随行秘書官の裁判を描いたファクションだ。『KCIA 南山の部長たち』『ソウルの春』を繋ぐ作品でもある。1979年10月26日に起こった暗殺事件、その裁判期間中である12月12日に起こった軍事クーデター。裁判にかけられた7人のうち5人の死刑が執行された1980年5月24日、光州では『タクシー運転手』で描かれた惨劇が起こっていた。この間たったの半年。上記3作を観ていなくてもわかる内容にはなっているが、観ていると「KCIA庁舎のある南山ではなく陸軍本部である三角地に行った」こと等、弁護士が争点にしようとしていることに引っ掛かりを覚えず観られる。

秘書官は内乱幇助という罪状にそぐわない死刑判決が下され、首謀者の裁判中にも関わらず真っ先に銃殺刑にされた。現役軍人だったため1審のみの裁判で、控訴出来なかったためだ。彼以外の被告は上告棄却後、5人が絞首刑にされた。弁護団は脅迫され、証人は拘束される。公正であらねばならない筈の裁判は徹底的に妨害され、思想弾圧の手段として死刑が正当化された。

裁判は勝ち負けが全てという弁護士は、どんな手を使ってでも勝ち目のない裁判を覆そうとする。首謀者の命令に従っただけと主張し、秘書官だけを助けるつもりかと弁護団長に叱責される。全斗煥(まあ違う名前になってるがもういいじゃん全斗煥で)に面と向かって主張を述べる。あの時代、実際にああいうことをしたら社会的に(或いは物理的に)抹殺されてしまったであろう言動で弁護士は突き進む。こんな理不尽なことがあってたまるか、と。結末を知っている観客は、胸が潰れるような思いでこの架空の人物である弁護士の奮闘を見守る。それでも、と。

法廷内外での策略行為だけでなく、弁護団や被告の家族にいやがらせや脅迫をする市民の様子も描かれる。独裁者には支持者がいるのだ、ということを思い知らされる。どの国のどの時代でも変わらないこと。しかし、それでも信念を貫く人物というのもどの国どの時代にもいるのだ。大統領を殺しても何も変わらない、善悪など裁判には必要ないと皮肉ばかりいっていた弁護士は、堅物な軍人である秘書官と対話する過程で、善悪について考えることになる。

今作にはこうだったらよかったのに、こういうことがあったら残された者が少しでも救われるのに、というフィクションがある。物語だ。傷だらけになり乍ら(そう、本当に何度もボコボコにされるのだ)最後迄闘う弁護士をチョ・ジョンソク、命令にただ従ったのではなく、“幸せの国”を願う自身の理念に基づき行為に及んだと気づいている秘書官にイ・ソンギュン。弁護士が秘書官を父に重ねて見る表情、弁護士の変化を感じとった秘書官の表情。法廷で主張を述べる弁護士の明晰な声、常に抑制の効いた秘書官の声が揺らぐ瞬間。みかんを優しく手渡し、受けとったそれをそっと掌に包む仕草。ふたりの演技が物語をより立体的にする。ふたりがハイタッチを交わすひとときの幸せな時間に、観客は強く心を動かされる。フィクションの、映画の力だ。

事件現場を訪れた弁護士が、そこで起こったことを“目撃”する場面がある。想像のなかで“その瞬間”に立ち会うこと。これも映画にしか出来ないことだ。こういう演出に弱い。ときどき入るちょっと笑えるシーンは、どんな状況でもへこたれない人間の逞しさを感じるいいアクセントになっていた。ジョンソクさんの得意とするコミカルな演技が光る。

全斗煥(もう劇中の名前をいう気にもならない)を演じたのはユ・ジェミョン。気のいいおじちゃんとか優しいおじちゃんの役でしか観たことなかったもんだからショック……と思ってしまう程の人物造形、腸が煮えくり返る。役者としてはやり甲斐あるだろうなあ、その分引き受ける迄随分悩んだそうだけど。陸軍参謀総長副官を演じたパク・フンも印象的だった。出演時間は多くないけど、あっこれは……という台詞を口にする。あーいいこといった! あーこのひと絶対このあと死ぬ! というような。『ハルビン』での日本軍人役も強烈だったし(というかこれでパク・フンを覚えた)、これからも注目したい役者さん。あと金載圭にあたる役のユ・ソンジュがすごくルックを寄せてて、アップになるとそうでもないんだけどちょっと後ろにいてピントが合ってないときとかギョッとする程似てた。資料写真で見たそのままの姿がそこにあった。

弁護士は「首謀者でもないあなたの名は歴史に残らない」と秘書官に告げる。しかし彼の名は歴史に残り、歴史に名の残らなかった人々の声は物語となり後世に伝えられる。五・一五事件を引き合いに出したり、裁判が日本でどう報じられているか日本の新聞を読んで知るといったシーンにハッとさせられる。韓国の近現代史を語るには、日本は不可欠の存在なのだと思い知らされた気分だった。

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・『大統領暗殺裁判 16日間の真実』┃輝国山人の韓国映画
いつもお世話になっております。配役全部書いてあるのほんと有難い


左の画像の左側、太極旗を持っているのが、弁護団長を演じたウ・ヒョンさん。不思議な巡り合わせというか、生き延びるとこういうことがある。だからこそ、ひとは決してひとの人生を奪ってはならないのだ

・映画「大統領暗殺裁判」(1) 大統領殺害と朴興柱┃一松書院のブログ
・映画「大統領暗殺裁判」(2) 裁判と処刑・その後┃一松書院のブログ
こちらもいつもお世話になっております、今作の字幕監修も手掛けた秋月望氏のブログ。韓国のファクション作品の背景を丁寧に解説されていて勉強になる。ジョンソクさん演じる弁護士は架空の人物だが、複数のモデルがいるとのこと。ウ・ヒョンさんについてのエピソードもこちらに詳しく載っている。45年後の今(まさに今!)金載圭の再審公判が行われていることもここで知った。
(2020年になってメディアに提供された裁判記録や捜査記録は)本来裁判終了後に廃棄されるはずだったが、陸軍本部の関係者が密かに保管していたものである。
という記述に目が留まる。軍部内にも裁判に疑問を持つ者がいたということだろう。
遺書に「我々の社会が真っ当であれば、我々の一家を放っておいたりはしないでしょう」と書いた朴興柱(秘書官)の願いがようやく叶う可能性が見えてきたが、昨年末の非常戒厳発令後も混乱は続いている。再検証が進み、遺族への補償も現実化することを願うばかり

・チョ・ジョンソクが振り返る『大統領暗殺裁判 16日間の真実』でのイ・ソンギュンとの共演「僕たちの関係が演技に重なっていた瞬間があった」┃MOVIE WALKER PRESS KOREA
チョ・ジョンソクが何故“믿보배=信じて観る俳優”と呼ばれているのかがよくわかるインタヴュー。『좀비딸(ゾンビになってしまった私の娘)』は日本公開が決まっているそうだけど、『파일럿(パイロット)』も是非お願いします!

・「大統領暗殺裁判 16日間の真実」チョ・ジョンソク、イ・ソンギュンさんへの思いを明かす“もっと作品を見たかった”┃Kstyle
「僕に庶民的でコミカルで、愉快な姿を期待してくださっているのはよく知っています。そんな僕に、このようなキャラクターがやってくることは多くないんです。」
本国公開時のインタヴュー。どんな目に遭ってもへこたれない、不屈の精神とユーモアを持つ弁護士像はジョンソクさんが演じることで完成したのだと思っている

・故イ・ソンギュンが映画人から愛された理由とは?「In Memory of Lee Sun-kyun」で涙を見せた俳優たち┃MOVIE WALKER PRESS KOREA
チョ・ジョンソク「最終弁論シーンでは、映画の結末を知っている私としては、最後までこの人の命だけは守ろうとするのでとても辛くて、没頭するあまり感情があふれ出て大変でした」「今はなかなか会えずにいるだけで、どこかで生きているような…そんな気がします」
ユ・ジェミョン「あるラジオのオープニングで、映画は懐かしければもう一度見れるが、人は懐かしくても二度と見ることができないと言っていました。私はプレゼントをもらったと思います。イ・ソンギュンが見たければ、私たちの映画を見ればいいからです」
昨年10月に釜山国際映画祭で開催された『In Memory of Lee Sun-kyun』のレポート



2025年08月16日(土)
『八月納涼歌舞伎』第三部

『八月納涼歌舞伎』第三部@歌舞伎座

親は亡くなり子は親になり、というだけでなく仇を討つ役を演じていた役者が討たれる役になり、それを観ているこちらも歳をとり。幾重にも感慨深い作品。ホンは変えず、しかし初参加の長三郎丈には新しく役を書き、それがまた切ッ先鋭い台詞でまあ、まあまあまあ😭『野田版 研辰の討たれ』

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— kai (@flower-lens.bsky.social) Aug 16, 2025 at 22:32

勘太郎丈と染五郎丈のキレッキレの殺陣にどよめきと感嘆の声が上がる。勘九郎丈と幸四郎丈が「あの頃俺たちだって出来たよなぁ」「出来たよぉ」と受ける。笑うところだけど泣いちゃった。

『越後獅子』『野田版 研辰の討たれ』。そもそも若手に活躍の場を設けようと納涼歌舞伎を三部制にしたのは勘三郎(当時勘九郎)丈と三津五郎(当時八十助)丈だった。野田秀樹は最近何かのインタヴューで「俺だけが生き残ってしまった」みたいなことをポツリといっていた。しかし『研辰』初演時にはまだ生まれていなかった役者たちが、役を、作品を受け継いでいく。長三郎丈は「僕の役がない」といい、野田さんは彼に新しく役を書いた。

勘九郎さんの発声に、勘三郎さんよりも野田さんの影を感じたことが驚きだった。勘九郎さんだけでなく、他の役者にもだ。いい回し、声音。ひっくり返したりしゃくりあげたり、囁いたりといった声の技巧が野田さんのそれにそっくりなのだ。稽古の最初の段階で「作者読み」が行われているのだろうが、台詞回しを「型」として吸収する歌舞伎役者の凄みを感じる。

野田さんが勘三郎さんのニンから造形した、野田版の辰次像。どんな局面でもふざけてしまう、観客を楽しませ、自身もとことん楽しむ陽性の辰次は、少し陰のある辰次になっていた。その陰は勘九郎さんのニンだ。職人上がりと蔑まれ、自身を斬るための刀を研ぐ。卑屈は切実さになる。何がなんでも生きたい、死にたくないという痛切がひしと伝わる勘九郎さんの辰次だった。だんまりやスローモーションで駆ける場面では、脚の美しさが『いだてん』を彷彿させる。姿勢を含む姿形を職にしているひとの脚だ。

ホンは基本的に初演から変えなかったそうだ。そのことで浮き彫りになるのは世情の変化と変わらなさ。七之助丈と新悟丈のはじけっぷりに笑い乍ら、「女子アナ」という単語にハッとする。うつろう無責任な世論は、次から次へと生贄の修羅場を嗅ぎ回る。炎上と忘却は繰り返される。喜劇が悲劇に転ずるさまは、瞬時に全景をモノトーンへと変える照明(ナトリウムランプか?)で、観客を我に返らせる。

八景と8Kを掛けた台詞は新しく書いたものかな。長三郎くんに「親の顔が見てみたい」といわせ、得意の子獅子を披露させた粋にほろり。次の代が研辰を上演する頃には流石に俺も生きていないだろう、という感慨と、その死後もこの“野田版”は上演され続けると思える自負に畏怖を感じた。

『越後獅子』は、夜の夏祭を遠景に眺めるような爽やかで華やかな踊り。インバウンドのお客も結構いた。イヤホンガイドがあれば研辰も楽しめたかな。台詞がわからなくても、だんまりが『ウエスト・サイド・ストーリー』の群舞に変化していく場面はインパクトあったかと思います(にっこり)。



2025年08月03日(日)
高橋徹也 × 山田稔明『YOU'VE GOT A FRIENDーCan we still be friends?』

高橋徹也 × 山田稔明『YOU'VE GOT A FRIENDーCan we still be friends?』@good tempo

いや〜よかった、 納涼〜

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— kai (@flower-lens.bsky.social) Aug 4, 2025 at 1:43

オープンしたてのgood tempoは教室をリノベしたカフェ&ライヴスペース。オープンキッチン、鉢植えの緑があちこちに置かれており、DJブースもフロアと地続き。客入れDJってどなただったんだろう? 格好いい選曲にサイレンや鳥の声といったSEを噛ましていて印象的。で、もうこの時点で音がいい。スピーカー(カフェ用とは思えないくらいデカい)の配置もあるのかな。ステージもフロアと同じ高さで、ソファも置かれている。高橋さんと山田さん、ふたりがくつろぐリビングに招かれたような気分になる。

柿落としは野宮真貴さんでvol.1なんだって。俺たちvol.0なの。柿落としとは? テストランみたいな感じ? などと話してまずはふたりでセッション。立ち位置は昨年の『YOU'VE GOT A FRIENDーApril Fool edition』とは逆で下手側に高橋さん、上手側に山田さん。ギターは高橋さんがギブソンのエレクトリック1本、山田さんは曰くつきの(後述)エレクトリック1本とアコースティック1本。高橋さんは紙の楽譜、山田さんはタブレットというのは変わらず。どちらも涼やか、でもある種の熱を持っている。それは声にも演奏にも顕れる。ふたりの声のハモり、ギターの絡みもそう。ソロでもデュオでも、酷暑にひとすじの風を連れてくる。

『April Fool edition』ではふたりとも出ずっぱり、交互に演奏して片方のソロをもう片方がステージ上で聴く(!)というなかなかシビれる趣向だった。今回もそうなのかな? 演奏しない間は後ろのソファに座って聴くのか? それはそれで緊張感あるな……などと思っていると、山田さんがハケていく。まずは高橋さんのソロから。しんと静まり返ったフロアに、澄んだ声が沁み渡る。

「そんなに好きってわけじゃないんだけど、気付けば夏や海の曲が結構ある。『太平洋』って作品もあるし」「陸サーファーみたいな感じ」と夏らしい曲を中心にセレクト。Ben Wattのカヴァーはレアでしたね、これも海の曲。そして「代表曲」として「新しい世界」「犬と老人」を演奏し、「近年は配信のおかげもあるのか、海外のひとがカヴァーしてくれたり、とても若いひとが『初めてライヴに来ました!』といってくれたりする。そうして新しいリスナーが増えるのはうれしいこと。だから勿体ぶるのをやめました」みたいなことをいいつつ「まあ、次来てくれるか分からないし」なんてこともいっていて、ヤマアラシのジレンマがそこかしこに顔を出していた。

後攻の山田さん、「『新しい世界」』をやりやがった……」「『新しい世界』をやられると、くそっ『新しい世界」』やりやがった! とギィイとなる」なんていってた。何をいってる、山田さんも伝家の宝刀何本も持ってるやろが! と九州弁でツッコミたくもなる。わしゃ「月あかりのナイトスイミング」を聴くと反射で涙が出るんだよ! 「光の葡萄」も聴けてうれしかったなー。

「僕たちの旅ー自己嫌悪’97」がつくられた経緯は初めて知った。高橋さんの「真夜中のドライブイン」MV撮影現場に山田さんがいたことはよく知られていますが、これが発端だったとのこと。すごいやつがいるなあ、俺は映像制作会社に就職して、バンドは趣味みたいになってて、何者でもない。その自己嫌悪がこの曲をつくらせたと。「歌から入る曲だけど、実はイントロがあるんです」と弾いてみせると……まるっと「真夜中のドライブイン」からのインスパイアというかオマージュというかなフレーズ。「怒られる!」だって。内緒ね、内緒! 本人バックヤードにいて聴いてるけどね! 貴重なものを聴けた。そして「グランドピアノが置いてあるところではピアノを弾こうと決めたので」とピアノも演奏。山田さんって常に場をよく見ていて、その場をどう活かそうか考えている印象がある。

そして山田さんのカバーは、タイトルコールと同時にどよめきが起こった「壊れかけのRadio」! 「朝方で、4時くらいには起きてウォーキングをしてるんですけど、井の頭公園に行くと丁度ラジオ体操の時間なんです。ちっちゃい自分用のラジオを持ってきてるひとがあちこちで、ラジオのボリュームを目一杯あげて体操してる。音が割れて……あー、いつかこのラジオ壊れるなあって……」からのタイトルコール。思わず巧い! と膝を打ちたくなるような導入だった。

おふたりとも夏を意識した選曲。そもそもこのライヴ、「暑いねー夏はライヴの本数減らしていこう」というメールのやり取りを始めた1時間後には決まってたとのことで……(笑)。

・新オープンするミュージックバーで高橋徹也と山田稔明2マンライブ決定┃monoblog

この内容からして山田さんの企画だな。「天の時、地の利、人の和」ってやつ!

ふたりで会って何を話すかというと、病気の話。高橋くんの方から弱っていく。心外だなあと苦笑いの高橋さん。親が死ぬのも高橋くんが先で……高橋くんの方が歳がふたつ上で、人生のちょっと先を行っていて、そういうひとと付き合いが長く続いているのってなかなかないですよね。とかいいつつ今回のライヴのタイトル「Can we still be friends?」なんですけどね〜と山田さん。いい距離感。仲良くなったきっかけというか、最初に呑もうと声を掛けたのは高橋さんだそうで、吉祥寺の呑み屋に誘われた山田さんは「何話すんだ! とビビって、丁度吉祥寺東急の物産展に出ていたマイメンの職人イガラシくんを誘って連れていった」だって。微笑ましい……。

ふたりともライフログを残す習慣があるので、それを日々読んでいるひとも多いだろう。確かにここ数年で、高橋さんのご両親が、そして山田さんのご両親が亡くなり、ふたりとも体調を崩していた。歳をとればそういうことが増えてくる。共に年齢を重ねていっているのだなあとお互いちょっと心強いところもあるのかもしれない。と一介のリスナーは思うのだった。あれよな、歳をとったからこそ訊きたいこととか話しやすいことってあるよな。冠婚葬祭の後ろ半分のこととかな。あと病院な(実感がこもる)。

で、山田さんのエレクトリックギターの話。ポータブルギターではないと思うけど、サイズもちいさめでかわいいルック。「前にウチに来たとき『このギターいいねえ』と気に入ってたので、買ってくれない? といってるんだけど……」「そのときは『うーん』とかいってたのに、こっちが断捨離モードに入ってから『買わない?』っていうからさあ」。あとなんだ、このときパンダの話してなかったっけ? 白黒カラーだったのでパンダ好きの高橋さんの琴線に触れたのかもしれない(幻聴だったらすみません)。

ということで、このギターは当分山田さんのもとにありそう。しかしいい音だったなあ、エフェクターとか音響の影響もあるんだと思うけど、アンプを通した音が絶妙なひずみで響く。箱鳴りも含めてアンプ通ったみたいな。大きなホールとかでは伝わらなさそう、このくらいのスペースにぴったりな音。唄い手を選びそうなギターでもある。山田さんの声にとても合っていたけれど、高橋さんの声だとどうなるかな? 聴いてみたいなーという欲も出る。ふたりで使えばいいじゃなーい。

アンコールでは何をやるかで譲り合い。リストを見乍らこそこそ話し、「いいのっ、やりたいのっ」と山田さんが押し切って(?)高橋さんの「My Favorte Girl」、山田さんの「my favorite things」。おお、粋な流れ! 高橋さんの曲に山田さんが絡むと、ギタリストがふたりになるので普段の高橋さんのソロやバンドセットとはまた違うギターのフレーズが聴けて楽しい。そんでまた山田さんのギターがとてもアイディアに溢れているというか、おお、この曲にこんなロッキンなリフ入れてくるか! という新鮮な驚きがある。コードとリフが同時に鳴る気持ちよさもあって、いいもの聴けたなー。オーラスは「セラヴィとレリビー」、ビートルズのレリビーをなぞるメロディーに思わずにっこり。

「10時迄バータイムで開いているので、このあとも皆さん呑んでってくださいね。僕らも打ち上げで乾杯します」と山田さん、ここにも場所への敬意。いい夜。

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・setlist(山田さんのブログより)

<山田稔明+高橋徹也>
1.幸せの風が吹くさ(山田曲)

<高橋徹也>
1. サマーパレードの思い出
2. 八月の流線形
3. 美少年
4. North Marine Drive(Ben Watt カバー)
5. La Fiesta
6. 新しい世界
7. 犬と老人

<山田稔明>
1. 太陽オーケストラ
2. 月あかりのナイトスイミング
3. 一角獣と新しいホライズン
4. 僕たちの旅ー自己嫌悪’97
5. 壊れかけのRADIO(徳永英明カバー)
6. 八月のベルカント
7. 最後のお願い
8. 光の葡萄

<セッション>
1. サマーピープル(高橋曲)
2. ブックエンドのテーマ(山田曲)
3. 友よまた会おう(高橋曲)
(encore)
4. My Favorte Girl(高橋曲)
5. my favorite things(山田曲)
6. セラヴィとレリビー(山田曲)

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・高橋徹也・山田稔明 YOU'VE GOT A FRIENDーCan we still be friends?(2025年8月3日 @ 池尻 GOOD TEMPO)【ライブ後記】┃monoblog
あのギターは「1965年製のHarmony Alden Stratotoneというビザールなエレキギター」とのこと。ビザールな、って言葉がぴったりなルックと音だった!

会場のgood tempoは、旧池尻中学校跡地を活用した複合施設HOME/WORK VILLAGEのなかにありました。世田谷ものづくり学校だったところですね。久々に行ったので道に迷い、帰りは帰りで夜道の住宅街でまた道に迷い。いやマジで暗いのよ、街灯あんまりないのよ。知らないひと同士で助け合い乍らなんとか駅に辿り着きました。その節は有難うございました(天に向かって叫ぶ)! 緑の多いとこで気持ちよかったが蚊にも刺された。いい雰囲気だったしカフェメニューも気になるので、道を忘れる前に、涼しくなってからまた行きたい。

(20250810追記)
・North Marine Drive(ライブ後記 8/3 GOOD TEMPO)┃夕暮れ 坂道 島国 惑星地球
控えめな音量でも過不足なく行き渡る会場の音響が心地良かったです。
(「North Marine Drive」では)ヴォーカルのエコーの余韻とギターの揺らぎがこの会場と最高にマッチしていました。やって良かった。
やってる側も楽しめる音響だったんですね。いやーホント音よかったので、またここでおふたりのライヴが聴きたいです。待ってる。そのときには是非「山田稔明、ここが凄い」の話を(にっこり)



2025年08月02日(土)
『キャプテン・アメイジング』『みっつ数える前にあんたは… ひとつめの夜』

『キャプテン・アメイジング』@シアタートラム

モノローグではなく登場人物たちのダイアローグ全てをひとりで語る。これは難物なホンだなと思いつつ観ていたのだが、最後の最後、それらの対話が悲しみ、戸惑い、怒りをもってひとりの人物に襲いかかる。演者の熱量に完全に持っていかれる。不思議な余韻を残す作品でした 『キャプテン・アメイジング』

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— kai (@flower-lens.bsky.social) Aug 3, 2025 at 1:22

ラストシーンで「ああ、全てのキャラクターの言葉をひとりに語らせたのはこのためだったのか!」と心がリリースされるような感覚があった。「スーパーヒーローに扮する一人の男とその娘の、たった6年間の胸が張り裂けるような冒険の物語」。アリスター・マクドウォールの戯曲を田中麻衣子の演出で。

客席後方から登場した男は、観客にちょっとした話をする。暑いですね、水分補給してますか? 大丈夫ですか? 水飲んでくださいね。僕も飲みますんで。……ラムネの瓶に入っているあのガラス玉、なんていう名前か知ってますか? ……エー玉っていうんですって。ほんとですよ、帰ったら調べてみてくださいね。観客からちょっとした笑いが起こり、場が和む。マントを羽織った彼の物語が始まる。

とにかくせわしなくストーリーが進む。ぎこちない男女の出会い、娘の誕生、キャプテン・アメイジングの戦いの日々が、細かく刻まれたシーンの連続で差し出される。目まぐるしく交わされる対話をひとりの演者が全て語る。男性らしい言葉、女性らしい言葉、幼女の、スーパーヒーローらしい言葉。声音と仕草を変えることで演じ分ける。うーん、“ひとり芝居らしいひとり芝居”だな、とちょっと退いて観ていた。ところが、だ。

対話によってやがて見えてくるのは、このカップルは歳が離れているということ。男性の方はまだかなり若いということ。子どもができるのは想定外だったこと。娘が幼くして病に倒れ、死が目前に迫っていること。視覚として不明だった登場人物の属性が対話で明らかになっていく。構成の妙に唸る。数年のうちに話し、聞いたであろうあらゆる対話が、娘の死を前にしたキャプテン・アメイジングの心で決壊する。このための膨大な言葉だったのか、と気付く。

キャプテン・アメイジングの心象風景のようなパースの室内(美術:山本貴愛)、ベビーメリーの響きで表現される娘の誕生とその声(音響:鈴木三枝子)が素晴らしかった。カラコロという、文字通り鈴の転がるような音と対話するキャプテン・アメイジングの表情と仕草。娘が壊れないように、娘を慈しむように。美しいシーンだった。

さて、いわれた通り、帰宅後エー玉について調べてみた。デマだという説がある。しかし実際にA玉、B玉という言葉が使われていたという人物の証言もある。そして、興味深いコラムを見つけた。

・ビー玉とB玉┃化学教育 徒然草
インターネットを使うと情報は簡単に集めることができる。しかし,かなりの時間を使って自分で考えないと,内容を誤解し,正しく理解できないことがよくわかった。

日替わりのアドリブだろうかと笑ったエー玉の話は、キャプテン・アメイジングの6年間を暗示するかのようなものだった。ひとひとりの人生は複雑なもの。表層だけで理解することなど出来やしない。

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平岩紙さんとのふたり芝居『あたま山心中』が素晴らしかったので、極限迄出演者を絞った=ひとり芝居の近藤公園さんを観てみたかった。今回その願いが叶ってうれしかったです

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— kai (@flower-lens.bsky.social) Aug 3, 2025 at 1:23

『あたま山心中〜散ル、散ル、満チル〜』での近藤さんの狂気がかなり魅力的だったんですよね。今回その狂気がまた観られた。目がいい、目が。無精髭、バサッとした髪というルックもよかった

・入場するとRadioheadの「Just」がかかっていておおっとなる。これは作家の指定なのか、演出が選んだのか気になるところ

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O.L.H.(Only Love Hurts a.k.a. 面影ラッキーホール)『みっつ数える前にあんたは… ひとつめの夜』@Shibuya WWW

ハシゴでO.L.H.(Only Love Hurts a.k.a. 面影ラッキーホール『みっつ数える前にあんたは・・・ ひとつめの夜』。完全復活とかいわれてるけどヴァイナルリリースのプロモーションなんで〜とかいってたがなんかもう寄らば斬るくらいの凄みがあった。演奏もキレッキレで腰が抜けた

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— kai (@flower-lens.bsky.social) Aug 3, 2025 at 1:53

仕上がってます! 最高!

「Whydunit?」「typical affair」「On The Border」アナログ・レコード化!ということで、3回のライヴが決まっています。まずはひとつめの夜、『Whydunit?』のナンバー+α。

ステージぎゅうぎゅう、ついつい数えてしまったが13人もいる。ギターが3人もいる。西村さんとGUNちゃんは昔からいるけどもうひとり誰? ホーンも固定メンバーじゃない筈だけど誰? パワーがあって、鋭利で、ビシバシアタックがキマるんですけど!? アッキーが「ビブラストーンがふたりもいる!」といっていたけど、それがホーンのみのことなのかドラムの横銭さん含めてのことだったのかがよくわからん。メンバー紹介もしてくれないのでどなたですかという……もともとホーンは各々のスケジュールに合わせて流動的ですが、これからの3本のライヴにはいてほしい! と思う強力な音でした。

唯一ちゃんと紹介されたメンバーは、2020年に亡くなった曽根ちゃんの後任、伊藤隆博さん。「キーボード伊藤ちゃん、かっこいい!」とアッキー。ゆずや堀込泰行さんのサポートをされている方だそうで、「こんなにちんこちんこばっかりいってる(SNSには「下ネタが多い」って書いてぼかしたけど、正しくはこうです)バンドだと知られた今、次もやってくれるかわかりません」というアッキーに「ちんこ大丈夫です!」と力強く答えてくれて心強い。せめてあと2本はいてください…お願いします……。

そう、アッキーっていつもひとを煙に巻くような態度だけど、こういうところすごく礼儀正しいし筋が通ってる。ちんこちんこばっかりいってるから説得力ないかもしれんが。「パチンコやってる間に産まれて間もない娘を車の中で死なせた…夏」のイントロや間奏で「曽根ちゃんの曲!」「今日誕生日!」とちゃんと曽根ちゃんのことを話してくれた。歌詞がああだし、すごく残酷なこともいうし、ちんこちんこばっかりいってるけど、時折顔を出すマジはこちらの欺瞞を暴いてくれる。属性のコール&レスポンスのくだりなんて感動してしまったよ。最後の最後、本当にあかんやつの属性(というか病)がコールされたとき、「それは本当にあかんやつ」とザワっとしてレスポンスしなかった客も筋の通った大人だ。試されてる。

それにしてもいつもいってるが曲がいい、歌詞がいい。演奏がいい、歌がいい。徹底的なリサーチのもとに磨き込まれた歌詞、手練のどファンク演奏、その上を自在に泳ぐ美声。こんなに素晴らしいのに、滅多なことでは人を誘えない。終演後「フェスだと通りがかった人がけしからんとか動画アップして一気に炎上しそう」「SNS怖い」という話をした。“一部の人に理解される”アンダーグラウンドの魅力というのは、それこそ表層で解ったような気になっていると身を滅ぼす。一介のリスナーでも、その覚悟はある。

「東京(じゃ)ナイトクラブ(は)」の歌詞、青山通りが骨董通りとなっていた。となればそのクラブはマニアックラブしかない。勝手に確信してしまい、シンカワくんのことを思い出して泣いてしまった。頻繁にクラブ通いをしていた頃、既にスターDJだったシンカワくん。訃報は急だった。面影と縁があったかは知らないし、シンカワくんはマニアックラブ以外でもあらゆるところでDJをしていたし、たまたまだ。数多くのリスナーひとりひとりの人生にするりと入り込んでくる音楽。Only Love Hurts a.k.a. 面影ラッキーホールの真価を(勝手に)見た思いだった。

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FAの小林私さんもすげーよかったです。アコギを掻き鳴らし、がなるように唄う。格好いい! 「今夜、巣鴨で」「夜のみずたまり」のカヴァーも聴かせてくれました。「配信で『面影ラッキーホール神〜!』とかいってカバーとかしてたらオファーが来て、こんなことある? めちゃめちゃ緊張してます!」ともはや逆ギレの様相。楽屋でいくつ〜? ご両親の年齢は〜? とか聞かれていたたまれなかったそうです(微笑)。アッキーがお父さんと同い歳だったとかなんとか。「そんな若くもないのに若〜いっていわれて!」ってキエーとなってたけど、いやいや面影リスナー層からすれば若いわよ。何きっかけで面影知ったのか気になる。


客入れBGMがスーパーで流れてるオリジナル曲セレクションだったのすごく面白かった! 買い物圏外のスーパーがそれぞれ違うので、これはサミットだ! マルエツだ! と教え合ったりしてた(笑)。あと呼び込み君のあの曲がかかったときはどよめきと笑いが起こった。呼び込み君人気者だね